第5話 生誕祭前
「クーリスッマースが今年もやぁってくりゃぁぁあぁ!」
「アハハ、ミナいつになったら犬恐怖症克服できんの?」
「ほーら、ルゥこっちこい。ルゥ、来いって! ルゥ!」
私たちにとっては実に不本意ながら、ただいまクリスマスの準備中。まぁ、城の居住者の大半はクリスチャンだから仕方がないと言えば仕方がない。
気持ちの悪い月桂樹でリースを作っていたら急にルゥが襲撃してきた。ルゥは私の背中の上にキチンと座って微動だにしない。クライドさんの言う事なんか聞きゃしない。さっさとどいてくれ、怖い。
すると、急にルゥがどいたかと思うと手を差し伸べられる。
「やっとミナを助けられた。大丈夫?」
「あ、ありがとうございます! ジュリオさん、お帰りなさい」
「ただいま」
最近ジュリオさんはとても忙しい。以前から忙しかったけど、近頃は特にだ。今日帰ってこられたのも奇跡だと言う程だ。
毎年年末は特に忙しくなるらしい。クリスマスに調子に乗る異教徒が多いとか何とか。まぁ、日本にいた時も年末年始は犯罪が急増してたし、そう言う事なんだと思う。
「それにしてもだいぶクリスマスぽくなったね。気持ち悪いね」
城の様子を見回したジュリオさんはそう言って笑う。
「本当ですよ。でも町はもっとひどいでしょ?」
「うん、もうイジメかと思うくらいだよ」
「うわぁ・・・25日過ぎるまで外出したくない・・・」
「しかも聞いてよ、俺24・25日はヴァチカンの警備。最悪」
「うっわ・・・最悪ですね。教皇容赦ないなぁ」
「本当だよ。人使い荒すぎ。もう来年こそは絶対休ませてもらう」
「今年具合悪くなって倒れてみたらいいですよ」
「あ、そうだね。それ説得力あるかも。そうしよう」
そう言って笑うジュリオさんの笑顔は相変わらず爽やかだ。久しぶりなのも手伝って、この爽やかスマイルに妙に癒される。
ところで、とジュリオさんは話を切り替える。
「ミナ、俺のいない間に伯爵に何もされなかった?」
「え・・・えぇ!? な、何もされません!」
「本当? もう俺、気が気じゃなかったよ」
「アハハハハハハ」
「もー、いつもミナは笑ってごまかすんだから。ミナと離れてる間俺がどれほど心配して、どれほど会いたかったかわかってる?」
「う、すいません」
「謝られたら謝られたでショックなんだけど・・・」
「えぅ、えーと、ありがとうございます」
「わかればよろしい。あー、会いたかった」
そう言うとジュリオさんは私を抱きしめた。オーイ、クライドさんとボニーさんと使用人さん達の視線が釘付けだよ。恥ずかしいよ。でも、ジュリオさんそんなに心配して会いたいと思ってくれたのか。なんか嬉しい。恥ずかしいけど。
まぁいいや、と諦めて、ジュリオさんが離してくれるまで羞恥に耐えていると、買い出しに行っていた死神たちが帰ってきた。
「ただいまー、あ! 猊下、お戻りだったんですね。お帰りなさい」
「ジュリオ様おかえりなさーい」
「あぁ、ただいま。みんなどこ行ってたの?」
「買い出しッス! シャンパンとかワインとか」
「あと鳥の予約とか」
「そっか、ご苦労様。ところでお前たちもミナには何もしてないよね?」
「えぇ!? するわけないじゃないッスか!」
「俺らそんな命知らずじゃないッスよ」
「あはは、そう? じゃぁいいや」
疑いをかけられた死神たちは憤慨しながら未だホールディングされている私に視線を向ける。いい加減、離してほしい。ジュリオさんは私の髪を撫でるとやっと離してくれて、一筋の毛束を取った。
「ミナ、1年ちょっとの間に随分髪伸びたね」
インドでクライドさんに切ってもらった時に肩に着かない程のショートだった髪は、たったの1年で胸下まで伸びていた。この一年で沢山吸血したせいだろうか。
普通ここまでの長さになるのに2年以上はかかると思うんだけど。以前腰まであった時は5年かけて伸ばしたのに。血と力を取り込んだせいで再生力も耐久力もついた、そのせいかな。
