第一章 第三節 震える手をつないで
「本日付けで西日本方面Z.A.Λ.(ザーエーアー)対策室、特別対応隊に配属になりました。河嶋ミナモです!」
育成施設で私を見つけては、
声をかけてくれた、元気で明るい女の子。
相変わらずの笑顔と、キラキラとした瞳。
懐かしくて、私も自然と笑顔になる。
「わあ、久しぶり! ミナモもここに来たんだね」
駆け寄っては、ミナモの手を取る。
「うん! 名簿にハルカちゃんの名前があって、探しにきたんだ! 元気?」
「元気…、だけど、この2か月。色々ありすぎたかな」
「そっかー。ハルカちゃんのこと、誰に聞いてもあんまり知らなくて、心配してたよ!でも、元気そうでよかった!」
「あ、うん、なんとかね」
虹色の化物を目の前にしたことや、鬼塚先輩のこと。
今は思い出さない方がいいかもしれない
新人は初戦で死ぬことが多いからな。
葉山先輩はそう言っていた。
そんなところに、よく知った人が来てしまった。
ミナモの笑顔に、戸惑いを覚える。
「河嶋ミナモです!ご指導よろしくお願い致します!」
「ああ、こちらこそな」
「よろしくー」
警戒待機室に集まる私たち、
水野先輩は壁に、葉山先輩はソファーの背にもたれかかる。
橘先輩に至っては、椅子に腰かけ、新聞を読みながら片手を上げるだけ。
ミナモを見てもいない。
私はミナモのすぐ後ろから、その様子を見守る。
挨拶を終えたミナモを、端っこの椅子へ案内する。
橘先輩の横顔をミナモがジーっと見ている。
「ちょっと……。なんか、こわいね」
ミナモがひそひそと私に耳打ちする。
「まあ、ね…」
返答に困る。
「河嶋、出撃の流れを教える、ここへ」
水野先輩がソファーに囲まれたテーブルへミナモを呼ぶ。
テーブルの端の小さめのソファーに水野先輩、その斜めにミナモが座る。
私もミナモを挟むように隣に座る。
「出撃のサイレンが鳴ったら、モニターにZ.A.Λの観測情報が出る。それで場所を確認したらすぐに出撃。遅くても15分でアヴァロンが飛び立つ。非番でも出撃は強制だ」
「う、うん…」
ミナモは緊張した顔をしている。
水野先輩は淡々と話を続ける。
橘先輩は私たちに興味がないのか、新聞を顔にかけて寝ている。
窓からの昼間の光が差し込み、私の頬にあたる。
陽気な春の兆し。
ミナモがいることで、この部屋の息苦しさも和らいだ気がする。
「以上だ。何か質問はあるか?」
「あの、常に出撃待機ということは、お休みもなしですか?」
「シフトで非番を持ちまわる。だが、サイレンが鳴れば、寝ていてもすぐに起きてこい」
「そんなぁ~」
溜息をつくミナモ。
新鮮だな。
私の口角が少し上がる。
「常時警戒状態か、耐えれるかな…」
水野先輩の話を聞き終わり、ミナモと端っこの椅子で並んで座る。
「そうだね。私もまだ慣れないかな…」
読みかけの本を手に取り、ぺらっとめくる。
ミナモが私の耳に口を近づける。
「ねえ、ハルカちゃん。今晩、二人とも非番なんだよね? 一緒に寝ていい?」
コソコソと言うミナモ。
「え? …うん、いいよ」
「よかった」
ちょっと恥ずかしそうなミナモ。
慣れないところに来て、不安なのかもしれない。
私はまた本に目を移す。
深夜の基地は、昼間とは違って、シーンと静まり返っている。
この庁舎には、今もたくさんの人がいる。
静かすぎて忘れてしまいそうになる。
小さいベッドに、くっつくように二人で入る。
ミナモの顔が近い。
私は目をつむる。
疲れていたのか、すぐにウトウトとし始める。
「ねえ、ハルカちゃん。かぐや姫って、怖いの?」
顔の前でミナモがささやく。
「こわいよ。とても…」
「ハルカちゃんは、かぐや姫を倒したんだよね?」
「私じゃない…。先輩達だよ…。私は生き残るのが精いっぱい」
「そっか。ねえ、私もかぐや姫を倒せるかな?」
「うん…。多分ね…」
鬼塚先輩が崩れるビルの中に消えていったことを思い出す。
「次はいつか、わからないけど…。無理はしないで…。二人で生き残ろうね…」
「…うん」
私の意識は、夜の暗闇で途切れる。
ウウウウウウウウウウウ!!!
