第六章 第三節 豊穣の夜
アアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!
すぐ目の前で化物の歌声が聞こえる。
虹色に光る化物が、視界一面を覆うほどに距離が近い。
“Seven minutes left”
青白く輝く私たち。
水野先輩が2丁のライフルを両手で構える。
「撃て!」
ガガガガガガガ!!
ガガガガガガガ!!
2丁のライフルが青く光る弾丸を放つ。
私もライフルのトリガーを引く。
やかましく振動しながら、弾が放たれる。
ズキン!!
胸を突き刺すような痛み!
狙われている!
「左へ飛べ!!」
「はい!」
ぐんっと地面を蹴って、高く飛び跳ねる。
私の直ぐ隣に水野先輩も飛び上がる。
飛び交う細長い光線。
ズキン!!
空中でまた胸が痛む!
「俺の腕を蹴り飛ばせ!」
水野先輩が腕を曲げて、ぐっとこちらに突き出す。
「はい!」
ダンっと水野先輩の腕を、遠慮なく力いっぱい蹴る。
私はその場から、更に飛び上がり、
水野先輩は突き落とされるように落下していく。
私たちの距離が離れる。
シュバっと化物から放たれた光線が、
二人の間を通り、私の足元の先をかすめるように空を切る。
落下しながらライフルをガガガガガと連射する。
目の前で、壁のように反り立つ化物から、バアっと粒子が舞い上がる。
ズキン!
また胸の痛み!
地面に着地した水野先輩へ、手を伸ばす。
「水野先輩!!」
水野先輩は、片手のライフルを捨て、
私に向かって飛び上がる。
空中で私の腕を掴んで、グイっと持ち上げる。
足元を化物の光線が通る。
二人とも空中で身体をひねり、
化物へ向き直る。
ガガガガガと二人のライフルが斉射され、
落下しながら、化物の表面を削っていく。
ズサッとあぜ道に着地する。
「ふう、ふう」
戦闘開始僅かだが、もう息が上がっている。
水野先輩は落ちていたライフルを拾い上げる。
「飛び越える!」
「はい!」
水野先輩が高く飛び上がりながら、2丁のライフルを斉射する。
私も化物を飛び越えるように、
水野先輩のすぐ後をついて飛び上がる。
目の前は高い、化物の壁。
“Six minutes left”
ガガガガガガとライフルを斉射する。
化物の表面が粒子となって、ぼろぼろと崩れていく。
目の前は、ぶわっと舞い上がる光の粒子で包まれる。
”Forty minutes”
「ハルカちゃんたち…。戦闘、始まりましたよね?」
飛行中のアヴァロンでミナモがつぶやく。
市川副機長がミナモに振り返る。
「ああ、出現時刻だ…」
「うん…。大丈夫だよね…」
ミナモの声が震える。
橘先輩が横目でミナモを見る。
「河嶋、願ってみろ。有瀬達も、俺たちも、無事に戻れるようにとな」
「…うん」
柳原さんがミナモの手を握る。
「そうだよ。私たちも願おう。みんなが、また会えるように」
「うん。私、願うよ。みんなが生きていけるように」
ミナモが柳原さんの手を握り返す。
葉山先輩がその様子を見る。
「馬鹿らしいけどよ。俺も願うわ。お前らが生きてる限りな」
「死なないよ! 絶対!」
ミナモが葉山さんを睨む。
「はは! そのイキだ!」
市川機長がそう言って笑う。
葉山先輩はまた窓の外を見つめる。
「決めたぜ。この制度をはじめに考えた奴ら。いつか、そいつらの目の前で、顔を拝んでやる。それから…、ぶっ飛ばす!」
葉山先輩がパンと拳を鳴らす。
「いいですね! 私も拝みに行きたい!」
「あ、私も行きます!」
葉山先輩が、ミナモと柳原さんを見る。
「いいぜ! 一緒に連れてってやるよ!」
腕を組み、目を瞑っている橘先輩。
「くだらねぇ…が、悪くない」
口元がニヤリと笑う。
“Five minutes left”
いくつもの光線が、化物から放たれる。
空中で宙がえりをするように、後方へ飛び上がる。
山間の広い棚田に浮かぶ、虹色の巨大なかぐや姫。
その姿は、大きなスカーフを肩にかけた女性のような姿。
「はあ、はあ、今日は人の形」
ズキンとした胸の痛みの合わせて、
横に飛んで光線をかわす。
水野先輩の隣にズサーっと着地する。
「動物だったり人の姿だったり…。今日のかぐや姫は、女性らしい形ですね」
「その土地の伝承や、名物、土着の品など。かぐや姫は、その近隣由来の形をとることが多い」
目の前の化物がフワ―っと回転して、私たちの方を向く。
