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羽衣の七分  作者: 剛申
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第二章 第四節 光芒が差すまで

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)



“Forty minutes”


「宮崎上空までは、20分程度。かなりギリギリのラインだ。…対応隊、行けるか?」


機長の言葉に、誰も何も返さない。

宮野さんがジャケットを脱ぎ、加藤君の亡骸をそっと包む。

私も葉山先輩も、ただ、その様子を見ている。


「…。葉山君。有瀬さん。辛いかもしれない。でも、僕たちは逃げられない」

「…」

「有瀬さん。僕も会いたい人がいる。もうすぐ、幼稚園に上がる息子がいるんだよ」


宮野さんは、ジャケットに包まれた加藤君を丁寧に寝かせる。


「何年も会っていない。言葉も話せないうちに離れることになったからね」

「…」

「初めて抱き上げたときのことが、昨日のことのようだよ。温かくて、いい匂いなんだ」


加藤君の頭をそっと撫でる。


「もう会えないのかもしれない。僕のことを、お父さんとは呼んでくれないかもしれない。それでも僕は、もう一度会いたい」


宮野さんが私たちを見る。


「叶わないのかもしれない。でも生きていれば、また会えるかもしれない」


目がほんのりと赤い。

宮野さんは泣いているのかもしれない。


「生き抜いてみたいんだ。何度でも。有瀬さん。葉山君。君たちもそうだろ」


私はぼんやりとミナモの顔を思っていた。

橘先輩、水野先輩。

私たちは、もう一度出会えますか。



「………。対応隊、すまない。時間がない。侵入経路の説明をしたい」


機長が言いにくそうに口を開く。


「宮崎上空に到着するのは、かぐや姫出現の直前だ。地上との連携は取れない。目前に空中投下する。準備を頼む」


機長に向かって、宮野さんが頷く。


「…わかりました。二人とも、聞いた通りだ。支度をしよう」


宮野さんが葉山先輩の肩をぽんと叩く。

何も言わず立ち上がる葉山先輩。


「有瀬さん。ありがとう」


宮野さんが私の隣でボソっと言う。




“Fifty-eight minutes”


「ハッチ開くぞ!」


機長の掛け声で後部ハッチが開く。

吹き込む強い風。


「さあ行こう。生き抜くんだ、僕たちは」


宮野さんが駆けていく。

葉山先輩が加藤君を見る。


「ばかやろうが…」


そういって飛び出していく。



「加藤君…。行ってくるね。」


私も続けて飛び下りる。



“Fifty-nine minutes”


雲の中を突き抜ける。

地上はまだ見えない。

嵐のような風の中を、大の字で落ちていく。



”One hour”


雲を抜け、地上が見えた。


そのとき。


ばああああああんと、眩く弾けるような光に包まれる。


ふわっと持ち上がる身体。

眩い光の中に着地する。


アアァァァァァー


“Seven minutes left”


薄く目を開くと、目前に虹色の怪物が現れる。

鳥だろうか。ゆらゆらと長い羽毛のようなものが揺れている。

その姿は、火の鳥のようだ。


青白く輝く私たち。


「行くよ! みんな死ぬなよ!」


宮野さんが、大きなショットガンをガチャンとリロードする。


「はい。わかってます」


私も、葉山先輩も、ライフルを構えて走りだす。


化物との距離はビル一つ向こう。

囲い込むように、周りのビルへと飛び上がる。


バゴオオオン!

ショットガンの大きな銃声をきっかけに、

続くライフルの銃声。

かぐや姫がわずかに粒子化する。


「3人しかいないんだ! 短期決戦のつもりで!」

「はい!」


宮野さんが二枚の大きな羽の間をくぐるように飛ぶ。

ゆらゆらと揺れる羽毛。

それぞれが、にゅっと伸び、空中の宮野さんに襲い掛かる。

宮野さんは、身体をひねりそれらを躱して、胴体に銃口を突きつける。


ドゴン!

