第一章 第四節 桜前線
5年前。
不貞腐れていた私は、笑顔の可愛い女の子と出会った。
「ねえ君。どこから来たの?」
「そんなの聞いてどうするの?」
「教えてよー」
「福島の収容所よ」
「そうじゃなくて、収容所の話じゃなくて」
「なに?」
「住んでた街だよ」
「…思い出したくない」
「そうなの? 私は白浜ってところなんだ。海が近くてねー」
「そう…」
「…そうだ。今日ここに来たばかりでしょ。とっておきのいい場所教えてあげる!」
「いらない」
「いいから、おいでよ!」
ミナモに無理やり手を引っぱられたことを思い出す。
「はあ! はあ!」
私はミナモの手を引いて走る。
ァアアーーー
翼を畳んだ大きな鳥のような姿、胴体と思われるところから長い首。
一本の細い棒のような足が地面に伸びる。
その姿はフラミンゴのようだ。
水野先輩が奴の周りを駆け巡る。
ライフルから放たれる弾丸の、青いライン。
レーザーのように化物を削り始める。
「はあ! はあ! かぐや姫!」
私とミナモは走り続ける。
家々が並ぶ住宅地の中、かぐや姫から隠れるように。
銃声が鳴り響く中、幾千もの光が私たちの前後に降り注ぐ。
私たちの周りの一軒家を、ボロボロに崩していく。
発砲スチロールのように、脆く崩れる建物。
「はあ、はあ、光ってる…! ハルカちゃん! 光ってるよ!」
「共鳴してる!! いけるよ! ミナモ!」
胸を突き刺すような痛みが走る。
また次の攻撃が、私たちに放たれる。
「飛ぶよ! ミナモ!」
ミナモの手をギューっと握る。
「いっせーのー」
私は走る速度を落とす。
上体を沈み込ませるようにして、踏み込む体勢になる。
ミナモも察したのか、手を握る力が強くなる。
「―でっ!!」
ぐっと地面を蹴って、私たちは空へと舞い上がる。
さっきまでの、囲まれたような路地の閉鎖感からは、
想像できなかった、開けた視界。
幾重もの光線が飛び交う中を、舞い上がる。
風を切って、住宅地を飛び越える。
家々の向こうの満開の桜並木。
それに目掛けて飛んでいく。
「わああああああ!」
ミナモの叫びが聞こえる。
宙を舞う私たち。
綿のようにひしめき合う桜の木々が、足元に広がっている。
「あああああ!」
ぎゅっとミナモと手をつないで、その中へと飛び込んだ。
「…」
「ね! 驚いた? 綺麗でしょ!!」
「…そうね」
育成施設の高い塀越しに、少しだけ見える桜の木。
「あの木が桜の木だって警備員さんに聞いてから、咲くのを待ってたんだー」
塀から覗くように、ちょっとだけ見えるピンクの桜を見つめる。
「…きれい」
「ね! いいでしょ! そうだ名前! 聞いてなかった!」
ミナモが向かい合って両手をつなぐ。
「私ミナモ! あなたは?」
「…ハルカ」
「ハルカちゃん! 今日から友達! ね、いいでしょ?」
気持ちのいい風が、塀の向こうの桜の木を揺らす。
パラパラと舞い落ちる花びら。
私たちへと、春のお裾分けをくれる。
ガサガサガサ
無数の細枝をかき分けるようにして、地面に落ちる。
吹雪のように舞う、何千もの花びら。
私は並木道の中で倒れている。
桜の花びらが、ヒラヒラと目の前に舞い落ちる。
はっとして、ミナモの姿を確認する。
「だ、大丈夫!?」
やや後方で、仰向けに倒れているミナモ。
上を向くようにして、私と目が合う。
「あは、あはははは」
ミナモが笑い声をあげる。
いつもの屈託ない笑顔。
「ぷ、ぷはは」
張り裂けそうだった緊張が、笑い声と共にほどけた。
“Five minutes left”
「胴がでかいな。端から削っていけ」
「おうよ!」
橘先輩の指示に、応じるように飛ぶ、葉山先輩と水野先輩。
三つの青い光が、巨大な化物の頭上へと飛びかかる。
「細切れになれ」
