第4話 決断
「ミナは本当に物わかりのいい子だね」
所は変わってヴァチカン
「それはどうも。でも、本当に約束守ってくれますか?」
「勿論」
「破ったら許しませんからね!」
「俺を殺す?」
「いいえ、教皇庁を襲撃します」
「それは困るな。大丈夫。約束は守るよ」
そう言うとジュリオさんは再び私を抱きしめた。
「ジュリオさん、もう一つ条件付けてもいいですか?」
「内容によるけど、一応聞くよ。なに?」
「あなたは私個人を愛する自信があると言いましたね。それなら、私は元の顔に戻ります。それでも構いませんか?」
「ああ、そんなこと?いいよ」
「ありがとうございます」
あまり考えたくはないけれど、アルカードさんはわざわざ私を「ミナ」の顔にした。もしかしたら、本当に私を人形として扱っていたのかもしれない。
だとしたら、アルカードさんの傍にいることが、正しいと言える自信はない。そんなの、私にもアルカードさんにとっても不毛だ。何の意味もない。それならば、私はいない方がいい。
それに私がジュリオさんに着けば、みんなを守れる。それがただのエゴだという事はわかってる。クリシュナを裏切るつもりなんかなかったけど、みんなの命には代えられない。
クリシュナ、アルカードさん、みんな、ごめんね。
更に強く抱きしめながらジュリオは言う。
「決心は固まった?」
「はい」
「じゃぁ、別れのあいさつでもしに行こうか」
「……はい」
フォンと黒い霧と共に現れた私とジュリオさんに、城の一同は驚いた。
「あら、ジュリオ、わざわざ返しに来てくれたのかしら?」
ミラーカさんが先陣を切って立ち上がる。
「いいえ。ミラーカさん。少しお話したいことがあって帰ってきました」
「話?」
途端に眉を顰めるミラーカさん。突然、しゅるんと影が動いた。
「やっと出られたと思ったら! お姉ちゃんなにしてんの!」
「ミナ! なんでそういう勝手なことするんだよ!」
北都とクリシュナが怒りながら出てきた。
【あー二人とも、会話はテレパシーでお願いします】
【お姉ちゃん! なんで一人で勝手に決めるの!?】
【ミナ、僕を裏切るの?】
【二人とも、ごめん。ヴァチカンで聞いたことはみんなには内緒にして。私のエゴだってわかってるけど、もう大事な人に死なれるのは嫌なの】
【それはわかるけど、お姉ちゃんが犠牲になる必要なんて…】
【北都、自己犠牲なんて綺麗な物じゃないよ。私の我儘。みんなの気持ちを無視してるってわかってる。それでも、私にはこうする以外にできることはないの】
【ミナ、本当にそれでいいの? 僕は嫌だけど】
【クリシュナ、約束破ってゴメンね。裏切ってゴメン。だけど、今の私にできることはこれしかないから。これも、自分に取り得る行動を考えた結果なの。悪いけど、二人とも一旦影に戻って。この取引の事、みんなには内緒にしてね】
【あ、ちょっ…】
二人を無理やり押し込んで、アルカードさんに視線を向け、掌を噛んでアルカードさんに差し出す。
「私の血を飲んでください。お願いします」
アルカードさんは、怪訝な顔をしながらも、そっと私の手を取って、掌に口をつけると、血を飲んでから、アルカードさんはハッとして顔を上げた。
「お前、どういうつもりだ」
私はクリシュナと北都の血をアルカードさんに渡して、アルカードさんが顔を上げた時には顔は元に戻っていた。
「アルカードさん。今まで大変お世話になりました。でも、今日でお別れです。私、ジュリオさんと生きていきます」
「ミナ…? 何を、言っているんだ…? 私は…お前を手放す気はない、そう言った筈だ」
「ええ。言いました。でも、どこに行くか決めるのは私の意志です。あなたの許可は必要ありません」
「ミナ、何を…いや、ミナ、違うんだ。私は…」
「なんですか? 今更言い訳なんて聞きたくないです。ずっと我慢してたけど、今まで私がどれほど傷ついたと思ってるんですか? あなたのお人形遊びになんて、もう付き合いきれません。アルカードさん、私、もうあなたには着いて行けません
「私、本当はクリシュナが死んでからずっとずっと寂しかった。でも、ジュリオさんは私だけを見てくれるって約束してくれました。アルカードさん、あなたと違って。だから、彼に着いて行きます」
「ミナ、違う。やめろ…」
悲しそうな顔をして私を見つめるアルカードさん。お願い、そんな顔しないで。決心が、揺らいでしまうから。
「クリシュナと北都を、よろしくお願いします。あぁそれと、私たちの事を探したり追いかけてきたりしないでくださいね。もう、私の事はほっといてください」
「迷惑ですから」
それだけ言って、霧と共にジュリオさんと姿を消した。
「あぁ、なんてこと・・・」
ふなふなとソファに座り込むミラーカを慌ててボニーが支える。
「ちょっとちょっとぉ! どういうことなの!? なんでミナ行っちゃうの!?」
「やべーな。この展開は予想してなかったぜ」
さっき以上に雰囲気はお通夜。ミラーカは失神寸前だし、アルカードはまるで灰だ。
「こんな時に年長組二人が役に立たないとなると…」
「そうだ! クリシュナ、北都! でてきてよ!」
ボニーがアルカードに向かって呼びかけるも反応なし。
「あの二人も脳内会議中みてぇだな」
