第2話 木端微塵
部屋から出て階段を降りようとすると、ジョヴァンニがアルカードさんの部屋から出てきた。
「あ、ジョヴァンニおはよう!」
「おはよー。ていうか、どういうことですかマエストロ」
「なにがだねディシェーポロ」
急にムッとした表情になって詰問してくるジョヴァンニに首を傾げると溜息を吐かれる。とうとうジョヴァンニまでチーム溜息に仲間入りを・・・そう思ってジョヴァンニを見つめていると、キッと睨みつけられた。
「俺達はちゃんと! 普通に! 女が好きだけど!」
「あっ!」
どうやらチクられたのは私の方だったらしい。この分じゃ多分みんなに行きわたってるな・・・どうしよう、怒られる。暴君にも死神にも怒られる。
「何がどうなったらそう言う発想に行きつくわけ!?」
「だって、女人禁制とか言うから」
「そんだけでそれはないよね!? みんなめっちゃショック受けてたぞ!」
「それは、ゴメン」
「みんなに怒られても俺知らねーよ」
「助けてくれるでしょ?」
「くれるでしょ!? くれねーし! 俺も被害者!」
「ジョヴァンニのケチ!」
「全っ然ケチじゃないから。当然だから。必然だから」
プリプリと興奮するジョヴァンニの隣で溜息を吐きながら階下に降りると、クライドさんとボニーさんと一緒に死神たちがポーカーをして遊んでいた。
「ウノ!」
「ボニーさん!? それゲームちげぇし!」
「ポーカーこんなんじゃなかったっけ?」
「ならウノって言うのおかしくね!?」
「しかもボニーさんのルールだとブラックジャックになってるし!」
「だって久しぶりだもーん! 忘れた!」
どうやらこのバカップルと死神は気が合うようだ。そう言われてみるとノリが似てる気がする。ていうか、そもそもこの二人もチンピラだったな。
「おはようございまーす」
「あ、ミナおはよー」
「おーおはよ!」
挨拶をするといつも通り元気に返事を返してくれるボニー&クライドとは対照的に、死神たちからは冷たい視線を浴びた。
「副長、来ました。奴です」
「今日の祭りの主役だ」
「盛大に祀り上げてやろうじゃん」
「あぁ、それはもう華々しく、盛大にな」
なんですか、一体何フェスティバルが始まると言うのですか。思わずジョヴァンニの陰に隠れるも、すぐにジョバンニに前に突きだされる。
「あ、おはよー・・・祭りってなぁに?」
笑顔でごまかそうと知らないふりをして尋ねると、アンジェロは銃を取り出してこちらに向けた。
「血祭りに決まってんだろーが! このバカ女!」
「きゃぁ! それやめて! ジョヴァンニ! ヘルプ!」
「やーだ」
「えー!? ボニーさん、クライドさん助けて!」
「ミナ、またなんかやったのか」
「懲りないなぁ」
「えぇ、全くです。オラ、土下座して撃たれんのと血祭りにあげられんのどっちか選べ」
「結果的には撃たれるんだ!?」
「当たり前じゃねーか! せめて撃たねぇと気が晴れねぇんだよ!」
「せめてで撃つの!? アンジェロの理性のリミッターおかしいよ!? 修理に出した方がいいよ!」
「うるせぇてめぇマジコノヤローふざけんなよバカにも程があんだよいい加減にしろよこの俺様にあらぬ疑いをかけて誹謗中傷した罪は万死に値する大体てめぇ俺に何されたか忘れたのかよ忘れたとはいわさねぇぞいや普段は忘れてくれてた方がありがてぇけど今回に限っては許せん撃つ撃ち殺す泣いて許しを懇願するまで許さねぇブツブツブツブツ・・・」
こ、怖い! アンジェロの目がピカーてなって背後にゴゴゴゴゴって出てる気がする! ていうか、ここまで怒るほどの事だったのか。それともみんなの怨念がアンジェロに集まったのか。私的には「ごめんね(笑)」で済むと思ってたのに・・・
アンジェロの噴出するオーラにアワアワしていたら、急にクライドさんが口を開いた。
「“俺に何されたか”ってなに?」
そのツッコみにアンジェロは急にオーラを引っ込めて、クライドさんににこっと笑った。
「さぁ? なんでしょう? 知りません」
