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第8話 考察

 どうやら悪魔の親玉は院長さんの付き人だったらしい。


 数か月前に新任で入って来た人らしくて、しかも憑かれていたんじゃなくて、アスタロトという悪魔が付き人に化けていたんだそうだ。

 その付き人のふりをして、シスターさんや修道士さん達を(たぶら)かして、おかしくしてしまったという事だった。


 現地の担当官の話によると、アスタロトはその美貌と知恵で人を惑わせる有名な悪魔で、ソロモンの悪魔と呼ばれる悪魔の軍団の大幹部だとか何とか。

 ずっと昔フランスの有名な祓魔師だったセバスチャン・ミカエリスと言う人が祓ってから、現れたという報告はなかったから、今回の事件はある意味キリスト教的には歴史的な大事件だと言っていた。


 アルカードさんは逃げられたと言っていたし、また100年くらい経ったらこっちに遊びに来るかもしれない。



 私達は事件が片付いた後、更にミュンヘンに2泊した。

 その間、アルカードさんとアンジェロは二人で報告書らしきものを作っていて、私とボニーさんとクライドさんは、せっかくのお出かけを記念して遊んだりしていた。

 でも、買い物やお出かけするたびに、ドイツ語のお勉強を放り出した二人の為に通訳をする羽目になって大層めんどくさかったので、今度から外国に出張する際にはあらかじめ言葉を覚えて行こうと固く誓った。



 フィレンツェの城に戻ると、ジュリオさんとレミが笑顔でお出迎えをしてくれた。



「おかえり。みんな、ご苦労様」

「ミナ様ー! おかえりなさーい!」



 姿を見るなり飛びついてきたレミを抱きかかえると、レミは嬉しそうに首に腕を回して足をジタバタさせて喜んでくれた。



「僕ミナ様がいなくてすごく寂しかったです! でも、ミナ様の顔見たら忘れちゃいました!」


 そう言って笑顔を向けてくれるレミを見て、心がちくんと痛んだ。ふと、アルカードさんと視線が合うと念を押された気がして、コクンと頷いた。



「レミくん、あのね。お話があるの」

「はい、なんでしょう?」


 無邪気に向けられる笑顔に再び胸が痛む。余計言い出しにくい。でも、言わなきゃ。


「あのね、レミくんに謝らなきゃいけないことがあって…」

「もしかして、10年後の結婚の話ですか?」


 先に言われてしまって、とても驚いた。この子本当に頭のいい子だ。



「う、ん。あのね…」

「僕が子供だからダメなんですか?」


 またしても先手を打って来るレミの顔は今にも泣きだしそうで、思わずなんでもないよと言いそうになって、何とかその言葉を飲み込んだ。


「ううん、違うの。レミくんのせいじゃなくて、私が悪いの」

「ミナ様が、ですか?」

「うん。あのね、私夫が死んでまだ間もないから、新しく好きな人ができるかまだ分からないの。出来たとしても、それが10年後か20年後かもわからないし、今の段階で、はっきりとレミくんのお嫁さんになるって言ってあげられないの」

「でも、10年後ならいいって…」

「うん、私軽く考えすぎてて、ごめんね。レミくんの事は大好きだけど、今はまだそう言う好きじゃ…」

「いいですよ!!」


 急に大声を出してレミは話を中断すると、大きな瞳からポロポロと涙をこぼし始めた。



「いいんです! ミナ様がまだ、僕の事を好きじゃなくてもいいんです!」

「レミくん…」

「僕待ちますから! ミナ様が僕を好きになるまで待ってます。10年でも20年でもずっと待ってます! ジュリオ様にも伯爵にも絶対渡さない! 絶対ミナ様を振り向かせるんだからぁ!」



