第六章 第四節 天の羽衣
“Two minutes left”
「有瀬…、どけー!」
有瀬の身体を通して、重い衝撃が何度も伝わってくる。
気を失っているのか、ぐったりとしている。
覆いかぶさる有瀬をどかそうとするが、
激痛が全身に走る。
力が出せない。
「く、くそおおお!」
有瀬の背中に腕を回す。
腕に光線がぶつかる。
金属で殴られるような痛み。
「ぐ!」
目の前を光線が飛び交っている。
何とか有瀬をどかそうと身体をよじる。
「有瀬ぇ!! 起きろー!!!」
そのとき、突然、有瀬の身体の輝きが強まる。
重かった有瀬の身体が、徐々に軽くなる。
「あ、有瀬…?」
有瀬の身体がゆっくりと浮かび上がる。
浮かび上がる有瀬が俺から離れていく。
身体に力を入れ、何とか上体を起こす。
宙に浮かぶ有瀬に、化物の光線が集中する。
化物の光線が当たるたび、有瀬の輝きは強くなる。
「有瀬―!!」
ばああああああんと、弾けるような強い光が、
有瀬の身体から放たれる。
アアアァァァァァァー!!!
眩い光の中に有瀬の姿を確認する。
黒い戦闘服の上から、
帯の締まっていない着物のような、
ローブにも似た光の衣をまとっている。
「あ、あり…せ…か?」
化物から放たれる光線が有瀬にぶつかる。
有瀬に当たる直前で、光線が粒子のように弾ける。
弾けた光の粒子は、有瀬のまとう衣に吸収されるようにまとまっていく。
「なにが…、どうなってる…」
周りを見回してライフルを探すが、どこにも見当たらない。
必死に上体を起こして、何とか膝立ちする。
浮かび上がる有瀬を見る。
直立するような姿勢で、ふわっと浮かんでいる有瀬。
「有瀬…、有瀬ぇええ!!!」
ブロロロロロ!!
アヴァロンが轟音を立てて空を飛ぶ、
「もうすぐ、名古屋だぞ!」
塩見機長が叫ぶ。
「さーて…、俺らもいっちょ、かますか」
葉山先輩が壁に固定されたフライトユニットを背負う。
すでにフライトユニットを背負ったまま待機しているミナモ。
「塩見さん。ハルカちゃんたちは?」
「わからん。今は信じるしかないぞ」
「うん」
のそっと座席から橘先輩が立ち上がり、
ミナモの隣で、フライトユニットを背負い始める。
「大丈夫だ。まだ死んじゃいない」
「わかるんですか!?」
「いいや、ただの勘だよ」
「勘…、ですか…」
ミナモがうつむく。
「ああ、だが俺は、その勘を頼りに何年も戦場で生き抜いてきた」
「え…?」
「今日ここでは、あいつらは死なない。俺たちもな」
「うん…」
「河嶋、信じてみるか? 俺の勘を」
「信じる」
「いい子だ。行くぞ!」
橘先輩がガチャンとフライトユニットを壁から外し、
ヘルメットをかぶる。
「ハルカちゃん、…行ってきます」
ミナモもフライトユニットを壁から外す。
“ありせー”
水野先輩の声がうっすらと聞こえる。
視界がぼんやりとする。
周りを飛び交う、光の光線。
私を取り囲む、輪っかのような光る化物。
「…かぐや姫を倒さないと」
痛みが走る全身。
上手く上がらない腕を見る。
ライフルは持っていない。
「武器…どこだ…」
ぼんやりと周りを見る。
ライフルは近くに落ちていない。
重たい腕を化物の方へ向ける。
「武器さえれば…」
上げた腕の周りに光の粒子が集まってくる。
幾つかの丸い光の玉が作られはじめる。
「なんだ…これ?」
武器はどこだ。
周りを見渡す。
ライフルが見当たらない。
全身が痛くて、
もうなんだか、色んなことが面倒に思えてくる。
ふと大きな満月が目に入る。
大きなウサギのようなクレーター模様。
「うさぎ…。ウサギがいい。いっぱいのウサギが化物をかじって倒すとか、いいかもしれない」
腕の周りにできた光の玉が、ウサギのような形に姿を変える。
「もっとだな、もっと、いっぱい要るな…。いっぱい居ないと倒せない」
私の声に連動するように、腕の周りに粒子が集まっては、ウサギに似た光の玉を作り出す。
「いいな。いっぱいできたな…。そうだ。君たちが私の武器。かぐや姫をかじりつくす。これが私の武器」
たくさんの光線が飛び交う中、輪っか状の化物を見る。
「行け…、かじりつくせ…」
腕の周りのたくさんの光の玉が、輪っかの方へ飛んでいく。
光の玉が、輪っかに張り付くように飛び回り、
削って粒子にさせる。
「有瀬? なんだ、どうなってる…」
俺はなんとか立ち上がる。