昼前の警戒室に鳴り響く、大きなサイレン。
「え、何!?」
ミナモが驚いたようにキョロキョロと見まわす。
「来た…」
私は読みかけの本を閉じる。
ドクンドクンと心拍数が上がっていくのを感じる。
警戒室の外も、慌ただしく叫ぶ声や、足音が駆け巡る。
橘先輩が警戒室のモニターを睨む。
モニターに粒子濃度マップが表示される。
どうやら、次は比較的近い場所。
神戸市の東側辺りが私たちの戦場になるらしい。
「…灘か。まだ余裕がある、有瀬、河嶋の支度を整えろ」
私は確認するように、橘先輩を見る。
「ミナモは、まだ来たばかりです。行くんですか?」
「お上の連中は、こっちの状況なんて気にしちゃいない」
不安そうなミナモの顔。
首輪の小さな電球が、赤く光っている。
“行け”と言われているのだ。
私たちに拒否権はない。
「わかりました。ミナモ、ついてきて!」
「う、うん!」
部屋を飛び出し、私たちの出撃機、アヴァロンへ走り出す。
ミナモは不安そうについてくる。
誘導員に指示され、アヴァロンへと乗りこむ。
すでに機長たちが乗り込んでおり、点検を始めている。
アヴァロン内には、何本もの銃器が整備された状態で詰められている。
水野先輩が自分の銃を取って確認を始める。
どうしていいのか迷うように、きょろきょろとしているミナモ。
壁にかかる銃器を取り、ミナモを見る。
「これ、使えるよね?」
私はミナモに、小さいマシンガンを渡す。
「あ、うん! 施設の訓練と同じものだね!」
「そう。確認して」
「うん!」
慣れた手つきで銃の確認を始めるミナモ。
落ち着いて見える。
私も自分の銃をとり、点検を始める。
「大丈夫だよね…。ミナモだって、何年も施設で訓練してきたんだから…」
自分に言い聞かせるように、小さくつぶやく。
少し遅れて橘先輩が、ゆっくりと歩きながら乗り込んでくる。
それに続くように、イライラした様子の葉山先輩も。
「あー、もう! 気分よく寝てたのによ!」
一番先頭の席に、葉山先輩がドサっと座る。
アヴァロンのプロペラが唸りを上げて、風を切り始める。
「出るぞ! いいか!?」
パイロットが橘先輩を見る。
橘先輩は、すぐに返事をせず、ミナモの様子を見ている。
「…ああ、行ってくれ」
ぶっきらぼうに返事をする橘先輩。
間髪入れずに、激しく揺れる機体。
私たちは神戸へと飛び立った。
”On your mark”
後部のハッチが開く。
激しく風が流れ込んでくる。
「あー、もう着いちまったな…」
そういって、葉山先輩がヘルメットにくるまれた頭を、ポンと叩く。
「行こう」
「へいへい」
飛び出す水野先輩。
続けて葉山先輩も飛び降りる。
のそのそとハッチに向かう橘先輩。
「河嶋、有瀬、よく聞け。たいがいの奴が初戦か、よくても二回目には死ぬ。新人の名前なんざ、覚えるだけ無駄だ」
橘先輩がミナモを見る。
「死ぬなよ」
飛び降りていく橘先輩。
初戦のミナモ。
二回目の私。
私はミナモを見る。
ミナモも私を見ている。
「…いくよ。ミナモ」
「…うん」
ハッチへと走り出す。
また膝が震えている。
しっかりしろ。
今日はミナモがいるのだ。
比較的低高度からの滑空。
背中のフライトユニットが、自動的に戦場へと誘導する。
ヘルメットの後ろの、小さな羽が風を切る。
「足を地面に!」
「うん!!」
何かに優しく掴みあげられたみたいに、減速して着地。
前と同じように、着地時にバランスを崩して倒れる。
「落ち着け…。落ち着け!!」
私は四つん這いで振り返り、ミナモの姿を確認する。
ミナモも、同じように手のひらを地面につけていた。
「はあ、はあ、よし、行くよ」
「うん。はあ、はあ」
息も絶え絶えにヘルメットを外す。
滝のような汗が頬をつたう。
身体は正直だ。
「走れ!」
先に降りた水野先輩の叫びに急かされる。
広い道路に並ぶ軍の車両。
私はまた、戦場に来てしまった。
“Thirty minutes”
「いけるか? 河嶋」
「いけます」
ガチャガチャと銃器の点検をする水野先輩。
不安そうな顔で、銃を点検するミナモ。
「怖いかもしれないが、俺と有瀬の後ろに着け。有瀬、河嶋のサポートを」
