第3話 調査結果
それから約4か月後。
書類を手に廊下を歩くジョヴァンニは、怒っていた。その勢いのままアルカードの部屋にノックもせずにはいると、そこにはアルカードとミラーカが待ち受けている。
「これは、一体どういう事ですか! 伯爵は最初から知ってたんですか!?」
声を張り上げながらアルカードの目の前に書類を叩きつけた。ジョヴァンニの様子に溜息を吐きながらアルカードはその書類を拾い上げる。
「知らないから調査を頼んだに決まっているだろう」
「伯爵・・・あなたは何を知ってるんですか!」
「何も知らない。少し待て、調査報告を読ませろ」
「こんな・・・こんなことが・・・俺達は、ずっと・・・」
ジョヴァンニの様子を若干気にしながらもアルカードは書類に目を通していく。ある程度予想はしていた。もしかしたら、とは思っていた。書類には予想が事実であると言う旨が詳細に記されている。
アンジェロ・ジェズアルド 両親は銃殺により死亡 本人は行方不明扱い
クリスティアーノ・インザーギ 両親は事故死 本人は行方不明扱い
クラウディオ・フォンダート 両親は事故死 本人は行方不明扱い
レオナルド・ジュリアーニ 両親は銃殺により死亡 本人は行方不明扱い
エドワード・クロムウェル 両親、本人共に行方不明扱い 後に両親の遺体を発見
アレクサンドル・ミッテラン 両親、本人共に行方不明扱い
ヨハン・シュトレーゼマン 両親は銃殺により死亡 本人は行方不明扱い
オリバー・スプリンガー 両親は銃殺により死亡 本人は行方不明扱い
ミゲル・デ・バンデラス 両親は銃殺により死亡 本人も死亡扱い
ルカ・フォンドリエスト 両親は健在 本人は生後3か月時に死亡扱い
ジョヴァンニ・マキァヴェッリ 父親は健在 母親は病死 本人は生後2か月時に死亡扱い
・両親が死亡している者は当時の報道によるといずれも強盗の犯行となっている
・両親が健在なものは幼少時にいずれも重病に罹っているとされ、病院にて死亡との報告
・事故死扱いの者は事故に見せかけた殺人の疑い
いずれにおいても、両親を殺害後または病院より誘拐されたものと思われる。この件の調査によって、ある組織の存在が判明。裏付けによりその関連が確定した。
書類を読むアルカードの視線が、ある一点に集中した。
「・・・これは、まさか」
「伯爵?」
「アルカード? どうしたの?」
突然顔色を変えたアルカードにジョヴァンニとミラーカは不審がる。アルカードは悔しげに目を瞑って息を吐くと頭を抱えて、そのままの姿勢で、読んでみろ、とミラーカに書類を渡した。
目を通し始めたミラーカは、しばらく読み進めるとやがてアルカードと同じように目を止めて、驚愕の表情を浮かべた。
「な、これはどういうことなの!? まさか、そんなことが!」
「あの・・・?」
「おそらくそのまさかだ。ジョヴァンニ、この報告書に誤りはないな」
「はい」
「この裏付けと言うのは?」
「侵入して証拠をつかみました。連絡先と俺たちの資料がありました」
「・・・そうか」
「あの、一体・・・?」
動揺を隠せない二人の様子に不審に尋ねるジョヴァンニ。アルカードは大きく息を吐いて目を瞑ると、覚悟したかのように目を開けた。
「良いだろう。ジョヴァンニ、お前に話そう」
「何を・・・ですか?」
「私達の過去、この書類によってもたらされた真実、そしてこれから起きることを」
話を聞いたジョヴァンニは驚きを隠しきれなかった。自分達死神と、不死の王、そしてミナ達吸血鬼との、交錯する運命に。
「そ、んな、そんなことが・・・まさか、信じられません」
「私だってそう思いたくはない。そうであってほしくはない。だが、恐らくそうなのだろう。あの時言っていた。聞いてきた、と。ずっと不思議に思っていた。聞いた? 誰に? 内部の者ではありえない。外部の者でもあり得ない。だが、例外が存在した」
「知っていたのよ、最初から。計画だったんだわ・・・許せない」
「あぁ、運も手伝ってその計画はほとんど成功している。後はその時期を待つだけだろう」
「ちょっと待ってください。じゃぁ、これからどうなるんですか? 俺達は、あなた達は?」
「このまま放っておけば、恐らく戦争だろう」
「そんな・・・一体どうしたら・・・」
ジョヴァンニは頭を抱え、ミラーカは悔しそうに眉根を寄せる。アルカードは再び大きく息を吐いて、口を開いた。
「無論、このまま放っておくつもりはない。ここまで周到だとは思っていなかったが、ある程度の予想はしていた。だがジョヴァンニ、私は止めたい。止めようと思う」
「・・・ですが、聞く限り止められるようなことだとは思えません。逃げましょうよ!」
「それはできない」
「何故ですか! このままではいずれミナも、死神たちも伯爵の言う戦争に巻き込まれるんですよ!?」
「私の蒔いた種だからだ。私の存在が引き起こすものだからだ。決着は、つけなければならない。逃げることは許されない。例え何を犠牲にしようとも」
「でも・・・! 俺達も、ミナも、ボニーさんもクライドさんも、ミラーカさんだって関係ないじゃないですか!」
思わずそう叫んだジョヴァンニはすぐにハッとして、アルカードの様子を窺うような眼をすると黙り込んだ。アルカードだってわかっているはずだ。全ては自分が招いたことだと、自分の責任だと。分からないはずはない。後悔しているはずだ。それをさらにジョヴァンニが追及する必要はなかった。
謝罪しようと顔を上げたジョヴァンニにミラーカが口を開いた。
