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報告を受けた皇帝は、
すぐさまリラに登城を命令しました。
謁見の間。
居並ぶ貴族達。
玉座の前には、皇太子エルデェアブロ。
「貴様との婚約はここに破棄する。
役立たずとなった貴様に王太子妃となる資格も価値もない。
元々、どこの誰ともわからぬ孤児のお前など王太子妃に相応しくない。
王太子妃となる、真の聖女はこのバイオレット侯爵令嬢。
このことは、陛下も既に同意している」
高らかにクソッタレ皇太子は宣言しました。
皇太子の腕に手を絡ませピタリと密着する次席聖女、
ピンクブロンドのふわゆる髪。侯爵令嬢バイオレットの勝ち誇った顔。
青い顔をし、震えるリラ。
散々国のために尽くしてきたのに、何の労う言葉もない。
皇帝も皇妃も既に了承と。
不浄なものをみるようにリラから顔を背けていたのです。
玉座の前に召喚されたリラには事前の話合いもされず、
居並ぶ大勢の貴族ら。神殿長に神官。元勇者クローブ。
今は公爵となったの顔も、剣士テキーラ、騎士団長も。カルーソー魔法
修道士長も斥候役であったキャロルも、どれもこれも煌びやかな衣装を
纏って嘲笑う…
一同が、冷やかにリラを見下していました。
リラは晒し物になり、婚約破棄されたのです。
小さな肩を震わし顔を手で覆い俯くリラ。
リラの後ろには後見としてギムレット伯爵が控えていました。
父ではありません。ウォッカが父を引退させ、伯爵位を継いでいました。
リラのもう一人の後見はアブサン・モヒート公爵。夫です。
…これは政治的意図も感じられます。
リラを貶めることで間接的にアブサンを。かっての復讐でしょうか…
扇で口を隠していますが、邪悪に眼が愉悦する元皇女エンヴィ公爵夫人。
神殿長の気味の悪い薄ら笑い…
私はリラに近づきました。
「ギムレット伯爵。そなたは監督不行き届き。爵位領地返納、
おって沙汰する」
宰相の声が…
どうして、伯爵になったばかりのウォッカまで…
「……ふふふ…ふふ」
「え!?ウォッカ」
笑ったの?…空耳?
災害時に家を破壊され全てを失った人は笑っているような顔をします。
人は追い込まれ、八方塞がりになると自然と笑う。
背負うものがなくなったという解放感からの飽和状態。
その後は…考えただけでも背筋が凍る…
神と共にいると、私利私欲を滅する清廉潔白清貧という名の
神殿による過度な抑圧。
食事も皆と一緒ではなく一人狭い自室に運ばれた。
朝は固い黒パンと水のように冷えた薄いスープ、昼食はなく、
夜は同じ黒パンと薄いスープにときたま干し肉一切れ。
他の神官たちや力の弱い聖女たちは豪華な暖かい食事をしていると
いうのに…
聖女としての装いも洗浄魔法が使えるというだけで正装と通常時の二着。
旅先でさえ、はした金を与えられ、勇者らが泊まる高級な宿には…
それを知った時の私の怒りは…
神殿長は肥え太り、煌びやかな服装に、太い指にはその指も霞む大きな
宝石を散りばめた指輪が指の数ほど、居並ぶ高位神官もしかり。
聖女の予算は、皆こやつらが着服。
他の名ばかりの聖女はリラを捨て子と侮り、通路を歩いていれば
足をひっかけ、突き倒し、水をかぶせ小さなリラを甚振ってきた…
それを見ても神官たちは、孤児と侮り薄笑いして通り過ぎていたのです。
毎日、必要以上の治癒の務めを強要する。
「なにを、もたもたしているのですか!
