第6話 隠蔽工作
「ただ今戻りまうぁぁ!」
「フィー、疲れうぉぁ!」
討伐作戦から帰って城の玄関を開けた瞬間に、私とアンジェロはアルカードさんに腕を引っ掴まれて部屋に強制連行された。
「も、ちょっと、なんですかぁ?」
「なにすんだよ! 痛ぇじゃねーか!」
アルカードさんは私達をソファに放り投げると、自分も反対側に腰かけて、私達をギロリと睨みつけた。
「どういうことなのか、お前達の口からきちんと説明をしてもらう必要がある」
「は? なにが?」
「ジョヴァンニの件に決まっているだろう」
「あぅ・・・やっぱ気付いてたんですね」
「当然だ」
アンジェロと顔を見合わせて隠しても無駄だと悟り、渋々顛末を説明した。
「で、まぁ、なんか、俺的にはスゲェ不本意だけどそういうことになった」
「本当なんでこんなことになったんだろうねぇ?」
「お前のせいじゃねーか」
「・・・ごめんなさい」
私たちの話を聞いてアルカードさんはとてもとても大きな溜息を吐いて、その瞬間にクリシュナが現れた。
「全くもう、僕的にもめちゃくちゃ不本意だよ。こんな展開予想だにしてなかったよ」
「・・・私も」
「お前の場合は自業自得じゃねぇか」
「小僧も連帯責任だがな」
「はぁ!? なんでだよ! 俺関係ねーじゃん!」
アンジェロの反発にアルカードさんとクリシュナは眉を顰める。この雰囲気は・・・
「アンジェロはちゃんと見抜いてたでしょ? ミナの暴走癖」
「それなのにミナを止められなかったのはお前の不明だ」
「え? は? そんなの俺の仕事じゃねぇし!」
「黙れ。お前は副長と言う名を冠したミナのおもりだ」
「どうせジュリオからミナの見張り頼まれてるんでしょ。だったらちゃんと全うしろよ」
「い、イヤイヤ。そうだとしても・・・」
「「黙れ」」
出たよ。説教コンビネーション。とうとうアンジェロまでこの兄弟の餌食に・・・。
「ていうか、またしてもミナを撃とうとしただろ」
「ハァ、小僧、いい加減殺すぞ」
「い、イヤイヤイヤ! あの時は頭に血が上ってて! 悪かったと思ってるよ!」
「まぁいい。だが次はない」
「次やったら僕が殺す」
「もうしねーって! マジで!」
さすがのアンジェロもこの兄弟の迫力に気圧されてしまったようだ。こんなアンジェロはめったに見れない。なんかウケる。とか思ってニヤニヤしていたら急にクリシュナが私に振り向いた。
「ミナ? 何笑ってるの?」
「随分と余裕なようだが、お前は相変わらずの問題児だな」
「いっ! すいません!」
「二度も爆破された上に仲間を危険に晒し、あまつさえ吸血鬼化するなどどうかしている」
「本当だよ。シャンティの家族の仇を討ちたかったって気持ちはわかるけど、独断専行するなって前から言ってるでしょ?」
「すいません・・・」
くっそぉ、今度はアンジェロが笑ってるしー! 結局私が怒られるのかよ! そりゃぁさ、確かに独断専行した私の責任だけど、ジョヴァンニを吸血鬼にしたのはしかたのないことじゃん! それ以外に手立てなんかなかったんだからしゃーないやん!