 一息にそう言うと、レミは、うわぁーん! と泣きはじめてしまった。


「レミくん、ごめんね。ありがとう」


 泣き喚くレミを抱き寄せると、レミもギュッとしがみついてきた。こんな小さな子を泣かせて、私って本当に最低だな。

 良く考えもしないで適当にモノを言うから、レミを余計に傷つけてしまった。自分のことなんだから、もっとちゃんと考えなきゃ。


 でも、今はまだ、クリシュナの事を忘れられそうにない。まだまだ、時間が必要だ。

 本当にごめんね、レミ。








「それにしても、報告書見てびっくりしたよ。俺も行きたかったな」


 レミが泣きやんだ後、私とアルカードさんとアンジェロは、ジュリオさんの執務室で出張の報告をしていた。

 報告書を見ながら、ジュリオさんはニコニコしながら羨ましそうにそう言った。


「アスタロトなんて生きてる内に会えるかどうかのレアキャラだもんね」


 私にしてみたら枢機卿だって十分、生きてる内に会えるかどうかのレアキャラなんだけど。しかもアルカードさんと、着いて行った人以外見たわけじゃないし私達も会ってないんだけど。

 でも、こんな大事件に携わったのはなんかすごいっていうのはわかった。


「それにしてもミナ、腕食いちぎられたんだって?」

「い゛ッ!あ、はい…ちょっと油断してて」


 いきなりツッコまれたくない箇所にツッコまれて、なんだかばつが悪くなる。ジュリオさんに困った顔をされた上に溜息まで吐かれてしまった。


「全く、お前は。どうせぼうっとしていたんだろう。一体何回目だ?」

「え? 4回目…?」

「5回目だ!」

「あ、5回目…すいません」


 あぁ、私そんなに人体の一部を欠損する怪我をしたのね…恥ずかしい。いっそのこと人間じゃなくてよかった。ってそういうことでもないか。

 ジュリオさんには溜息つかれるし、アルカードさんには怒られた上に溜息つかれるし、散々だ。もう、本当にちょっと本気で反省しないといけないな。あ、でも一か所だけ改善点があった。


「でも、今回は悪魔を吸血しちゃったんで、すぐ治りましたよ!」

「そういう問題じゃない!」


 折角元気よく言ったのに、3人同時にツッコまれて、より一層ショボーンとする羽目になった。チクショー、この人達打ち合わせでもしたのか?



 ジュリオさんは書類をトントンと纏めながら、困ったように一つ溜息を吐いた。


「全くもう、ミナは女の子なんだから、気をつけなきゃダメだよ?」

「え…?」

「聞いてる?」

「あ、はい。ごめんなさい」


 ジュリオさんの言った言葉に猛烈に既視感を覚えた。なんだっけ、今のどこかで・・・あ、そうだ。インドでテロリストに爆撃された時に、助けに来てくれたクリシュナも同じことを言ってたんだ。

 そういえば、ジュリオさんの優しい所とか、物腰の柔らかい話し方とかクリシュナに似てる気がする。


「ミーナー、聞いてるの?」

「え!? あ、はい!」


 私が物思いにふけっている間も何か話していたらしい。全然聞いてなかった。



「ウソばっかり。ミナはいつも俺の話聞かないでウソつくんだから」

「う。ごめんなさい…」

「大体、これが人間だったら大問題ってわかってる?」

「はい、わかってます…」

「全く、伯爵もついていながら…ミナが吸血鬼じゃなかったら、俺教皇から直接怒られるんだからね? 分かってる?」

「はい、ごめんなさい…」


 くそぅ…説教タイムが始まってしまった。私だって好きで食べられたわけじゃないのに! 私の腕をバキバキ食べる悪魔を思い出したらなんか腹が立ってきた。

 くっそー、どうせならもっと味わって食べろ!ていうか…


「私って何味だったのかなー?」

「何言ってんの!? ていうか、ミナまた聞いてないし!」

「あっ! ごめんなさい…」



 悪魔のせいでよけい怒られて、更に説教時間が長引いた。






 報告会が終わった後、私だけジュリオさんの部屋に居残りさせられた。

 まさか残業してまでお説教されるとは思わなかったぜ。チッ! と、心の中でクサッていたらジュリオさんにソファに座るように促されて、言われたとおりに腰かけると、ジュリオさんも私の隣に腰かけてきた。