さっさと、一人でも多く、治しなさい。時間は有益なのです。
貴方はそれ位でしか、役に立たないのですから」
「本当に、グズですから、困ったものですよ」
小さなリラをぞんざいに扱う側仕えの神官や修道女の態度。
訪れた者は同じようにリラを扱い、治ったことよりも法外な治癒の布施を
要求されることで、口々に憎しみを、怨嗟の声をリラに投げつけていた。
私は記憶を取り戻し、真っ先にリラの所にいきました。
寝床だけの狭い部屋、粗末の食事、卑しむ眼…
目の当たりにリラの苦境を見たのです。
アブサンにお願いしました。
直ぐにリラの後見人となってくれたことで、
部屋も食事も待遇は驚くほど良くなりました。
上が上なら下も下。
側仕えの神官や修道女の治癒に対する布施と称し高額な金銭を要求。
着服していたことも発覚、更迭されました。
表立った虐めはなくなりましたが、
少しばかりの癒しの力をもつ、あの侯爵令嬢バイオレット次席聖女に
すりよる、貴族同士の見栄で神殿に預けられた聖女見習いたちの
リラに対する嫉妬心は消えず、陰でのまことしやかな誹謗中傷の数々。
リラは孤立されたままでした。
そして、行き着く暇もなく、急き立てられるように、
勇者らとの旅が始まったのです。
やっと終われば、あのクソッタレ皇太子エルデェアブロとの婚約。
言い寄る皇太子を放つけたリラよりも靡いて来た次席聖女バイオレットとの仲も噂されていましたのに。
アブサンへの腹いせもある単独での他国への滅私奉公。
神殿と皇家の重圧に身動きが取れなかった…リラ…
「クッククク…アハハハハ…。
お前達は自分達の置かれた立場もわからず、リラを、聖女を貶める為、
こんな茶番に集ったか…一人一人ヤル手間が省けたぞ」
ウォッカ!何を…
「あぁ、そういうことだ。
魔王が滅び、瘴気は失せ、何もかも聖女任せに慢心したか。
愚か共たちめが。真の魔王がお前達の目の前にいるとも知らず」
それに、アブサンまで、何を言っているのでしょう…
リラに何かを囁き、
守るようにリラの腰に手をまわしたウォッカ。
ドォドドドドドドドドォ――
押し寄せるただならぬ音と振動が身を凍らす…
この世の全てを絶望に落とすがの如く重圧な空気が身体を押さえつけた。
バッギ――――ン!
何かが破壊された!?
土煙が目の前を覆う。私はアブサンの胸に埋もれました。
リラは!
咄嗟に振り向くとアブサンと私は球体の透明な結界の中に。
外はもうもうと砂塵が舞い視界は閉ざされていました。
「リラを助けてぇ… ウォッカ…」
そう叫んでいました。でも、なす術もなく…
力のない己に茫然と自失するばかりです。
「案ずるな…」
私の頭にアブサンの声が。
暫くすると、周辺の砂塵がひき、霞がとれ、徐々に全容が現れてきました。
そこは、まるで戦場の跡か…いえ、それよりも酷い有様。
惨状のあとの静寂さに包まれ、崩れたガレキの岩山から、
さらさらと振り落ちる流砂に光があたり…風に吹かれ飛んでいきます。
風が頬に掠めました…室内に風が?
陽の光も!?
頭上を仰ぎ見れば、そこにあったシャンデリアもそれを繋ぐ天井もなく、
暖かな陽が差し込んでいる…?
青空が、たなびく雲が視界に入りました…
ど、どうした事でしょう?
身体がわなわなと震えました。
私を落ち着かせる為か、アブサンが私の背を軽く撫ぜました。
気がつくと私はアブサンの上着を必死に握りしめていました。
これしきのことで、動揺するとは貴族夫人として恥ずかしい限り。
しかし、どうなっているのでしょう。
周りは、崩落した石、岩、石が所狭しと散乱。眼下には緑の木々が。
まるで空中にいるような。
ひぇ! 城が破壊された!?
いえ、天井がごそっと削がれた状態!?
不甲斐なくも狼狽するなか、無数の灰色の物体が蠢きだし…
こ、これはクリーチャーの群れか!?…
いえ、ロックゴーレム…
ぐっと、目を凝らせば、人間!?
