⑤変態の再登場!
「ほーら、言ったでしょ? 彼女、強そうでしょう?」
阿部さんが鼻の穴を膨らまし、興奮気味に言う。
「まあ、強そうですけど……」
「いやぁ、それにしても凄いなぁ。闘神水を飲むとこうなるのか。初めて見たなぁ……写真撮って、後で村の連中に自慢しよ」
阿部さんは、スマホを取り出すと、茜を撮影し始めた。
「えっ? ちょっと待って。もしかして、その闘神水って、誰も飲んだ事がないんですか?」
パシャパシャと撮影する阿部さんが、こちらを見ずに、口元を緩めた。
「……ははは。飲むわけないでしょう。あんな小便みたいな汚いもの」
「えっ! ひどーい! それを飲ませたんですか?」
「でも、これでマサクニと対等に、いや、それ以上に闘えるはずですから!」
画像を保存した阿部さんは、スマートフォンをポケットにしまった。
そして、宙に浮かぶ茜へと近づく。
「さあ、茜さん、念力を使ってみて下さい」
「念力?」と茜。
「ええ、巨大な物体でも、自由自在に動かせる事が出来ます。持ち上げたい物に掌を向けて、念じてみて下さい」
茜は阿部さんの言葉に従い、掌をかざした。
その先には、赤い三角コーンがある。
茜がフンと唸ると、それは五メール程の高さへと、浮かび上がった。
「わぁっ、凄い!」
私は、思わず叫んだ。
茜も、驚きと嬉しさに満ちた顔をしている。
「では次に、マサクニをやっつける究極の技を教えますね」
「えっ、究極の技?」
茜が阿部さんを見て、フッと力を抜いた。
そのため、浮遊していた三角コーンが重力を手に入れて、落ちてきた。
——バコンッ‼︎
「ウギャー‼︎」
三角コーンは見事に、阿部さんの頭に当たった。
それも先端の尖った部分が、脳天に直撃したのだ。
「痛いぃ! 痛いぃぃぃ!」
阿部さんは両手で頭を押さえ、のたうち回った。
茜は「あ、ごめーん」と、反省の色なし謝罪。
私は、悶絶する阿部さんへと駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うーん……なんのこれしき……それより早く、究極の技を茜さんに教えないと……マサクニが戻ってくる前に……」
涙目の阿部さんは、脳天をさすりながら起き上がった。
「茜さん、ピストルのように人差し指を突き出してみて下さい」
「え? こう?」
茜が人を指差すようにして、手を伸ばした。
「死神消滅ビーム、と叫んで、指先からビームが飛び出すイメージを持ってみて下さい」
「えっ? こう? 死神消滅ビーム!」
「ウギャーーーー‼︎」
青い光線が、阿部さんへと命中した!
バリバリバリッ!
電流が流れ、阿部さんは前後に痙攣し始めた。
「あ、ごめーん阿部さん!」
「ごめーんじゃないですよぉぉ! なんで僕に向けて撃つんですか……あう……ゥゥゥ……」
ウ
ギ
ャ
ァ
ァ
ァ
ァ
ァ
ァ
ァ
ァ
ァ
・
阿部さんは炎に包まれると、最後はフッと灰になって、消えてしまった。
しーんと静寂。
焦げ臭い中、私達は目を点にして立ち尽くした。
「し……死んじゃったね」と私。
——死んどらんわッ——
阿部さんの声がした。
「あ、阿部さん? どこ?」と、キョロキョロする茜。
——僕は死神ではありませんから、この攻撃では死にませんよ。ただ身体が消滅してしまったので、元いた場所に帰ります。君達は協力して、なんとかマサクニをやっつけて下さいね——
「任せて、阿部さん!」
茜が、力強く拳を握った。
——頼みました……よ……——
阿部さんの声が、遠退いていく。
その気配が完全に消えると、茜は厳しい表情になった。
「阿部さんが消えちゃった……。許せない、絶対に許せない! 阿部さんのカタキは、必ず取るからね!」
「いや、阿部さんを消したのは茜だよ……」
その時だった。
何処からともなく、真っ赤な風船が、フワフワと飛んできた。
「何これ? 何で風船が?」
それは私の目の前で、ピタリと止まる。
何気なく両手で、それを掴もうとした瞬間——
パン! と、破裂した。
一瞬、鼓膜に痛みが走った。
すると、モクモクと煙が広がり、人影が浮かび上がる。
姿を現したのは、やはりマサクニだった。
『キシシシ……』
「わわっ、出たぁぁ!」
私は急いで、茜の背中へと隠れた。
強くなった茜は腕組みをして、自信に満ちた声で宣言する。
「来たか、変態ジジイ! 今度こそ、ボッコボコにやっつけてやるからね!」
『はっ、ちょっと見ない間に、小娘が生意気になりおって!』
マサクニは、全身に力を込め出した。
『どうやって文章を元に戻したのかは知らんが、この技を喰らえば、ひとたまりも無いぞい! 今度こそ、この小説は終わりじゃ! キシシシ』
なにか、またとんでもない攻撃をしてきそうな気配があった。
『お前ら小娘が、最も嫌うものを出してやるぞい!』
……最も嫌うもの?
『それは、これだっ! くらえっ、ゴキ◯リ一万匹シャワー‼︎』
ええっ、ちょっとー‼︎ 嘘でしょ‼︎
マサクニが空に向かって、大きく口を開ける。
すると口の中から、黒い霧が上空に放出された。
ブワッ!
途端に、夜が訪れた様に暗がった。
それは、ゴキ◯リの大群だった。
「うっぎゃあぁぁぁぁーーーー‼︎‼︎‼︎」
ゴキ◯リの雨が降ってくる!
私は両手で頭を抱え、しゃがみ込んだ。
「春香、心配しないでっ!」
「え?」
力強い茜の声がして、私は片目だけ開けて見上げた。
自信に満ちた顔の茜が、上空へ向けて、両手を広げる。
「チョコになれーーー‼︎」と茜。
キラキラキラッ……!
*・✳︎・*: *・✴︎・*:.。.:*・.*・✳︎・*: *・✴︎・*:.。.:*・.•.
線香花火の様な綺麗な光が、視界いっぱいに広がると、ゴキ◯リはハート形のチョコへと変わった。
バラバラッ!
辺り一面に、チョコが落ちてきた。
私は、ゆっくりと立ち上がった。
「凄いね茜、チョコに変えちゃうなんて」
「まあねー」と、茜は得意げな顔をした。
あれ?
茜がクチャクチャと、口を動かしている。
「何か食べてるの、茜?」
「チョコだよ」
「ええっ‼︎ それさっきまで、ゴキ◯リだったんだよ!」
「でも美味しいよ。春香も食べてみなよ、ほら」
「いや、いいよ、いらないよ!」
『お、おのれぇ……‼︎』
怨みのこもったダミ声がした。
私はハッとして、マサクニに目を向けた。
『ワシの奥の手を……お菓子にしよって……。もう手加減はなしじゃ。二人とも、トマト潰したみたいに、グッチャグチャにしてやるぞい!』
「えっ、なんか凄い怖い事を言ってるんだけど……」
私は再び、茜の背中に隠れた。
つづく……