「はい、わかってます」
私たちを乗せたトラックは海辺のハイウェイを上り、高い場所へ進んでいく。
潮風の匂い、空高く漂うトンビ。
「まだ全然寝てなかったのによー」
「寝不足だからって、屋根から足を踏み外すなよ。ただでさえ人手不足だ」
「はいはい、余裕だっての」
相変わらず橘先輩と葉山先輩は、ぶつぶつと言いあっている。
「あの…。先輩たちは、何度もかぐや姫を見てるんですか?」
点検を終えたミナモが葉山先輩を見る。
「まあ、数年もいれば、それなりにな。水野やオッサンなんて、覚えきれないぐらい見てんだろ」
ミナモと私は、水野先輩へ顔を向ける。
何も言わない水野先輩。
「…そんな話はいい。地形の説明を行う。アヴァロンでやるには、ここは近すぎた」
水野先輩は肩のライト型プロジェクターを、トラックの床に投影する。
「ここで空間崩壊が起きりゃ、繁華街の方まで一帯が壊滅だな」
「…失敗したときの話は後にしておけ。予想ポイントは、低いビルの並びはあるが、多くが一軒家の住宅地だ。まだ出現時間に余裕がある。最短距離までこいつで向かって、目前で待ち伏せる。出現と同時に集中砲火。一気に叩く」
頷く私とミナモ、そして葉山先輩。
橘先輩は聞いているのかいないのか、流れる景色を見ている。
“Forty minutes”
「各自持ち場に」
住宅地の中、広い道路へトラックが止まる。
荷台から飛び出し、走り出す私たち。
シンと静まり返った住宅地。
細い路地で、ミナモと並んでしゃがみ込む。
50mほど向こうに水野先輩の背中が見える。
「ハルカちゃん。大丈夫だよね? 私」
「大丈夫…。この場所なら、化物が現れるのが見えるから、粒子と共鳴したら撃って」
「うん…」
“Fifty minutes”
銃を握るミナモの手が震えるのがわかる。
ミナモの手の甲に、私の手のひらを重ねて握りしめる。
時間が長く感じる。
早くこの時間が過ぎてほしい。
いや、なんなら止まってくれても構わない。
ミナモの手を強く握りしめる。
こうしていると、わからなくなる。
ミナモの手が震えてるのか、私の手が震えているのか。
「ハルカちゃん…」
ミナモが私に顔を向ける。
私はうつむいたまま。
ミナモの目を見ることができない。
“Fifty-seven minutes”
「構えろ!」
水野先輩が叫ぶ。
私はパッと手を放して、出現予想ポイントへ銃を向ける。
銃がぶるぶる震える。
深呼吸しろ。まだ時間はある。落ち着け!
震えよ、止まれ!
“Fifty-nine minutes”
私たちの周囲が、ふんわりと淡く輝き始める。
下唇をギューっと噛みしめる。
「――っ!」
強く噛みすぎて、唇が切れてしまいそうだ。
”One hour”
ばぁああああああん。
前方で何かが弾けたような、強い光。
眩い光で、前が見えない。
とっさに腕で顔を覆う。
「ミナモ! 水野先輩!」
存在を確認するように叫ぶ。
ズキン!
突き刺すような胸の痛みを感じる。
かぐや姫に狙われている!
「痛っ!?」
「まずい!!! 飛んで!!!!」
「…えっ?」
何が起きたか、わかっていないようなミナモの声。
無我夢中でミナモに抱き着く。
ザザーと、二人してアスファルトを滑る。
ァアーーーーー
「はあ、っはあ、はあ…」
私の足元30cmぐらいの所に、
一人は軽く飲み込めるぐらいの、太い光線が突き刺さっている。
「な、なに…?」
私の下敷きになっているミナモが、青白く輝いている。
ブルブルと震えているミナモの感触が、私の腕に伝わってくる。
“Seven minutes left”
死神が時間を数え始める。
ぐいっとミナモの腕をつかみあげる。
「走って! 走って!!」
ミナモの腕を引っ張って、ヨタヨタと走り出す。
淡く光るミナモの腕。
住宅地の路地を、家々の塀に隠れるように進む。
屋根の向こうに見える、虹色の化物。
ガガガガガガと、
四方から銃撃音が鳴り響く。
うっすらと漂い始める火薬の匂い。
それが、私たちの生き残りを賭けた、試練が始まる合図。
※ありがとうございました。
ブックマーク、ポイントを付けて頂けると励みになります。
よろしくお願いします。