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第8話 戯曲開演

 結婚式ひと月前。招集されて死神たちが集合した執務室で、飼い主は不遜に笑う。



「殺せ」



 とうとう、命令が下りた。アンジェロ以外はみんな知っていた。分かっていたけど、それでも動揺を隠すことなどできない。でも、やはり一番動揺していたのは何も知らされていなかったアンジェロ。



「待ってください。では、ミナ様でさえ騙していたんですか?」

「そうだけど?」

「彼女を愛していたんじゃないんですか?」

「はっ、まさか」

「・・・不可侵条約は・・・」

「はぁ、俺はさ、嘘はつかないわけよね。でも、それは人間に対してだけ。化け物にまで約束を守ってやる義理はない」



 その言葉にアンジェロは苦悶とも悲壮ともつかない表情を浮かべる。化け物に約束を守ってやる義理はない、その言葉はアンジェロにとっては絶望的だった。


 化け物とか人間とか関係ない。ミナと伯爵を見ているとよりそう思う。信頼した相手に敵も味方も、人間も非人間も、あの二人にはない。

 でも、アンジェロにとってはジュリオもミナもとても大事で、本当に大切で、失いたくはない。どちらも裏切れない。裏切りたくない。

 こんな命令になど従いたくない。従うべきじゃない。でも、立場がそれを許さない。



 激しく苦悩するアンジェロに、クリスティアーノが肩を撫でて前に歩み出た。



「ですが、私達は隊長と一緒に戦っていたからよくわかります。彼女一人の為にこの城の住人は全滅するでしょう。彼女の力を凌ぐ伯爵の前に、我々の勢力は全滅するかもしれません。正直、勝ち目は薄いと思いますが」



 クリスティアーノの言葉にジュリオは再び微笑む。



「そうだね。以前ならね。でも、今は伯爵の力が落ちてる。それがなぜかはわからない。でも、絶好の機会。この機を逃したら二度と打ち取るチャンスはない」

「確かにそうですが、それでも一体何人犠牲になるか・・・」

「何人犠牲になっても構わない。伯爵を殺せればそれでいい。最後に俺が立っていればそれでいいんだよ」



憎悪


 ジュリオを突き動かすもの、復讐。止められない、止める事が出来ない。囚われて憑りつかれている。憎悪の為に復讐の為に周囲の事など微塵も顧みる余地すらない。

 憎悪に塗りつぶされた心に、他人の入る余地などありはしなかった。彼らに、止める術など最初からありはしなかった。


 死神が纏うのは絶望。死を振りまく神、やはり自分たちは救う事などできない。強行すれば死ぬ、そのアルカードの言葉の意味がよくわかる。ジュリオにとっては従順な兵力であって初めて価値がある。正義の者など必要としていない。反逆すれば、死。


 今は、死ぬわけにはいかない。


 彼らは説得を諦めざるを得なかった。激しい葛藤に苦悩するアンジェロに、ジュリオは言葉をかける。



「あぁ、心配するな。お前等との約束は“オペレーション・ヴァルプルギス”完遂と共に果たされることになるんだからな」

「・・・・・そう、ですね。わかりました」



 無理やり葛藤を振り切ったアンジェロは、命令に臣従する意思を示した。それを受けてジュリオは満足そうに笑い、退室を促したため死神たちは執務室を出た。





 みんなが心配してアンジェロを部屋まで見送ると、部屋に入れと促され、入室する。するとアンジェロが口を開いた。



「お前ら妙に落ち着いてんなぁ、知ってたんだろ」


 それを聞いて動揺するメンバーの顔を見てアンジェロは嘲笑する。



「伯爵か?」

「違うよ、俺の独断」


 アンジェロの問いにジョヴァンニが進み出てそう答えた。今はまだ、悟らせるには早いと判断して嘘を吐いた。でも、ジョヴァンニだからこそあった説得力。



「ミナの為、か」

「そうだよ。ミナの為に止めたくて、俺がみんなを巻き込んだ」



 それを聞いたアンジェロは掌で顔を覆ってベッドに横たわる。自分だけ知らされなかった理由はわからなくはない。立場。信頼。それらが邪魔で。



「俺はジョヴァンニが羨ましい」

「え?」

「俺が、お前になりたかった」



 その言葉に、アンジェロの思いが全て凝縮されているようで、ジョヴァンニたちは胸が張り裂けるような思いがした。アンジェロがどれほどジュリオに忠誠しているか、どれほどミナを大事に思っているか、わかっていたから。


