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第4話 不死の王たる所以


 すぐにジュリオさんはアンジェロと共に最前衛から霧になって姿を消してしまった。慌てて姿を探すと、隊列の後方にいるようだった。この銃撃のテンペストを、この人間たちを踏破しなければ、あの人の下にはたどり着けない。


 後方でジュリオさんが高らかに笑い声をあげながら、狂ったように叫びだした。



「烈火を灯せ! 聖火を灯せ! かがり火を灯せ! 死者を囲い込み、死者を追い込み、死者を蹂躙し、死者を駆逐し、死者の魂を地獄へ追い払え! 豊願の成就するこの夜に、処刑の火を灯せ!」


 

 あの人は、狂ってる。自分だって死者のくせに、自分だって吸血鬼のくせに、吸血鬼を嫌悪している。その狂気の果てにこの凶行。許せない。ヴァルプルギスの夜に死者が駆逐されると言うのなら、ジュリオさんも道連れだ。


 でも、傷も癒えていないのに、再び銃撃を浴びていい加減苦しい。痛い。このままここに居ては嬲り殺されるだけだ。すぐに羽を出して飛び上がって空へと逃げて、詠唱した。


「インフェルノ・ヴェーダ第一 インドラジット」



 やはり広範囲の敵を掃討するならこれが一番だ。相手はリジェネーターでもないただの人間。こちらの姿を捉えることもなく、一方的に攻撃できる。これはいい使い魔だ。

 一方のアルカードさんは使い魔も出さずに肉弾戦で応戦していた。何故? バスカヴィルやホロコースト、サリエルの魔眼も強力な使い魔はいくらでも持っているのに。もしかして、今力が弱まっているせいで、使い魔を出すことが出来ないの―――?


 それに気づいた瞬間、インドラジットを解除し、影を変形させた。



「ノワール・ミロワール!」


 アルカードさんの周囲に影で作った巨大な盾を構築すると、その影に銃弾は吸い込まれていく。ミラーカさんに教えてもらった戦い方。影の使い方。何発も何十発も何百発も銃弾を浴びた影は徐々に揺らめいてくる。それを見計らって声を上げた。


「リベラシオン!」


 その瞬間、吸収された銀弾は一斉に位相を敵に揃え発射された。これならしばらくはしのげるし、敵も返り討ちにできる。私だってただ生きているわけじゃないんだ。生きるために学んで、いつも前に進んできたんだ。ジュリオさんとは違うんだ。



「黒い鏡とは、よく言ったものだ」



 苦笑いしながら、アルカードさんは苦しげに地面に膝をついた。その様子から、本当に力が弱まっているのだという事が分かって、極度に焦燥感が募ってきた。



「アルカードさん! 大丈夫ですか!?」

「あぁ、お前は、お前だけは死なせはしない」

「でも・・・」

「クリシュナに約束した。命を懸けてお前を守ると。お前を死なせたら、クリシュナに合わせる顔がない」

「そうだよ、ミナ。僕はもう死ぬから、アルカード、後は任せたよ」

「あぁ」



 クリシュナの言葉に、耳を疑った。



「ちょっと待って、どういうことなの!?」


 私の問いかけに、クリシュナは寂しげに微笑んだ。



「ミナ、なぜミラーカがあの力を封印していたと思う?」

「え?」

「影を操る能力はノスフェラトゥ血族特有のもの。影は自分自身だ。自分の分身。それを使役し、攻撃や防御に回すという事は、自分の命を削るという事」


 やっと、理解した。今まで自分が何も知らずに、今自分が何をしているのか。自分とアルカードさんを守るために、黒い鏡でクリシュナの命を削っているという事に。


 既に銀弾は何千発、何万発も撃ちこまれては解放を繰り返している。この間に、一体どれほどの命を、クリシュナの命を削ってしまったのか。そう考えると急に恐怖が募って、鏡を解除しようとした。



「ミナ、鏡を解除しないで」

「でも、このままじゃクリシュナが!」

「言っただろ? 僕はミナを守って死ねるならそれもいいって。それに本来ならとっくに死んでるんだから、今までミナの傍に居られただけでも幸せだった。ミナ、君は僕の言った通り今までずっと戦ってきた。君は強くなった。ミナの力があればアルカードを守れるよ」