「近くに住む人の想いを、Λ粒子が感じ取っているんだろう。この辺には、石化した女の伝説があった」
「ロマンチックな考察です」
「実際、かぐや姫は光り輝いていて、綺麗だ。見ているだけならな!」
ダンっと水野先輩が化物に飛び掛かる。
私も続いて飛び上がる。
かぐや姫がまとう、スカーフのようなものが、
左右から私たちを包むように襲い掛かる。
水野先輩は腕を広げ、左右に二丁のライフルを向ける。
ガガガガガガと両側のスカーフに銃撃を浴びせて、
破壊しながら、上昇する。
人の顔のような、かぐや姫の頭部。
水野先輩が顔を踏みつけるように蹴って、方向を変える。
化物の細い光線が、水野先輩をかすめる。
私は、化物の顎の辺りを蹴り、
水野先輩を追うように、水平に近い方向へ飛ぶ。
空中でライフルを、化物の頭部へ向ける。
ガガガガガガガ。
私のライフルから、青い直線が放たれ、化物の頭部を削る。
かぐや姫の頭部から、幾千の粒子が舞い上がり、
首から上を消滅させる。
スタンと地面に着地する。
見上げると、首も、スカーフも失ったかぐや姫。
“Four minutes left”
「いけそう…、ですね」
「ああ。生きて帰る。楽観的なんかじゃない。心からそう願っている」
「私もです」
胸の痛みに合わせて、
化物に向かって飛び上がり、太い光線をかわす。
豊かに実った黄金色の田んぼに、丸い穴が空く。
「有瀬! 明日の昼食は、俺が奢ろう! 軍の食堂じゃない、来客向けのレストランで!」
「ランチだけですか? ディナーもお願いします!」
「ああ、なんだって奢ってやる!」
ガガガガガガと左半身に銃撃を浴びせる。
化物の左腕を削り取っていく。
「予定通りに進んでおりますわ。三隅大臣」
「ああ。桐ケ谷君、君も長時間に渡って、疲れているだろう」
三隅大臣のお茶をコポコポとつぎ足す。
「お気遣いありがとうございます」
三隅大臣に笑顔を向ける。
「もう少し。そう長くない時間だ。気を張らねばな」
不安そうな表情の三隅大臣。
「各対応隊の動きはどうだ?」
職員がタブレットで情報を確認している。
「西日本対応隊、第一ポイントは対応中。第二ポイントの到着は、1時50分頃の予定です」
「光体が出現する寸前だな。東日本の対応隊は?」
「はい。到着予定は…、1時55分を回るかと…」
「中部方面軍の動きどうなっている? 住民の避難は済んでいるか?」
「住民の避難は、周辺1キロメートルほどまで、概ね進んでおります」
「芳しくないな」
ふうーっと三隅大臣が長い息を吐く。
私は三隅大臣を見る。
「深夜ですから…。完全な避難は難しいですわね」
「ああ」
「適合者の対応には、問題ない範囲ですわ」
「わかっているが、大都市で空間崩壊が起きたら目も当てられん」
「4名での対応は、セーフティラインです。何度も実績がありますわ」
「そうだな…」
みるからに三隅大臣の表情からは疲労感が滲む。
職員の方をチラっと見る。
「まもなく兵庫では、空間崩壊が起きるだろう。住民の避難は済んでいるのだろうな」
「はい。確認出来る限り、周辺5キロの避難は完了しております」
「そうか…。総理も官邸で待機していらっしゃる。原稿の準備を進めておけ」
「はい…」
職員が集まって、ヒソヒソと相談をしている。
私は外の夜景を見つめる。
関西でフェンス越しに見た、カズキの顔が思い出される。
“相川のことを、まるで兄弟のように思っていた。二人なら何とかなると―”
胸の奥がキュっとなる。
「つまらない感傷に浸るなんて、私もまだまだね…」
ぽつりと独り言をつぶやく。
“Three minutes left”
両腕、そして胸部から上を失ったかぐや姫。
胴体と脚部が一本の柱のように残る。
体中のあちこちから、細長い光線を放っている。
「稲を飛び越えながら足を狙う!」
「はい!」
棚田のあぜ道から、稲を越えて次のあぜ道へ、
幅跳びのように飛び越えながら銃撃を繰り出す。
あぜ道に着地したら、すぐに次のあぜ道へジャンプ。
私たちの飛んだ軌道を突き刺すように、
細い光線が何本も宙を撃ち抜く。
水野先輩の後を追い、
化物の周りを回り込むように飛んでいく。
ぐにゃり。
太い柱のようだった化物の身体が、
細長い一本の長い棒のような姿へと変化する。
「形が変わった!」
長い棒の先端が、ぐにゅっと曲がって向かってくる。
ズキン!
