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第11話 薔薇

「はぁ、いい香り」


 満開になったアプローズの前にしゃがんで、一本切り取る。


 薄い青の薔薇。アプローズ。

 花言葉は「夢叶う」


 ずっと憧れていた青い薔薇。業者さん達みんなのおかげで、こうして美しい花に囲まれて幸せだ。



 せっかくだから、アントニオさんに貰った花瓶に生けようと、早速剪定を始めた。



「綺麗に咲いたね」


 ふと、声がして振り向くと、ジュリオさんとアンジェロが後ろに立っていた。私が振り向いたのをみとめて、ジュリオさんが隣にしゃがむ。



「初めて見たよ。青い薔薇なんて」


 私が切った薔薇を一本手に取って、珍しそうに眺めている。


「何年か前に遺伝子組み換えでできたそうですよ」


 そう言うと、ジュリオさんは最近の科学ってすごいねーと感心しながら、棘を抜き出した。棘を全部取って、少し短く手折ると、その薔薇を私の髪に差してくれた。



「ミナは青が似合うね」

「そうですか? ありがとうございます」

「うん、よく似合うよ。可愛い」



 優しく微笑みながら、そう言ってくれるジュリオさんになんだか恥ずかしくなった。そんな恥ずかしいセリフを普通に言うなんて、ジュリオさんはいいかもしれないけどこっちが恥ずかしい。

 苦笑しながら照れていると、城の方から今度はボニーさんとクライドさんがルゥを連れて出てきた。



「ルゥのお散歩ですか?」

「そう! 折角こんな広い庭あんだから、たまには思いっきり遊ばせてやんねぇとな!」



 そう言うと、あろうことかクライドさんはルゥのハーネスを外してしまった。ビビッてジュリオさんの陰に隠れると、なんのことはない、ボール投げをして遊び始めた。

 ていうか、クライドさんめっちゃ遠投してんだけど・・・確かにルゥはこの半年で相当デカくなったけども、ヒドイよね。スパルタにも程があるよね。

 健気にもルゥは一生懸命走って行って、ボールを拾い再び一生懸命戻ってきてクライドさんにボールを返す。クライドさんがヨシヨシと撫でると、ルゥは千切れんばかりに尻尾を振って大喜びだ。



「ルゥ偉いぞー! 飼い主に似て賢い奴!」



 ボニーさんも含め、それを聞いていた一同は同様にそうかなぁ? と首を傾げる。まぁ、クライドさんが主人に忠実なのは犬並だとは思うけれども。



 しばらくクライドさんとボニーさんがルゥと遊んでいるのを眺めていたら、今度はアルカードさんとミラーカさんが連れだって庭に出てきた。



「あ! 二人とも見てくださいよ! アプローズ咲いたんです。綺麗ですよね!」


 持っていたアプローズの花束を見せると、二人とも微笑んでこちらに歩み寄り感嘆の声を上げた。



「青い薔薇なんて不可能の象徴だと思っていたけど、本当に綺麗ね」

「本当だな。人間の叡智と言う物は本当に素晴らしい」


 二人は私の持っていた花束から一本ずつ手にとって、珍しそうに見入っている。設計した私も嬉しいけど、これだけ喜ばれたら造園業者さんも職人冥利に尽きるだろうな。なんだか嬉しくなって、花を愛でる二人を見てニヤニヤしていたらアルカードさんが私の髪に差された薔薇に手を伸ばしてきた。



「ミナ、お前は青い薔薇が似合うな」



 なんともデジャヴなその言葉に少し驚いてアルカードさんを見上げる。


「それ、ジュリオさんも言ってくれたんです。この薔薇もジュリオさんが差してくれたんですけど、私って青似合うんですねー」



 思わぬ自分の特徴を見つけた、と言うと、アルカードさんは持っていた薔薇の棘を抜いて短く手折ったかと思うと、ジュリオさんが差してくれたバラを引き抜きポイッと投げ捨て、今度はアルカードさんの薔薇を差してくれた。


