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第7話 育児教育




「話って何かしら?」



 ソファに腰かけるミラーカにアルカードは不遜に口角を釣り上げた。



「ミナがジョヴァンニを吸血鬼にした」


「あら、それじゃジョヴァンニはミナちゃんの支配下に、あなたの支配下になったという事ね」


「そうだ。どうやら運は私に味方したらしい」


「そのようね。運も才能の内と言うけれど、この運を生かしてこその才能よ」


「勿論この機会を逃す手はない。ジョヴァンニには存分にミナの為に働いてもらう」


「ミナちゃんの為ねぇ・・・物は言いようね。ジュリオは知らないんでしょうね?」


「当然だ。小僧が上手く立ち回ってくれたようだしな」


「フフ、あの坊やも可哀想に。ミナちゃんにも、話さないつもり?」


「こんな状況でなければ当然話していたが、状況が状況だ。アイツには言わない」


「そう・・・でも、そうね。その方がいいわ。きっと辛い思いをすると思うけど・・・」


「・・・そうだな。アイツには辛い思いをさせるだろう。だが、それでもダメだ」


「失敗は、許されないわね」


「わかっている。すべては私の責任において成し遂げなければならない」


「ええ、そうね。私も使命を果たすわ。いつ?」


「2年後、12月24日。もしかすると早まる可能性もあるし、実行する必要もないかもしれないが」


「あなたも面白い日に死んだものね。そう、あと2年しかないのね・・・時の流れは速いわね。きっと2年なんてあっという間でしょう。間に合う?」


「間に合わせる。立つ鳥が跡を濁すわけにはいくまい。きっとミナは辛い思いをするだろう、苦しむだろう。それでも、私はやらなければいけない」


「えぇ、その時は私も一緒よ。今までどおりにね。あなたの子供たちに未来を残す為に、私は全てを捧げるわ」


「本来ならそうして欲しくはないんだがな。まぁ覚悟の表れとして受け取っておく」


「嬉しいわ、ありがとう。でも、もういいわ。私の願いは叶ったから。後は、使命を果たせばそれで許されるかもしれない。それで、いいわ」


「ミラーカ、お前には出会った時から苦労を掛けどおしだな。すまない」


「いいのよ、あなたの為だもの。友達なんだから当然よ。それにあなたと出会っていろんなものを貰ったのは私の方。あなたと出会って家族までできて、私は幸せよ」


「そうか、ありがとう。お前と出会えたことは神に感謝した方がいいかもしれんな」


「そんなことしたら神は怒るでしょうね。せいぜい自分の失策に地団太踏めばいいわ」


「ハハ、全くだな」






*********************************************************************






 コンコン

「ジョヴァンニー、ミナだよ。入っていい?」

「どーぞー」



 返事を受けて部屋に入ると、ジョヴァンニの部屋にはクラウディオとクリスティアーノとアンジェロもいた。みんなジョヴァンニが心配だったのか、待ってましたとばかりに私に視線を投げてくる。


「ミナ、どしたの?」

「おやつのじかん」


 そう言って輸血パックを目の前にぶら下げると、ジョヴァンニは露骨に嫌そうな顔をした。



「そ、そーだったぁ。正直俺、それが最大の関門だよ」

「私もそうだったよ。だから、無理することはないんだけどね」



 ジョヴァンニの隣に腰かけて、そんなこと言ったのに普通にパックに口をつけた。



「ミナはなんで吸血鬼になったの?」

「ん? 騙された」

「だ、騙されたの?」

「そ。酔いつぶれて、気が付いたらアルカードさんちにいて、気が付いたら吸血されてて、気が付いたら吸血鬼になってた」

「・・・伯爵って、すごいね」

「つか、それで着いて行ける隊長がすげぇ」

「よく言われる」



 詐欺被害の私にみんなは憐憫と呆れの表情を向ける。ていうか、なんで呆れられてんだよ、このヤロー。意味わかんないんだけど。



「でもね、約束したの。あの人の為に生きてあの人の為に死ぬって。まぁ死ぬかはわかんないけど、でもあの人の為に生きるの。あの人がいてくれたから今私は生きていられるんだ。何度も助けてもらったの。私の命も心も守ってくれた。そう言う事がたくさんあったの。だから決めたんだ、一生あの人の傍であの人を支えてあの人の為に生きようって」



