1.黒猫との出会い
不憫な公爵令嬢が不思議な黒猫と出会う話です。
マリア・ラビスタ公爵令嬢は父であるラビスタ公爵と元平民で愛人であった母との間に生まれた子供だ。ラビスタ公爵の夫人は病気で亡くなり、愛人であった母は夫人の座を手に入れた。しかし母もまた病気で亡くなってしまった。ラビスタ公爵家は公爵である父と前妻との間に生まれた長男のハマス、そしてマリアの3人が家族だった。
公爵はマリアの母の事は愛していたみたいだがマリアには無関心だった。虐待はされていないが気にかけられた事は無かった。ハマスはマリアを妹と思いたくない様子であり、マリアが「お兄様」と呼ぶと嫌そうな顔をした。なのでマリアは「ハマス令息」と呼び、なるべく関わらないように距離を置いて過ごしていた。ハマスの立場で考えてみれば仕方がないと思いながらも、マリアは悲しかった。そして家族だけでなく使用人達もマリアを軽んじており、中には面と向かって文句を言ってくる者もいた。「もたもたしないで早く準備して下さい」、「私は今手が離せないのでご自分でなさって下さい」等という言葉はまだ良い方で、「マリア様は御自分の立場が本来ならば相応しくないのは分かってますよね?」と言ってくる事もあった。
さらに学園や社交場でもマリアを優しく受け入れてくれる居場所は何処にもなかった。「愛人の、しかも平民との間に生まれた令嬢」、「公爵家に寄生する場違い令嬢」と散々な言われようだった。本来であれば公爵家の力がマリアを守る筈だが、公爵家はマリアの為に動かなかった。せめてもの救いは物を盗まれたり、怪我をさせられたりといった直接的に危害を加えられなかった事だ。一応、公爵令嬢という身分が守ってくれたのかもしれない。
公爵家を次に継ぐのはハマスと決まっていた為、マリアは何処かに嫁ぐ事が決まっていた。しかし平民出身の母を持つマリアを良く思わない貴族は多く、公爵家でも丁重に扱われていないマリアを欲しがる家は何処にも無かった。しかしそんなある日、マリアは王子であるスティーブ・ブラスターズの婚約者に選ばれた。王子との接点など何も無かった為、不思議に思ったマリアだがその理由はすぐに判明した。スティーブはナタリア・ルナ子爵令嬢を愛しており、彼女を側妃にして愛する事が目的だった。公務や責務を押し付けられるお飾りの王妃としてマリアを必要としたのだ。身勝手な理由だったが、国王や王妃もその事を容認しており、表立って反対する者は居なかった。
誰にも愛されず、軽んじられ、利用される…本来であれば憤るであろう人生であり、そんな理由で王子妃になるだなんて許せないだろうが、マリア自身が軽んじられても仕方がないと思っていた為反抗しようと思わなかった。むしろ、例えお飾りでも王子妃に選ばれたのだ。未来の王妃となる存在となれば今の境遇が良くなるかもしれないとマリアは期待した。
だがそんなある日、ナタリアが学園で何者かに階段から突き落とされてしまった。ナタリアは1人で階段を降りていたところを、いきなり袋を背後から顔に被せられて押された。そして階段下の床で蹲っている間に犯人に逃げられてしまい、顔を見る事は出来なかった。幸いナタリアは軽傷で済んだが、スティーブは怒り狂った。どんな情報でもいいから思い当たる事は知らせるように言うと、ルーシャ・ベラドンナ公爵令嬢が言った。
「マリア・ラビスタ公女が押すのを見ました。」
マリアは一瞬何を言われたのか分からなかった。まずい状況が分かってきてすぐに違うと反論したが、誰も信じようとしなかった。スティーブの指示でマリアは王家の牢屋に閉じ込められてしまった。
「ふん、こんな公女が王子妃になるなんてあり得ないよな。」
マリアを牢屋に押し込めた兵士は軽蔑した眼差しを向けてそう言った。ルーシャがマリアに濡れ衣を着せたと理解したが、マリアにはもう何も出来なかった。
「お前みたいな女に、王子妃の地位をやろうとしてやったのに…身の程を弁えずに俺の愛まで求めてこんな事をしたのか?」
「ち、違いますっ! お願いですから話を聞いて下さいっ!!」
牢屋にやってきたスティーブの冷たい声に、マリアは何度も否定したが聞き入れて貰えなかった。挙句の果てに、
「ナタリアに手をあげたヤツを、俺は絶対に許せない…マリア、死刑も覚悟するんだな!!」
貴族位の剥奪でも修道院への追放でもなく、愛するナタリアの為に死刑にしようとしてきた。スティーブの立場ならそうしたくなる気持ちが分からない訳ではない。だが、マリアはやっていない。
