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第10話 硝子

 夏が過ぎて、剪定を終えたアプローズは大きな蕾をつけ始める。青いバラが見れるまで、あと少し。


 あれからアルカードさんの態度には変化はないし、私もあまり考えないようにした。というか、よく考えてみたら私の思考はアルカードさんには筒抜けなわけだし、どれほどこっちが策を弄してみようとも無意味だという事に気付いた。

 その代り、なぜか以前に比べて圧倒的にジュリオさんと一緒にいる時間が長くなった。彼は私を愛してると言ったわけだし、別に不思議なことでもないけど、受け入れる事も出来なければ拒否することもできないと言う状況が、正直だるいと言うかめんどくさいというか。

 まぁ、彼自体は普通に好きだから、こっちもあまり深く考えないようにした。



 そんなある日、レミがお客様ですと呼びに来た。

 レミについて居間に行ってみると、アルカードさんの前に造園業者のアントニオさんと、綺麗な女性がソファに腰かけていた。


「アントニオさん! もう退院できたんですか!?」


 思わず駆け寄って声をかけると、アントニオさんも私に気付いて声をかけてくれた。


「お嬢ちゃん久しぶりだな! おかげさんで先週退院できたんだよ」

「わぁ! よかったですね! おめでとうございます! もう治ったんですか?」

「まだ完全には治ってねぇよ。今リハビリ中なんだけどしんどくてよぉ…」

「アハハ。でも、本当に良かった」


 話しながら、アルカードさんの横に腰かけると、ふと、アントニオさんの隣に寄り添うように腰かける女性に目がいった。



「あぁ、お嬢ちゃんにはまだ紹介してなかったっけ。こいつは俺の嫁のアンナ。アンナ、このお嬢ちゃんが俺の命の恩人だっつってた執事さんのミナだよ」

「まぁ! この女の子が!? ミナさん、アントニオを助けて頂いて、本当になんてお礼を言ったらいいか…ありがとうございます」


 アンナさんは嬉しそうに顔を綻ばせて、丁寧にお礼を言ってくれた。



「いえいえ! とんでもないです! あんな事故が起きて無事だったのはアントニオさんの天運ですよ!」

「でも、ミナさんが助けてくれなかったらもっと重症だったと思います。それにしても、こんな可愛い女の子が助けてくれたなんて…あなたシアワセものね」

「ハハハ。全くだよ」


 笑いあう二人は本当に幸せそうで、まさにおしどり夫婦。いいなぁ。羨ましい。ていうか、可愛い女の子って、この二人には私は一体何歳に見えてるんだろう。東洋人は幼く見えると言うけれども。