 自分で言いながら思った。本当に私アルカードさんが居なきゃ今頃生きていられなかったな。身を守ってくれただけじゃなくて、吸血鬼になったばかりの頃も、北都の時も、それ以外にも何度も。アルカードさんが居てくれなかったら、私は発狂して自殺してたかもしれない。

 今、アルカードさんの傍で過ごせて私は本当に幸せだ。



「そっか、ミナもいろいろあったんだね。伯爵って怖い人だと思ってたけど、優しいんだ」

「いや、怖いよ。でも、自分に忠誠を尽くす人には優しいよ。怖いけど」

「結局怖いんだ・・・」

「怖いのよ・・・」


 ただでさえ怖いのに、我儘だし何考えてるかわからないから余計怖い。


「まぁ、でも慣れたら何とかなるっちゃぁなるけど。あーでも、私最初の頃は怯えてるか怒ってるかどっちかだったなぁ・・・懐かしい!」

「今でもビビってんじゃねーか」

「まぁ・・・怖いもん。でも昔に比べてアルカードさんも丸くなったよ、本当。そんなに怒ることなくなったし、最近よく笑う気がする。最初の時はいっつも仏頂面してて、たまに笑ったかと思ったらニヤリだったもん。人って変わるもんだねぇ」

「それは隊長の影響だろ」

「え? 私? なんで?」

「ミナちゃんのことが好きだからじゃん」

「うわぁ! やめて! びっくりした! 忘れてたのに!」

「隊長ってたまにひでーよな」

「つーかマジ伯爵可哀想な。今のお前のリアクション聞いて今頃嘆いてるぞ」

「・・・」


 アルカードさんの言う通り、もうちょっと頭と気を遣おう・・・。



「と、とにかくそう言うわけで、私も吸血鬼になりたくてなったわけじゃないからさ、血を飲むのに抵抗があるって言うジョヴァンニの気持ちはよーくわかるよ。だから無理しなくてもいいよ。でも、大事な注意点があります」


 さっさと話しを切り替えてご飯にシフトチェンジすると3人は不審そうにみていたけど、ジョヴァンニは話に乗ってきてくれた。


「注意点って何?」

「血が足りなくなると急に眠くなって倒れたり、誰彼かまわず襲っちゃうから気をつけてね。もう血が飲みたくて仕方がないってなるから。時々でいいから飲むようにはした方がいいよ」

「あーそうなんだぁ、それは嫌だな」

「私はやったことないけど、輸血とかでもいいとは思う。針が通るかは分かんないけど」

「ていうかそうだよね! 俺の身体能力って今どんな感じなんだろ?」

「そうだなぁ、あ、そうだ。アンジェロ、ジョヴァンニ撃って。あ、鉛玉で」

「えぇ!?」

「お前本当ひでーな」



 手っ取り早くていいと思ったんだけど、みんなから軽蔑の視線を投げつけられる。あれ、もしかして私っておかしい人みたいになってる?