「確かに、伸びましたねぇ」
「ミナ、また俺が切ってやろーか?」
「うーん、どうしようかなぁ」
クライドさんの腕はお墨付きだ。あれから前髪とか梳いたりとかたまにやってもらうけど、いずれも好評だし。でも、どうしようか。今回は髪を切る理由はないし、また伸ばそうか。そう考えていたらクリシュナと北都も出てきた。
「オレは短い方のお姉ちゃんが好き」
「えー? そう? 僕は長い方が好きだな」
「短い方がお姉ちゃんぽいじゃん」
「でも長い方が髪を撫でた時に撫でがいがあるよ」
「オレ撫でられたことはあってもお姉ちゃんを撫でたことないんだけど」
「・・・それもそうだね」
どうやら体内コンビでは意見が分かれるようだ。そこで第3者ジュリオさんが口を挟んできた。
「俺は長い方が好きだなぁ。なぁアンジェロ」
「そうですね。長い方が髪の毛掴んで引き回せますからね」
「・・・クライドさん、カットお願いします」
アンジェロのお陰で迷いが吹っ飛んで切ることが私の中で決定した。なぜか舌打ちしてるけども、なんて奴だ。
「アンジェロ! お前なんでそう言うこと言うわけ!?」
「いや、猊下も同意見だったじゃないですか」
「そう言う理由じゃないよ! まぁ別にショートでも可愛いけどさぁ」
「猊下、眼科を予約しておきましょうか?」
『どういう意味!?』
「ハハハ、二人とも仲が良くて大変結構です」
誰のせいだ、こんなハミング不本意だ、とキレる私とジュリオさんをよそにアンジェロは高笑いしている。本当ムカつく奴だ。
ふと目をやると、クリシュナと北都が何やらコソコソ相談をしている。相談が終わった二人は急にニヤニヤしてジュリオさんとアンジェロに向いた。
「いやぁ、確かにミナはジュリオと仲良しかもねぇ」
「そうだねぇ。お姉ちゃん優しそうな人好きだもんねぇ」
「でもそれ以上にアンジェロと仲良しだよねぇ」
「お姉ちゃんを嬉し泣きさせる程だもんねぇ。オレ見直しちゃったよ」
「僕も。アンジェロも候補に入れていいんじゃない?」
「だよねぇ。愛を感じるよねぇ」
「普段の態度は愛情の裏返しかもねぇ」
き、急に何を言い出すんだこの二人は。意味が分からないんだけど、ていうか気持ち悪い、と狼狽えているとアンジェロも狼狽えていた。
「ちょ、何を言い出すんですか。やめてください、つーか勘弁してください。マジ勘弁してください。気持ち悪い。冗談じゃありません」
もう必死だ。あり得ない程拒絶反応を示している。慌てるのを通り越して引いてる。冷や汗通り越して鳥肌立ててるし。そりゃこっちも願い下げなんだけど、さすがに傷つくわってくらい拒絶されてる。
しかし、冗談が通じない人が、一人。
「アンジェロ? どういうこと?」
「どうもこうも、なんでもないですよ!」
「嬉し泣き? どういうこと?」
「それは別件です! 全然違う話です! 大体なんで・・・あ! そうか!」
「まさかアンジェロが裏切るとはね」
「違います! あの二人の策略ですよ! 俺達を仲たがいさせようとしてるんですよ! 騙されてはいけません!」
「まさかお前に騙されるとはね」
「猊下!? 私の話聞いてました!?」
アンジェロの解説で、ようやく体内コンビの意図が読めた。なるほどね、それはそれで面白そうだ。体内コンビおよびバカップルとその様子をニヤケながら傍観しているとアルカードさんとミラーカさんが下りてきた。もっと盛り上がる予感。
「どうした?」
アルカードさんの問いにニヤニヤしながらクライドさんが回答する。
「クリシュナと北都がさ、アンジェロに横恋慕疑惑を吹っ掛けて、今あの二人ケンカしてんの」
「小僧が? それはないだろう」
「僕から見た限りじゃ実際そんな事はあり得ないだろうけどね」
「うん、私からしてもあり得ない」
