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多岐にわたり検査で専門家が頭を悩ませ、高価な魔道精査具まで
使った診察でやっと判明することができたのでございます。
「聖女様は、内心的外傷による魔力枯渇症でございます』
診断結果を伝えた魔道修道士診察団は意気揚々と、
嬉々として告知しました。
患者の苦しみは二の次、三の次。労わりも忘れ去り、
新しく考案した魔道具の性能がしめされ、診断結果が出たことに、
一同の顔に喜びが現れておりました。
目の前にいる聖女は、
リラは、青い顔のまま項垂れていました。
あれ程精巧な陶磁器のような艶を放った白い肌が青く土気色に。
艶やかなであった青銀の髪は張りを失くし乾燥し、瑞々しい唇は渇き、
潤い秘めたアイスブルーの瞳は鈍く虚ろに方向を失っています。
美しさは損なわれていないものの、
生命の息吹を称えた、身体全体から発散していた輝きが失せています。
検査検査と振り回され…こんなにも疲れているというのに…
その、挙句、リラに対する配慮も心配りの一つもなく結果だけを…
「…聖女様のご容態を見れば、そのような魔道具を使わずとも
一目で、魂、心の病と素人目にもわかりますわね…」
嫌味の一言が口をついておりました。
私が発した言葉に魔道修道士診査団の空気が凍りつきました。
「素人が、解った口を聞くではないわ!」
中年のエリートを鼻にかけた風の修道技士が気色ばみ、
罵ってきました。男尊女卑の典型の男でしょうね。
「無礼な…」
上司である魔術修道士長が慌てて魔道技士を止めました。
「弁えろ。モヒート公爵夫人なるぞ」
修道技士は一瞬にして勢いが失せ顔面蒼白、
小刻みに震えましたわ。
私、モヒート公爵夫人に対し無礼な物言いをしたというよりも
夫アブサン・モヒート公爵の二つ名である『鮮血の公爵』に恐れを
抱いたのでしょう。
その二つ名を知らぬ者はこの皇国におりますまい。
二十五年前の先の連合国との戦さ。
待ち望む神の御子は天から遣わされず…
圧倒的な連合を組んだ敵国の兵力武力戦力に圧倒され、
皇国はズルズルと後退していくほかなかった。
皇国が倒けば、皇国が押さえている第二、第三の国も触発され蜂起。
この大陸はとどまることのない戦に揉まれる。
戦火は広がり家を焼かれ、皇国が皇国たる所以。
他国の腹も満たしていた大穀物地帯は先を争い、荒らされるのは
火を見るより明らか。
自国民だけでなく他国の多くの民は飢餓に見舞われることになります。
これというのも、
他国の災害凶作に乗じ、卸す穀物を値上げした皇国のせいでもあるのです…
いざという時は天から御子が落ち皇国を守ると疑いもなく、
二手、三手を講じるのが国の危機管理、それをおろそかに、
騎士団の毎年による予算人員削減が繰り返されました。
自らの手で平和を守らなければならない、そのための備えを忘れ、
防衛の武力を疎かにしてきた。
与えられた平和を享受するだけ、他力本願だけの皇国のツケが、
いまそこにある危機を招いたのです。
勝ち目などありません。
なす術もなく村々が破壊さていきました。
男は奴隷、女は凌辱され…皇都に…
そんなとき、
宰相が国家予算の大枚をはたき傭兵団を雇い入れたのです。
その傭兵団の頭がアブサン・モヒート。
彼はまだ若く、それにも拘らず体躯は誰よりも優れていました。
赤子の手をひねるが如く、あっという間に、
連合国を平定してしまったのです。
アブサンは皇国の滅亡を救ったのです。
その折についた綽名が『鮮血の公爵』
威風堂々、凱旋門を軍馬に跨り潜るアブサンの姿は、
返り血に鎧は染まっていましたが、
貴族も圧する気品と武人としての風格を兼ね備えた美丈夫と、
讃えられ、沿道を、街並みを熱狂する民の花吹雪の中、
迎えられました。
それは、英雄譚の本にも、街の吟遊詩人の語りにも登場しています。
どれ程、凄まじい戦であったのか。
当時、私は産まれたばかりの赤子。想像もつきません。
アブサンはその功績により二つ名通り、公爵位を叙爵しました。
「貴公の働きの褒賞により、
美しいエンヴィ第三皇女を降嫁させよう」
皇帝の言葉に、すぐさまアブサンは言ってのけたそうです。
「私の始祖はこの大陸に国をうちたてた初代王家の血筋という。
我が妻は運命神によって、生まれた時から既に定まっている。
