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羽衣の七分  作者: 剛申
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第一章 第二節 ブリキの缶に眠る

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)



「経過も良好、粒子の反応も以前と同等ですね」


ベッドの上で、ぼんやりと天井を眺めている私。


所々に残る包帯。


「怪我の痛みはいかがですか?」

「…問題ありません」


バストバンドで固定された脇腹をさする。

わずかな痛みが残るが、口にはしなかった。

病院内の生活にも飽き飽きしていた。


「今日で一ヵ月です。あと一週間は付けていた方がいいでしょう」

「はい、わかりました」


軽い礼をして病室を後にする。


あっという間に月日が流れた。

屋上を駆けまわったことが夢のよう。


虹色に光る、眼前の化物。


夢ではない。

頬に残る傷跡がそう言っている。


あの日の戦闘の後、すぐに軍管轄の病院へと移された。

先輩たちの姿も見ていない。



「はい。ええ、そうです。承知致しました。はい」


ナースセンター前で待たされる。


「有瀬さん、ご自分の部屋に戻っているように、とのことです」

「はい、わかりました」




ずっと室内にいたからか、外の日差しに目がくらむ。

ポカポカとして温かい日差しが気持ちいい。


「いち、いち、いちに」

「そーれ!」

「さん」――


私は病衣のまま、軍人が走るグラウンドを通りすぎる。


桜のつぼみがチラホラと開き始めている。

もうすぐ春なのだな。

立ち止まって桜のつぼみを見上げると、

枝の向こうの監視カメラと目が合う。


じーっと見つめる監視カメラの視線。

無言の圧力。

誰かに見られているような気がして嫌になる。




「この子、知りませんか?」

「ミオー!」

「おーい!!」


多くの被災者が身を寄せる体育館。

わが子を探そうと必死な大人たち。


「お母さん!」


「ユミちゃん!!」


抱き合う親子。


ここで待っていれば、母が迎えに来るかもしれない。

子供心にかすかな希望を抱いていた。


体育館の隅で膝を抱えてうつむく。

誰かを呼ぶ声がしては、顔を上げた。


その日も、その次の日も、母は来なかった。


「おかあさん。私ここだよ?」


母のブレスレットが輝いている。



バタバタとした足音を立てて、

警察や、迷彩服の軍人達が避難所に入ってくる。


「こっちだ」

「失礼します。開けてください。」


大人たちの足音が私の目の前に集まる。

顔を上げると、知らない男の人たちが見下ろしていた。


「間違いないか?」

「はい、高い粒子反応です」

「…そうか。お嬢ちゃん。おじさんたちと一緒に来てもらうよ」


大人たちは私の腕を、ゆっくり掴んで歩き出す。


「ご心配なさらずに! 高濃度汚染者の治療的隔離です! 感染するような病気ではありません! ご心配なさらずに!」


わが子を軍人の目から、サッと隠す親。

ヒソヒソとこちらを見ながら話す大人たち。

何か嫌なものでも見るかのような目。


嫌な視線。

変な物なのか、

物珍しいのか、

軽蔑でもしているのか。

誰かの視線。

視線。


私は人の目を見ないようにうつむく。


「あの、お母さんは、生きていますか? 私を探していませんか?」


私はうつむきながら聞いてみる。


「もう、お母さんに会えないんですか?」


誰も何も言ってくれない。

感じるのは、多くの視線だけ。


私は上目遣いで、恐る恐る前を向く。

体育館の入口の向こうには眩しい光。



私は5年間を高濃度汚染者の収容施設で過ごした。


「有瀬ハルカさん」

「はい」

「お客様がいらっしゃいましたよ」

「お客様?」


私の身寄りは母しかいない。

誰だろうか。

まさか母が生きていたのではないか。

有りもしない期待を持つ。


「ごゆっくり」


施設の人は応接間を後にする。

見知らぬスーツ姿の女性が応接間で待っていた。


「こんにちは」

「こんにちは…」

「有瀬さん、この施設の生活は楽しい?」

「…わかりません」

「そう。今日は、あなたに大事なお話があって来ました」

「大事なお話?」


穏やかな女性の目。


「あなたには、かぐや姫と戦う力がある」

「え?」

「多くの人を守れる力が貴方にはあるわ」

「はい…」


女性の顔色を伺う。


「その力をみんなのために使うことは、あなたの義務なのよ」

「義務? 義務って何ですか?」

「しなきゃいけないと、決められていることよ」

「力を使うのは…、義務?」

「そうよ。有瀬さん。かぐや姫と、戦ってくれるわよね?」


母を奪った化物と戦う力が…、私に?

