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第5話 ピジョン・ブラッド


 傷の癒えたアルカードさんを憎々しげに睨みつけるジュリオさんは、けれどもお返しとばかりに、不遜に笑ってみせる。


「くくく・・・アハハハ! いやぁ、本当に伯爵には驚かされますよ。なんですか? あの血の量は。一体どれほどの人間を喰ってきたんです? 10万人? 100万人?」

「さぁな」

「いや、1000万人いてもおかしくないですよね、伯爵の場合。なんたって狂ってるんだから。だからあれほどの人を喰えて、あれほどの力を得られたわけだ」

「使い魔すらも操れない半端者が説教か」

「半端者ね、確かにそうかもしれませんね。でも、何も使い魔なんて操れなくても、俺は操れるものなんて他にもあるんですよ。例えば・・・伯爵、あなたの心とかね」



 その言葉を発した瞬間ジュリオさんは姿を消して、気が付いたときには、私はアルカードさんと相対する位置に立っていた。いつの間にか、こめかみに銃を突き付けられて。

 同じ、2年前と同じように、再び私は人質にとられてしまった。



「伯爵、ミナが死ぬのを目の前で見たいですか?」

「貴様・・・」

「伯爵が大人しく殺されてくれたら、俺も気が変わってミナは生かしてもいいかな、なんて考えるかもしれませんね」

「なんだと・・・」


 アルカードさんは恨めし気にジュリオさんを睨みつける。こういうことをずっと危惧していた。こんな日が来なければいいと思っていた。やっぱりアルカードさんは私の事になると、冷静な判断力を欠いてしまう!



「アルカードさん、騙されちゃだめです! アルカードさんが大人しく投降したからって、私もアルカードさんも殺されるんです! 私だけ許すはずがありません!」

「ミナぁ、俺だってそんな鬼じゃないんだけどな」

「今更信じられるわけないでしょ! アルカードさん、このまま、ジュリオさんを殺してください!」



 私の言葉にアルカードさんは狼狽えはじめる。


 わかってる、アルカードさんの思いはわかってる。私を死なせたくないんだとわかってる。でも、それでもアルカードさんの為に死ぬなら、アルカードさんが生きるために死ぬなら、それでもいい。お願いだから――――――――



「ミナを、離してくれ」



 私の願いはアルカードさんには聞き入れてはもらえなかった。アルカードさんは顔を伏せて、体の力が抜けたのが分かった。


 なんで、なんで、アルカードさんまで私の為に命を投げ打つの? そんなアルカードさんの姿は見たくない! そんなのアルカードさんじゃない! 私が、何とかしなきゃ!



「くっ! 離してよ!」


 ジュリオさんの腕の中で一生懸命暴れて離れようとすると、髪の毛を掴まれて背中から右肺を撃たれた。でも、弾は貫通して、その瞬間に羽を広げると、思わず手を離したジュリオさんの傍から何とか離れることが出来て、アルカードさんの許へ飛んで行った。



「アルカードさんのバカ!」


 降り立った瞬間に、アルカードさんに思いっきり平手打ちをくれてやると、アルカードさんは驚いたように私を見つめる。私はジュリオさんの方に向き直って、アルカードさんに檄を飛ばした。



「アルカードさんが投降しても私は殺されるって言ったでしょ! それなら私一人の命で済ませればいい話でしょ! なんでそれがわからないんですか! 大体あなたは不死の王なんです! すべての吸血鬼の頂点ですよ! 私達血族の頂点、私たちの王なんです! 感情に身を任せて大局を見誤るようなことをするなと、以前ミラーカさんに言われたでしょ! 金輪際こんな無様な姿をさらすのは辞めてください!」