強烈な胸の痛み!!
「有瀬!」
とっさに飛び上がり、それをかわす。
細長い光の化物が、ぐるっと回り始め、
田んぼの上で大きな円を描く。
スタン。
あぜ道に着地する。
私の周りを田んぼごと囲い込むように、
化物が円を描く。
四方を囲まれて青ざめる。
ズキン!ズキン!ズキン!ズキン!!!
胸を突き刺すような痛みが、何度も繰り返される。
「あ、あああああああああ!!!」
細いあぜ道を駆け抜ける。
四方を囲む細長い棒から、
幾千もの細い光線が飛んでくる。
目の前をたくさんの光線が飛び交う。
何本もの光線が交差し、網のように見える。
「うわああああああ!!」
無我夢中で高く飛ぶ。
私が飛び上がった軌道を覆うように、
数えきれない光線が飛び、
私を追ってくる。
ズキン!ズキン!ズキン!!
「あああああ!!!」
「有瀬!!!」
水野先輩が前方の、少し離れたところから飛んでくる。
こちらに向かって、腕を伸ばしている。
私はライフルを投げ出して、必死にその手に腕を伸ばす。
ズキン!ズキン!ズキン!!
「水野先輩!!!」
先輩が私の腕をぐっと掴んで、
乱暴に投げ飛ばす。
私の身体は勢いよく飛ばされ、
化物が描く円の外へと投げ出される。
「せ、先輩!!!」
水野先輩が笑っている。
ドンっと、
細いレーザーが水野先輩を弾き飛ばす。
水野先輩はぐるぐると回転しながら、
田んぼの稲の中に落ちる。
四方から先輩が落ちた場所へ光線が飛ぶ。
先輩がヨロヨロと立ち上がって、
ギリギリで数本をかわすが、
またドンと弾き飛ばされ、稲の中に倒れる。
「う、うわあああああ!!!!」
私は水野先輩に駆け寄ろうと、
また化物が描く円の中に戻ってしまう。
ズキン!ズキン!ズキン!!
水野先輩がいる辺りに、無我夢中で飛び込む。
空中から、倒れ込む水野先輩が見える。
そこへ目掛けて落ちていく。
どさっと先輩の上に覆いかぶさるように落ちる。
「有瀬…」
ぎゅっと先輩を抱きかかえるようにして、うずくまる。
ズキン!ズキン!ズキン!!
「死にたくない! 死にたくない!」
ぎゅーっと水野先輩の身体にしがみつく。
ズキン!ズキン!ズキン!
「うわああああああああ!!!」
ドン!ドン!ドン!ドン!
背中をハンマーで叩かれたような、強烈な痛みが何度も走る。
「う、あ、ああ」
意識が遠くなる。
お母さん。
どこかで見ていますか。
今も私を見てくれているなら、
どうかお願いです。
私を、私たちを、
ここから救ってください。
※次回、最終回 本日同時更新
※ありがとうございました。
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