「ふふふ、面白い余興が見られそうね」
チーム吸血鬼勢揃いでニヤニヤ笑って二人のやり取りを鑑賞し、チーム死神はオロオロとその様子を鑑賞している。
ジュリオさんは前から怪しいと思ってただのなんだの言って疑いの目を向けることをやめないし、アンジェロはアンジェロで懸命に否定と説得を繰り返して信頼回復に必死だ。
しばらくその様子を眺めていると、ボニーさんが口を開く。
「ねぇ、あたしなんかアンジェロが可哀想な気がして来たよ」
「そうですね・・・」
「なんでアイツあんなに信用ねーの? ジュリオの一番の側近なのに」
「日頃の行いじゃないかしら」
「あぁ・・・なるほど」
ミラーカさんの言葉に思わず納得していると、急にアルカードさんがニヤニヤしだした。
「ミナ、小僧を助けてやれ」
「え? あぁ、はい」
アルカードさんの命を受けて二人の下に歩み寄ると背後から再びアルカードさんの声が聞こえた。
「見てろ、より面白くなるぞ」
ん、どういうこと? と疑問に思ったけど、そのまま二人の間に割って入った。
「まぁまぁ、ジュリオさん、もういいじゃないですか。よく考えて下さいよ、あり得ませんよ。ねぇ?」
「うわ! やめろ! お前が出てくんな!」
「なんでよ? 折角弁護に来たのに」
「頼むからお前は今は黙ってろ! 引っ込んでろ!」
アンジェロの物言いに憤慨していると、ジュリオさんがこちらを見つめて、いや、睨んでいるのに気付いた。
「ていうか、なんでミナがアンジェロの弁護に回るわけ? あぁ、そうか。二人揃って事実を隠蔽する気か。必死だね」
「違いますよ! あり得ないし! アンジェロの言う事は本当ですよ? 信じてあげてくださいよ」
「信 じ て あ げ て だ と?」
どうもジュリオさんの逆鱗に触れたらしい。とうとうバカコンビで怒られながら説得する羽目になった。
「バカ、だからお前は引っ込んでろって言ったんじゃねーか・・・」
「う、うぁ・・・ごめん」
さっきよりも怒り出したジュリオさんの様子にアルカードさんが言っていた、より面白くなるという発言の意味をようやく理解した。分かってて私を仲裁役に派遣するなんて、鬼だ。
しかし、鬼が頭角を現すのはこれからだった。
「まぁまぁ、ジュリオ、落ち着け」
「これが落ち着いていられますか! 伯爵は許せるんですか!?」
勝手に裏切られたと思い込んだジュリオさんにアルカードさんはニヤリと笑って、最後にして最大級の爆弾を投下した。
「ミナにとって小僧はかけがえのない存在だ。小僧にとっても然り。お互いがお互いを信頼しきっている。私が認めてやらないわけにはいかないだろう?」
目の前に焦土が広がるのが見えた。
「伯爵!! アンタ最悪だよ! なんてこと言うんだ! そんなに俺が嫌いか!」
「アルカードさん、本当最悪ですよ! これじゃ収集つかない!」
「私はウソを言ったつもりはないがな」
「状況! 空気読めよ! つーかワザとだろ!」
「あああ、アンジェロ、ヤバい。ジュリオさんがヤバいよ」
ジュリオさんはアルカードさんの言葉にどれほど衝撃を受けたのか、フラフラとクリスティアーノに抱き着いた。
「まさか、まさか、伯爵が許すなんて、信じられない。伯爵が許したってことはクリシュナの後継も同然じゃないか。まさかこんな身近に裏切り者がいたなんて、許せない。許せない。そうか、それなら俺だってやりようがあるぞ。そうだ、そうしよう、その手があった」
ブツブツ言っていたジュリオさんはふっとこちらに目を向けた。
「アンジェロ、ミナ、二人とも死神除隊。アンジェロは教皇庁クビ。出ていけ」
『えー!?』
この解雇通告にはさすがに全員が驚いて、私達と死神も総動員でジュリオさんの説得に回る羽目になった。
「ジュリオ、いくらなんでもクビは酷いわ。坊やはあなたの側近じゃない」
「それはちょっとあんまりッスよ!」
「二人は無実ッスよ! マジで!」