橘先輩のライフルが、鳥の尾を思わせる部分を直線的に切り裂く。
切り取られた塊が、ばあっと粒子となって消えていく。
空中でヒラリと華麗に向きを変えながら、
ダダダダと、銃撃する水野先輩。
三人は、飛び交う光線を気にもしていないように、
着地しては跳ねを繰り返す。
先輩たちから放たれる弾丸が、順調に化物の胴体を削っていく。
「っあっぶねーー!」
葉山先輩が背面飛びをするように、化物の頭上へ高く飛ぶ。
何本もの細いレーザーが化物の背中から伸び、
葉山先輩を追いかけて宙を切り裂く。
先輩達の銃撃で切り取られていく胴体。
切られた端を埋めるように、化物の身体が修復される。
しかし、修復されるたびに、その体積は縮んでいる。
ブンブンと化物の長い首が左右に向く。
長いくちばしを勢いよく振って、先輩達を弾き飛ばそうとする。
水野先輩が空中で宙がえりをするようにクルンと体を反り、
くちばしをギリギリでかわして、
ストンと地面に着地する。
「厄介だな」
化物を見上げて水野先輩が愚痴をこぼす。
「行こう。側面から近づいて撃つ」
「うん!」
銃を構えて、並木道を走る私たち。
「大丈夫…、今日まで何年も訓練してきたんだから!」
ライフルを落としてしまったミナモは、腰からハンドガンを取り出し、
柄から突き出るような長いマガジンを、ガシンと装填する。
かぐや姫から放たれる細い光線が、
私たちの目の前を、薙ぎ払うように、右へ左へと向きを変える。
並木道の左右の木を蹴るようにして、
右へ、左へとジャンプを繰り出し、光線をかわす。
私が、右へ飛べば、少し遅れて、ミナモが左へ飛ぶ。
入れ替わるように、交差しながら跳ねて、化物へ近づいていく。
ふたつの青い残光が花びらを散らせ、
千鳥がけのように並木道を縫っていく。
“Four minutes left”
「飛んでる! ハルカちゃん! 私たち、飛んでるよ!」
「うん! このまま回り込んで!」
私たちは化物の周りを回り始める。
銃を構えて撃ち出す。
ガガガガと放たれる弾丸が、奴と私を青いラインで繋ぐ。
ミナモもハンドガンから短く斉射する。
ガガガガガガン!
ミナモが打ち切ってはマガジンを捨て、また長いマガジンを、
差し込んでは、ガガガと奴を削り取る。
「振り回す長い首に弾かれるなよ!」
水野先輩が、空中でヒラリと私たちに向いて叫ぶ。
「はい! わかってます!」
バサッ!
化物が大きな翼を広げる、
その翼の一枚一枚が羽が触手のようにうねり、
ぐにゃっと曲がって、私を突き刺すように伸びてくる。
「ああああ!」
猛ダッシュで弧を描くように走る。
私の走ったラインに点をつけていくように、
上空から触手が何本も突き刺さる。
「胴体を盾にして、反対へ! 河嶋は逆へまわれ!」
「うん!」
私は奴の正面をかすめて右へ。
ミナモは私と逆方向へ。
水野先輩は上空へ跳ねながら、ミナモを追うように動く。
奴の後ろでは、橘先輩と葉山先輩が、
迫りくる触手をかわしては斉射し、
一本、また一本と切り裂く。
“Three minutes left”
ラスト3分!
水野先輩が奴の頭部へ飛びかかる。
化物の頭を踏みつけるようにして、
さらに高く飛び上がる。
空高くから、垂直に落下し、
頭上へと銃弾を浴びせかける。
水野先輩が落ちていくのに合わせ、
私も奴の側頭部へ飛びかかる。
くちばしの根元あたりから、銃口を突き付けるようにぶち込む。
化物のくちばしは輪切りのように切り裂かれ、
ばあっ粒子のように崩れていく。
「下だ!! 有瀬!」
地面に着地した葉山先輩が、上空の私へ注意を促す。
触手が私を払いのけるように、襲い掛かる。
「避けられない!!」
「有瀬!!!」
葉山先輩の叫び声が聞こえる。
どうする!?
もう! こうするしかない!