「お前が言ったんじゃん」
「そうでしたっけ? 存じ上げません」
「とぼけんなよ」
「記憶にございません」
「随分都合のいい記憶喪失だな」
「ハハハ、そうですね。よくあることです」
「ねぇよ」
「ハハハハハ」
「笑ってごまかすな・・・ってあれ? ミナは?」
「あ! んのヤロー逃げやがったな」
クライドさんが時間を稼いでくれたおかげでまんまと逃げおおせた。今日はもうリビングに行くのは辞めて書斎でお勉強しておこう。
「ほぉ、なるほどねー。ウロボロスって力の循環とかそう言う意味だったのねー」
この世の創造と破壊を全て解き明かそうと言う錬金術の思想。昔の人は物質にはその物質固有の“精”が宿っていると信じて、その精を抽出するために努力をしていた。
現代科学ではそんなことはありえないんだけど、物質がどのように構成されているのか、それはすごく興味ある。
ウロボロスがあらわす循環だってただの迷信ではないと思う。例えば私たちの体に例えるなら血液の循環、動脈から静脈を経て心臓に到達し再び動脈へと流れて循環する私たちの血液、私たちの力。
私達吸血鬼の体はウロボロスそのもののようだ。神の断りなく物質を変化させることから教会から嫌われ、呪われた術と言われる錬金術。私達にピッタリじゃないか。呪われた吸血鬼が呪われた術を勉強してるなんて、神様今頃あいたたたーってなってるだろうな。
満足して読み終わった本を直し、新たに買ってきた本を開く。
ウフフ、これ読んでみたかったんだよねぇ。ジャジャーン! 「世界の兵器」!
ウキウキしながら本を開くと、第一次世界大戦から、現在の名だたる大国の保有する武器なんかが事細かに記してある。
あー、フランスの水爆実験は有名だよね、あら、イタリアって核持ってないのか。はい、出ました! 原爆! ファック!
ところどころ本にツッコミを入れながら読んでいると、なんだか無性に現物が見たくなってくる。どこかで私に爆弾を拝見させてくれる施設がないかしら・・・この時間じゃ、ないか。
「いや、あるじゃん!」
急に思い立ってすぐに書斎から飛び出した。全速力で廊下を走ってドアを開け放つと、驚いた表情でこちらに振り向かれた。
「隊長、ノック位してほしいんだけど」
「そんな事より、クラウディオ! 爆弾見せて!」
「・・・は?」
「得意でしょ! 見せて! 作って! 見たい!」
「はぁ? 爆弾なんてなにすんの?」
「何もしないよ! 私の知的好奇心を満たしてくれたらいいの!」
「はぁ・・・まぁいいけど」
ベッドでゴロゴロしていたクラウディオは起き上がってデスクへ着いた。その横で膝立ちしながら、待ち構える。
「早く! 早く!」
「急かすなよ。どんなのが見たいわけ?」
「えっとねー、薬品混ぜてボン! て感じの!」
「ここを爆発させるつもりか。時限式でいいか? ていうか、目輝かせすぎじゃん」
「なんでもいいから早く!」
「ハイハイ」
私が一生懸命急かすと、クラウディオは渋々デスクに材料を乗せる。それをゴチャゴチャと組み立てながら、色々と説明してくれた。
「火薬っつーのは、それに火をつけてもそれだけじゃ爆発しないって知ってた?」
「え? そうなの? 知らなかった。じゃぁどうするの?」
「そこで、この信管を使うわけだ」
「聞いたことはある。それってどんな役割なの?」
「役割は主に4つ。1・起爆時期を感知する機能。2・所望の時期以外では絶対に起爆させないための安全装置。3・安全装置の解除機構。4・弾薬の起爆装置」
「ほぇー! 信管ってそんな重要だったのね!」
「そーそー。コイツで火薬に点火して衝撃波を与えて初めて爆発するわけだ」
「なぁるほどー!」
作業と同時進行のとてもわかりやすい説明に、フンフン頷きながら爆弾が完成していくのを眺めるのはとても楽しい。初めて見る爆弾づくりにテンションは有頂天だ。
「で、ハイできあがり」
「はやーい! すごーい! 爆破して!」
「何言ってんの!? ダメに決まってんだろ!」