「確かにあの時ジョヴァンニを助けるにはそれしかなかっただろう。だが、私の許可なく支配下の吸血鬼をお前が作るなど許せん」
「えぇ!? 許可が必要ですか!?」
「そりゃそうだよ。ミナの支配下ってことはアルカードの支配下って事でもあるんだから、人選を誤ったりしたら大変でしょ」
「結果的には誤ってないよ!」
「でもジュリオ側の人間じゃないか。正直微妙なところだよね」
「お前の判断に誤りがあるかどうか決めるのは私であって、お前ではない」
「え、えぇー・・・」
「確かにそれは一理あるよな。あくまで敵方の人間を身内に引き入れんのはどうかと思うぜ」
「えぇ!?」
なぜか知らないけど、説教にまさかのアンジェロ参戦。どういうことだ。何のイジメだこれは。
「ていうか伯爵もクリシュナさんも聞いてよ。俺ちゃんと止めたんだって。コイツが聞かなかったの。俺の意見とかフルシカトだから」
「まぁ、そんな事だろうとは思ったんだが」
「ミナはいつも人の話聞かないしねぇ・・・」
「・・・すいません」
「特攻しかけるっつった時も、ジョヴァンニを吸血鬼にする時も俺はちゃんと止めたのに、ミナが無視したんだぞ。俺の言う事きいてりゃ良かったのによぉ」
「確かにミナがその時点でいう事聞いてれば、ジョヴァンニが死にかけることもなかったしね」
「全くお前は、本当にその暴走癖はなんとかならんのか。いい加減学習しろ」
「ごめんなさい・・・」
「だが小僧、お前にも責任はあるぞ」
「チッ!」
アンジェロの寝返り作戦は失敗に終わった。ざまぁみろ。
「全く、小僧もついていながらこの有様とは」
「やっぱアンジェロに任せるべきじゃなかったね。全然頼りにならないもん」
「全くだな。お前には心底失望した」
「そこまで言う!? つーか俺そこまでコイツに責任ねーよ!」
「いや、あるよ。それが副長ってものでしょ。上官が誤った判断をしそうになったら、それを正すのも部下の仕事でしょ」
「その通りだ。ミナはお前を信頼しているようだし、お前になら任せてもいいだろうと思ったが、私が間違っていたようだ。ミナは除隊だ」
「え、えぇー!? どうしてですか!?」
「当たり前じゃないか。こんな事態まで引き起こしてさすがに黙ってらんないよ」
「ミナは成長しないし小僧は当てにならないしでは当然無理と言う物だ。お前には官職は向かない」
「・・・そうかもしんないけど・・・」
そりゃぁ、確かに私が隊長なんて頼りないかもしれないけど、頑張ろうと思ってたのに。吸血鬼の不死性があればみんなを守れると思ってたんだけどな。でも、確かにジョヴァンニが死にかけて吸血鬼になったのは私が独断専行したせいだ。確かに、トップに立つ器ではないのかもしれない。
「イヤイヤ、待てよ、コイツはコイツなりに頑張ってんだから、その辺は認めてやれよ」
アンジェロの声に、俯いていた顔を上げた。
「確かにコイツはメチャクチャだし、人の話も聞かねぇ。でも、止められなかった俺にも責任あるんだろ。だったらこれからは何が何でも止めてやる。それにコイツがいなきゃジョヴァンニが困るし、コイツは隊員一人一人を大事にするから、みんなコイツを信頼してんだよ」
思わず、泣きそうになった。嬉しかった、みんながそう思っていてくれたことが。嬉しかった。アンジェロが認めてくれていたことが。
「だからもう一回コイツにチャンスを・・・おォ!? お前なに泣いてんの!?」
話の途中で私に振り向いたアンジェロは、結局感極まって泣いてしまった私に二度見して驚いてしまった。
「だってぇ、嬉しかったんだもん」
「ハァ? お前ねー、いい年こいて泣くか? 普通」
「歳は関係ないの! 嬉しいものは嬉しいの! ありがとう!」
「うわ! やめろ! うぜぇ! 離れろ!」
思わずアンジェロに抱き着いたら、鬱陶しいと突き飛ばされてしまった。反動でソファに転がった体を起こして睨んだらアンジェロも睨んでいた。
「もぉ、なんでいつも突き飛ばすの?」
「お前がウザいから」
「ウザくないよ!」
「いや、殺意が湧く程にうぜぇ。俺に寄るな触るな近づくな」
「ひ、ヒドイ・・・」
さっきまで弁護してくれてたのに、なんでこうも態度が変わるんだよこの人。相変わらず気難しい。
「ハァ、アルカードどうする?」
「仕方ない。ミナ、次にまたこういう事を起こしたら問答無用で除隊だ。いいな」
「はい! ありがとうございます! 頑張ります!」
アンジェロの弁護が効いたのかアルカードさんは渋々ながらも許してくれた。アンジェロの篤い友情に感謝だなー、ムカつくけど。
「でだ、今後の事を話したい。ミナ、ジョヴァンニを呼んでこい」
「あ、はい」
ジョヴァンニを連れてきて私の隣に座らせると、アルカードさんは足を組み替えて頬杖を着きながらジョヴァンニに視線を向けた。
「事の顛末はこのバカコンビから聞いた。お前はミナに恒久の忠誠を誓えるか?」
バカコンビって私とアンジェロの事かなぁ、違うといいなぁと思っていると、その言葉を聞いたジョヴァンニはアルカードさんに視線を向けて、力強く言った。
「誓います!」
「そうか、ならいい。だが、その誓いを違えたときは死をもって償え」
「う、わ、わかりました」
さっきとは打って変わって気弱になるジョヴァンニ。そりゃそんな言い方されたら誰だってビビるわ。しかも相手はアルカードさんだし。怖い怖い。
「そして、ジュリオへの忠誠を捨てろ」
「えぇ!?」
「オイオイ、冗談じゃねーよ」
「そうですよ、なにもそこまで・・・」
「黙れバカコンビ。お前たちに話しているのではない」
どうやらバカコンビとはやっぱり私とアンジェロの事だったらしい。
いやそんなことより、ジョヴァンニだってジュリオさんへの忠誠を誓っているはずだし、吸血鬼になったって言うだけでそこまですることないのに・・・それって裏切りなんじゃないの?