「あ、じゃ、じゃぁ刺すから!」

「えー!?」

「隊長、さっきと何が違うの?」


 ダーインスレイヴを構えてそう言うと再び軽蔑の視線が・・・もうどうしたらいいですか。



「・・・まぁ、要するにそのくらいされても別に平気って事。怪我してもすぐ治るし、ちょっと痛いくらいで済むから」

「うーん、まぁ爆破されても平気だったミナを見ればわかるけどね」

「あぁ、そうだね。でも私とジョヴァンニじゃ実力差があるから、ジョヴァンニは爆破されたらさすがに死んじゃうからね。気をつけてね」

「あ、やっぱりそういうもんなの?」

「そうだよ。私は沢山血を取り込んでるし、アルカードさんの眷属だからそれなりに血の濃度も質も高いけど、ジョヴァンニは眷属じゃないし更に薄くなってると思うから」

「なるほどねぇ。運動能力は?」

「えっとね、あ、そうだ」



 口で説明するよりも実践の方が分かりやすいだろうと思って、ジョヴァンニの部屋にあったポールスタンドを二つ折りに曲げた。



「ちょ、ミナ、弁償してよ」

「その必要はないよ。元に戻して」

「えぇ? できるかなぁ」


 訝しげに二つ折りになったスタンドを受け取ったジョヴァンニはいともたやすく元に戻して見せた。


「おぉ! すげー!」

「ジョヴァンニすげぇ」


 周りから感嘆の声が漏れて、ジョヴァンニも驚いている。それに、と部屋の電気を消すとすぐに真っ暗になった。



「別に灯りなんかなくたって見えるでしょ?」

「うん、普通に昼みたいによく見える」

「多分50キロくらいのスピードで走れるし、視力も嗅覚も動物並みになってるはずだよ」

「へぇー、吸血鬼ってすげぇ」

「そうだね。でも、その代り昼の眠りと太陽には勝てないから。それが報いなの」

「そっか、俺もうお日様を見ることはできないんだね」

「うん、太陽は敵でしかないから」

「そっかぁ・・・」




 そう呟くジョヴァンニはなんだか寂しそうな表情をしている。自分で決めたことでも実際事が大きすぎる。多少の後悔が残っても仕方がない。だけど、その後悔はきっとジョヴァンニを苦しめることになる。すぐには無理でも、これで良かったのだと思えるようにしてあげたい。

 ジョヴァンニを守らなきゃ、そう思ってジョヴァンニの手を取って真っ直ぐ見つめていった。



「ジョヴァンニ、今こうなっていることは自分で選んだことだし、二度と人間には戻れないから自分で整理しなきゃいけないよ。だけど、選ばせたのは私だから私になんでも話してね。なんでも相談に乗るし、私はジョヴァンニの味方だからね」

「うん、ありがとう。いや、別に後悔してる訳じゃないんだけどさ。まだちょっと混乱してるだけだから大丈夫。それに仕事にしても私生活にしても基本的に活動は夜だったし平気だよ」

「ちょっと待て、二度と戻れねーのか?」


 急にアンジェロが真顔で話に割って入って来た。その顔には焦燥と猜疑。もしかして、アンジェロはジョヴァンニを元に戻したいと思っていたのかな。



「うん。知る限りでは無理だよ」

「お前が知らないだけじゃねーのか?」

「うーん、その可能性もあるけど、戻った人がいるなんて聞いたことないよ。それに私たちの体は呪われてるから年を取らないわけだし、人によっては戻った瞬間に時が動いて死ぬんじゃないかな」

「そうなのか…」



 私の返事を聞いたアンジェロとジョヴァンニは途端にしょんぼりしてしまった。やっぱり人間として生きることに対して渇望はあるんだろう。

 人間か…吸血鬼の家族ができてしまった今となっては戻ろうとは思わないな。もし戻ったら、北都とクリシュナは消えてしまうし。

 戻る方法か…あるとすれば、一つだけ。アンジェロには言えないと言うか言わない方がいい。


 その方法は、アルカードさんを殺すこと。


 まぁ、そんな気はないし、あったとしても不可能だ。こっちが殺されちゃうっての。やっぱり元に戻るのは不可能だな。他のマスターならともかくアルカードさんなんて絶対無理。



「まぁ、そんなに気を落とさないでよ。悪いことばっかりじゃないよ。怪我なんか滅多にしないし病気にもならないし、不死身な訳じゃないけど何もなかったらずっと若いまま楽しく生きていけるしね」