大きな銃声と共に、大きく削れる化物。

宮野さんが着地するタイミングに合わせて、

葉山先輩が大きな羽を、なぞるように飛び、銃撃を浴びせかける。

触手のような羽毛が、葉山先輩に掴みかかろうと伸びる。


化物の注意を引くように、宮野さんと葉山先輩が交差するように飛ぶ。

ドゴン!とまたショットガンを食らわせる。


私は奴の周りのビルを飛びながら、

先輩達のジャンプの合間に、ダダダと短く銃撃する


触手の数本が私を捉えようと、波状に襲いかかってくる。

幅跳びのようにビルを飛び、追い付かれまいと必死に走る。


胸がズキンズキンと痛みだす。

奴は私に狙いを定めたんだろう。


「有瀬さん! 飛び越えて!」


宮野さんが、私の前から向かってくる。

右側の化物を指差している。


宮野さんと交差する瞬間。

私は化物の飛び越えるように飛ぶ。

私を追っていた触手は、標的を宮野さんに変えたのか、

ぐにゅっと曲がって追いかける。


「いいぞ! 僕を狙ってこい!」



“Six minutes left”


大きな羽からの幾千もの長い触手。

宮野さんを追い、グネグネと曲がる。


「さあついてこい!」


宮野さんは化物の背面に回りこむ。

触手は宮野さんを追い、自らの胴体に巻き付くように曲がっていく。


「二人とも! 僕についてきて!」

「はい!」


指示に従って、私たちも宮野さんを追う。

伸びる触手が、化物にぐるぐると巻き付いていく。

宮野さんは化物の周りを走り回って、

化物自身の触手で、絡めとろうとしているらしい。

その作戦は成功しているのか、

大きく広げていた羽と胴体を、ぐるぐる巻きにしていく。


私は宮野さんを見る。


「すごい!」


宮野さんがにっこり笑う。


「どうだ! 縛り上げたぞ!」


私たちは立ち止まって、化物の様子をうかがう。

ぐるぐる巻きの化物の姿が、溶けるように一つの塊になっていく。

卵のような丸い大きな塊に姿を変える。

そうかと思えば、大きな羽が象られ、また火の鳥の姿に戻る。


宮野さんが肩をなでおろす。


「そう上手くはいかないものだね」

「結局、削りきるしかねーよな」

「そうだね」


宮野さんと葉山先輩が奴に飛び掛かる。

バサっと化物の大きな翼が広がる。


“Five minutes left”



ズキン!

私は胸の痛みに合わせて、ビルを一つ飛ばしにロングジャンプする。

幾千の光のレーザーが翼から放たれ、

私の後ろのビルを、チーズのように穴ぼこにする。


「おい! 鳥あたま! 有瀬なんかを狙っていいのか!?」


葉山先輩がレーザーの隙間を縫うように飛ぶ。

大きな翼へ直線を描くように銃撃を繰り出し、翼の一部を切り取る。

切り取られた部分が、粒子のように散って消える。


何本もの触手が、宙を舞う葉山先輩を掴もうと、

ウネウネと襲い掛かる。

葉山先輩は身体をひねって、迫りくる触手に撃ち崩しては、

また別の触手へと、次々と落としていく。


一本の触手が、葉山先輩のライフルをバシンと叩き落とした。

葉山先輩の手を離れ、光を失ったライフルが化物の背中に落ちる。

化物に接触した部分から、ライフルは僅かな塵を残して消滅する。


「くっそ! やばい!」


焦る葉山先輩の声。

急いで先輩に向けて、私は飛び上がる。


「葉山先輩!」

「有瀬!」


空中の葉山先輩が私に手を伸ばす。

ぐっとその腕を掴む。

葉山先輩の落ちる力と、私の飛び上がる力が拮抗するように、

その場でグググと重なる。


「おお、おらあああ!」


葉山先輩の強い力。

私を隣のビルに投げるようにし、空中で二人の軌道を、横向きに変える。

私たちの手が離れた場所に向けて、

何重にも触手が襲い掛かって、触手どうしで叩き合う。


化物の隣の屋上へ着地する私。

葉山先輩は反対の屋上に着地する。


「ふうー。ナイス、ナイス!」


先輩は私に親指を立てて見せる。

私も親指を控えめに立てて、苦笑いする。


“Four minutes left”