「ちょっとォォ! 伯爵、何するんですか!」


 自分の行動をパクられた上に、花を捨てられてしまったジュリオさんが憤慨しながらアルカードさんに詰め寄る。


「黙れ。お前からの花などミナには必要ない」

「何言ってんですか! それはミナが決める事でしょ!? 横暴だ!」

「マジ伯爵自己中! 最悪!」



 アルカードさんのあまりの仕打ちと暴言にキーキー文句を言って暴れ出すジュリオさんとアンジェロ。もう、本当にしょうがないな、この人たち。




「もう、アルカードさんこんなことしちゃダメじゃないですか」


 アルカードさんが放り投げてしまったジュリオさんの薔薇を拾い上げる。



「薔薇が可哀想でしょ?」

「薔薇かよ!」


 ジュリオさんとアンジェロに同時にツッコまれた。いつも思うけど、この人達打ち合わせでもしてるんだろうか。

 二人が警戒心むき出しの猫の様にフギャーと突っ込んでくるので、その勢いに圧倒されていると、今度はレミが木箱を抱えてこちらに駆けてきた。


「ミナ様、棘が刺さりますから、薔薇をこちらに」


 そう言ってレミは重そうに木箱を持ち上げてそこに入れるように促す。


「ありがとう。ていうか怪我とかしないけど」


 笑いながらツッコんでレミの前にしゃがんで木箱に花束を入れると、レミも「あ、そっか」と言って笑った。ふと、レミは私の髪に差してあるアルカードさんの薔薇に目をやる。



「ミナ様、その薔薇とてもお似合いですよ。可愛いです」


 本日3回目のお褒めの言葉にまたしてもびっくりさせられた。



「アルカードさんとジュリオさんも似合うって言ってくれたの。そんな似合うかなー?」



 薔薇を撫でながらレミに尋ねると、レミはにこっと笑って頷いた。その瞬間、大きな影が被さってきて、驚いて見上げると目の前には飛び掛かってきたルゥが。



「わんっ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」



 レミの前にしゃがんでいたせいで、飛び掛かってきたルゥに押し倒されてドスッと上に乗っかられてしまった。


「いやぁぁぁぁ! た、助けて!」


 生後半年ちょっとと言ってもルゥはセントバーナード。かなりデカイ。大人しいとわかっていても怖いものは怖くて、恐怖のあまり身動きすら取れなくて必死に助けを求める。

 すると、クライドさんが走って来たかと思うと、アルカードさんがルゥをひょいっと持ち上げてクライドさんに渡した。



「ミナ、大丈夫か?」

「アルカードさぁぁぁん! 怖かったですー!」


 思わず泣きつくと、アルカードさんは呆れたように笑って子供をあやすようにヨシヨシと頭を撫でてくれた。


「全くお前は、未だ犬恐怖症を克服できないのか?」

「だって、だって、怖いものは怖いんですぅ!」

「・・・何も泣くことないだろう。しょうがない奴だな」


 恐怖から解放されて気が緩んでしまったせいか泣き出してしまった私を、アルカードさんはやっぱりちょっと呆れながら抱っこしてくれていた。すると、その様子を見ていたジュリオさんとアンジェロはグチグチ文句を言い出す。



「さっきから伯爵ばっかりいいトコ取りして羨ましいんだけど」

「ミナ様があそこまで犬嫌いだとは存じ上げませんでした。猊下、次のチャンスを待ちましょう」

「いや、ていうかクライド。もっかいルゥをミナに差し向けてよ。次は俺が助けるから」



 そんな事の為にもう一度恐怖にさらされるなんてとんでもない。マジでやめてくださいよ、とクライドさんに視線を向けると、クライドさんはヘラヘラと笑って転がったボールを拾いながらジュリオさんに視線を向けた。


「やだね。俺はアルカードの言う事しか聞かないから。ジュリオの味方はしねーよ」

「クライドのケチ!」


 やっぱり忠犬だったクライドさんの言葉を聞いて疑問に思った。アルカードさんの言う事・・・?それは、どういう意味だ。そしてなんでここにボールが転がってきた?



「ねぇ、クライドさん、まさかと思うけどアルカードさんに言われて私にルゥを向けたんですか?」


 一瞬疑いを持ち始めると、段々そんな気がしてくる。ていうか、アルカードさんならそう言う事をやりかねない。私の言葉を聞いてみんなはハッとした顔をしてクライドさんとアルカードさんに視線を向けると、クライドさんは途端に目を泳がせ始める。



「え? いや? そそそんなわけねーしゅ」

「ねーしゅってなんですか! もう! やっぱりそうなんだ! アルカードさんヒドイ!」


 クライドさんの態度からアルカードさんの策略だと確信して、アルカードさんから飛び降りて、アルカードさんを睨みつける。


「ミナ、可哀想にね。伯爵の企みに利用されて怖い思いさせられて」

「本当ですよ! アルカードさん本当ヒドイ!」

「マジ伯爵サイテー」


 3人でアルカードさんを糾弾すると、アルカードさんはバレたかと言う顔をして視線を泳がせ始めたけど、すぐに何かを思いついたようにこちらにニコッと笑みを向けてきた。


「え、な、なんですか・・・」


 窮地に陥っていたはずなのに、急に這い上がって余裕の笑みを見せるアルカードさんに気圧されていると、アルカードさんはどこからか金色の細工が施された象牙の四角い箱を取り出して私に差し出してきた。


「ミナ、これを」


 な、何故このタイミングでプレゼントを・・・びっくり箱とかじゃないだろうなとビクビクしているとクリシュナと北都が出現した。



「お姉ちゃん大丈夫だよ」

「ミナ、受け取って」


 二人は笑顔で私に受け取るように促してくる。何故この二人が加担しているのか甚だ疑問だったけど、この二人が私を陥れることはないだろうと結論付けて受け取ることにした。



「あ、りがとうございます。ていうか、なんでですか?」



 質問しつつもお礼を言って受け取ると、その箱は小さい割に思ったより少し重い。入れ物からして大層なものが入っていそうな感じではあるけども、何故贈られるのかもよくわからない。

 私の質問を受けると、アルカードさんはクリシュナと北都と顔を見合わせたと思うと、その場にいた吸血鬼組が同時に口を開いた。





「ミナ、誕生日おめでとう」




 そう言って笑顔を向けてくれるみんなにとても驚いてしまった。


「え!? あ、そっか今日私誕生日だ! 忘れてた!」


 驚愕と歓喜の顔を向けるとアルカードさんは「やっぱり」と呆れながらも、笑って箱を開けるように促す。それを受けて箱を開けると、どこかで見たことがあるような大きな青い宝石がついたネックレスが出てきた。


「うわ・・・スゴ」


 小さなダイヤを象嵌された銀細工のネックレスのトップには本当に大きな青い宝石がついている。ゴージャスすぎる。どう考えても私の身の丈に合う代物じゃない。これはいくらなんでも・・・と戸惑っていると突然ジュリオさんが割り込んできた。



「ていうか伯爵なんでそれ持ってんの! それホープ・ディアマンテじゃないですか!」


 その言葉を聞いて再び驚いた。どこかで見たことあると思ったら伝説のホープ・ディアマンテだったとは!


「ちょ・・・アルカードさん、本当になんで持ってるんですか。ていうか、呪いのダイヤなんて、私を呪い殺す気なんですか?」



 持ち主が次々と非業の死を遂げたという逸話を持つ呪われた青いダイヤ。プレゼントしてもらっといてなんだけどもぶっちゃけ全然嬉しくない。大体このダイヤは今はどこかの博物館か美術館に寄贈されたいたはずなんだけど・・・

 ジュリオさんと二人で猜疑の視線を向けると、アルカードさんは一つ溜息を吐きながら口を開く。



「心配するな。それはホープとは別のブルーダイヤで作られたレプリカだ」



 その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。とりあえず、呪いのダイヤでも盗品でもなくて安心した。