「まぁ、確かにミナは楽しそうだよね」

「楽しいし幸せだよ!」



 やっとのことでジョヴァンニが笑顔になってくれた。呆れたみたいな笑い方だったけど。いつかジョヴァンニも幸せだって言ってくれるといいな。



「あとは注意点ある?」

「そうだなー、本当は棺で寝た方がいいけどバレたら困るしー、せめて出生地の土とか用意できない?」

「できないよー。どこか覚えてないもん」

「あ、そうなんだ。じゃぁしょうがないねぇ」

「・・・驚かないんだ」

「前にアンジェロに聞いたから。同情したら殺すって言われたし」

「あぁ、なるほど。でもなんで棺や土が必要なの?」

「絶対必要ってわけじゃないよ。ただ、あった方が力を持続できるから」

「へぇ、結構重要なんだね。でもなくてもいいんだよね?」

「うん。なくても別に死んだりしないし、ボニーさんとクライドさんは棺しかないけど、沢山吸血してるせいか別に普通だしね」

「そか。んじゃいいや。他には?」

「うー・・・ん、あぁ! 大事な事忘れてた!」

「え? なに?」



 そうだ、これが結構重要なんだ。これを制御できるようにしとかないとまともに生活すらできないんだった。



「力の制御! さっきの怪力を見てわかると思うけど、今までどおりの感覚で生活してたら家具も日用品も何もかも壊れちゃうし、下手したら思わず殺人神父になっちゃうよ」

「いや、もう殺人神父だけど・・・」

「・・・それもそうね。いやでも困るのよ! テレビつけようとしただけでリモコン握り潰しちゃったりしたら困るでしょ?」

「あぁ、ミナそういうことやりそう」

「ま、ね。その度にアルカードさんに怒られたよ。今となっては懐かしい思い出だ・・・」

「アハハ、でも気をつけなきゃいけないか。身内を怪我させたり殺したりしたらいけないし」

「そうそう。念のため、対一般市民用の格闘術も訓練つけるから」

「俺ケンカなんかしないよ」

「・・・そう、じゃぁいいや」



 なんか私がケンカする人みたいじゃないか。違うよ、不可抗力だよ。不良じゃないよ。

 あとは何があったかな。もうないか。思いつかないってことはないな。



「まぁそのくらいかな。あとは思いついたときに話すから」

「わかった。ありがと」

「いーえ。落ち着いたところでお食事レッツトライ」

「あー・・・うー・・・ちょっとだけ」



 しばし逡巡してジョヴァンニは恐る恐るパックを口元に近づける。その様子を食い入るように見つめる3人。そんな見たら飲みづらいだろ。

 突き刺さるような視線を浴びたジョヴァンニは、パックが口に着く瞬間こちらに振り向いた。



「コレ、血だよね?」

「そうだよ。O型RH-」

「毒とか・・・」

「入ってないよ!」

「そか、ごめん」



 なんだこのやり取り。超デジャヴ。再びパックに視線を戻したジョヴァンニは、パックに口をつけるとすぐに離してまたこちらに振り向いた。



「コレ本当に血なの!?」

「そうだよ。血だよ」

「血の味しなかったよ!」

「吸血鬼には味が違うんだよねぇ。お味はいかが?」

「・・・美味しい」

「マジで!?」

「どんな味すんの!?」


 ジョヴァンニの言葉に3人は身を乗り出して尋ねてきた。好奇のまなざしを向けて。


「なんかねぇ、ジュースっぽいって言うか、なんて言ったらいいんだろ。マンゴーとワインとトマトを足して3で割って牛乳とブイヨンとリンゴをちょっと入れたみたいな?」

「いや、わかんねぇよ!」

「つーかそれ美味そうに聞こえねぇんだけど!」

「俺もよくわかんない・・・でも、美味いは美味い」

「へぇ・・・全然わかんねぇ」


 釈然としない3人だったけども本当に説明は難しい。でも美味いは美味いんだよね、確かに。本当コレ何味って言うの? 誰か教えて。



「でも俺血の味しかしないと思ってたから安心したな。これなら飲めるよ」

「意外と順応性高いんだね・・・」


 言うが早いかジョヴァンニはコクコク飲みだした。ジョヴァンニすごいや。なんという適応能力。ていうか味しか懸念はなかったのかよ。まぁいいんだけど。



「ジョヴァンニの言う最大の関門は突破したようだし、後は力の制御と太陽、これだけ気を付ければ普通に生活できるから」

「うん。思ったより苦労せずに済みそうで安心したー」

「ミナができてジョヴァンニに出来ねぇはずねぇしな」

「ちょ、どういう意味よ」

「そう言う意味だ」

「ムカつく・・・」


 そういうわけで、今日から子育てが始まったわけです。デカイ息子だなぁ・・・


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