はあ、はあ

息が上がりだす。

私は化物の触手をかわしながら、ビルを飛び回る。

その隣でダーンと宮野さんが地面から飛び上がり、翼を削り取る。


「さすがに3人だと分が悪いな!」


葉山先輩が右手にハンドガンを、左手にナイフを構える。


「ライフルもねえし、これでやるしかねーよな!!」


そういって奴の頭上に飛び掛かり、ハンドガンで短く翼に斉射する。

迫りくる触手にナイフを当てて、器用に体勢を変えながら、

空中でダンスをするように銃撃していく。


「いいぞ、葉山君!」


宮野さんが葉山先輩に向かって飛び、ショットガンを横にして足場を作る。

葉山先輩はそれを蹴って、奴の隣のビルに着地する。

間髪入れずにマガジンを入れ替える。


「おら! まだまだいくぞ!」


先輩が再度飛び掛かり、触手とのダンスを始める。

翼に所々穴が開き始める。


「すごい! 葉山先輩!」

「はっ、はは! やっと気づいたかよ!」


葉山先輩が息を切らしながら笑う。


バサッ。

突然、化物が翼を折りたたむような体勢をとる。

葉山先輩の周囲に覆いかぶさるような形。

このままだと先輩が押し潰される。


「うそだろ!」

「葉山先輩!!」


私は急いで飛ぶ。

大きな翼と胴体の隙間を、通るようなジャンプ。

上も下も虹色の肉壁。

少し向こうに葉山先輩。


「有瀬!!!」

「葉山先輩!!!」


葉山先輩の服を掴む。

先輩を引っ張って、化物の隙間を飛んでいく。


「ナイス! 有瀬!」

「もう少し! もう少しで抜けられる!」


奴の胴体の上を通り過ぎ、地上が見える。


「やった…」


ドシン!!

重い衝撃が背中に伝わる。

奴の大きな翼の端に叩きつけられたのだ。


ドン!!と地面に私たちは叩き落とされる。


「う…」


激痛で動けない。

少し向こうに、葉山先輩も倒れているのが見える。


上空の火の鳥は、また卵のような姿になっている。


身体が痛くて動けない。


「有瀬さん!!」


宮野さんが私のもとに駆け寄ってきて、荷物のように脇に抱えられる。

葉山先輩にも駆け寄り肩に担ぐ。

二人を持ち上げて、ヨロヨロと走り出す宮野さん。


「うおおおおおおおおおお」


卵から放たれる細いレーザーの雨をかいくぐる。


「まだだ! まだ死なない! まだ!!」


ビルを盾にするように回り込み、奴から逃げるように走り続ける。


“Three minutes left”



「み、宮野さん…」

「大丈夫か?! いったん距離を取って、君たちを降ろす」

「まに…あわなくなる…」

「今日だけで仲間全員を、失うわけにはいかないんだよ!」


走り続ける宮野さんが、インカムへ怒鳴る。


「負傷者2名! 適合者は残り僕一人だ! いったん距離を開ける! 陽動を頼む!」


ドドドドドド

化物からビルをいくつか挟んで、四方から銃声が上がる。

それに反応したのか、卵のようなものから放たれるレーザーが、四方八方に分かれる。


走る宮野さんの前方から、軍のトラックが猛スピードで近づいてくる。

ギギギイイイー!

急ブレーキと共に宮野さんの横に止まり、軍人が数名駆け寄る。


「負傷者をこっちに! お前はまだやれるのか?!」

「ああ! 一人でも止めて見せるよ」


そういって、軍人へ私たちを預けた宮野さんが、駆け出していく。


「宮野さん…」

「おい、生きてるな? 撤退するぞ!」


私たちはむき出しの荷台に寝かされた。

トラックが走り出す。

隣の葉山先輩が時々小さく声を上げるが、何て言ってるかわからない。

トラックの振動が全身に響く、痛い。


“Two minutes left”