「いいじゃない! ケチ!」
「いや、ケチじゃねぇ。まっとうだ」
爆破コールを繰り返す私に警戒したのか、クラウディオは作った爆弾を私から遠ざける。それを見てケチーとデスクにうなだれると、クラウディオはクスクス笑い出した。
「それにしてもなんで急に爆弾なんか見たくなったわけ?」
「世界の兵器って本を読んでたら興味が湧いたから!」
「また特殊なモンに興味持ったな・・・普通の女はそんな事興味もたねぇだろ」
「普通の女じゃないもん。吸血女だもん」
「それあんま関係なくね? 変わった趣味してんなぁ」
「爆弾作った張本人が言う?」
「・・・それもそうだな」
クラウディオとケラケラ笑っていると、急に部屋のドアが開いた。
「おーい、クラウディお? お前ここでなにしてんだ?」
何やら箱を抱えたアンジェロが入って来た。
「今ね、クラウディオに爆弾の作り方教えてもらってたの」
「ほぉ、この俺様から逃げ回ってると思えば、そんなもんで反撃するつもりだったのか」
「違うわよ! ただの好奇しうっ!」
私の返事を聞きながら、アンジェロは持っていた箱をデスクの横に膝立ちする私の後頭部に思い切りぶつけながらドサッと置いた。
「なにすんのよ! 痛・・・くはないけど!」
「じゃぁいーじゃねーか。つか好奇心で爆弾? お前バカの上に悪趣味だな」
「アンジェロに言われたくないよ! 悪趣味ワールドカップがあったらアンジェロが間違いなくMVPだよ!」
「残念ながらMVPは伯爵だ」
「アルカードさんはアンジェロ程鬼畜じゃないよ!」
「誰が鬼畜だ。伯爵の女の趣味が悪趣味すぎるつってんだよ」
一瞬意味が分からなかったけどすぐに思い出して、アルカードさんじゃなくて自分が侮辱されているんじゃないかという疑惑が出てきた。
「ちょ、それ誰のこと言ってんの? 誰のこと言ってんの!?」
「心当たりがあるならそれで合ってる」
「むきー! ムカつく!! クラウディオ! やっぱ爆破しよう! 攻撃用意!」
「いや、しねーから」
「んもー! ケチ!」
「だから俺はケチじゃねぇって」
「クラウディオ、どうせなら吸血鬼の耐性を調べるためにミナを爆破しよう」
「いや、しねーって」
「お前つまんねぇ」
「なんなの、二人とも。頭おかしいんじゃねーの」
『おかしいのはアンジェロ(ミナ)!!』
「・・・バカコンビめ。つーか副長はなんか用事があったんじゃねーの? この箱はまた廃品回収&物々交換?」
呆れたような顔をしながら持ち込まれた箱をポンと叩くクラウディオの言葉にアンジェロは思い出したように声を上げた。
「あ、そーだった。そうそう、お前で最後」
それを聞いたクラウディオはテレビの所に行って何やらゴソゴソ漁り始める。
「うーん、どーしよっかなぁ。コレは気に入ってるしなぁ。んー、俺は今回は回収なし。箱のやつ見して」
「ホレ。つかお気に入りってどんなやつ?」
男二人はなんだか箱とテレビ棚を漁り始めて、コレは面白いだのつまんないだの評論をし出す。なんだかいきなり仲間外れにされて、二人の傍に寄って尋ねてみた。
「なぁに? なにしてるの?」
「あ? あぁ、いらなくなったDVD集めて欲しい奴と交換して回ってんだよ」
「DVD? 映画?」
首を傾げる私にアンジェロは思いついたような顔をしたと思ったら急にニヤニヤ笑い始めた。
「そうそう、ミナ一緒に見ようか」
「え?」
「とっておきの奴を見せてやろう。えーと、あった。クラウディオ再生」
「了解」
箱をゴソゴソ漁って取り出したものをクラウディオに渡すと、クラウディオはプレイヤーに入れて早速再生を始める。私はアンジェロに座らされて、私の隣にアンジェロとクラウディオも座って映画鑑賞が始まった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
なんだろう。刑事もの? 女刑事が単身敵地に乗り込んでいっている。イタリアで流行ってた刑事ドラマ?