「そうですか、よかった。ありがとうございます」

「私がお前に呪いをかけるはずがないだろう」

「それもそうですね」



 お礼を言って笑顔を向けると、アルカードさんは私が持っていたネックレスを手に取って私にかけてくれた。


「やはりお前には青が似合う」


 私の胸に下げられた青いダイヤを撫でながらアルカードさんはにっこり笑ってそう言った。



「ありがとうございます。でも、誕生日なんて私だって忘れてたのにどうして知ってるんですか?」



 正直吸血鬼だし人間として生まれた日なんて今更どうでもいいことだし、話した覚えもなかったんだけど。なんで知っているのか疑問に思って尋ねると、アルカードさんは当然と言う顔をする。


「私がお前のことで知らないことがあるとでも?」

「・・・そうですね」



 一応肯定しては見たものの、よく考えたら身分証明するような物も持ってないし、そんな話題が出たこともないんだけど・・・おかしいな、と思っていたら急に北都とクリシュナが割り込んでくる。


「何言ってんだよ! オレが教えてやったんじゃん!」

「そうだよ! 北都くんの提案でお祝いしようって言い出したのに! ナニ人の手柄横取りしてんだお前は!」


 憤慨する二人にアルカードさんはチッと舌打ちをしてみせる。なるほど、ある意味アルカードさんらしい。


「お前等ではプレゼントの調達も祝ってやることもできないから代行しただけだ」

「むしろそれはこっちのセリフなんだけど! たまにチャンス与えてやったらコレだよ! 本当お前なんなの!? 腹立つ!」

「大体オレはお姉ちゃんが喜んでくれると思ったから教えてやったのに! お前の点数稼ぎに利用すんな!」

「結果的にはミナは喜んでくれたのだから同じだろう」

「同じじゃなーい!!」



 結局アルカードさんの卑怯な作戦を巡って3人で大喧嘩が始まってしまった。私の為に提案してくれた北都とクリシュナには本当に有難く思うんだけど、正直この喧嘩はめんどくさいのでほっとくことにした。

 


「ていうか、本当伯爵ズルくない? 俺誕生日とか知らなかったんだけど!」

「本当ですよ、猊下にも教えてくれればよかったのに。結局クリシュナさんは伯爵の味方なんですよね」


 置き去りにされたジュリオさんとアンジェロは再びぐちぐち文句を言って、それを聞いたクリシュナと北都は今度は二人に突っかかっていく。



「はー? 別に僕たちアルカードの味方じゃないし。ミナの味方だし」

「直接会話できるのがアルカードしかいなかっただけだし、あいつに味方してやる義理なんかないし」

「じゃぁ俺にも教えてくれたってよかったじゃん!」

「ジュリオにも味方してあげる義理ないし」

「ていうか、ジュリオもアルカードもオレ達にとってはむしろ敵だし」

「何をォォ!? なんなんだよ! この愛妻家! シスコン!」

「まぁね」

「それがどーしたの?」

「くそー! どいつもこいつもー!」



 うがー! と悶絶し始めたジュリオさんはひとしきり地団太をふんだあと、急にアンジェロに向き直る。



「アンジェロ! 今からミナになんかプレゼント買ってきて!」

「構いませんが・・・何を用意すれば?」

「なんかミナが好きそうなもの!」

「申し訳ありませんが、私にはわかりかねます」

「えぇー、ていうか、そうだ。ミナは何か欲しい物ある?」


 選択に悩んだ二人は私の意見を汲むことにしたようだ。でも、誕生日なんて自分でも忘れてたしわざわざ買ってきてもらうのも悪いし、本当はお断りしたいんだけど。それでも二人はさぁ言え! と強い視線をぶつけてくるので渋々口を開く。



「えーと、じゃぁ賢者の石が欲しいです」

「バカか! てめーはかぐや姫か! もっと普通に買ってこれるもの選べ、バカ!」

「じょ、冗談なのに。そんな怒んなくてもいいじゃない」

「うるせぇ。ジュリオ様の命令じゃなかったら俺がお前の為に買いに行ったりしねーんだよ! 大体今の時間もうコンビニしか開いてねーんだよ!」

「あ、それもそうだね」

「そう言えばそうじゃん! しまったぁぁぁ!」



 アンジェロにもたらされた人間社会の現実にジュリオさんは再び悶絶してしまった。ていうか、そんな必死になるような事じゃないと思うんだけど、そんなにアルカードさんに対抗したいんだろうか。

 多分いらないって言っても絶対引き下がらないし、かといってコンビニに置いてあるようなもので欲しい物とかないし、私も一緒に考えているとふと良い事を思いついた。



「じゃぁ、ジュリオさん。物はいらないので地位をください」



 そう提案すると、え? とジュリオさんは顔を上げて少し考える仕草をする。


「地位って? 何になりたいの?」

「エイヴァンゲリウム・ディアボルス精鋭部隊、「死神」(モルス)の隊長の座をください」

「うん、いいよ」


 あっさりと快諾してくれたジュリオさんにお礼を言おうとすると、ものすごい勢いでアンジェロが突っかかってきた。



「ちょっと待て! お前どういうつもりだ! ていうか猊下も!」

「悪いけど、ミナのお願いだからねー。お前は今から副隊長に降格ね」

「そんな!! あり得ねー・・・」

「うふふ。アンジェロ、これからは私の下で一生懸命働きなさいよ。私には絶対服従ね」

「誰がお前に服従するか! バーカ!」

「反抗的な下官は部下に示しがつかないから、除隊させちゃうよ?」

「お前、マジお前・・・いつか絶対泣かす!」

 地面に手をついて憎らしげに私を睨みつけるアンジェロにニヤニヤ笑って視線を落としていると、パンパンと手を叩く音が響いた。



「さぁ、喧嘩はそのくらいにしてこっちにいらっしゃいな。今日は折角ミナちゃんの誕生日なんですもの。特別にディナーを用意してるのよ」



 ミラーカさんの後を着いて庭の一角にあるカフェコーナーにたどり着くと、周りの木々にはランタンが灯してあって、いつの間にやら私の剪定したアプローズはアンナさんの花瓶に生けられてテーブルの上に置かれている。その周りには花弁を象ったキャンドルが灯され、幻想的な光を放っていて、テーブルの上にはホルダーと同じようなデザインのグラスが人数分置いてあった。