皆、目だけが異様にギョロギョロと忙しく動いていました。。
皇帝も皇妃も皇太子も貴族達も腰を抜かし、頭からざざっと零れた灰から
王冠が覗く。
全員が火山灰を被った如く、灰かぶり灰色一色の姿となっていたのです。
何の被害もないのは私とアブサン、そして、リラとウォッカの四人だけ。
「貴様! 何をした! 魔王を復活させたか!?」
起き上がりざま、空間収納から剣をとりだし抜刀する眼だけギョロ、
頭から灰を振り払い、撒き散らす灰色元勇者クローブなる者?
「私は何もしていませんわ。
エルダーリッチを魔王だと決めたのは元勇者様。クローブ、貴方よ」
リラの声が。
その声は元気な時の弾けるリラの声です。
「黙れ!謀ったな! これは、どうみてもお前の仕業だ!
貴様は前から小賢しい目障りな女だった!
闇落ちし、禁忌の術を使い、魔王を復活させたのだろ!」
「そうよ! クローブ。
この女、色目ばかり使って役立たずのうえに、
最初から最後までうっとおしい女よ!」
「色目はお前の専売特許ではなかったのか?元斥候女。
近衛騎士と名ばかりの、今は皇太子の閨の相手か」
「な、なんてことを、貴方に、か、関係ないでしょ!
貴方こそ、そこの淫売聖女に誑かされた、とんだ間抜けね」
「わ、私のことは何をいわれてもいい。
で、でもウォ、ギムレット伯爵を悪くいうのは許さない。
ウォッカは、姉の所から引き離され一人になった私の傍にいつもいてくれ、私を励ましてくれたわ。暖かい食べ物も運んでくれた。
神殿で、みんなから虐められ絶望で消えてしまいたかった私に、
そんな私を必要だと言ってくれた。他国への旅も一緒にいてくれた。
私の居場所をいつも照らしてくれたの。
そんなウォッカを悪く言うなんて、許さない! 訂正して!」
リラ…ウォッカが、リラを見守っていてくれたの。
旅も一緒にしていた!?…
「な、なによ!ちょっとばかり綺麗で聖女なんて、ちやほやされて、
今は魔法どころか魔力無し。なあ~んて、みじめなんでしょ。アハハハハ。
それが悔しくて魔王と契約したのね。闇落ち凋落聖女!」
「勇者に使い古された淫乱女が、捨てられた恨み事はクローブに言え!
まだ未練たらしくブンブンと、そこの勘違い勇者に羽虫の如く纏わり
飛んでいると思えば、皇太子とも、とんだ食わせ物だな、お前は」
「だ、黙れ! お、俺はキャロルとは、何でもない。
ギムレット伯爵、貴様も魔王の配下か!」
「キャロルと名前呼びか、ずいぶん仲の良いことだな皇太子様よ」
「エルデェアブロ! 貴方、私だけじゃなくこの女とも!」
「誤解だ。バイオレット。こんな女。なんでもない」
「うそ!エルデェ! 私を側室にしてやるって、言ったじゃない!」
リラを庇うウォッカの参戦に、皇太子のつまみ食いが暴露され、
痴話喧嘩に発展とか、魔王の復活とか‥‥
また、勇者の思い込みから皆が可笑しなことに?
「魔王とは何だ。退治したのではないか! どういうことだグローブ」
「陛下、確かに私がとどめを。そうだなテキーラ」
「陛下、間違いございません。俺は最後の一太刀を、な、カルーソー」
「は、はい、陛下、私の魔法の一撃が決め手となり…」
駆け寄る四人の元勇者パーティ。
誰もが自分の手柄と見苦しく叫ぶ。
「…そうよ。私達が倒したわ!