「そんな、そんなこと言わないでよ! 私にはそんな力はないよ! クリシュナがいたから・・・!」


 私の強さはクリシュナを取り込んだからだ。私だけじゃアルカードさんどころか自分の身すらも守りきれない。それに、またクリシュナを失うなんて、耐えられない。



「そう、ミナは僕の力に今まで頼ってきた。そのせいか、今ミナの本当の力は眠っている。ミナはアルカードの眷属なんだ。アルカードの血と能力を受け継いだ唯一の眷属。思い出すんだ。アルカードの眷属だという事を。自分の中にあるアルカードの血を」

「わかんない、わかんないよ!」


 そんなこと言われてもわからない、一生懸命首を横に振って縋り付く私にクリシュナはまた寂しそうに笑いかけた。


「多分、今からわかると思う。アルカード、ミナの事、頼んだよ」

「あぁ、わかった」

「クリシュナ・・・?」




「ミナ、さよならだ」


 その言葉とともに、構築した鏡とクリシュナの姿は薄れていく。


「や、待って、クリシュナ、逝かないで!」

「ミナ、戦え。思い出せ。生きて、幸せになって。さよなら―――――――・・・愛してるよ」

「いやぁ! やだ! やぁぁぁ!」




 ―――――愛してるよ



 その言葉を最後に、クリシュナの影は消えうせた。

 






 神様、神様、お願いです。私は悲しみに打ちひしがれたい。慟哭したい。絶望したい。なのにどうして、それすらも許してくれないのですか。




 クリシュナが消えて、ノワール・ミロワールも消えてしまったことで、私とアルカードさんは再び銃撃の嵐にさらされた。もう、使い魔を出すこともできない。銃撃の嵐に耐え抜く事は無理だ。あれほど鏡で反撃したのに、まだまだ人間は掃いて捨てるほど銃口を向けている。



 もう、逃げるしかない。私じゃアルカードさんを守れない!



 そう思った瞬間、銃撃がやんだ。いや、違った。アルカードさんが私の目の前に立ちふさがって、銃撃を防いでいた。


「アルカードさん! 何してるんですか! もう、逃げましょう! このままじゃ!」

「ダメだ。それはまるで敗北主義者のようだ。それは許されない」

「でも、でも!」

「お前は私が守る。お前もよく見ておけ」

「・・・え?」

「これが不死の王、アルカード・ドラクレスティの本当の力。お前に流れる、私の能力だ」



 そう言って、アルカードさんは敵に姿勢を向けて、指を噛んだ。



「偉大なる3人のヘルメスの御名において、我、ヴラディスラウス・ドラクリヤが命じる。血の契約の下、紅き龍と白き龍のエリクシールを解放せよ。三千世界の鴉を殺し、天を黒に地を朱に染めん」


 アルカードさんがそう詠唱した瞬間、アルカードさんの背中に魔方陣が浮かび上がった。


「サングィス・コントラクトゥス4号 ラグナロク 解除」



 4号を解放した瞬間アルカードさんの体から、まるで決壊したダムの様に血が溢れ出た。その血の一部は霧となって空に舞い上がり、その血の一部は地面に吸い込まれ、残りはまるで津波の様に人間たちに襲い掛かり飲み込んでいく。


 霧となって舞い上がった血は、空から舞い降りる雪を赤く染めて、紅い雪を降らせる。血の霧はどんどん上昇していき、空に吸い込まれていくと、アルカードさんがパチンと指を鳴らした。その瞬間、上空から激しい轟音が響いて、すさまじい雷鳴が轟く。


 とうとう人間たちに向かって雷が怒りの矛先を向けると、血の津波に飲み込まれた人間たちはその鉄分により感電し、あるいは落雷の衝撃で死んでいく。



 そして、赤く染まった雪はその寒波で猛威を振るう。視界を遮るほどの猛吹雪に極低温状態。吸血鬼ならまだしも、血で体が濡れた人間たちになす術はない。体感したこともないほどの低温状態に、人間たちは紅く凍り付いて行く。