「わぁ! このキャンドルホルダーとグラス、アンナのマニョーリアシリーズじゃん!」



 ジュリオさんは早速グラスに見入って大喜びしている。もう本当よっぽど好きなんだな。ミラーカさんに促されて席に着くと、ボニーさんとクライドさんがデキャンタを抱えて、レミもその後を着いてこちらにやってきた。


「今日はね、ミナちゃんの誕生日を記念してとっておきの血を用意したのよ!」


 ミラーカさんがそう言うとボニーさんとクライドさんはデキャンタを自慢げに掲げる。



「人類の中でも最高品質と言われるインド人の処女と童貞の血よ!」



 ミラーカさんの商品説明に思わず目を丸くした。とりあえず、インド人が最高品質だという事に驚いたって言うのもあるけれども。


「ちょ・・・ミラーカさん、まさか・・・」


 まさか、とは思うけどシャンティ達じゃないよね・・・殺したりしてないよね・・・いや、いくらなんでもそれはないか。


「勿論シャンティ達に協力してもらったのよ!」

「えぇぇぇ!? ちょ、シャンティ達無事でしょうね!?」


 思わず立ち上がって尋ねると、ボニーさんとクライドさんが落ち着け、と言いながら宥めてくる。


「大丈夫だって。別に何もしてねーから」

「ミナの誕生日だって言ったら、みんな進んで血を提供してくれたんだよ」

「シャンティ達からもおめでとうって伝えておいてほしいと言われたわ」


 それを聞いて心底安心した。それよりも、シャンティ達も祝ってくれたのか。嬉しいな。ていうか、この3人は一体いつの間にインドに・・・


「もー! 3人だけシャンティ達に会ってずるーい! 私も行きたかったです! ていうか、いつの間に行ったんですか?」

「うふふ。ごめんね。一昨日の夕方出かけて今日の朝帰って来たのよ」

「えぇ!? 飛行機売っちゃったじゃないですか! どうやって・・・まさか・・・」


 信じられないけど、それしかない。恐る恐るアルカードさんに目を向けると、アルカードさんはしれっとした顔をして答えた。


「あぁ、買った」

「またですかぁぁぁ!? 使うなら売らなきゃよかったのに! ていうか、また私に内緒でお金無駄遣いして!」

「心配するな。まだ金はあるし、無くなってもまた盗めば済む話だ」

「そう言う問題じゃないでしょ!? もー信じらんない! もう売らないで取っときましょうね! どうせまた使うんだろうから!」

「あぁ、任せる」


 本当、全くこれだから生まれつき金持ちの奴は金銭感覚狂ってて困っちゃうよ! まぁ、でも私の為にしてくれたことだし、今回はもう許すしかないか。


「まぁ、飛行機の件は置いといて、わざわざインドまで足を運んでくれてありがとうございます」



 お礼を言って頭を下げるとミラーカさん達もにっこり微笑んでいいのよ、と言ってくれた。

 ミラーカさんの合図で、ボニーさんとクライドさんがそれぞれグラスに血を注いでいく。正直自分の友人の血を飲むのはどうかと思うんだけど、シャンティ達がわざわざ協力してくれたのに、その気持ちを汲まないわけにはいかない。有難く頂くとしよう。



「では、ミナちゃんの25歳の誕生日を祝して、かんぱーい!」

「カンパーイ!」



 ミラーカさんの乾杯の音頭と共にグラスに口をつけると、その芳醇なうまみに思わず感嘆の声を漏らす。


「ウマッ! さすがは最高品質!」

「本当だな。もっとインドに滞在するべきだったな」

「それはちょっと・・・」


 いやでもしかし、本当においしい。そう言えばエクステなんかはインド人の毛髪のエクステが最高級だって聞いたことがあるけど、確かにこれは最高金賞あげてもいいな。

 インドで飲んでた輸血用の血液もたまーに大当たりがあったけど、健康的な処女か童貞のモノだったんだろうな。


 感心しながら飲んでいると、あっさりと血を飲み干してしまってグラスは空になってしまった。これは本当飲み足りない。何杯でもイケる。


「アンジェロ! おかわりついで!」


 ジュリオさんの後ろに立っていたアンジェロに給仕をするように呼びつけると、アンジェロははぁ? と顔を歪める。



「うるせぇ、俺に指図すんな。自分でやれ」

「アンジェロ突っ立ってるだけじゃん! 使用人なんだから仕事しなさいよ!」

「俺はお前の使用人じゃねぇ! つーかお前も使用人じゃねーか!」

「今日は私主役だもん! それに、アンジェロは私の部下だよね? アンジェロ・ジェズアルド副隊長殿?」



 ニヤニヤ笑ってアンジェロに向かってグラスを傾けると、アンジェロは悔しそうに顔を歪めて近くの木を蹴り出した。


「もー、何してんの? 早く仕事してよ」


 暴れ出したアンジェロに溜息交じりにそう言うと、アンジェロはゆっくりと動きを止める。



「あーぁ、そーかよ。わかりましたよ。ミナ・エゼキエル隊長殿!」



 そう言い終わった瞬間、アンジェロはその木にかけられていたランタンを私に向かって投げつけてきて、私に当たった瞬間にランタンは割れて、中のアルコールと火種が飛び散り、あっという間に服にランタンの火が燃え広がっていった。


「うわぁぁぁぁ!」


 慌てて立ち上がって火を消そうとしても、アルコールのせいで火の勢いは強くて、しかも暴れたせいでよけいアルコールが飛んで火が回り出す。そのせいで、服はほとんど焼け落ちてしまい、思わずその場に座り込んだ。



「ヒドイ・・・ヒド過ぎる・・・」

「調子に乗るからだ、バーカ!」


 マジあり得ないんだけど、なにこれなんなのこれ。なんで今日誕生日なのにこんな目に遭わなきゃいけないの。


「ちょっと! 僕のミナになんてことを!」

「お前お姉ちゃんに謝れよ!」


 可哀想な状態になってしまった私に覆いかぶさるようにクリシュナと北都が回り込んで文句を言い出すも、アンジェロは相変わらずしれっとしている。


「ちょっと、坊や。殺されたいの?」

「お前やりすぎだよ!」

「本当だよ! ヒドイよ!」


 更に糾弾の輪が広がり、その場に殺気すらも満ちてくる。それでもなお、アンジェロはツンとそっぽを向いてそ知らぬふりを貫徹しようとしている。とうとう、アルカードさんがガタンと音を立てながら椅子から立ち上がると、さすがにジュリオさんが慌てだした。