「ミナ、俺が言うのはミナの失策を怒ってるんじゃないんだよ? ミナが怪我をするのが嫌だから、ここまで言ってるの。わかる?」


 少し怒ったような声だけど、でも、本当に心配してくれている様子で、言われるまでちゃんとわかってなかった自分を恥ずかしく思った。


「はい、ごめんなさい。今度から油断しないように気を付けます」

「今度こんなことがあったら、ミナは戦線から外すからね」

「えー!? そんな! ちゃんと、ちゃんと気を付けます!」


 思いがけない戦力外通告に慌てて反省を述べると、ジュリオさんはクスクス笑いながらやっとわかったみたいだね、と言って頭を撫でてくれた。


「次からはミナは俺と同じ任務に就かせるからね。それができない時は、伯爵から離れちゃだめだよ。わかった?」

「はい。わかりました」

「ミナを守りたいのはレミだけじゃないからね。俺も、ミナを守るから」


 そう言うと、ジュリオさんは頭を撫でていた手を肩に回して、優しく抱きしめてくれた。本当にこの人は優しい人だ。なんだか安心する。

 無条件に大事にしてもらえてるという事に気付いて、改めてジュリオさんの温情主義に感動した。



「ありがとうございます。私も、ジュリオさんが困った時には力になれるように頑張ります」


 そう言って背中に腕を回して抱き着くと、頭の上でジュリオさんがクスッと微笑んで呟いた。




「ありがとう、ミナ。愛してる」





・・・・・・・・今のは聞き間違い?



 今このお兄さんは何と言いましたかな? 愛してるとか聞こえた気がするけど気のせいですかな? そりゃ、以前に愛する自信があるとか言ってたし、アンジェロもジュリオさんは嘘を吐かないと言ってたけど、ぶっちゃけ、そりゃねーだろとか思ってたんですけども。

 いや、ボソッとしか言わなかったし、聞き間違いだ。うん、そうだ。


「ミナは俺の事愛してくれる?」


 あ、聞き間違いじゃなかった! え、ていうか、コレ答えなきゃいけないのかな。ていうか、なんて答えたらいいのかな、コレ。



「え、えーと、ジュリオさんの事好きですけど、あの、レミにも言ったけど、今はまだわかんないっていうか…」


 ジュリオさんの腕の中でドギマギしながらそう答えると、また上からクスクス聞こえてきた。



「ごめんね、意地悪なこと聞いて。いいよ、わかってるから。俺も待つよ、100年でも200年でも」


 吸血鬼だしね、と笑いながら言ってくれるジュリオさんが嬉しくて、涙が出そうになった。



 ここまで言われると、本当に何かしら報いたくなってくる。きっとジュリオさんのこういうところが人を惹きつけるんだろうな。本当に優しいから、アンジェロや使用人さんも、みんな彼の為に何かしてあげたくて、本当に大好きで傍にいるんだろうなと思った。


 部下から好かれるところもクリシュナに似てるな。そう考えると、アルカードさんとクリシュナって

正反対の兄弟だったんだな。まぁ、私達もアルカードさんは信頼してて大好きだけど。

 やり方は違うけど、ジュリオさんの温情主義と、アルカードさんの厳格主義は結果的には同じ効果を生み出してるんだな。わからんものだ。まるで、ハンニバルとスキピオみたい。



「ミーナー、今度はどんな思索にふけってんの?」



 うっかり君主論にまで考えが発展して、ジュリオさんの腕の中という事をすっかり忘れていた。



「え? あ、いや、別に…」

「珍しく難しいこと考えてた?」

「珍しくって…ただ、アルカードさんとジュリオさんって、ハンニバルとスキピオみたいだなって」

「あぁ、なるほど。確かに伯爵は偉大な畏怖するべき強敵、ハンニバルかもね。でも俺はスキピオと違って生涯無敗じゃないよ」

「でも、スキピオみたいに部下を大事にして養成してるし、戦術にも用兵にも隙がないし。何よりも愛されてるじゃないですか。アルカードさんもジュリオさんには一目置いてるし」

「そう? 嬉しいな。俺も伯爵は敵ながら天晴と思ってるけどね。やっぱハンニバルとスキピオか」



 どう考えても、ジュリオさんに抱っこされながら話すような内容じゃなかったけど、我ながらこの例えはものすごくしっくりきたから、大満足してしまった。



「ロートルとルーキーってとこも似てるかもね」

「ロートルは合ってると思いますけど、ジュリオさんも100歳超えててルーキーはないんじゃないですか?」

「伯爵から見たらルーキーなんじゃない?」

「あぁ、あの人500歳超えてるし、そう言われてみればそうかも」

「そんな歳いってたんだ…」

「あれ? 知らなかったんですか? でも、500年も生きてなきゃ、あれほどの化け物にはなれないでしょうね」

「あぁ、確かにね。伯爵と戦った時は正直ビビったもん」

「私も未だにビビります」


 この2人は、これでいいのかもしれない。無理に仲直りしなくたって、例え敵同士でもハンニバルとスキピオの様にお互いを尊敬しあって戦う好敵手であればいいのかもしれない。