不満げに視線をぶつけるバカコンビ、いや、私とアンジェロに一瞥をくれると、アルカードさんはジョヴァンニに視線を戻した。
「何を驚くことがある? お前はミナの支配下に入った。それは私の支配下に置かれたと言うことだ。当然私とミナ以外に忠誠を尽くすことを許す気はない。それは自然の理だ。それができないのであれば、ミナの配下に迎え入れることは不可能だ」
「それはそうかもしれませんけど、でも…」
「お前は既に人としての生も死も捨てた。どのみちお前達の計画を遂行するなら、何れはヴァチカンを出なければならないことに代わりはない。その時がいつやって来るかもわからない。その時急に忠誠を捨てろと言われて、お前にそれができるのか?」
「・・・そう、ですね。確かに、その通りですね」
「何も裏切れと言っているわけではない。ミナへの忠誠を磐石な物にするためには、ジュリオへの忠誠はお前を苦しめるだけだ。何もすぐに捨てろと言うわけでもない。その時までに準備できるようにしておけ」
「はい、わかりました」
「わかったならいい。ところでミナ」
「はい!」
「うるさい」
「すいません…」
半ば複雑な心境で話を聞きながら様子を見守っていたら、急に振られて思わず声を張り上げて怒られてしまった。
「ジョヴァンニは眷属か?」
「いえ、眷属にはしてません」
「そうか、ジョヴァンニ、お前は眷属になりたいか?」
「え? えっと、眷属ってなんですか? 違いがよくわからないんですけど。必要ならなりますけど」
「やめとけ、やめとけ。眷属なんてプライバシー皆無だぞ。絶対後悔すんぞ」
「私もお薦めはしないなぁ。慣れたらそうでもないけど、慣れるまではあの副作用はねぇ」
アンジェロと2人でやめときなさい、と諭すとジョヴァンニは不思議そうに首をかしげる。
「副作用ってなに?」
「眷属のことはマスターには何でもお見通しなの。なんでも筒抜けなの」
「なんでも?」
「なんでも」
「じゃあ遠慮しときます…」
説明するとジョヴァンニはあっさりと身を引いて、その様子を見たアルカードさんは小さく溜息を吐いた。
「そうか、残念だ」
「え? やっぱり眷属になった方がいいんですか?」
「まぁ、その方が都合がいいという事もあるが、それ以上にその方が面白いからな」
「・・・やっぱり遠慮しときます」
アルカードさんの性格の悪さが露呈して、ますますジョヴァンニは身を引いた。
確かになぁ、心読まれるのなんて普通あり得ないもんね、私は慣れたけど。でも、読む側になるのもちょっとイヤね。アルカードさんも苦労してるんだろうな・・・可哀想に。
「私を気の毒に思うならお前も少しは頭も気も使え。好き勝手に不可解な思索に耽ったり、無自覚にベラベラうるさくて実に迷惑だ」
「すいません・・・」
「確かにコイツに限っては伯爵に同情するな。バカだし」
「全くだ。コイツと出会ってから私は一生分の溜息を吐かされた」
「あーわかる! コイツといると溜息倍増するよな。俺でさえコレなんだし、伯爵はもっと大変なんじゃねーの」
「大変どころか殺意すら覚えることもある位だ。全くこのバカには手を焼かされる」
「本当コイツといるとロクな目に遭わねぇよなぁ」
「「ハァ・・・」」
なんでこのドSコンビは私を攻撃するときにだけ意気投合するんだろう・・・。意味が分からないんだけど。この二人はなんか変な電波でも出してるんじゃないんだろうか。
「電波女のお前に言われる筋合いはない」
「で、電波女!?」
「あはははは! 確かにお前電波入ってるよな!」
私って電波だったんだ・・・知らなかった。ていうかムカつく。この悪辣コンビめ!