「あなたの言う通り本当なら誰も関係ない事よ。でも、もう関わってしまった。私達のせいでジョヴァンニたちの人生を狂わせてしまった。呪いのせいで私たちの運命に狂いが生じてしまった。呪われた運命に、私達とあなた達は出会ってしまった。もう、逃げることは許されない、出会ってしまったから。だからこそ、止めたいのよ。あなたは止めたいとは思わない? 手伝ってくれる気にはなれない?」
「出過ぎたことを申し上げました。すみません。勿論俺だって止めたいです。だけど、これほどの事態が起きていることを、もしみんなが真実を知ってしまったら、もしミナが知ってしまったら、そう思うと・・・」
「そう、だからこその箝口令だ。誰にも知られないうちに陰でこの件を解決できれば、ミナも死神たちも今まで同様に笑っていられる」
「そう、ですね。でも、もし失敗したら、その時は・・・」
「戦争だ。もしそうなれば私達もお前たちも戦いを避ける事は出来ない。ジョヴァンニ、止める手伝いをしてはくれないか?」
アルカードとミラーカの説得に、ジョヴァンニは俯く。
今自分がここに居るのは、彼と彼らのせい。予想でしかないけど、恐らくアルカードの言う通りになるのだろう。真実を、ミナの事を仲間の事を思うと心が引き裂かれそうになる。逃げ出したい。でも、それ以上に―――――――止めたい。
ジョヴァンニは顔を上げた。
「俺にも手伝わせてください。何でもします。俺も、止めたい」
決意を携えたジョヴァンニの言葉とその視線に、アルカードとミラーカは安心したように微笑んだ。
「ありがとう、ジョヴァンニ。あなたは優しい子ね」
「ありがとう。お前が手伝ってくれるなら、きっと止められる」
「はい。止めましょう。どんな手を使ってでも」
「あぁ、だが、約束してほしい」
「なんでしょう?」
笑顔を止めて、急に真顔になったアルカードにジョヴァンニは少しだけ萎縮した視線を向ける。そんなジョヴァンニにより強い視線を向けて、言った。
「もし、止められなかったときは、お前たち死神は逃げろ」
「そんなことできません!」
「考えても見ろ、もし止められなかったときにお前たちの敵が誰になるのかを」
「・・・・・」
「お前たちの周りは敵しかいなくなる。誰も味方になってはくれないだろう。だから、逃げろ」
「でも・・・」
「本来ならお前たちは関係ないはずだった。本来なら今頃お前はイタリアの片田舎で両親と一緒に農園でオリーブの栽培でもしていただろう。お前の人生を狂わせたのは私だ。その上お前たちまで巻き込みたくはないし、なによりお前は戦えるのか? 私達も敵になる。味方だと思っていた者も敵になる。誰を信じていいかわからなくなる。そんなことに巻き込みたくはないんだ」
アルカードの言っていることはもっともだった。既に裏切られている。これから裏切らなければならない。そんなことに身を置く事など耐えられない。だけど、ジョヴァンニは既に誓っていた。
「逃げませんよ! 他の奴らは良いです! でも、俺は逃げません、逃げられません、逃げたくありません! 俺はミナに忠誠を誓いました。俺が今生きているのはミナのお陰なんです。ミナの為に、止めて見せます。もし止められなくても、俺はミナの為に、ミナを信じて戦います」
その言葉を聞いて、アルカードは悲しげに微笑んで、ミラーカはその大きな瞳に涙を溜めた。
「そうか、ありがとう、ジョヴァンニ」
「ジョヴァンニ、ごめんなさい。あなたに、過酷な選択をさせてしまって。辛い運命を歩ませてしまって、ごめんなさい」
「いいえ、俺の人生は俺が決めます。俺が決める事です。誰を信じて誰に着いて行くかは、俺が決めます。自分で決めたことなら、仮に後悔をしても誰も責めなくて済むから」
「・・・そうだな。・・・はぁ、まぁ勉強にはなったな。他人から享受される状況を受け入れているだけではその内裏切られても仕方がないという事だ。全く、高い授業料を支払わされたものだ」
「本当ですね。でも、取り返せなくはないです」
ジョヴァンニらしからぬ強気な言葉にアルカードは一瞬驚きつつも、すぐに笑って見せた。いつも通り、不遜に。
「あぁ、できる事なら帳消しだ。それが無理なら倍の利息で取り返す」
「はい。伯爵、まずは何をしましょう?」
「そうだな、とりあえず計画の進捗状況を探る必要がある」
「わかりました。お任せください」
「あぁ、だが無茶をするなよ」
「わかってます」
「さわりだけで構わない。状況を悟られそうならすぐに手を引け」
「はい、わかりました」
一礼して退室するジョヴァンニを見送って、アルカードは目を瞑る。
本来なら、ただ、個々の決着をつけようと思っていただけだった。だが、状況はそれを許してくれそうにない。自分のまいた呪いの種は、いつしか城を覆い尽くすほどに大きく成長していた。既に自分一人で抑える事などできない程の事態が発生していた。
すべては自分のせい。知りたくはなかった。だが、知らなければならなかった。自分の責任において、終止符を打たなければ。
巻き込まれた者も、その心も犠牲になる。否、既になっている。自分のせいで。止めることが出来るのか。ジョヴァンニの言う通り、止める事は難しい。その可能性は那由多の彼方にあるように見えるほどに。
だが、止めたい。全てはミナの為に、愛する者の笑顔を守る為に。愛する家族のために。愛する者が大事にしている者を守る為に。
たとえ自分が消えてしまっても、自分が消えた後でも、ミナが笑顔でいられるように。