周りを囲む光の化物が、有瀬から放たれた光の玉に削られていく。
“One minute left”
俺たちの周りを一周するように、
粒子を舞い上げながら化物が削られていく。
「どうなってる…」
有瀬から放たれたいくつもの光の玉が、
ガリガリと勢いよく、細長い化物を崩していく。
細長い化物の体から、何本もの細い光線が、有瀬に放たれる。
光線は、有瀬にぶつかる手前で粒子のように弾ける。
ガリガリガリ
光の玉が化物を半周して、輪っかだった化物の半円が残る。
“30 seconds left”
光の玉が、化物を削っていく。
化物は諦めたように光線を出さなくなる。
5m程度の宙に浮いたままの有瀬。
“10”
“9”
“8”
“7”
“6”
光の玉が、俺たちの周りを一周するようにして、化物を削る。
残り僅かの化物の姿。
“5”
“4”
“3”
“2”
光の玉が周りを1周し終える。
化物は完全に削り取られ、周囲には光の粒子が舞う。
“1”
“0”
“Time limit reached“
「あ、有瀬…」
有瀬を見る。
粒子をまき散らしながら、ゆっくりと降下してくる。
ヨロヨロと側に駆け寄る。
有瀬がまとっていた光の衣が、
粒子となってほどけていく。
つま先が地面に当たると、ぐらっと有瀬の体勢が崩れる。
「有瀬!」
ガシっと、有瀬の身体を抱える。
ぐったりとしている有瀬。
意識がない。
僅かに上下する胸の動きで、
生きていることはわかる。
周りを見回す。
舞い散る粒子。
飛び交う粒子は、少しずつ消えていく。
有瀬や自分の身体から発せられる青い光もうっすらと消えていく。
次第に粒子の光が消え、月明かりだけが残る。
「兵庫の空間崩壊は、確認できたか?」
会議室で、三隅大臣がうな垂れながら職員に尋ねる。
「い、いえ…空間崩壊は起きていないとのことです」
大臣たちは驚いて職員たちを見る。
「Z.A.Λの予兆が間違っているのか?」
新垣副大臣が職員に詰め寄る。
「わかりません…」
三隅大臣が険しい表情になる。
「しばらく、空間崩壊の範囲内に立ち入らせるな。様子を観察しろ」
「はい…」
「…この状況、どう考える? 桐ケ谷君」
私は唇と人差し指でトントンとする。
「…阻止したのでしょう。適合者が、空間崩壊を」
ざわざわと男たちが騒ぎ始める。
三隅大臣も驚いた様子。
「現地の軍に確認させろ。適合者は生きているか?」
「はい、すぐに…」
職員が額の汗をぬぐう。
「ま、まもなく名古屋市内に光体が発生します」
「わかった。兵庫は確認しだい報告しろ。名古屋はどうなってる」
「西日本対応隊が到着しています」
「よし。東日本の対応隊も急がせろ!」
三隅大臣がこちらをチラっとみる。
私は目をそらし、唇を人差し指でトントンと触り続ける。
「こちら、西日本対応隊、水野だ! かぐや姫を倒した! 回収を急いでくれ! けが人がいる!」
インカムに怒鳴り続ける。
「水野、先輩」
地面に寝かせた有瀬が目を覚ます。
「有瀬! 大丈夫か?」
「痛いです。全身」
「ああ、そこで動かずに待ってろ!」
「はい…」
“対応隊。無事か 今そちらに向かう”
インカムから声が聞こえる。
「ああ、急いでくれ」
通信を終えて、有瀬の側で膝をつく。
「かぐや姫は…?」
「かぐや姫はお前が倒した」
「私が…?」
「覚えていないか? 安心しろ、もういない」
「良かった…。ランチ、奢ってくださいね…」
有瀬はまた目を閉じる。
「ああ、また今度な…」
チヌークのプロペラ音が遠くから聞こえてくる。
“Fifty-seven minutes”
ミナモたちが、白い電波塔の周りで銃を構えている。
ギューっとライフルを握り締めるミナモ。
「ハルカちゃん…。無事だよね…?」
ぽつりとつぶやく。
隣の柳原さんが、小さく頷く。
「大丈夫。信じてるよ。私たちも生き残ろう」
“あー、河嶋! 聞こえるか!”
インカムから市川副機長の声がする。
アヴァロンは遠くに待機しているようで、姿は見えない。
「はい! 河嶋! 聞こえてます!」
“あー、有瀬と水野、ふたりの無事を確認したと連絡があった”
ミナモと柳原さんが目を合わせる。
驚きと喜びの入り混じる笑顔。
「………や、やったー!!」
飛び跳ねるミナモ。
葉山先輩がミナモに向かって親指を上げる。
柳原さんは、目じりをぬぐう。
“喜んでる場合じゃない! 次はこっちの番だぞ!”