「は、伯爵、ミナも、ごめんね! すいません!」

「何故ジュリオが謝罪する?」

「俺の監督不行き届きです! 本当すいません! ていうか、アンジェロ! お前も謝れって!」

「嫌です」

「お前頼むよ本当! 勘弁してよ!」

「嫌です」

「もういい」


 相変わらずツンとしているアンジェロに一瞥をくれたアルカードさんは、テーブルクロスの端を握ったと思うと、一気にバサッと引き抜いてそのクロスを私にかけてくれた。


「す、すごい・・・マチャアキ・・・」

「何を言っているんだお前は。ショックで頭がおかしくなったのか?」

「いや、違いますけど。あの、ありがとうございます」


 クロスを肩の所で結びながらアルカードさんにお礼を言うと、ふぅと溜息が聞こえてきた。どうもジュリオさんはアルカードさんに殺されると本気で心配したらしい。


「ミナ、本当にごめんね」

「ジュリオさんが謝ることないですよ。アンジェロ、いくら何でもやりすぎだよ。謝ってよ」

「はぁ? 自業自得だっつーの」

「だとしてもやりすぎだっつってんだろーが! コルァ!」

「ちょ! ミナ落ち着いて! アンジェロも謝れって!」


 本当に反省の色が見えないというか反省する気すらも窺えないアンジェロに、さすがの私も堪忍袋がパンク寸前だ。ジュリオさんが止めに入らなければ、もう既に殺してる。


 ジュリオさんの待ったの声に謝罪を期待していると、アンジェロはジュリオさんにニコッと笑って思わぬことを口走った。



「ですが猊下、目の保養になりましたでしょう?」

「え、う・・・まぁね」



 この二人の会話に怒りを通り越して眩暈すら覚えた。あぁ、もう本当どうしよう。殺していいかな。



「ねぇ、クリシュナ、北都、殺しちゃってもいいかな」

「アンジェロだけならいいんじゃない?」

「いいよ。お姉ちゃん殺っちゃいなよ」

「ありがとう」


 剣を出して二人に近づくと、アンジェロはとっさに銃を構えて、ジュリオさんは慌てて私の前に入ってくる。


「ミナ、本当ゴメンって! お願いだから落ち着いて!」

「黙れ、殺すぞ」


 ぐいっとジュリオさんを押しのけて、アンジェロの前に歩み寄ると、早速発砲してきた。それを剣で跳ね返し、アンジェロを睨みつける。



「ヴァチカン教理省秘匿組織、殲滅機関エイヴァンゲリウム・ディアボルス精鋭部隊「死神モルス」アンジェロ・ジェズアルド副隊長、彼の者はその職務において幾度も大きな戦果を挙げ、職務の遂行と部隊の向上に貢献し、また、その忠誠と努力により多くの命とカトリックが救われました。

 彼の功績とその命すらも賭さんとする信念に敬意を表し、ここに祈りを捧げます」


 空気の層を突き破ってくる銀弾を避けながら、剣を振り上げ叩き込むと、銃身でガキンと受け止められた。



「テメェ、マジかよ・・・」


 両手で必死に斬撃を抑えるアンジェロに躊躇することなく、ググッと剣を押し付けてレクイエムの口上を唱える。



「天にまします我らが主よ、今日一人の魂をあなたの元に送ります。

 賛美の生け贄と祈りを、主よ、あなたに私は捧げます。

 彼の魂のためにお受け取りください。今日、私が追悼するその魂のために。

 主よ、彼の魂を死から生へとお移しください。

 かつてあなたがアブラハムとその子孫に約束したように。アーメン」



 ギィンと競り合っていたのを突き放し、斬りかかろうとすると、再び斬撃を止められる。



「ハ・・・吸血鬼の力ってこんなもんなわけ?」

「フン、両手震わせて必死に止めてる奴に言われたくない」



 そう言ってアンジェロをグイッと突き放すと、咄嗟にクロスの端を握ったアンジェロは飛ばされ様に私の肩めがけて銃弾を撃ち込み、そのままクロスと共に吹き飛ばされていく。

 ゆっくりと起き上ってきたアンジェロは、私がかけていたクロスをはためかせてニヤニヤ笑いだす。



「いい眺めじゃねーか。今からその体が穴だらけになると思うと勿体ねぇな」

「その前に斬り殺してやるわ!」



 叫んだ瞬間、足に力を込めて斬撃を繰り出すと、アンジェロも躊躇なく撃ちこんでくる。それを全弾避けて剣を振り上げると、またしても止められた。



「私のスピードに着いてこれるなんて、人間にしてはやるじゃない」

「お前が弱いんじゃねーの」

「いつまで余裕こいてられるかしらね」

「それはこっちのセリフだ!」



 そう言った瞬間、アンジェロは私の斬撃をいなすと、私が体勢を崩した瞬間、眉間に銃を突き付けてきた。


「殉職すんのはお前だよ。アーメン」


 ニヤッと笑ってアンジェロがトリガーを絞った。



カチン



 響いたのは銃声ではなく空振りしてしまった鉄の部品がぶつかる音。



「これがなきゃそれってただのオモチャじゃない?」



 目の前にアンジェロの銃から抜き取ったマガジンをチラつかせると、アンジェロは悔しそうに顔を歪めた。



「吸血鬼の記憶力ナメんなって言ったでしょ? 私がただ銃の整備してんの見てただけだと思わないでね」

「テメェ・・・」



 その場にアンジェロを突き飛ばして、もはやオモチャとなってしまった銃を蹴り飛ばしてマウントを取り、首元に剣を突きつける。



「お祈りする時間位与えてあげるわ」

「フン、むしろお前に与えてやるよ」


 その瞬間、胸に銃を突きつけられた。


「銃を1つしか携帯してないと思ったら大間違いだぜ」

「フン、その銃セーフティ外れてないよ。アンジェロの首が落ちるのと、私の胸に穴が開くのは、どちらが早いかしらね」

「いいねぇ、その勝負乗った」


 アンジェロがそう言葉を発した瞬間に剣を振り上げると、アンジェロは片手でセーフティを外し、空いた手で私の太ももを撫で上げてきて、それに思わず手を止めてしまった。油断した瞬間突き飛ばされて、逆にマウントを取られてしまい、再び銃を突きつけられる。