 そう叫んで、ハァ、と息を整えると後ろからクスクス笑う声が聞こえた。



「あぁ、そうだったな。フン、私もお前に説教されるようでは終わりだな。だが、どうせ終わるのなら、決着をつける」


 そう言いながら私の前に歩み出たアルカードさんの姿が、揺らめいて見えた。



「これが、最後だ。全身全霊を以て、ジュリオを、ジュリアスを、殺す」



 最後、その言葉の真意を問い詰めようとした瞬間、アルカードさんは1号から3号までの使い魔を同時に解放した。


 ある者は犬の餌に、ある者は焼死体に、ある者は魔眼に捕えられその魂を手放す。しかしジュリオさんは巧みに人間を盾にして、時には霧となって消えながらその攻撃をかわして前方の人間ごとアルカードさんに銃弾を撃ちこんでいく。


 その戦い方はあまりにも非情。駒、ただの兵力、ただの餌、ただの盾。彼ら人間は敵であるのに、思わず同情してしまうほどに。非情であり無情。


 狡猾で冷酷な無情の銀弾は、とうとうアルカードさんの膝を地に着かせ、使い魔もその姿をくらませた。



「アルカードさん!」


 慌てて駆け寄ってジュリオさんから庇うように抱きしめると、アルカードさんの体は水面に石を打った様に揺らめき、その体からは予想もつかないほど、その質量からはあり得ない程の重量に驚愕した。



「ア、ルカードさん?」


 声をかけると、アルカードさんは起き上がって悔しそうに顔を歪め、悲しげな目を向けた。



「すまない、すまない、ミナ、私はもうお前を守ってやれない。手遅れだ、遅かったんだ、何もかも。もう、時が来てしまった。すまない・・・すまない」


「な・・・に言ってるんですか? なに謝ってるんですか・・・」

「私はもう、お前の傍にいてあげる事は出来ない。だが、最後に、思い出せ」

「え、なん――――――・・・!」



 アルカードさんは指を噛むとその血を口に含んで、私にその血を飲ませた。唇が離れたと同時に、アルカードさんの体にひびが入り、そのひびの隙間から紅く輝きだす。




「ミナ、すまない。生きて、生きてくれ。思い出せ、その血の味を、私の血を。ミナ、約束する。必ず帰ってくる、だから、待っていてくれ。生き残って、私の帰りを待て。お前がいなければ私は・・・ミナ、お前を――――――・・・」




 ひび割れた体が、パキン、と崩れてゆく。まばゆい紅い光と共にアルカードさんは光に包まれて、その声は薄れて言葉の端はかき消される。壊れてゆく彼の姿、彼の頬に、一筋の雫が伝った。



「やだ、アルカードさん! やだ! いかないで、おいてかないで! 私を一人にしないで!! やだ! 待って! いかないで―――――!!」



 アルカードさんの頬を伝うその涙に手を伸ばそうとした瞬間バキンと割れて、崩れた体から溢れるその光は収束し、私の神はその姿を消失した。



 光の消えた私の膝元には、紅い輝きを放つ紅い石が転がっているだけだった。




 すぐにその石を拾い上げ、握りしめた。ピジョン・ブラッドのような鮮やかな赤。これはきっとアルカードさんの、結晶。彼の形見。彼が・・・消滅した証拠。




「うっ・・・っく・・・うあぁぁぁ! アルカードさん、アルカードさん! ・・・やだ、やだよ・・・傍にいてよ! おいてかないでよぉぉ! うあぁぁぁぁぁ!」



 アルカードさんの結晶を握りしめて慟哭する私に、無情にも笑い声が響いてきた。


「やった! とうとうあの男を消滅させてやった! あぁ、この100年間どれほど今日と言う日を待ちわびたか・・・どれほど恨み憎み呪ったか・・・あぁ、最高だ。最高の気分だ。それにしても、さすがに真祖は死に方も違うんだなぁ、アッハハハハハ!!」