「うん!!」
葉山先輩がライフルを真っ直ぐに構える。
「はー、そうとわかりゃ、こっちもとっとと済ませて帰ろうぜ!」
「うん!」
「はいっ!」
柳原さんの嬉しそうな返事。
「おっさん! おっさんが行かなくてよかったな! おっさん一人だったら、ぜったい死んでたぜ?」
葉山先輩が橘先輩を横目で笑う。
橘先輩が鼻でふっと笑う。
「ぬかせ…。お前ら、戦闘が始まる前に、一言だけ言わせてくれ」
みんなが橘先輩を見る。
橘先輩がすぅーっと息を吸う。
「ぶっ飛ばせ! かぐや姫も! ろくでもない現実も! 何もかも全部押し付けてきやがるクソみたいな世界も! 気に食わねえ奴は、みんなでぶっ飛ばせ!」
「おう!!」
「うん!!」
「はい!!」
”One hour”
ばああああああああああん!!!
光の中にみんなが包まれる。
「名古屋に出現した光体の消滅を確認しました」
「よし…」
ふうーっと溜息を三隅大臣が吐く。
男たちがざわざわと話し始める。
皆一様に安堵の表情を浮かべる。
私は大臣の冷めたお茶を淹れなおす。
「お疲れ様でした。三隅防衛大臣」
「ああ。もう二度と、今日のようなことは御免だな」
疲れた顔の三隅大臣がズズッとお茶をすする。
「結果論だが、兵庫の空間崩壊も起きていない。君の判断が正しかったことになるな」
「いいえ、これほどの結果は想定しておりませんでしたわ」
「そうか。私もだ。なぜ2人の適合者で空間崩壊が阻止できたか、理由を考えられるかね」
「…対応した適合者が、…優秀だったとしか思えませんわね」
「そうか…。一人の適合者が戦局を左右するほどとは思えないのだがな…。考えをあらためる必要があるかもしれんな」
「そうですわね…」
三隅大臣が私を見る。
「今回のことでよくわかった。空間崩壊の頻度は増え続けている。今後も同時多発的に発生する可能性はある。理想論では、国民は守れないのだ」
私は少し首をかしげて、大臣を見る。
「どうなさる…、おつもりですか?」
三隅大臣は机のほうを真っ直ぐに見る。
「これまで、公けにしないよう努めていたことを、しっかりと世間に公表しよう。国民ひとり一人が、自分の判断で考えられるように」
「よろしいのですか…?」
「ああ。遅かれ早かれ、いずれ問題になることだ。誰かが責を負わねばな」
三隅大臣がゆっくりとうつむく。
“かぐや姫の発生に伴い、陸上防衛軍の派遣基準の見直しが可決されてから、一週間が経過しようとしています。一部の地方小規模自治体では派遣の打ち切りが正式に決まり、住民の間に不安と混乱が広がっています。都市部への移住に向けた補助金制度の検討も進んでおり、転出を検討する世帯も増えつつあります”
二藤陸佐の部屋で、橘先輩がズズっと紅茶をすする。
「三隅大臣は辞任か?」
二藤陸佐も向かい合ってティーカップに口をつける。
「ああ、だが与党内には残られるようだ」
「はっきりせんな、辞めればいいものを」
「そういうな。長期政権だ。良く知るものが必要だろう」
橘先輩が背もたれにボフっと倒れ込む。
「かくして俺たちの出撃ルーティンは元に戻った。元々見捨てられていたところを、見捨て続けると決めただけだ」
「ああ、だが明確になった以上、世間の混乱は避けられん」
「知ったことか。俺たちはこれまでと変わらず、何処へでも行けと言われれば、行くだけだ」
橘先輩が天井を見上げる。
“ハルカちゃん 元気?”
あれから空間崩壊はおきてないけど、次はいつ起きるのか、心配で眠れません!
4人だけじゃ不安だよ。早く元気になってね! 待ってます!
