プロローグ
背景的なものです。
よろしくお願いいたします。
『 …生涯養生に努め 』
緻密な刺繍と宝石が埋め込まれた豪華な純白の法衣、
輝く指輪で埋め尽くされた指、毎夜の贅を詰め込み膨らんだ腹を
ゆらせ告げる神殿長。
その眼からは微塵の労いもない。
あるのは不満侮蔑怒気が渦巻いていました。
六歳の儀から十八歳まで、
アレキサンダー皇国、バラライカ神殿での、聖女の務めを終え、
リラ・ギムレットはギムレット伯爵家に戻ることになりましたの。
リラは捨て子。
私はそうは思えないのですが、
見つけたのは当時四歳の私、バレンシア・ギムレットでございます。
ギムレット伯爵屋敷の庭、五枚の花弁をもつライラックの木の下。
揺籃の中で、リラはすやすやと眠っておりました。
「孤児院に…」という母。
「妹にするわ!」フンスと鼻を膨らませ、私はいいきりましたわ。
「シア。この子はお人形さんじゃありません。生きているのです。
あかちゃんを育てるのは大変なことなのですよ」
母シェリー・ギムレット伯爵夫人は、首を横に振りました。
でも、私はめげませんでしたわ。
「わたくし、ミルクをあげて、おむつをかえ、そだてますわ!
お人形さんのミミにも、そうしてるもの!」
母は美しい眉を八の字にして困惑していました。
「…洗浄魔法もつかえないわたくし、…だからだめなの?」
「えっ…」
貴族なのに、生活魔法の一つである洗浄魔法も使えない私。
今更、仕方のない事と諦めてはいますが、『魔法がつかえない』
そう自分の口で言うと現実がせまり、母を見上げる眼はうるうると
涙が溜まってしまいました。
だから父は屋敷にかえってこない。
私と私を産んだ母は父ブルームーン・ギムレット伯爵に見捨てられた…
優しい母はおろおろ。
「い、いいこと、ちゃ、ちゃんと、育てるのをお約束なさい」
「はい!」
私は悪い子です。
魔法を使えないことを引き合いにだすと、
母は必ず折れてくれるのを知っていましたから…
私は、その時、どうしても手離してはダメだと思ったのです。
アレキサンダー皇国に未曾有の災厄が降りかかりそうになれば、
神は御子を天から落とす。
まだ神が人間と共にあるとき、神を助けた初代敬神皇が褒美として
神から約束されたのです。
神の御子は災いを取り除き、皇族と結婚。
皇国を繁栄に導いてきたという言い伝えがあります。
二十五年前の戦には皆、天に祈りを捧げたのですが…
神の御子が降臨することが無く、連合国に次々と村が焼かれ…
でもそれに代わる…
私にはリラが、天から落ちて来た神の御子という思いがありました。
神の御子を疎かにしては国が滅びます。
リラが捨て子ではなく、神の御子とする根拠は…
現実を想定し消去法でいくのが一番早いかと。
まず、考えられるのが、
使用人の誰かが伯爵家の庭に思い余って捨てた?
いいえ、直ぐに犯人が解かります。見つかれば未来は絶望。
そんなわかりきったことをする使用人がいる?
ありえません。
では、誰かが門兵の眼を盗んで忍び込み捨てた?
盗みに入るならいざしらず、わざわざそんな危険を冒してまで
何のメリットが?
では、父の子を思い余って捨てた? あり得ますが、何の為に?
父に言えば、手渡しで引き取りOKでしょう。父が博愛主義者?
いいえ、父にとって子供は軽い存在なのです。
周りが何とかすると、子は子犬程の価値もない…
各種状況を斟酌推量しても、
誰かが庭に捨てるという合理的根拠が乏しい。
きっと、リラは天から落ちてきたのですわ!