「まって…待って下さいっ! 私は本当にやってませんっ!!!」
死刑になるかもしれないという恐怖も相まって、より必死に訴えるが聞き入れて貰えない。そしてマリアは怯えながら何も出来ないまま、牢屋の中で誰も会いに来ずに1ヶ月ほど過ごしたある日、スティーブが牢屋の扉を開けた。
「…マリア、お前が無実だと分かった。もうここを出てもいいぞ。」
スティーブは気不味そうな顔をしながらもぶっきらぼうにそう言ってマリアを牢屋から出した。1ヶ月の間に調査をしたところ、ナタリアが突き落とされた時にマリアが別の場所にいたという情報が出てきた。またルーシャが一部の貴族と密会しているところを目撃した者がおり、“マリアに濡れ衣を着せて、王子妃の座を奪おうとしていた”という事が発覚した。その後すぐにルーシャとその協力者を捕らえた。マリアが犯人だと根拠もなく信じてルーシャが王子妃に相応しいと言っていた貴族達にも罰が与えられる事にし、処遇も決めたという。ルーシャと協力者は毒殺、貴族達は慰謝料をラビスタ公爵家に支払う事になったという。
「…私が犯人じゃないと分かったのは、何時ですか?」
「お前が捕まってから3日後だ。」
あっさりとスティーブは答えた。マリアは、わなわなと唇を震わせた、
「っ、何故教えてくれなかったのですか!?」
「そんな事より犯人を探すのが大事に決まっていたからだろう。それに公爵家からも娘を返せと言われなかったしな。処罰も決まったし、お前も明日から今まで通り過ごすようにな。」
何の謝罪もなくそのまま公爵家にマリアは送られた。公爵家に帰ると、マリアを見た使用人達は何事も無かったかのように軽く挨拶をして仕事に戻り、公爵は、
「今後は迷惑をかけないように気をつけろ。」
と言うだけだった。ハマスは何も言わないが、何とも言えない顔で暫くマリアを見た後居なくなってしまった。改めてマリアは自分が軽んじられ、馬鹿にされる存在なのだと認識せざるを得なかった。その後、部屋で1人になったマリアは、何かが壊れたような感覚に陥った。
「私は、冤罪だった…なのに誰も気にかけない、謝らない、私は…私は死にかけたのにっ…!」
自分は死んでも仕方がない存在だと思われているのだろうか? 望んで生まれた訳じゃないに、何故マリアはこんな扱いを受けるのかと、マリアは自分を取り巻く全てを呪った。このまま生きてたって、王子妃になれたって同じ事が起こるのではないかと、怒りと恐怖の両方が心の中で膨れ上がってきた。
「…辛いねマリア、僕が力になってあげるよ。」
突然聞こえた声に、ビクッとマリアは身体を震わせて辺りを見渡した。マリアの机の上には…黒猫がいた。
「っ、い、いつからそこに…?」
「僕は魔法が使える黒猫でね、マリアを助けたくてここにいるんだよ。」
マリアは黒猫が喋る事に驚きすぎて声が出せずに絶句した。そんなマリアを気にする事なく黒猫は話す。
「僕の事は秘密にしてね。マリア、君が今後馬鹿にされたり、軽んじられない方法を教えてあげる。」
「…えっ?」
「君は別に、スティーブに愛されたい訳じゃないよね? ただ、理不尽な扱いを受けたくないんだろう?」
黒猫の言葉にマリアは恐る恐る頷いた。愛されたくないどころか、本当はスティーブなんかと結婚したくない。元からスティーブを愛してはいなかったが今回の事でむしろ憎む程嫌いになった。けれど王家も公爵家も婚約解消を許してはくれないだろう。ならばせめて、スティーブのマリアに対する態度を変えて欲しいと思っている。
「スティーブだけじゃない。ナタリア、国王、王妃、公爵家の人達、周りの貴族…全てに馬鹿にされない方法があるんだ。」
「…そ、そんな方法があるの?!」
黒猫が何者なのかも分からないのに、マリアが求めている事を言い当てる黒猫に、気が付くと心を開いてしまっていた。
「僕は君にその方法を教えるよ。魔法の力も使うけど、根本的な解決は君自身の行動で掴み取るんだ。大丈夫、君なら出来るよ!」
黒猫の言葉に、マリアは緊張と期待でゴクリッと唾を飲み込んだ。
マリアの設定、スティーブや王家の杜撰さにツッコミどころ満載だと思いますが広い心で読んで頂けると嬉しいです。黒猫シリーズを知らない方は何だ、この猫? とお思いになるかもしれませんが、知っている方も同じ感想を抱いていると思われます 笑
もし宜しければ、今後も読んで頂けると嬉しいです! 評価して頂けるととても有難いです、よろしくお願いします。