 ジュリオさんが大笑いしながらアルカードさんの消滅を喜んでいた。その笑い声に、どうしようもないほどの絶望を感じた。



「あーよかった。アンジェロ、これでお前等との約束通り、人間に戻れるぞ」

「・・・はい」



 それを聞いてハッとした。ジュリオさんは、知っていたんだ。アルカードさんを殺せば、人間に戻れるかもしれないと言う“可能性”を。ジュリオさんは、アルカードさんを殺して、人間に戻りたかったんだ。



 だけど嬉々として人間に戻ったか確認をしようと、自らの掌を切りつけたジュリオさんの顔からはすぐに笑顔が消えた。



「何故だ! 何故傷が修復するんだ! どういうことだ!」



 憤慨した様子のジュリオさんはアンジェロに掴み掛っていく。


「わ、わかりません。考えられるとすれば、個体差か、ガセネタか、伯爵が生きているとしか・・・」


 アンジェロの推論を聞いたジュリオさんはますます激昂して、アンジェロを殴り飛ばした。



「冗談じゃない! 生きているだと!? そんなはずはない! お前も見ただろ! 生きているはずがない! 奴は消滅した!」

「・・・そうですね。だとすれば、伯爵の場合は生死に関係なく吸血鬼化された者は吸血鬼のままということでしょうね」


 口元の血を拭いながら起き上ってきたアンジェロが落ち着いた口調でそう言うと、ジュリオさんも少しだけ興奮が収まったようにこちらに振り向いた。



「あーあ、これがくたびれもうけの骨折り損ってやつか。死んでも尚最悪だな伯爵は。全くどうしてくれるんだよ。あームカつく。これじゃぁ腹の虫がおさまらない」



 そう言ってジュリオさんは私を睨みつけ、銃口を向けた。



「帰ってくるだと? バカバカしい。消滅して帰ってくるわけないだろ。伯爵は消滅した。死んだ。殺した。殺してやった。もう二度と帰ってこない。あとは、ミナを殺せばそれで大掃除は終わりだ。ヴァルプルギスの夜の祭りも終わりだ。どうしても伯爵に会いたいなら、地獄で再会しろ」



 向けられた銃のトリガーが絞られて、銀弾が螺旋状に硝煙を巻き上げて突き進んでくる。目の前に迫る銀弾に、ジュリオさんの言葉がリフレインする。



 彼はもう、消滅した。もう二度と帰ってこない。もう、私の神はいない。もう、どうでもいい。

 そう思った瞬間、ビシッと音が濁った。



「お姉ちゃん! しっかりして! お姉ちゃんが死んだらみんな無駄死にだ! 諦めちゃだめだ!」



 傷口から姿を現した血の北都が、銃弾を防いでくれていた。



「お姉ちゃん、立って! 立つんだよ! 戦って! アイツを殺さなきゃ、終わらないんだ!」

「北都、でも、もう私には、守るべきものは・・・」

「まだあるだろ! アルカードとの約束が! お姉ちゃんを守ろうとしたみんなの思いが!」

「でも・・・もう誰もいなくなった! 私一人なのに!」

「クリシュナ兄ちゃんが言ってただろ! 絶望に足を止めるな! 前を見ろ! 思考を止めるな! 立って! 立ち上がって戦うんだよ! 弔いに仇を討て! みんなの思いを無駄にするな!」

「北都・・・」



 そうだ、クリシュナが言っていた。理不尽は存在して然るべき。辛い時に辛い顔をしているだけではダメだと。失った物は取り戻せない。過ぎた時間は巻き戻せない。だから、これから自分にできること、自分にしかできないことを考えて実行しろと。



 アルカードさんの結晶を見つめた。ミラーカさんは言った、それが自分の使命だと、生きていてくれたらそれでいいと。クリシュナは言った、生きて、幸せになれと。アルカードさんは言った、生きろ、生きてくれと。必ず帰ると。



 私にできること、私にしかできないこと。この、100年の呪いが生んだ戦争を終結へ導くこと、そして、生き残ること。



 涙を、拭った。



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