皇女を娶らさようとするのは私には褒賞でない。神を畏れぬ冒涜。
元々来たくて来た国ではない。調停するのにやりやすかっただけ。
無理にでも皇女と、ごり押しすれば、
アレキサンダー皇国を滅ぼし去るまでだ」
公爵位は本来、皇族の血を引く者に与える爵位。
縁もゆかりもない男性を公爵位にするには、皇女を降嫁させ、
それによって、公爵位の正当性を内外に担保させるのです。
それを撥ねつけたのでございます。
傭兵団を率いた頭、しかも若造と、見縊っていれば、教養もマナーも
備わる黒髪に赤い眼。造形は深く見目麗しく圧倒される神々しさ。
物腰も気品にみち誰よりも優雅。
高位貴族、いえ王族といっても遜色なく通用する風貌のアブサン。
宰相は頭の中で創成記を紐解いた筈。
確かにこの大陸に神から遣わされた四聖人が数ある部族を平定。
主権統治、領域、領民を明確化し国家を建立。
その四聖人の一人にモヒートの名があるのを脳内確認した筈ですわ。
そして、叙爵に対する前例法典を…
またまた脳内をくるくる重箱の隅をほじくり探したでしょう。
当時皇族には降嫁させる皇女がなく、戦功が顕著な者に侯爵位を与えた
一例を掘り起こし、皇帝に助言。
「この度のアブサン・モヒート殿の働きがなければ、畏れながら…
アレキサンダー皇国は滅亡していたのは明らかでございます…」
皇帝も宰相も、まだ国内外に不安がのこる時に、
アブサンの煽る言葉。
臍を曲げたアブサンに国を去られ、連合国とまたぞろ組まれれば…
そう思うと、目の前が真っ暗になったことでしょう。
アブサンは皇国に条件迄つけたのです。
「元はといえば皇国が他国の災害の足元を見、
輸出穀物諸々を値上げさせたが戦の原因。
敗戦国の賠償を要求するよりも、速やかに元に戻し、
他国との協調を図れば…
公爵位を貰ってやり、暫く腰をすえてやっても吝かではないが…
如何かな。…むろん皇女はいらぬ」
皇帝は苦虫を嚙み潰したそうです。
皇帝も宰相も、皇国の現状に、
この要求を飲むしかないのが分かっていました。
拒否すれば、敗戦国である連合国の肩を持ち、帝国に反旗を翻す。
アブサンの眼が語っていたのでしょう。
帝国には贖える兵力はないのです。
アブサンの勢いに怯み、皇女の降嫁は見送り、公爵位を与えたそうです。
これは皇国より他国、特に連合国の語り草となっております。
アブサンの懐刀と申しますか、
カーディナル卿から当時のことを聞き及びました。
卿はやんちゃな方で、お歳を召されない若々しいお方。
言葉使いも。
「この皇国から公爵位なんか受けても、ちっとも意味ないっスね。
人の国が欲しけりゃ、アブサンにとって、何とでもなることっスからね」
物騒なことを平気で言い放つカーディナル卿
主が主なら…
戦後処理は上手く収まりましたが、こちらは懸念材料が残りました。
皇帝としては、虚仮にされたという思いが燻ったわけで…
それに、アブサンをひと目見て、心時めいていたにも関わらず、
実質的に袖にされたエンヴィ皇女のプライドはいかばかりか。
怒りは激しく、その後も根深く…こちらは私に飛び火。
社交の場や、急な茶会の呼出し。
公爵家に降嫁したのにもかかわらず、元皇女の権力を傘に、
ねちねちと嫌味に叱咤の嵐。
取巻き達にも色々画策され…
アブサンに告げ口でもすれば『コロす』の一言が返ってくるでしょう。
本当にそうするのは眼に見えています。
だから何も言わないのですが…
修道技士の無礼、これくらいの戯言など
癇癪元王女に比べれば取るに足りません。
些細なことを拘る私でもありませんが。
私を溺愛する夫に告げ口はしなけれど、
『大事ない』と安心させることも致しませんわ。
国に尽くしたリラに何の感謝も敬意も払う素振りもないのですから。
当分びくびく慄いているのが宜しいかと思いますの。
私も社交(主に癇癪王女)に揉まれ、貴族らしくなってきたようですわ。
修道技士の上司である魔術修道士長は畏まり弁明致しました。
「恐れながら 病名に至るまでの結論づけには、多方面からの考察、
数値的による比較、検証、考査、格たる物的根拠の集計集結での
スキャン、取込み検査が必要なのでございます。
病名結果の報告を急ぐあまり、
聖女様への配慮が足らず申し訳ございません」
魔道修道士診査団一同が頭をさげました。
わかれば良いのです…わかれば…