病室でミナモからの手紙を読む。
相変わらず可愛いシールが張られている。
涼しい風がカーテンを揺らす。
秋が近づいている。
松葉杖を手にし、病室を出ていく。
廊下をヨタヨタと進んで、水野先輩の病室の前に着く。
こんこん
2回ノックを鳴らす。
返事がない。
「水野先輩。いらっしゃいますか?」
ドアをスライドさせる。
誰もいない病室。
「あ、あの、この病室の水野カズキさんは?」
近くを通りかかる看護師に尋ねる。
「ああ、来客がいらしているみたいですよ」
「来客…?」
誰もいない病室を眺める。
「珍しいな。こんな所まで」
「個人的な知り合いのお見舞いよ。不思議ではないでしょう」
病院のテラスで水野先輩と桐ケ谷さんが、コーヒーを飲んでいる。
「出撃システムを元に戻したのか」
「ええ、三隅元防衛大臣の強い後押しでね」
「現実的な判断だろ」
「悔しくはないのかしら。過疎地域の出身として」
「悔しいさ。だが、空間崩壊は増え続けている。適合者が全てのかぐや姫を倒し続けるのには限界がある」
「そうね、いずれ破綻していたわ。でもこれで都市部への一極化は加速する。人が少なければ、かぐや姫が現れても助けが来ないとわかったのだから、更に住民は流出し、周辺のインフラは撤退していく。どこの地方も維持できなくなるのは時間の問題よ」
「ああ」
「第一次産業は衰退。農家は自主的廃業を余儀なくされ、国内の食料自給率も指数関数的に下がっていくわ。いずれ物価が上昇していくのも避けられないわね」
「そうかもしれないな」
「元大臣は、切り捨てられている人達へ事実を伝え、自主的な判断を促した。その上で、適合者の制度を維持し、空間崩壊対策を現実的な範囲に抑えたの。維持可能な防衛ラインの上で、長年続けられた腐敗の責任を果たそうとしたのよ。でもそれは、結果的には、ゆっくりと国が衰退していくだけよ」
桐ケ谷さんがコーヒーに口をつける。
「国が衰退していくのは、お前が望んでいることじゃないのか?」
桐ケ谷さんの口元がニヤっと笑う。
「まさか。私も議員よ。国を維持することを一番に考えているわ」
水野先輩が空を見上げる。
「相川、これから有瀬はどうなる?」
「そうね。記録では、有瀬さんの粒子反応率は、あの日、一時的な異常増加を示していた。そのときのこと、本当に覚えていないのよね?」
「戦闘中は無我夢中だ。些細なことは気にしてもいない」
「あらそう。国外の機関が有瀬さんを調べたがっているわ。今は一時的な通信不良ということにしているけれど、いつまで黙っているかしらね」
「それは避けたいところだ。守ってくれ、相川」
「さあ、どうしようかしら」
桐ケ谷さんがふふっと笑う。
「退院おめでとう! ハルカちゃん!」
「有瀬さん、おめでとうございます」
警戒室に入ると、ミナモと柳原さんが小さな花束をくれる。
「ありがとう。有瀬ハルカ、戻りました」
「おう」
葉山先輩が振り返って手を振る。
橘先輩を見る。
新聞を見ながら、手をヒラヒラとさせる。
私は軽く一礼する。
「有瀬、お前はしばらくシフトから外れてる。養生しろってさ」
葉山先輩が小さいタブレットをポチポチと見ながら言う。
「わかりました」
周りをキョロキョロと見回す。
「あの、水野先輩は?」
「ああ、偉い奴らが来てるんで、見に行ってるみたいだ」
「偉い人?」
ミナモと柳原さんに目をやる。
二人ともキョトンとしている。
「二藤一佐。苦労を掛けるね」
「いやいや、新垣防衛大臣。遠い所、御足労をお掛けいたします」
応接間で、二藤陸佐と新垣防衛大臣が挨拶をかわす。
紅茶のセットを二藤陸佐が持ち込んでいる。
「紅茶でよろしいですかな?」
「ええ、もちろん」
「桐ケ谷君も紅茶でいいかな? いや、失礼、桐ケ谷防衛大臣政務官」
「お気遣いは不要ですよ。二藤陸佐」
桐ケ谷さんがふふっと笑う。
水野先輩を探してグラウンドの方まで来た。
昼間の芝生で寝転ぶ先輩の姿を見つける。
「水野先輩」
「有瀬か…。今日が退院だったな」
「はい」
私も同じように芝生に寝転ぶ。
さーっと吹く風が芝生を揺らす。
「先輩、私、あの時のこと、どうしても思い出せないんです」
「そうか…」
「どうやって、かぐや姫を倒したのかも、何が起きていたのかも」
「焦ることはない。いつか思い出す日も来るだろう」
「教えてくれないんですか?」
「俺もよく覚えていない」
水野先輩が目をつむる。
「うそ…、ですよね?」
「さあな」
「あの、水野先輩」
「なんだ?」
「ランチ、まだ奢ってもらってません」
水野先輩がふっと鼻で笑う。
「そうだな…。まだ営業時間だ。腹は減っているか?」
「はい」
「いいだろう、閉まる前に行こう」
「あの…」
「なんだ?」
「ディナーも、…ですよね?」
「わかった。予約しておいてやる」
「約束ですよ」
「ああ」
晴天の日に風が吹く。
雲一つない青空は、とても深く、綺麗で、底が見えない。
※お読みいただき、ありがとうございました
※ありがとうございました。
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