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
《きゃぁぁぁ! やっ! 離して! あっ、あぁっ! あぁん》
「!! ぎゃぁ! なんじゃこりゃぁぁ!」
「AVだけど?」
画面の中では女刑事がそれはもうヒドイ目にあわされ始めた。慌てて部屋から逃げようと立ち上がると、腕を掴まれて再び座らされてDVDのパッケージを見せられた。そのタイトルがもうヒドイ。
“強制妊娠凌辱の女刑事。集団ピ――に飼いならされる美人刑事・マリア”
「な?」
「なにが!? なにこのタイトル! 怖すぎなんだけど! ていうか止めて!」
「謝罪は?」
「なんで!? ・・・あ。・・・ごめんなさい、止めてください」
「わかればよろしい」
頷いたクラウディオはすぐに停止してDVDを取り出した。どうやらBL疑惑をまだ怒っていたようだ。ていうかヒドイ。もう色々ヒドイ。
「ちょっとちょっと、僕の奥さんに変なモノ見せないでくんない?」
急に視界が遮られてクリシュナの声が後ろから聞こえた。さすがにクリシュナも耐えかねたようだ。さすがは私の旦那様だ。
「うわーん! クリシュナぁぁ! ヒドイよね! セクハラで訴えてやる!」
「うるせぇ。自業自得だ、バーカ」
「やめなさいってば。ミナに妙な調教施すのはアルカードだけで十分だよ」
「え、私調教されてんの・・・ていうか、アンジェロの趣味がヒド過ぎる。怖すぎる」
「うるせぇ。普通だ。他の奴の方がだいぶ面白れぇぞ」
私の文句にムッとしながらもアンジェロはまた箱をあさりだして、私の前にパッケージをぶら下げる。そこにはOLさんとナースさんが映っていた。
「これはヨハンの」
「ヨハン!? ・・・制服好きなんだ」
「こっちはジョヴァンニ」
「ジョヴァンニまで・・・人妻好きなんだ」
「人妻!? ミナが危ない!」
「どっちかっていうとミナは未亡人でしょ」
「僕はまだ生きてる! お前本当ムカつくな!」
「まぁまぁいいじゃないですか。それよりクリシュナさんはどんなのが好きですか?」
「えぇ? ていうか、他にどんなのがあるの?」
「えっとー、コレとか」
なぜかクリシュナまで一緒になって箱を漁り始めて男3人で盛り上がり始めた。なんだこれ、どういうことだ。クリシュナは私に不満があるのか。
「みんな趣味が偏りすぎじゃない? 大半がアブノーマルってどういうこと?」
「鬼畜系は大概副長のですよ」
「お前うるせーよ。クリシュナさんも一緒に見ます?」
「え? いいの?」
「いいのってなに!? ダメだよ!」
「えー、ミナのケチ」
「ダメー!」
「プ。AV女優に嫉妬すんなよ」
「うっさい! ほら、クリシュナ行くよ!」
渋るクリシュナを無理やり引き摺ってクラウディオの部屋から退室した。せっかくクラウディオに作ってもらった爆弾の感動はどこへやら。木端微塵に爆破された。