「チェックメイトだぜ」

「くッ・・・」

「お前もこーなりゃただの女だな。全然弱えぇし」

「卑怯じゃない!」

「バーカ。戦いにおいて卑怯も正攻法もあるもんか。お前勉強が足りてねぇな」

「こんなので勝って嬉しいわけ?」

「勝ちさえすれば手段は常に正当化されるんだよ。お前こそ、負け犬の遠吠えやめれば? 見苦しいぞ」

「あー! もう! ムカつくー! 悔しぃー!!」


 そう叫んだ瞬間、ジュリオさんがハイハイそこまでー! とアンジェロを引き離した。アンジェロがどいた後も、メソメソとその場にうずくまっていると上からバサッとクロスをかけられた。



「今日は殺さないでおいてやる。さっさと服着ろ」



 なんと情けまでかけられた。




 ミラーカさんに手を引かれて部屋に戻って着替えている間も、悔しくて仕方がなくて部屋で大暴れした。


「マジ腹立つ! あいついつか絶対殺してやる! 服燃やしたの自分のくせに! バーカ! 悔しい・・・悔しすぎて泣きそう・・・アンジェロの奴・・・いつか絶対吸血して私の下僕にしてコキ使ってやる! あーもう本当腹立つ・・・シヴァ出して焼死させてやればよかった。インドラジットで矢の雨を降らせてやればよかった。あーもう! くっそー!!」


 大声を張り上げて家具を破壊する私の横で、ミラーカさんは困ったように溜息を吐いていた。

 着替えて再び城の庭に出ると、あんなことがあって殺気が立ち込めていた雰囲気はウソのように払拭されて、信じられない程盛り上がっている。

 それは非常に良い事だと思うんだけど、私としては納得いかない。というか、むしろ腹立つ。

 かといって、せっかくのパーティの雰囲気をぶち壊すわけにもいかず、一つ深呼吸をしてみんなの元へ足を向けた。



 誕生日パーティの席で喧嘩どころか殺し合いをしてしまったので、ものすごく気まずかったけど、私が歩み寄ると、それに気づいたボニーさんが名前を呼んで手招きしていた。


「ミナ見て! 超可愛くない!?」


 ボニーさんに指さされて、クライドさんの椅子の影を見てみると、ルゥに抱っこされる様にレオがお腹に頭を乗っけて2匹仲良く寝ていた。



「かわ・・・可愛すぎます!」



 猫と犬って相性悪いんじゃないかと思ってたけど、ただの思い込みだったようだ。2匹は本当に気持ちよさそうに仲良さげに寝息を立てている。



「ルゥ寝てるしミナ触ってみなよ」

「えぇ・・・でも・・・」

「大丈夫だって!」


 確かにルゥは眠ってるし、その姿は可愛い。ボニーさんに促されて、恐る恐るルゥを撫でてみると、少し硬めの毛に触れた瞬間ルゥはわずかに身じろぎして慌てて手を離した。



「ミナ・・・超チキン・・・」

「だ、だって・・・」



 ビビりまくりの私に、ボニーさんとクライドさんは蔑みの視線をぶつける。その視線に必死に言い訳をしていると、アルカードさんが隣にやってきた。



「撃たれた傷は?」

「あ、もう平気です。シャンティ達の血のお蔭かな? もう治っちゃいました!」



 どうもさっきのことを心配してくれたらしい。私の返事を聞いたアルカードさんは表情を変えることなく、無表情のまま言った。




「そうか。では後でお仕置きだ」




 これは聞き間違いかしら。何故私がお仕置きされなきゃならんのだ!


「な、なんでですか!」


 納得いかない。全然納得いかない。ヒドイ目に遭わされた上に悔しい思いをしたのは私なのに、更にお仕置きとか意味が分からない。絶対お仕置きする相手を間違えてると思う。

 抗議しつつキッとアルカードさんを睨みつけると、途端に不機嫌になってしまった。




「当然だ。お前はこの私の眷属でありながら、小僧ごときに敗北を喫した。情けない、実に嘆かわしい。お前が負けたことで私の名誉も汚された。これは許されざることだ。たかが小僧ごときに、この私の血族が敗北するなどあってはならないことだ。お前にはそのことをもう一度最初から教育する必要がある」



 なるほどそういうことですか! わかります、ええわかりますとも! でも、大事なことを忘れてますよ、マスター。



「けど、アンジェロは卑怯な手を使ったし、私本気じゃありませんでした!」



 私のこの言い訳は、凶、と出た。



「あぁ、勿論わかっている。わかっているからこそ、断じて許せん。わかっていないのはお前の方だ! 卑怯な手を使われた、それがなんだと言うのだ? そのくらい踏破できずにどうするんだ。本気で戦って負けた方がまだマシだ。手を抜いて負けるなど恥さらしもいいところだ!」


「そうだよ。殺すつもりならちゃんと殺す気で行かなきゃダメじゃん。最初から手を抜いてたでしょ。ミナが本気を出せば今頃アンジェロは木端微塵になってるはずなのに。僕の期待を裏切るような真似をしないでほしいな」


「えぇ!? クリシュナまで!」



 なぜか、クリシュナまでお説教に加わってしまって、この兄弟の合わせ技「説教コンビネーション」が発動してしまった。

 これはちょっと非常にまずい事になったぞ。



「大体お前吸血鬼のくせに斬撃を止められるとはどういうことだ! 手を抜きすぎにも程があるだろう! 仮にあの小僧が人間にしてはやる方だとしてもあり得ない、あってはならないことだ!」

「そ、そんなこと言われても・・・」

「そもそもお喋りしすぎ。さっさと殺すべきだよ。瞬殺できるでしょ? なんでしないの?」

「そんなこと言われても・・・」

「「言われても?」」

「・・・すいません」


 チクショー、この吸血兄弟面倒くさっ!