 しばらくイチャついていたおしどり夫婦は急に思いたった顔をした。


「じゃなくて! アンナ! 今日はお礼をしに来たんじゃないか!」

「あ! そうだったわね!」


 二人は思い出したように手を叩くと、アンナさんの隣に置いてあった木箱をテーブルの上に差し出した。


「伯爵、ミナさん。つまらないものですけど、ほんの気持ちです。どうか受け取って戴けません?」




 にっこり笑って差し出してくれるアンナさんに、少し困惑してしまった。

 お礼は必要ないと言っていた手前、受け取っていいものやら…アルカードさんに視線を送るとコクンと頷いたので、受け取ってやれと言う意味に解釈して、受け取ることにした。


 木箱を受け取って、お礼を言ってアルカードさんに渡すと、アルカードさんはアントニオさんとアンナさんににっこりと微笑んだ。



「わざわざお気遣いいただきまして、誠にありがとうござます。開けてもよろしいでしょうか?」


 アルカードさんがそう尋ねると二人はどうぞ! と手を差し出して、それを見たアルカードさんはもう一度微笑んで、木箱を開けた。



「うわぁ! 綺麗!」



 木箱の中には、ピンクガラスとアクリルガラスの花瓶が二つ。

 ピンクガラスの方はアラベスクのような模様で切子細工が施されていて、アクリルガラスの方は琥珀の様に、中にプリザーブドのバラが施されていた。



「綺麗だな。素晴らしい」

「本当ですね! こんな立派な物戴いてもいいんですか?」


 アルカードさんと二人感動しておしどり夫婦に目を向けると、二人は少し照れたように微笑んだ。



「実はアンナはガラスの工芸を仕事でやっててさ。こういうの得意なんだよ」

「大したものじゃないけど、喜んで頂けたみたいで嬉しいです」



 こんな綺麗な物を作るなんてアンナさんすごい! 私100年修行してもできる気がしないなぁ。世の中には本当にすごい人がいるもんだ。



「フルネームお伺いしてませんでしたが、もしかして、アンナ・シュトラディバリさん?」


 花瓶の一つを手に取って、花瓶の脚を眺めていたアルカードさんが急にそう言った。



「えぇ。良くお分かりになりましたね」

「もちろん。アンナさんの作品はファンが多く、著名人からも人気が高いですからね」


 アルカードさんが手に持っている花瓶の脚を覗き込んでよく見てみると、「A」というアルファベットを模したアラベスクのエンボスが施してあった。

 アンナさんのサインのようなもの? これだけで、わかっちゃうってことは…



「もしかして、アンナさんって有名人ですか?」

「お前知らなかったのか? うちにもいくつか彼女の作品はあるぞ。ジュリオの持ち物だが」

「え!? そうなんですか! あ、でもジュリオさんのグラスとか綺麗って思ってたけど、アンナさんのだったですね! へーすごい! ありがとうございます!」

「まぁ。ご愛顧頂いていたみたいで。私も嬉しいです」


 すごい! 有名な作家さんの作品を貰っちゃうなんて、逆に勿体ないなー!



「アプローズが咲いたら是非飾らせていただきますね!」

「そうして戴けると嬉しいです」


 ニコッと微笑むアンナさんはとても綺麗だし、絶対いい人だ。天は人に二物を与えないって絶対嘘だな。アンナさん何個か持ってる。絶対。


 しばらく世間話をすると、二人は改めてお礼を言って帰って行った。後なんか月かしたら、アントニオさんも職場に復帰できるみたいだし、一安心。

 それよりもこの花瓶、花なんかなくても十分インテリアとして使えるよなぁ。どこかに置いておきたい。



「アルカードさん、コレどこかに飾っときましょうよ。しまっちゃうの勿体ないです!」

「あぁ、そうだな」

「じゃぁ一つはアルカードさんのお部屋で、もう一つは居間でいいですか?」

「いや、私の部屋にはおかなくていい。代わりにジュリオにやれ」

「え? ジュリオさんに?」

「アンナ・シュトラディバリを集めているという事は彼女のファンなのだろう」


 アルカードさんがジュリオさんにあげるなんて、ジュリオさんがファンだという事を差し引いてもとっても意外。アルカードさんって結構優しい所あるんだな。

 いや待てよ、アルカードさんの事だから裏があるに違いない。・・・あぁ、そういうことか。



「わかりました! じゃぁジュリオさんにはピンクの方持っていきますね!」

「あぁ」



 早速ジュリオさんの部屋に行くと、中から話し声が聞こえた。ちゃんといるみたいだ。ジュリオさん、気付くかなぁ。

 ノックをすると中から返事が返って来たので、部屋に入ってみると、ジュリオさんとアンジェロがいた。



「ミナどうしたの?」

「あ、これをジュリオさんに」


 花瓶を渡すと、ジュリオさんは綺麗だねと感心してあちこち見まわして、脚を見た瞬間にあっ! と声を上げた。



「これ! アンナ・シュトラディバリの花瓶じゃん! すごい! どうしたの!?」


 おぉ、こんなに嬉しそうに興奮するジュリオさんを見るのは初めてだ。なんか面白い。


「実は、うちのお抱えのエクステリアの業者さんが居るんですけど、前に作業中に事故が起きちゃって、私とアルカードさんでお見舞いに行ったんです。その時のお詫びとお礼ってことで貰ったんですけど、その怪我した作業員さんの奥さんがアンナさんで、それ頂いちゃいました」