 だからこそ、彼らにとってこの命令は絶望としか言いようがない。



 ミナ達と出会わずに、ただ殺せと命令されたのなら難なくこなせよう。でも、出会ってしまった。3年近く傍にいて、一緒に過ごして戦って、信頼してしまった。



 大事な人、大好きな親友を謀り、騙し、裏切り、殺さなければならない。



 己の運命を、呪わずにはいられない。出会わなければよかったのに。なぜ、出会ってしまったんだろう。






 それから幾度かの仕事の中で、アンジェロも前線にでた。ミナの制止も聞かずに全員が特攻を仕掛け、一心不乱に殺し、殺し、殺した。


 苦悩を、振り払うかのように。


 さすがのミナでもそれに気づかないはずはない。みんなの様子がおかしい事に不審を抱いて、アンジェロの下に尋ねに行った。



「アンジェロ、最近アンジェロもみんなもどうしたの? 何か悩みでもあるの?」

「なんでもねぇよ」

「そんなわけないじゃない、どうしたのよ?」

「うるせぇな! 何でもねぇって言ってんだろ! お前には関係ねぇ!」


 差し出された手を振り払って振り返ると、傷ついたミナの顔。言いすぎた。でも、今のアンジェロの精神状態では、その場から逃げ出すしかなかった。




 逃げた先にジョヴァンニの姿があった。ジョヴァンニは悲しそうにアンジェロを見つめる。


「八つ当たりなんて、副長らしくない」

「うるせぇな、わかってるよ」

「あのさ、伯爵が言ってたじゃん。ミナと仲良くしてやれって。ミナと友達でいられるのは、あともう少ししかないよ」

「・・・わかってる」

「それまでは、ミナを悲しませないで。ミナを笑顔でいさせてあげてよ。もう、見れなくなるから」




 ジョヴァンニの言う通り、もう、ミナの傍にはいられない。もう、ミナの笑顔を見ることはなくなる。でも、それまでは――――――――――


 思い直して、アンジェロはミナの元に戻った。すると、ミナは少し動揺しながらも口を開いた。



「あの、ごめんね、無神経に聞いて。誰だって言いたくないことくらいあるもんね。ごねんね」


 ミナの謝罪に思わず笑いそうになって、頭を撫でた。



「悪い。ただの八つ当たりだ。お前のせいじゃねぇから」

「そう?」

「そう。ゴメン」


 アンジェロの謝罪を聞いて、ミナの顔には笑顔が戻った。すると、思い出したようにミナは言葉をかける。



「でも、私で力になれることがあったら何でも言ってね? 友達なんだから」


 その言葉に、どれほどアンジェロが救われて、同時に更に苦悩を背負ったか、ミナは知らない。突然抱きすくめられて、動揺するミナにアンジェロは言った。



「お前は、友達だ」

「え? う、うん」

「ずっと、これからも、俺の親友だ」

「そうだよ。でも、どうしたの?」

「お前は、お前だけは・・・」



 ――――――殺したくない、できることなら、守りたいのに。

 真実を言葉にできないアンジェロの声は詰まり、困惑しながらもその口調にミナも口をつぐむ。その様子を見ていた隊員たちも悲しげに目を伏せた。




「あの二人は、まるでロミオとジュリエットだな」

「恋人じゃねぇけどな」

「でも、あの二人はそれ以上だ」

「敵同士の息子と娘で」

「引き裂かれる」

「それで、死んじまうんだ」



 再び二人に視線を戻した隊員たちは、決意した。




「悲劇的結末は、戯曲だけで十分だ」

「そうだな」

「あの二人は、死なせたりしない。絶対に」




 その決意を以て、彼らに転機が訪れる。


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