「もー! どうしたらいいの!!」
「ミナのバカァァァ!!」
ボニーの叫びが朝焼けの古城にこだました。
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「うっうっ…うえぇぇん…」
なんて酷い事を言って出てきてしまったんだろう。絶対にアルカードさんを傷つけた。みんなの事もきっと傷つけた。私、最低だ。
もう、みんなとは会えない。合す顔なんてない。でも、でも、これでいいんだ。これでよかったんだ。
「よーしよし、頑張ったね。大丈夫だよ。これからは俺が傍にいるからね」
泣き喚く私を抱えて、ジュリオさんは優しく宥めてくれる。おかげで、段々と落ち着いてきた。ヒドい人だけど、悪い人じゃない気はする。油断はできないけど。
泣き疲れたのか、血を渡したせいなのか、急に眠気が襲ってきた。
「あれ? 眠い? あ、そっか。血を渡してたもんね」
コクンと頷くと、ジュリオさんは寝室まで運んでくれた。
「大丈夫。部屋には誰も入れないから、ゆっくりお休み」
私の額にキスをして、ジュリオさんは部屋から出て行って、それを見送ると同時に眠りについた。
夢を見た。
太陽の降り注ぐ城の庭で、アルカードさんと、クリシュナと、ジュリオさんと、北都、ミラーカさん、クライドさん、ボニーさん、みんなで笑い合って、レオとルゥとじゃれて遊んでいる夢。
私もみんなも本当に楽しそうに笑いあっていた。
違う出会い方をしていたら、こんな未来もあったんだろうか。所詮、夢は夢でしかないのだけれど。どう足掻いたって過去を変える事は出来ない。
目を覚ますと、ベッド脇にアンジェロさんが座っていた。
「いやぁぁぁぁ! なんでいるんですか!」
「うるせーな。騒ぐなよ。まだ何もしてねーだろ」
「まだって何!? もうしないでくださいよ!」
「それは保証できない」
ヒィィ! この人本当怖い! こんな人が聖職者なんて、ヴァチカンの人頭おかしいんじゃないの!?
寝起きからビクビクさせられつつ、アンジェロさんに尋ねる。
「あの、ジュリオさんは?」
「出かけてる」
「えぇー…」
なんで昨日の今日でこの人を私の傍に置いて行くかな…あり得ないんだけど。誰か別の人用意してくれると思ったのに、マジあり得ないんだけど。
「あぁ、お前付きの奴なら別にちゃんといるぞ」
私の不安を察してか、睨みながら教えてくれた。
「追い出したけどな」
「ぬゃ! なんで!? ひどい!」
「冗談だ、バーカ」
「ムカつく…」
「てゆーかお前顔変えたのか」
「こっちがほんとなんです」
「ふーん、ビミョー。俺は前の方がよかったな」
ムカつく! あんたの趣味なんか知るか! 本当ムカつく。何なのこの人。なんで私にこんなに態度悪いの? あれ、もしかして私、嫌われてんの? くっそぉ、別にいいけどさぁぁぁ!
イライラしていると、カチャリとドアが開いて、かわいい男の子が入って来た。
「アンジェロ様! すみませんでした! ありがとうございました」
「あぁ、起きたみたいだから挨拶をしておきなさい」
「はい!」
男の子と入れ違いにアンジェロさんは寝室から出て行った。
「ミナ様! はじめまして。僕今日からミナ様の付き人になりました、レミ・ノートルダム・ヴァルブランと言います!よろしくお願いします!」
元気よくにっこり笑って挨拶をするレミ。むちゃくちゃ可愛い。サラサラの金髪に紫色の瞳。珍しいな、アルビノかな? 名前からしてフランス人かな。ていうか、ジュリオさんのお屋敷って金髪ばっかだな。
「ミナです。よろしくお願いします」
私も笑顔で挨拶を返すと、レミは嬉しそうにニコッと笑った。はぅ! 可愛い!
「レミくん、ちょっときて」
手招きすると、レミはトコトコ寄ってくる。
「その十字架ちょっと外して」
そう言うと素直に十字架を外した。それを見計らってレミをギュッと抱きしめる。
「え! ミナ様!? どうしたんですか?」
「レミくん可愛いー!」
「ええ!?」
レミは戸惑ってジタバタしていたが、少しすると大人しくなった。柔らかい金色の髪。くりくりした大きなヴァイオレットの瞳。あぁ本当可愛い子だ。小さい頃の北都みたい。
ひとしきりレミを愛でてから離すと、レミの髪の毛はぐしゃぐしゃになっていた。
「あ、ごめんね!」
「いえいえ! 大丈夫ですよ。びっくりしたけど…」
「ごめん、可愛かったもんで、つい」
「はぁ、そうですか…」
登場人物紹介
【ジュリオ・キング】
アルカードにより117年前に吸血鬼化された吸血鬼でありながら聖職者。
生前はイギリスで弁護士をしていた。頭もよく口も達者。
アルカードと過去に確執がある。周囲に問題児を抱える不幸な人。
吸血鬼のくせにめっちゃいい人。
【アンジェロ・ジェズアルド】
25歳。ジュリオに仕える神父の一人。
エイヴァンゲリウム・ディアボルスの精鋭部隊「死神」部隊長。
狡猾でドSで性格も口も悪い。頭だけは妙にいい。
ムカツク。アルカードよりムカつく。書きながら筆者がイラつくほどにムカつく。
【レミ・ノートルダム・ヴァルブラン】
ミナの付き人。フランス人の8歳。美少年。
将来の夢はミナのシュヴァリエ。
めちゃくちゃ可愛い。そのことを自覚している。腹黒い。