「あああああああああ!」
私は触手を踏みつける。
瞬時に、膝を折り曲げ、勢いを殺す。
私を乗せた触手が、天高くへ私を跳ね飛ばす。
「ハルカちゃん!!」
ミナモの叫びが聞こえる。
空高く舞い上がった私。
「まずい! この高さから落ちたら!!」
“確か…、空気が身体を持ち上げてくれるような。フワっとした感覚だった気がします“
自分が前に言った言葉を思い出す。
「空気だ! 空気を味方に!!」
私はライフルを捨てる。
精一杯に手を広げて、落ちる速度を緩めようとする。
モモンガのようにして、大文字に手足を伸ばす。
「空気よ! 粒子よ! 共鳴しろー!!」
全身の青白い光が、やや強まったように感じる。
全身にあたる風が、ブワっと分厚いマットみたいに感じる。
体の全面を何かで押されているような感覚。
落下速度がわずかに緩む。
「落ちるなー!!」
下の方に見える解体工事現場。
いびつな穴が屋上にあいている。
そこへ足を向けて飛び込む。
床が見え、つま先が当たる。
着地した勢いのまま、ごろごろと床を転がる。
放置されたままの工事現場の機材。
それらを弾き飛ばしながら、壁に激突した。
“Two minutes left”
「ハルカちゃんが!!」
「あとで助けに行く! 今は目の前に集中しろ!」
叫びあいながらも銃撃を繰り出す、ミナモと水野先輩。
翼はすべて切り取られ、残るは丸い胴体と、頭を失った首。
橘先輩が首の周りを周りこむようなジャンプをし、
刈り取るように撃つ。
長い首を失う化物。
「有瀬、生きてろよ!」
葉山先輩の弾丸が胴体を削る。
胴体がぐにゃっと、まとまるように形を変え、丸い大きな球体の姿になる。
そうしたかと思えば、突然、太いレーザーがミナモに放たれる。
「えっ…」
立ち止まってしまうミナモ。
目がまん丸に見開く。
「死…」
ミナモの目の前が眩い光に包まれる。
ドン!という強い衝撃が、ミナモを側面からはじき飛ばす。
橘先輩がミナモを突き飛ばし、ズサーっと勢いよく倒れ込む。
クルンと前転して、ミナモの横へころがる橘先輩。
ふうっと橘先輩が息を吐く。
「さーて…、もがきだしやがったな」
橘先輩の鋭い眼光が、球体を睨みつける。
次の太いレーザーが、水野先輩へ放たれる。
先輩は高く飛び上がり、ヒラリとかわす。
それに合わせるように、葉山先輩が水野先輩に追いつくように飛び上がる。
「水野!」
葉山先輩がライフルの上下を縦に掴んで、水野先輩へ腕を突き出す。
空中で葉山先輩のライフルを蹴るようにして、水野先輩が横に飛ぶ。
水野先輩が飛んだラインをなぞるように、数本の細いレーザーが空を撃ち抜く。
ひらりと宙を舞う水野先輩。
空中で向きを変えながら、私の落ちた工事現場へ目をやる。
「…! 有瀬!!」
工事現場の屋上に立つ私。
私の手には、解体工事用のエンジンカッター。
ずっしりとした重みが腕に伝わってくる。
「はあ、はあ…」
レバーの紐を力いっぱいに引っ張る。
ドゥルウウウウン!!
エンジンのセルが鳴り響く。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、
振動が手に響く。
「行くぞ…」
化物を睨みつけ、
重いエンジンカッターを抱えて飛び上がる。
「ああああああああああ!」
超ロングジャンプを繰り出し、エンジンカッターを振りかぶる。
ブルウウウウウン!!!
青く輝くカッター。
化物に飛びかかると同時に、うるさく回転する刃を押し当てる。
ギャリギャリギャリ!!!
ブルブルと激しく振動するカッター。
抑えつけるようにして、押し当てる。
私の落ちるラインに合わせて、奴の表面をカッターが切り裂く。
切られた周辺から、ボロボロと崩れて粒子になっていく。
“One minute left”
「うわああああああああああああ!」
ギャリギャリギャリギャリ!
ほどかれた粒子が舞い散る。
「流れ弾を有瀬に当てるなよ!!」
「わかってるよ!」
「うん!」
水野先輩の合図で、私の周りを囲むように飛ぶ、
葉山先輩とミナモ。
「こりゃ、ロクでもねえ解体ショーだな」
橘先輩がにやけながら、私たちを見上げている。
“30 seconds left”
「あああああああ!」
喉が枯れるほど叫ぶ。
球体を激しく切り裂く。
その傷を埋めるように、どんどんと小さい塊になっていく化物。
削りカスのように、激しく舞い散る粒子。
“10”
“9”
“8”
小さくなった球体へ、再度飛びかかり、
エンジンカッターを押しつける。
ブウウウウウン!!
ギャリギャリギャリ!!!
「月へ帰れえええええええええ!!!」
“5”
“4”
“3”
“2”
“1”
“0”
“Time limit reached“
舞い散る粒子が、あたり一面を覆う。
ストンと着地する私。
ドッ、ドッ、ドッ、
アイドリングするエンジンカッター。
「…かぐや姫を倒した?」
ミナモが舞い散る粒子を見上げる。
「ええ…」
頷いてエンジンをカチンと切る。
「…う、うわー! やったー!」
私に抱き着くミナモ。
「こら、危ないって」
カッターの刃が、ミナモに当たらないように気をつける。
びっしょりと汗で濡れたミナモ。
温かい体温。
私の頬も汗が流れる。
葉山先輩が空を見上げる。
「ふいー、お迎え来たみたいだぞ」
上空を横切るアヴァロンが、桜の花びらを舞い踊らせる。
※ありがとうございました。
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よろしくお願いします。