「ほう、「面倒くさい」か」

「え? 何? ミナ面倒くさいとか言ったの?」

「や! 言ってない言ってない! それは別件で!」

「私が話している間に別件を案じる余裕があるとはな」

「ミナ、ちゃんと聞きなさい」

「すいません・・・」



 なんなんだろう、さっきから私何か言うたびに悪い方に転がってる気がする。もう喋らない方がいいな、すいませんで貫き通そう。その辺神に誓う。



「大体お前露出狂か?」

「そうだよ! 僕そこも許せないんだけど! みんなが見てる前で下着姿で戦うなんてあり得ないんだけど!」

「だって・・・ていうか露出狂じゃありませんけど。ていうか、それだって私のせいじゃないじゃないし! 服燃やされてクロス取られたんだから仕方ないでしょ!」



 まさかのヘンタイ疑惑に憤慨してあっさり誓いを破った。



「だとしても僕は嫌なの! ちゃんと僕の奥さんだって自覚持ってよ!」

「私はストリッパーを眷属にした覚えはない」

「ストリッパー!? そんなわけないじゃないですか! ていうか、クリシュナのはただの嫉妬じゃん!」

「なに!? 僕旦那さんだよ!? 嫉妬しちゃダメなの!? 普通するでしょ!」

「さっきのはただのタッチOKのストリッパーにしか見えない」

「アルカードさんさっきからヒドイんですけど! ていうか二人とも寄ってたかって何なの!?」

「「無闇に人前で肌を晒すな!」」



 結局二人ともただの嫉妬かよ! ていうか、そもそも私のせいじゃないんだけど! なんで怒られなきゃいけないのか意味わかんないよ!


「でも諸悪の根源はアンジェロでしょ! 服が燃えちゃったのも、何もかも! 触っていいって言った覚えもないし!」



「それが一番ムカつくんだよ! 一度ならず二度までも僕の奥さんに手だして! 僕にはその機会は永遠に失われたって言うのに! なんなのアイツ!? なんで普通に友達とか思えるわけ!? むしろ僕が殺したいよ! なんで僕旦那なのにこんなにやきもきしなきゃいけないの!? 大体ミナはあっちにフラフラこっちにフラフラして! ミナは僕だけ見てればいーの!」




 なんだか急にクリシュナがものすごく怒りだして、ものすごく喋り出した。すると、背後からボニーさんとクライドさんとミラーカさんのヒソヒソ声が聞こえてくる。



「クリシュナはミナちゃんのことになると人格変わるわね」

「確かにー! 久々出たね、ブチギレクリシュナのマシンガントーク」

「普段クリシュナって紳士だからなー、それはもう色々我慢してんじゃねーの」


 知らなかった。クリシュナって怒るとお喋りさんになるのね・・・ていうか、質問と文句が交互に繰り出されて口を挟む隙間もないよ。どうしよう。



「それにミナは過剰なスキンシップに慣れ過ぎだから! 日本人はハグとかの習慣ないでしょ! なにアルカードに調教されてんの! 僕がどんな思いでそれを見てると思ってんの!? 異常だってわかってないでしょ! 大体ミナはその点に関して防御力低すぎなんだよ! ミナは僕の奥さんじゃん! なんで他人に付け入る隙を提供するわけ!? わざと!? わざとなの!?」


「わざとじゃな・・・」

「言い訳なんか聞きたくないよ!」

「えぇー・・・」

「大体ミナはさ、全然わかってないよね! 僕の苦悩を! もう本当最初から、付き合い始めた時から今までずっとわかってないよね!」


 あぁ、本当に口を挟む隙間もない・・・収まる気配もない。本当にどうしたらいいんだろう・・・

 悩んでいると、隣でハァとアルカードさんも溜息を吐いていた。



【アルカードさん、すいません。私どうしたらいいんでしょう】

【黙って聞くか、聞くふりをしていろ】

【前回はいつまで続いたんですか?】

【2時間】

【マジですか・・・】



 2時間も文句言われっぱなしなんて・・・大体今日誕生日なのに日付変わっちゃうよ!



【というか、小僧が手を出したのが2度目とはどういう事だ】

【え!? さ、さぁ?】

【・・・なるほどな。私が直々に殺してやる】

【すいません、本人もその件に関しては反省してるみたいなので許してやってください】



 心を読まれてバレた上に、さっきまで殺すつもりだった奴の弁護をする羽目になってしまった。ていうか、せっかく忘れてたのに・・・




「ていうかミナはさぁ、ってちょっとミナ! 聞いてんの!?」

「え!? あ、聞いてる聞いてる!」

「ウソつくな! いっつもミナは人の話真面目に聞かないんだから! どうせアルカードとゴチャゴチャ話してたんでしょ! もうなんなの? 本当あり得ないよね! 僕とアルカードどっちが大事なの!」

「えぇ!? どっちもだけど・・・」

「どっちかって言ってるじゃん! ミナそういうところズルいよね! みんな大好き、みたいな博愛主義! そのせいで僕がどれだけ不安を抱えてるかわかってないよね!」



 ダメだ・・・今のクリシュナには何を言っても裏目に出てしまう。これはもう終わるまで本当に耐え忍ぶしか方法がないな・・・


 と、ここでアルカードさんが救いの手を差し伸べてくれた。



「クリシュナ、もうその辺にしておいてやれ」

「はぁ? ていうか誰に一番ムカついてると思ってんの! お前だよ! なんなのお前! 僕のミナに気安く触るな! 話しかけるな! ミナは僕のなの! 勘違いするな!」



 更にエキサイトするクリシュナに救いの手はポッキリ骨折させられ、その手の主は呆れたように溜息を吐く。



「お前な・・・束縛強すぎると嫌われるぞ」

「はぁ!? 独占欲が服着て歩いてるみたいな奴に言われる筋合いないんだけど! 本当にお前なんなの!? 大体さ、ミナと付き合い始めた時も、「ミナは私のものであると言うことを自覚しろ」とか言ってさ! 僕内心相当ムカついたんだけど!」