「ミナちゃんと副長いないと困るんスから!」
「その点は心配ない。新隊長はクリスティアーノ、副長はクラウディオとレオナルド」
「え。マジっすか? やった!」
「レオ!? しっかりしろ! 権力に憑りつかれんな!」
みんなで延々と説得を繰り返していると、徐々にジュリオさんも落ち着いてきたようだ。そんなジュリオさんから提案。
「わかった。じゃ証明してくれたら撤回してやってもいいけど」
「証明ですか?」
「そう、何もないという証明」
何もないという事をさんざん言っているのにわかってくれないという事は、言葉じゃ証明にはならない。かといって物的証拠なんて何もない。何もないんだからなくて当たり前だ。
ちょっと待ってください、とアンジェロと相談を始めた。
「証明するものなんて無いよ」
「証言じゃ証明にならねぇよな」
「どうすれば納得するの?」
「・・・うーん、あ! いや、でも、うーん・・・」
何かを思いついた様子だったアンジェロはすぐに打ち消して悩みだす。解決策がない以上この際なんでもいいじゃないか。
「何? 何とかなるならもうそれでいいじゃない」
「うーん、そうだな。背に腹は代えられねぇし、俺とお前の保身のためだ。いいか、無実を立証することは難しい。なら、実際にあることを証明すればいい」
「どういうこと?」
「俺とお前の間には何もない。だけどその証明はできない。でも、お前とクリシュナさんの間にあるものは証明できる」
「あ! なるほど! でも、それって・・・」
「言っただろ、背に腹は代えられねぇ。保身第一! GO!」
「ヤ、ヤー!」
クリシュナを引き連れてジュリオさんに振り向いて、クリシュナにきゅっと抱き着いた。
「ジュリオさん、お忘れみたいですけど、私にはクリシュナって言う旦那様がいるんですよ? 世界で一番クリシュナを愛してるし、私たちの間には誰も入り込む隙間なんかありませんよ」
「わぁ、ミナ、嬉しいこと言ってくれるね」
「当たり前じゃない。だって、クリシュナなんだよ。クリシュナ以外の人なんて考えられないよ」
「僕もだよ、ミナ愛してる」
「私も愛してる」
「ちょ! ストーップ! わかった! わかったからストップ!」
うっかり夫婦次元を構築してこれほどの人前でキスしそうになったら、ジュリオさんが慌てて止めに入って来た。
「うん、わかった。よくわかった。わかったから俺の前でイチャつくのはやめて・・・」
「わかってくれたならいいんです。ありがとうございます」
「・・・アンジェロ、ごめんね」
「・・・いいえ、こちらこそ」
落ち着いたところでミラーカさんが口を開いた。
「ところで、事の発端は何だったの?」
そう言われてみんなで考え込む。
「そもそも、よく考えたらクリシュナと北都のせいじゃん?」
「だよな。体内コンビの策略じゃん」
「クリシュナ、そもそもなんでそんなことを?」
「ミナとジュリオが仲良くしてる風なのが気に入らなかったから」
「まぁ、じゃぁ坊やはとばっちりでクビになるところだったのね」
「本当だね。よくよく考えてみるとミナの髪を切るかどうかって話じゃなかったっけ?」
「あーそういえばそうだな」
私の髪を切る話からアンジェロの首を切る話になるとは。すごいや。
「で、結局ミナは髪どーすんだっけ?」
クライドさんが指でチョキチョキやってみせるのを見て、あれ、どっちだったっけ? と頭を悩ませているとアルカードさんが話に入って来た。
「切るのか?」
「いえ、どうしようかなって」
「ではそのまま伸ばせ。髪色を明るいベージュに変えろ」
「はい、わかりました」
一 件 落 着 !!
「最初から伯爵がいれば、俺が解雇寸前まで追い込まれることも、とばっちりを受けることもなかったのに・・・」
「まぁ、たまにはそういうこともあるよ!」
「お前のせいでな! 本っ当お前と関わるとロクなことがねぇ・・・」