銃撃の音が少しづつ遠くなる。


「う…」


なんとか状態を起こした私を、隣に座る軍人が支える。


「大丈夫か?」

「…はい。葉山先輩は…?」


隣で寝ている葉山先輩が、ブツブツと何かを呟いている。

四つん這いですり寄り、口元に耳をやる。


「お、おい」


小さく動揺する軍人。


「……加藤。……みんな死なせない。…加藤」

「……」


意識があるのかないのか、目を閉じたまま、ブツブツと唱え続ける。


「…戻ってください」

「なんだって?」

「戻って…、ください!」


私は軍人のライフルを奪うようにグイと引っ張る。


「お前…。待っていろ」


暴れる私の肩を押さえるようにして、インカムに手を添える。


「適合者が一人起きた。戻るように言ってる。どうする。……ああ、わかった。行こう」


軍人が両手で私の肩を押さえつける。


「このまま化物の脇を通るように移動する。お前はこの荷台から狙って撃て」


トラックがUターンするように、大通りを化物の方へ向かって走り出す。

奴との距離は300メートルはあるだろうか。

四方八方から銃撃が化物へ飛び交う。


「行けるか?」


軍人が私の肩を支え起こす。

私は全身の痛みを我慢して、銃口を虹色の卵へと向ける。

宮野さんの姿は見えない。

生きているだろうか。


「宮野さん! 撃ちます!」


インカムに怒鳴ると同時に、ガガガガガガと銃撃を放つ。

青い曲線が奴に当たり僅かに粒子化させる。


“飛びかかります!”


インカムから聞こえる宮野さんの声。

途端に止む四方の銃声。

青い小さな光が卵に飛び掛かり、幾つもの粒子を飛ばす。


「撃ちます!」


宮野さんが着地するタイミングを見計らって、私が斉射する。


“次いくよ!”


私は撃つのを止める。宮野さんがまた卵へ飛び掛かる。


“終われない! こんなところで終われないんだよ!”



“One minute left”


虹色の卵は、削れたところを埋め合わせるように、

形を保ちながらも徐々に小さくなる。

しかし、まだまだ大きい塊。


有効打は、近距離にいる宮野さん一人だけ。

距離の離れている私の共鳴は弱い。


「あと1分しかない…」


間に合わない。

本当はそう思っている。


「私が翼に当たったから、こんなことに…」


泣き言を言っても、諦めるわけにはいかない。

どうせ今から逃げたって、空間崩壊の範囲からは逃げられない。

倒すか、消滅するか、それしか選べないのだ。


「ごめんね、加藤君…。せっかく私たちを生かそうとしてくれたのに…」


唇をかみしめる。

私の頬を一筋、涙がこぼれる。


生きたい。また会いたい。

ミナモ。橘先輩。水野先輩。宮野さん。…加藤君。

私は生き残りたい。



ドン!!!


突然、上空からの青い光線が、化物を貫く。

驚いて上を見上げる。


「…何?」

「間に合ったか?!」


私の肩を支える軍人も空を見上げる。

私たちのトラックを、黒い大きな影が通り過ぎる。

雲の隙間から見える影。

あれは―


「黒い…アヴァロン…」


黒いアヴァロンの後部ハッチに立つ、

一際長く大きい銃器を持った、青い光の人影。


“30 seconds left”



黒いアヴァロンが卵の上空から、青い光を落とす。


ドン!!

強烈な一撃が、天から卵を貫き、盛大に粒子を舞い上げる。

落ちる人影は、銃撃と同時にくるんと回転しては、

スラスターをふかして体勢を整える。

そして二度目の強烈な銃撃を放つ。


「アンチ…、マテリアルライフル」


一人では、持ち運ぶのも大変な重量兵器。

それを飛び下りながら撃っている。


「すごい…」


黒いアヴァロンから着地した人影が、真上に向けて斉射する。

ドン! ドン! ドン! ドン!


幾つもの青い筋が、天を貫くように、卵へ大穴を開ける。


“10”

“9”

“8”

“7”


卵はボロボロと勢いよく崩れていく。

原型がなくなり、光の粒子が飛び交う。


“3”

“2”

“1”

“0”

“Time limit reached“


少し向こうは、光の粒子に包まれている。


「倒した…?」


“有瀬さん。大丈夫かい?”


インカムからの宮野さんの声。


「はい…。宮野さんも御無事で何よりです。…あの、さっき飛び下りた人は…?」

“ああ、関西からお仲間が駆けつけてくれたようだよ”


トラックが宮野さんと、さっきの人影に近づく。


「あ……」

「すまない。ぎりぎりになった」


そういって、水野先輩が私に手を差し伸べた。


※ありがとうございました。

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