「ジュリオさんもアルカードさんも策略家っぽいなぁ。私が知らないうちに全然違う事態になってそう」

「確かに伯爵ほど狡猾って言葉が似合う人はいないね」

「でも、ジュリオさんだって策士でしょ?」

「さぁ? どうだろうね。まぁでも、最後に勝つのはスキピオだから」


 そう言ってジュリオさんはいたずらっぽく笑って見せた。



 二人の間で、私がどちらを主に選ぶか。正直それが一番大問題だけど、ジュリオさんは待つと言ってくれているし、アルカードさんの下僕をやめるつもりはないから、もう逃げませんよってことを理解してもらえればいい。



 ん? ちょっと待てよ? それで終わりなの?


 なんだかずっと違和感を感じていたけど、この状況おかしくないか? えっと、そもそも、二人とも私を手元に置いておきたいから同居してるわけでしょ。

 で、城にいる時点で、もう逃げないとも宣言してるし、アルカードさん的にはそれでいいはず。大体、私はアルカードさんの傍を離れないと誓ったし、私はアルカードさんの眷属で下僕。アルカードさんに所有権がある者なんだ。


 そうだ、そもそも最初から「選ぶ」必要なんかないはず。いや、「選ぶ」のは私だ。私が何を選ぶと言うの? 私に何を選べと言うの?

 意味が分からない。


 そう言えば、クリシュナは私を争奪していると言っていた。何故? 私は最初からアルカードさんのモノなのに、なんで今更争奪する必要があるの? 一体何を争奪しているんだろう?


 とりあえず、ジュリオさんが欲しいものは私。私の、何だろう? 愛情? 私の愛情を奪い合ってる?

 ジュリオとアルカードさんは、二人とも私の愛情が欲しい?




それって――――――まさか。





 いやいやいや、飛躍しすぎた。あり得ないあり得ない。ナーイ! ナイナイナイナイナイ!!


それはナイ。絶対ナイ。私がまた人間に戻れる確率よりナイ!

反物質を生成しようとするくらいあり得ない!

現代科学で純金を錬成しようとするくらいあり得ない!



 アルカードさんはお父さんだよ?(だから違うって)

 それにアルカードさんはずっと前から私に興味ないって言ってたし。そんなバカな。ねぇ?



いやでも、最近アルカードさんの私に対する態度が微妙というか…いや、そんなことはない。

いやでも、そう考えると辻褄が合うと言うか…いや、合わない、むしろ合わせない。

そう言えば、クリシュナが怒ってた理由の別件って…いや、違う。それこそ別件だって。

ていうか、アンジェロの言ってた気付いてやれって言うのは、この事なの? …イヤイヤ違うって。



「ミーナー? 今度はどうしたの?」



 再び思索に耽って、ジュリオさんをほったらかしにしてしまっていた。でも、このままじゃ何となく落ち着かない。もういっそ泣きそう。



「あの、申し訳ないですけど、私に落ち着けって言ってもらえます?」

「えぇ? いいけど…ミナ、落ち着いて」


 不審がりながらもそう言って、背中を撫でてもらうと、少しだけ落ち着いてきた。



「本当にどうしたの?」

「い、いえ。本当に何でもないんです。ありがとうございます」



 心配してくれてるとこ申し訳ないけど、さすがにジュリオさんには話せませんよ。

 なんだか、さっき愛してると言ってくれた人の前で、別の人のことを考えているのがすごく申し訳ない気がして、お風呂に入ると言ってジュリオさんの部屋から出た。



登場人物紹介


【アスタロト】

「ソロモンの悪魔」の大幹部。地獄の皇帝、君主と並ぶ3大支配者の一人。

知略の大侯爵とか呼ばれていて、普段は別次元のアメリカあたりに住んでいる。

美麗な容姿で人を惹きつけ、過去や未来を見通して人間を騙したりする。

好きな食べ物はみかん。


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