「もー! 二人とも寄ってたかって! ていうか、話はもう終わりでいいんですよね!? ほら、アンジェロ! ジュリオさんとこ報告行くよ!」
「いって! 離せ! 触んな! バカ!」
「うっさい!」
これ以上二人がかりで攻撃されるのに耐えられなくて、アンジェロを連れてさっさと部屋を飛び出した。
アンジェロを引きずるように部屋から出ると、痛いだのなんだのうるさいので手を離してやると、一生懸命腕を撫でていた。
「マジいってー・・・お前、俺の白磁の様に滑らかな肌に痣でも出来たらどうすんだよ」
「何その表現! 気持ち悪っ!」
「いや、お前の方が気持ち悪い」
「いや、アンジェロの方が気持ち悪い」
「いや、お前が気持ち悪い」
「もうアンジェロの顔が気持ち悪い」
「もうお前の存在が気持ち悪い」
「二人とも何言ってんの・・・」
アンジェロと罵り合って廊下を歩いていたら、目の前にジュリオさんが呆れたような顔をして立っていた。
「遅いと思ったら・・・なに遊んでるのかな?」
「え? あーいや、えーと?」
「申し訳ありません。ミナ様の我儘に付き合わされていました」
「えぇ!? 違うじゃん!」
「うるせぇバカ。てめーは黙ってろ」
「ハァ、全くもう。まぁいいけど。報告はちゃんとしてよ?」
「はい、すいません・・・」
ジュリオさんの後を着いて執務室に向かっているとなんだか段々緊張してきた。
そうだ。これから私はずっとジュリオさんに嘘を吐き続けなきゃいけないんだ。なんかすごく悪い事してる気がしてきた! でもバレたら大変なことになっちゃうし、ここは女優になりきるしかない。今日から私は女優、女優ミナ・エゼキエルなのよ! あ、なんかカッコイイ・・・じゃなくて!
執務室に入って報告書を読むジュリオさんを見ているとますます緊張してくる。
大丈夫。報告書の内容は昨日のうちに全部暗記してるし、本当の事はなかったことだと思い込もう。
「ふーん、なるほど。ちゃんと殲滅したわけね。ご苦労様」
書類から視線を上げたジュリオさんに思わず緊張が走る。大丈夫、落ち着け、落ち着くんだミナ! お前ならやれる! 女優だ! 大女優だ!
「今回は何もなかったの?」
「い! え! なにもってにゃんですか!」
「・・・なんかあったんだね」
速攻ボロが出た!! ヤバい! 私女優向いてない!
「何もないですよ! いつもどおり!」
「いつも何かあるじゃん」
「本当! なんもないですって!」
「怪しい・・・アンジェロ、本当に何もなかったの?」
余程私を信用できないのか、ジュリオさんはアンジェロに質問を切り替えた。すると、アンジェロは目を泳がせ始める。
「やっぱり何かあったんだね」
「申し訳ありません・・・」
え? 何謝ってんの? 何謝ってんの? まさか、まさか・・・
「ダメー! アンジェロお願い言わないで!」
「もう半分バレてるようなもんじゃねぇか」
「ダメ! 絶対ダメだってば!」
「この期に及んで、もう隠し通せねぇだろ」
「そんな!」
まさかの裏切りにショックで固まる私を無視して、アンジェロはジュリオさんに向き直った。
「申し訳ありません、報告書には記載しませんでしたが、実は・・・」
「なに?」
「ミナ様が2度も爆破されました」
「えぇぇ!? ミナ大丈夫だったの!?」
「え? え? あ、え、はい。平気です・・・」
「全くもう、ミナは学習能力ないんだから。しっかりしなきゃダメでしょ」
「・・・すいません」
これが肩透かしを食らったって言う事か! すごいやアンジェロ! そう言えばその事報告書に書いてなかった! アンジェロってば役者! 策士!
「それで? 他には何もなかった?」
「はい! ないです! ごめんなさい!」
「そう、ならいいけど。これからは気をつけなよ?」
「超気を付けます!」
執務室から出てすぐにアンジェロの背中に飛びついた。
「もうアンジェロ本当エライよ! すごいよ!」
「うぜぇしうるせぇよ! 耳元で大声出すな!」
「だって! もう感心しちゃったよ! 最初からああするつもりだったの?」
「当たり前だろ。どーせお前の事だからすぐにボロが出るってわかんだろ。つーか離れろ! 苦しい!」
「アンジェロすごいねー! あったまイイ! もう手放しで褒めるよ!」
「俺の話を聞けよ! 手放しで褒める前に離せ! 重い!」
「もう見直しちゃったよ! アンジェロ俳優になれるねー!」
「だから聞けって・・・もうなんなのお前? うぜぇし、うるせぇし、苦しいし、重ぃし、面倒くせぇ・・・」
「でかしたアンジェロ! 超エライ! ありがとー! アンジェロ大好き!」
「ハァ・・・もうヤダ俺・・・お前嫌い」