「それは事実なのだから仕方がないだろう」

「確かにその時はそれでも良かったけど、今は違うじゃん! ていうか、お前ミナに興味ないって言ってたから僕は安心できてたのに! いい加減にしろよ! どうせお前の事だから魔眼でミナを操ったりとか卑怯な手を使ってどうにかする気だろ!」

「・・・いや、そんな真似はしない」

「何その間!? やっぱりそうなんじゃん! さすが、卑怯者は考えることもやることも違うよね! 僕はお前と違って紳士だからそんな事とてもじゃないけどできない!」

「誰が卑怯者だ! お前こそいい加減にしろ! 言いたい放題言いやがって!」

「僕は本当の事しか言ってないぞ! それに僕とミナは運命で結ばれてんの! 僕がいるうちは、アルカードにもジュリオにも誰にもチャンスなんて訪れないよ! ざまーみろ!」



 アルカードさんが話に割り込んだせいで怒りの矛先はそちらに向いた上に、度重なるクリシュナの文句にとうとうアルカードさんもキレて、兄弟喧嘩が始まってしまった。



 正直な話、クリシュナの怒りの対象から自分が外れて心底ラッキーと思った。なので、ボニーさんの隣に腰を下ろすと、他のみんなも珍しそうに、そして面白そうに兄弟喧嘩を傍観していたので、私も見学者になることにした。


 しかし、この兄弟喧嘩は私としては一向に面白くない方向へと展開していくことになる。



「僕が生きている以上、僕以上にミナを愛せる奴なんてこの世には存在しない! 僕以上にミナから愛される奴も存在しない!」

「ハッ、死んでるくせに」

「なんだとぉ!? お前なんでそういう事言うわけ!? でも、死んでても僕たちの愛は生きてた時から揺るいでない! それが現実だ!」

「あぁ、そうだな。引き続き生きていた時同様に、その影の感覚も何もない体でこの先何百年も鬱々として、何もできずに生きていくのも現実だな。可哀想に」

「お前がそれを言うなよ! 大体それもお前のせいだろ!」

「人のせいにするな! お前に甲斐性がないだけだろう!」

「そんなわけないだろ! お前に気を遣ってたんだよ! なのにお前って奴は!」

「知ったことか! お前が勝手にやったことだろう! 人のせいにするな!」

「うっわ、もう最悪だよお前。もう本当なんなの? 死ねよ。500回くらい死ねよ」

「死ぬか! むしろ私を殺せるような奴がいるなら会ってみたいものだな。まぁ、いるはずがないが」

「あーっそう、じゃぁお前以上に不死身の僕がお前が死ぬまで殺してやるよ!」



 そう言った瞬間、クリシュナはアルカードさんの頬をめがけて思いっきり拳を撃ちこんだ。それを見て沸き立つ観衆と度肝を抜かれた私。

 殴り倒されて起き上がってきたアルカードさんは、それはもうご立腹だ。話しかけたら殺されるんじゃないかってくらいにお怒りだ。



「そうか、お前がそのつもりなら、私もお前の存在を抹消してやろう」



 アルカードさんはクリシュナを睨みながら、なんとホロコーストを呼び出した。本当に怒りすぎて周りが見えなくなったらしい。



「ボニーさん、クライドさん! ルゥとレオを避難させて! レミ、アンジェロ! 煙を吸わないようにして! 毒だから!」



 私がそう指示すると、ボニーさんとクライドさんは慌てて2匹を城に連れ帰り、レミとアンジェロもささっと袖で口を覆った。

 間もなくアルカードさんはホロコーストをクリシュナに向けて放ったけど、クリシュナは平然とそこに立っている。



「お前バカだねー、影に炎が効くわけないでしょ?」



 そりゃそうだな。アルカードさんはクリシュナにバカにされてすごく悔しそうな顔をしていたけど、すぐに指を噛んだ。



「サングィス・コントラクトゥス3号解除、サリエルの魔眼」



 呟いたアルカードさんは瞳を伏せる。3号・・・って確か!



「みんなアルカードさんを見ちゃダメ!!」



 慌てて立ち上がってみんなの視線を遮り振り返ると、クリシュナに向けられた緑色のはずのその瞳が金色に変わり、鈍く光った瞬間意識が遠のいてその場に倒れた。




 でも、倒れた瞬間に意識を取り戻した。


「ミナ!」

「ミナちゃん!」

「あっぶね! 死ぬかと思った!」


 倒れた私の周りにみんなが駆け寄ってくる。



「ミナちゃん、大丈夫?」

「つーかお前人に見るなって言っといてなんで自分は見てんだよ。バカじゃねーの」

「良かったー! ミナ死んだかと思ってあたし超焦った!」

「すいません・・・なんか気になっちゃって・・・ていうか、本当死ななくてよかった」


 ジュリオさんの手を借りて起き上がると、ちゃんとクリシュナもいて、みんなと一緒にホッと胸を撫で下ろす。すると、解除したアルカードさんもこちらに寄ってきた。



「ミナ、大丈夫か?」

「大丈夫です」

「見るなと言っておいただろう」

「すいません、好奇心に負けました」

「全くお前は本当にしょうがないな。サリエルの魔眼は目が合ったら確実に死ぬからな。例え吸血鬼でも弱い奴なら見ただけでも死ぬ。これからは気をつけろよ。分かったな」

「はい、すいません」



 アルカードさんに呆れ溜息を吐かれてしまったけど、クリシュナも生きてるし、私も生きてるし、なんだかんだで喧嘩は終息したようだから、まぁいっか、と思う事にした。



「それにしても、どうしてクリシュナは生きてるの?」

「目瞑ったから」

「あ、なるほどね。でも本当良かった。クリシュナもアルカードさんも、もう喧嘩しないでね? 私が死んじゃうかもしれないから」

「「・・・わかった」」



 最初から最後まで大喧嘩の絶えなかった私のバースデーパーティは、危うく私が死にかけると言う教訓を持って、最終的には平和に終わった。

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