 その様に圧倒されたのは私だけじゃなく、ジュリオさん達も狼狽する様子を隠しきれなかった。



「なん・・・だ、これは・・・一体、何が・・・」




 ラグナロク、世界の終焉。その名にふさわしい能力。この世を夜に染め、世界を滅ぼす天災。



 そして、最大級の天災がやってくる。低いうなり声と共に、大地が震える。まるで殴られたかのような衝撃と、つんざく様な破壊音と共に地面が割れ、至る所に亀裂が入り、津波に流された人間たちはその亀裂に流し込まれていく。



「なんだ・・・お前は、これは、これじゃぁまるで・・・神じゃないか・・・」



  それはまるで神の所業。それはまるで悪魔の所業。

  圧倒、圧巻、凶器、狂気

 

  死の愛撫にのたうつ民は悉く蹂躙され、歓喜とも悲壮ともつかない。

  生とも死とも、有とも無とも、光とも闇ともつかない。


  それはもはや“美”でしかない程の――――――――破滅



 この力が、アルカードさんの本当の力。目の前で起きていることが、まるで夢のようで、非現実的すぎて、神の鉄槌のようで、恐怖し驚喜した。



「アルカードさん、これは・・・」

「これが私の能力の神髄だ。自分の力を分析し、探究した結果見つけた、最大級の応用。吸血鬼の能力がどんなものか考えもしないで、その能力にだけ依存するような使い方をするなよ」

「そんなこと言ったって、私にはこんな力はありません!」

「お前は気付いていないだけだ。お前は私の唯一の眷属。眷属は私の能力を踏襲する者だ」

「でも、なにがなんだか・・・」

「私がなぜ、お前に錬金術を学べと言ったかわからないか?」

「え・・・? あ、まさか・・・」

「そうだ。早く気付け、目覚めさせろ、覚醒しろ。私は・・・」



 アルカードさんは言葉の途中で、倒れこんだ。違う、その前に銃声が響いた。倒れた瞬間に、地震も落雷も吹雪も収まって、アルカードさんの許に血が戻ってくる。


 倒れたアルカードさんを抱きかかえると、銃を構えたジュリオさんがこちらに狙いを定めていた。見ると、その周りにはまだ数百人は人間の生き残りはいる。逃げおおせた連中がまだこれほどいるのに、私には戦う力もアルカードさんを守る力もない。


 悔しい、私は最強の吸血鬼の眷属なのに、何もできない。アルカードさんもクリシュナも私に力があるって言うけど、そんなのわからない。どうしたら、どうしたらいいの!


 「くっ・・・」


 苦しげにアルカードさんが起き上がってくる。慌ててジュリオさん達から庇うようにアルカードさんの前に回り込むと、アルカードさんは私を押しのけて立ち上がった。



「はぁ、私としたことが油断したな。まさかあのタイミングで撃たれるとはな」

「アルカードさん、もう、十分です! あとは私が・・・」

「いや、それは出来ない。私が、私の手でジュリオを殺す」

「アハハハ、伯爵、満身創痍みたいですけど、大丈夫ですか? そんなんで俺を殺せるんですか?」



 笑いながら発砲してくるジュリオさんにアルカードさんは不遜に笑った。



「フン、吸血鬼のくせに銃を使うような半端者がデカい口を叩くものだな。あぁ、さっき飲み込んだお前たちの部下、約2500人、私の血肉となって味方してくれるようだ」



 そう言って笑ったアルカードさんの体からは徐々に銃創が薄れていく。




 アルカードさんのラグナロク、その能力は血を操る力、サイコキネシス、そして、元素を操る力。



 雷は血中の鉄分を媒介して、電子の衝突で発生させた。吹雪は大気中の窒素を冷却して発生させた。地震は、地中の帯水層の中でホロコーストを発生させて水蒸気爆発を引き起こし発生させた。


 魔力と、自然と、人間の叡智の融合。それは、自分の血と能力を理解しようとしなければ得ることのできない、諦めを踏破して、前に進む努力をする者にしか得ることのできない、究極の進化形。



 過去に囚われて、吸血鬼を嫌悪し、前に進む努力をしてこなかった“半端者”のジュリオさんには、決して到達することのできない“究極の吸血鬼”。



 だからこそ、彼は呼ばれる。不死の王と。最強の吸血鬼と。



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