私は母からお許しを得て、ご機嫌でした。
「今日からあなたは、わたくしの妹。
五枚の花弁のライラックは、みんなに幸せを運んでくるのよ。
お名前はリラで決まりね。リラ、わたくし、とっても幸せよ。ふふふ」
小さな赤いほっぺを、チョンと触れると、
リラは、手足をバタバタ動かし、にこにこ笑いかえしてくれました。
父ブルームーン・ギムレット伯爵は四十もとっくに過ぎていますのに、
他の方のようにお腹もでず、瑞々しい肌に色艶、皴の一つもない、
中性的な甘いマスク。私のくすんだ色とは違う輝く金髪。
湖畔のように澄んだ水色の瞳。
誰もが振り返る、一際見栄えのする容姿を現在も維持しております。
嫌なことは全て人任せにし、自由気ままにすごしているからでしょうか。
ふわふわと飛び、蜜から蜜に渡り歩く美しい蝶とでもいうのでしょう。
男の方の比喩ではありませんが、父は美しくきままな蝶なのです。
外でも愛人は数多く…
お一方は、豪邸をかまえた先代ジントニック侯爵の御息女ジンフィズ様。
ライム公爵家の嫡男に嫁ぎ、嫡男様は先の戦でお亡くなりになりました。
お子がない事で先代ジントニック侯爵が呼び戻され、
ご自分の隠居邸の傍に豪邸を建てお与えに。
自由気ままの御気性のジンフィズ様はそこで、父の子。
マティニー様と暮されています。
ジンフィズ様は社交の花と呼ばれ、お屋敷は華やかな貴族達のサロン。
毎夜演奏が奏でられています。
マティニーもジントニック元侯爵に愛され、とても天真爛漫。
小さい頃は私達もよくお泊り会をしましたわ。
そこで、私は運命的な出会いをしたのです…これは、また後程…
ジントニック元侯爵は皇国の影の支配者と囁かれ政治、経済物流を
押さえておられました。
今は嫡男マタドール様に爵位を譲られ隠居されています。
マタドール様は皇帝や宰相に押され気味なのですが、元公爵様は、
黙って静観されておられるようです。愛の教育でしょうか。
もう一方は、後に継母となるマルガリータ子爵令嬢。
彼女は母が結婚する以前から伯爵家を采配していました。
父を愛し、ゆくゆくはと思っていたところに、
横合いから入った母。さぞ恨んでいたのでしょうね…
後は、馴染みの娼館にも数人。
このほかに身分ある同性の方とも懇意に、
今現在、父はその方の所に…閉じ込め?…いえ、囲われている?
父はその面に関し多趣多芸なのかと…、
下世話なことを、ごめんあそばせ。
母と父の馴れ初めは、母が社交で父を見染め、恋焦がれたのが始まり。
父は母の莫大な遺産に眼が眩み、蜜に吸い寄せられて二人はゴールイン。
私達の暮す皇都のタウンハウスは母の屋敷です。
父の古びたタウンハウスには…
こちらに来る父の足は遠のいていますが、
たまにふらりと寄ることがあります。
私同様、私の傍にいるリラを見ても何の反応も父は示しません。
父にとっては自分以外は全てどうでもいい存在なのでしょう。
幼い頃の私は分かっていても、そう感じると胸がきゅっと痛みました。
母は滅多と帰ってこない、そんな父を詰ることもせず、父が屋敷に顔を
みせれば、花が咲くように嬉しそうに、いそいそとお世話をしていました。
しかし、寂しさや心労が祟ったのか母は時を終え、
『時の神様』の懐に戻りました。
私が七歳、リラが三歳のときでした。
「時の神様。お母様を生まれ変わらせてくださるなら、
今度は、お母様を幸せにしてくれる人と添い遂げさせてあげてください」
『時神送り』をすませた私とリラは母のいるお墓に祈りました。
父は私達の後ろに所在なげに佇んでいました。
母の最期のとき、
父が傍にいたのは母にとって、せめてもの幸せでしたが、
そんなことだけで、私は許せることができません。
涙で霞み震えた声でも聞こえるように、大きな声で言ってやりましたわ。
リラの手が私の手を強く握りしめてくれました。
私は一人じゃない。リラがいてくれると力がわきました。
母の喪が明けるのも待たず、
父との子ウォッカを表に出し強硬に父と結婚。
後妻となったマルガリータがギムレット伯爵家の大勢の召使を連れ
私達の屋敷に乗り込んできました。
召使たちの噂だけでしか知らなかったマルガリータを見て驚きました。
父よりも大柄な女性だったからです。
それからというもの、私とリラの生活は一変しました。
屋敷はマルガリータが取り仕切るようになり、古くからいた召使は
みな解雇され、執事さえ全て入れ替わりました。
母が亡くなる間際、屋敷は私の名義にしたと言われましたが、
知らぬ間に父の借金の担保となっていたのです。
借金はギムレット伯爵家の寄子マルガリータの実父、
ダイリキ子爵が肩代わりしたのです。