それを、魔力なしの聖女が闇から禁忌の呪術で復活させたのよ!」
「「「 そうだ! 魔法も使えなくなった魔力なしの仕業! 」」」
一斉に固まり、一糸乱れずリラを指さす元勇者パーティ。
「目障りだ。救いようのないお前達は、喰われろ」
その刹那、元勇者クローブと元斥候女キャロルに聖騎士団長テキーラ、
魔法士団長カルーソーが、引きあげられるように宙に舞いあがりました…
上半身が掻き消え、
彼等の八本の脚だけが、バタバタと空中で藻掻いているのです!
その瞬間、巨大な角が生えた魔物が姿を現わしました。
漆黒の鱗が輝くその姿態を包む。
四人の上半身は怪物の口に咥えられて…
黒竜…闇の神の眷属……
闇の光がプリズムに当てられ反射し屈折してみえるその姿。
人が十人固まってもまだ巨大な、その長い首が動くと、所々が消えては
又蘇り、現れたと思えばまた消える。
幾重にも重なる波状の線がうねり流動し巨大の鱗の部分部分を光が隠す。
その全容が現われたと思えば、縦長の瞳孔が威嚇し四人をまるっとひと呑みにすると、また光の中に屈折し闇霧のように消えてしまう。
いえ、消えたのではなく見えなくなっただけなのでは…
皆、疑心暗鬼に囚われ、怯え慄きながらもきょろきょろと周りを探る。
もしや、この玉座の間の天井を一撃で払ったのは…この黒竜…
考えただけでも足が竦みますがアブサンに抱かれていることで、
安堵の方がまさり余計なことを思ってしまう…
キャロルとかいう女、好きな勇者と一緒に胃の中に納まれば
本望かもしれないと…
邪魔者が二人いますが、旅の愉快な仲間たちです。
気にしないでしょう。
「モヒート公、そ、そちは…黒竜を操り、まさか謀叛を…
そ、それとも公が魔王なのか…」
皇帝は腰がひけたのか玉座に隠れるように、上擦り震えた声で
アブサンに問いかけるのがやっと。
「謀叛? 魔王? 黒竜を操る、一体何のことだ。
勇者の戯言を信じ妄想を膨らませるとは…愚か者らしい言葉だ」
「な、なに、余に向かい、傭兵上がりが!」
「私はこの大陸最初の国に立った四聖人の一人。
神の血を引く末裔と言った。お前達など、私からすれば下賤の身。
増長さえ、しなければこのまま放置してやったものを」
「ぶ、無礼者、陛下の御前なるぞ!」
「宰相、いたのか。戯け者よ。
神から遣わされた御子。聖女を貶めた者達よ。万死に値する。
今日この時をもち、
アレキサンダー皇国と神との約束は反古となったことを知れ!」
「な、何を…」
「お前達は、平和な時を享受しながら、それを当然の如く、
思い上がり、神の御子を虐げたのだ。
直ぐにでも鉄槌が天から降るだろうが、御子を大事にしたバレンシア、
ウォッカ、この二人に免じ許しをあたえてやろう。
そして、そこのエルデェアブロ皇太子を断種のうえ追放せよ。
皇帝は退き、敬虔な皇弟を次期皇帝にすげよ。
聖女と名ばかりな邪まな聖女たちは修道院に行け、
聖女を貶めた者は神官長及び神官は刑を科せ。
これはこの世界を預かる闇の神ニュークス神の裁定である
今後は二度と御子を遣わすことはないと知れ」
そういうアブサンの周りは目も眩むばかりの光が放たれ、
皆平伏し動くこともできません…
「神よ。儂は何もしておりません。お、お許しを」
神官長の叫ぶ声が聞こえました。
「そうだな。為すべきことも何もしなかった。
神から遣わされた聖女を守るべき立場でありながらお前は何もしなかった。
神に仕える身でありながら、私腹を肥やすことだけに熱心。
不作為の作為犯というのはお前のことだ。
神殿長よ。そちは、居なくても良い存在。消えろ」
神殿長の姿が掻き消えました。
大気がぼこりと歪みが生じたのは錯覚か?
見えないけれど、まだいる黒竜の腹の中に?…