 ジュリオさんは私の話を聞いて感心したように再び花瓶を見つめだした。



「へぇ、そういうことってあるんだね。人の縁ってすごいね。良い事ってしとくもんだね」


 良い事ねぇ。この事故の真相を知ったら閉口するだろうな。絶対言わんとこ。一生墓まで持っていこう。



「えー、でも俺が貰ってもいいの?」

「はい。勿論ですよ。好きなんでしょ?」

「そうなんだよ! ミナありがとう!」


 喜んでる。喜んでるな。じゃぁこれを言ったらどういう反応をするかが楽しみだ。



「私じゃないですよ。アルカードさんがジュリオさんにあげてって言ったんです」

「え? 伯爵が?」

「はい。ジュリオさんはアンナさんのファンだろうからあげてこいって」



 私の話を聞いたジュリオさんは、一瞬動きが固まって、でもすぐに、ははーん! という顔をした。

 気付いたか。さすがジュリオさん。隣でアンジェロもジュリオさんと同じような顔をしている。うーん、二人とも手ごわいな。


「ミナ、伯爵にお礼言っといて」

「わかりました。ついでに、ジュリオさんは引っかかりませんでしたとも言っておきますね」


 そう言ってニッと笑うと、ジュリオさんは一瞬驚いた顔をしたもののすぐに笑った。



「アハハハ。ミナ今日は冴えてるね」

「今日はって…まぁ、アルカードさんの考えそうなことですから、わかりますよ」


 そう言うと二人ともクスクスと笑いだした。



「伯爵も、ミナに気付かれるとは誤算だっただろうね。なんでわかったの?」

「だって、あのアルカードさんがジュリオさんにプレゼントするなんて、何か裏があるに決まってますよ。ジュリオさんを物で釣って恩を売ろうとでも思ったんじゃないかと」

「だろうね。多分それは半分だけど」


 ジュリオさんの言葉に今度はこっちが驚いた。


「え? 半分? まだあるんですか?」

「俺が思いつく限りではあと一つ」

「えぇ? なんだろう?」


 あと半分? なんだろう? 私を城へ返還したお礼とか?いや、でも元々私ここの住人だし、誘拐されたわけだし、お礼はあり得ないか。じゃぁ何?



「お前なんで自分のことになると頭鈍くなるんだよ」

「え? 私の事なの?」

「まぁ、ミナが裏があるって疑った時点で頓挫してるけどね」

「えぇ? どういうことですか?」

「伯爵の作戦だよ、作戦。猊下に差し上げて来いって言われた時お前どう思った?」

「え? アルカードさん、優しいなぁって…あぁ・・・なるほど、そう言う作戦なのね・・・。そんなことしなくたって、アルカードさん大好きなのに。ていうか、折角忘れてたのに・・・」



ガクッとうなだれると、ジュリオさんとアンジェロはクスクス笑い出した。


「ミナ、忘れてたの?」

「はぁ、私にはクリシュナがいるし、そういうの考えるのも面倒くさいんで」


 そう言うと、さっきまで笑っていたのに、ジュリオさんはショボーンとしてしまった。しまった。当事者の前で言うべきじゃなかったな。さてこれはどうしよう。まぁいいや。


「えーと、じゃ! そう言う事なんで、失礼しました!」


 そう言ってしょんぼりジュリオさんはアンジェロに任せることにして足早に部屋を立ち去った。


登場人物紹介


【アンナ・シュトラディバリ】

28歳。アントニオの奥さん。

ガラス工芸の工房を立ち上げて、現在彼女の作品の斬新さと美しさはテレビや雑誌で取り上げられるほど大人気となっている。

アントニオが事故に遭った時は失神しかけたほどだが、これまでの彼の失敗談を友人から聞かされて今後も苦労するんだろうな、と心配している。

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