ダイリキ子爵は一人娘であるマルガリータ大好き、孫ウォッカ溺愛。
ウォッカを次代のギムレット伯爵にと切望しています。
「パパぁ、この屋敷、抵当に入ってたのよぉ…
パパぁ~…うるるる。向こうの伯爵家もボロくって
とてもすめなくなったのぅ~。それにあっちの屋敷もぉ…うるるる」
マルガリータが屋敷に来て間もない頃でした。
私は偶然に見てしまったのです。
客間で小柄で細身のダイリキ子爵の倍ほどあるマルガリータが、
子爵の膝に手をやり、幼児のように泣きついていました。
あの、きりりとして冷たいマルガリータが…
甘えている姿にギャップが激しく、私は動揺し身体が震えましたわ。
マルガリータはダイリキ子爵を少し揺すっているようでしたが、
子爵もガクガクと大揺れしていました。
「わ、わかった、わ、かった。し、心配するでなぁ~い。
パ、パッパにまかして、お、おきなさぁ~い」
最愛の娘の頼みをきき、抵当権者はダイリキ子爵となりました。
屋敷は実質的に子爵のものです。
父の子に対する利益相反行為となる無権代理を責めることは
娘である私にはできません。
父は私を娘とも思っていないのは知っていますが…
それに、子爵は領地経営の他、大商会をもち手広く商いをしています。
父のようにふらふらと遊び回る方ではなく、かなりのやり手さんなのです。
子爵領はとても繁栄していると聞いています。
ギムレット伯爵領といえば、領主の務めも果たさず遊び惚ける父。
領地にも帰らず、代官に任せきりで寂れるまま。
ダイリキ子爵なら、傾いたギムレット伯爵領を立て直してもらえる。
領民も安心して暮らせるのではと、正直思ってしまいました。
マルガリータはなんですが、ウォッカは良い子です。
早く、父からウォッカに代替わりして欲しいとさえ思っていましたから。
リラの事情を知るマルガリータは、屋敷に来た早々、
リラを孤児院に送ろうとしました。
しかし、思いもかけない味方がいたのです。
それは、リラと同い年のウォッカです。
ウォッカは三歳とは思えないほど利発な子でした。
体格もあり、背も私と変わりありません。
ウォッカはリラを見ると赤い顔をし、顔を背けるのですが、
強硬に反対してくれたので、事なきを得たのです。
マルガリータはウォッカには甘すぎるのか、
ウォッカが怒るとシオシオと丸くなります。
まるで、主人に叱られた大型犬のようです。
ウォッカは誰にも相手にされなくなった私達に、
気遣いをみせてくれました。三歳とは思えないほどに…
特にリラを注意して見守ってくれているようでした…
しかし、敵の中にいるようなもの、油断はできません。
私は片時もリラから眼を離しませんでしたわ。
私の日当たりの良い部屋も取り上げられました。
リラと別々にさせられそうになりましたが、私は頑張りました。
母の子である私を、マルガリータには我慢できないのでしょう。
マルガリータはその部屋をウォッカの部屋にしようとしましたが、
ウォッカは頑として受け付けず、部屋は開かずの間となりました。
マルガリータの指図かどうか、召使が意を汲んだのか、
単なる嫌がらせか。私達は食事をぬかれることも多くなりました。
勿論、成長期にある私達に、服も揃えてもらえませんでした。
幸いリラは私のお古がありますが、下着は揃えなければなりません。
母が父に内緒にするようにと、
小箱と鍵を渡してくれたのは感謝しかありません。
中には沢山の金貨が入っていましたから。
母はマルガリータのことも、
私がこうなることも知っていたのでしょうか。
そう思うと胸が潰れる思いです…
母が臥せてから、
母の滋養に良いものとリラと二人で城下に探しに出ることが
多くなっていたのも幸いです。
右も左もわからない箱入り娘にならずにすんだのですから。
私は家庭教師も雇い止めされていましたから、
リラと一緒に教会の学舎で平民と混じり学ぶようになりました。
服装も浮かないように気をつけました。
家庭教師のいるウォッカが一緒に来るのが困りましたが…
私にはご飯をぬくか、無視するか、間接的な虐めしかできないのですが、
その分、リラが召使から直接的に暴力を受けることが度々おこりました。
私が抗議しても召使は知らぬ顔。
しかし、現場を見たウォッカは、ナイトのようにリラを庇い召使を叱咤。
そういう質の悪い召使はいつの間にかいなくなるのは、ウォッカがと、
思ってしまいます。
リラも気が合うのか、ウォッカがいると、とても安心した顔をします。
そんな時は、気を利かし二人だけにしてあげました。
私もいい加減、ウォッカの気持ちが理解できましたもの。
二人の仲の良い姿を見ると少しだけ、妬けましたわ。