女性は私が返事をするのを、静かに待っている。


「そう決められているなら…」


この身体の何処にそんな力があるのだろう。

あんな大きな化物と戦うなんて、私には想像できなかった。




眩しく輝く、光るものがディスプレイに映される。


「かぐや姫は、物体の接触を一切許さない。消滅するように切り取られる―」


小さな教室。

ほんの数名の生徒。

教えられるのは、かぐや姫との闘い方ばかり。

それが私の日常。


私は中学には行けなかった。


「えー、皆さんはΛ(ラーム)粒子適合者として、選ばれた人です。皆さんにしかできない大切な役目です。」


選ばれたかったなんて思ってない。

私にしかできないことなんて、いらない。


僅かにいた先輩達も、実戦に出るために卒業していった。

彼らは何処へ行ったのか。

鬼塚先輩のような末路を辿ったのか。

教えてもらったことはない。




薄暗い廊下に、窓から白い光が差し込む。

外に航空機が見える。

二つのプロペラが付いたヘリコプター。

先日私が乗った、黒いアヴァロンだ。


扉に手をかけると、自動的に解錠される。

久しぶりの自室の匂いに、違和感を覚えながら窓を開ける。

爽やかな風と、緑の芝。

それを遮るかのような鉄格子。


カーテンの揺れる中、はらりと病衣を脱ぎ捨てる。

黒いジャケットのジッパーを上げ、硬い軍靴につま先を通す。


鏡の前の黒い服の私。

あの日、屋上を駆けた時と同じ姿。

虹色の化物。

崩れていくビル。


左腕のブレスレットがカチカチと震えるのを、右手ですっと抑える。



「出てきたか」


警戒待機室へ入った私。

橘先輩のそっけない横顔。


葉山先輩も、ソファーから頭を反り返すようにして振り返った。


「案外、早かったな」

「はい。つい先ほど。…水野先輩は?」

「まだ寝てるだろ」

「そうですか」



私は、二人と少し離れたところに腰かけた。


「あの……。鬼塚先輩はどうなりましたか?」


私は言いにくそうに口に出す。

橘先輩の眉間に少し皺が入る。


「どうにもなっちゃいない。誰かが死んでも、何も変わらない。いつも通りだ」

「…そうですか」

「適合者の最後なんて、ロクなもんじゃない。鬼塚の遺体も、軍が回収してそれっきりだ」

「……」


葉山先輩が立ち上がって、コーヒーをコポコポと淹れる。


「まあな。ここでは珍しいことじゃないさ。新人は初戦で死ぬことが多いからな。有瀬は運が良かったんだ」

「…そうだったんですね」

「有瀬だけじゃない。俺たちも運がいいと思うぜ。橘のオッサンなんか、何年もここにいるしな」


橘先輩が鼻で笑って、そっぽを向く。

そんな橘先輩を見て葉山先輩はにやける。

コーヒーカップに口をつけて、

ふうーと熱そうな息を吐く


「…鬼塚は運がなかったんだよ」


葉山先輩は窓の外を眺める。


ガチャっと扉が開き、水野先輩が入ってくる。


「有瀬。おかえり」

「ただいま…、戻りました」


軽く会釈する。


「有瀬。病み上がりで悪いが、前回の行動レビューをしたい」


水野先輩は、そう言って棚から資料を取り出し、警戒室を出ていく。

私も水野の後を追う。



「退院祝いだ」


休憩室の隅っこに座る私。

水野先輩が缶コーヒーを渡してくる。


「…どうも」

「共鳴をしたのは、あの時が初めてだったな」

「はい」

「どう感じた?」

「そうですね。確か…、空気が身体を持ち上げてくれるような。フワっとした感覚だった気がします」

「感覚は実戦じゃなければわからない。その感覚を、忘れずに覚えておくんだ」


缶コーヒーのひんやりとした感触が、手のひらに伝わる。


「共鳴はかぐや姫との距離で決まる。離れるほどに、その感覚も、現象も弱くなる。注意しろ」

「はい。施設で習いました」

「そうか。他に何か気になる点はあるか?」


私はモジモジと言いにくそうにする。


「あの、私たち適合者が死んだら、どうなるんでしょうか?」

「どう、というと?」

「私はこの10年。ずっと施設で暮らしていました。母とも会っていません。…多分死んでいると思います」

「ああ」

「私が死んだら、どうなるんでしょうか?」

「…すまない。誰かが死んで、その後どう処理されたかはわからない」

「…そうですか」


水野先輩の表情は変わらない。


「…」

「…」


休憩所に人が集まってくる。

水野先輩が横目でそれを見ている。


「…そうだな。続きは場所を変えてしよう」


そう言って立ち上がる。


外は日が落ち始めており、影が長くなっている。

水野先輩は口を開かず、私の少し前を歩く。

黒い人影を踏まないように、少し離れてついていく。


何棟かを越えて、庁舎の裏の開けた場所に出た。

太い木の一本が、目立つように立っている。


水野先輩がひざまずいて、その木の根元を素手で掘り返し始める。


「あの、先輩、何を…?」


水野先輩は黙って掘り進める。

私は黙って見ている。


地面の少し下に、金属の小さな缶が現れる。

土にまみれたソレを、水野先輩が掴みあげる。


「開けてみろ」

「はい」


私は不思議そうに、缶の蓋をカコッと開ける。

中に入っていたのは、いくつかの写真。

指輪、時計などが雑多に入っている。


「あの…。これって」


はっと、缶の底にある写真に目がいく。

鬼塚先輩が写っている。

これは、あのとき鬼塚先輩が持っていた写真だろうか?

男女二人で肩を寄せ合って笑っている写真。


「先輩…」

「…チームの誰かが死んでも、俺たちが拝めるような墓もない。だから、こうやって、ここに埋めている。いつでも参りに来れるようにな」

「これが、みんな…」


缶の中の“遺品”をまじまじと見まわす。


「俺が知っている奴だけだ。いつか、死んだ奴を思うことがあれば、ここに来ればいい」

「これがお墓なんですね…」

「そうだ。お前も死んだら、この中に入れてやる。安心しろ」


“安心しろ“という先輩の言葉が、なんだか可笑しい。

水野先輩に笑ってみせる。

私の顔は、きっと変な苦笑いだったと思う。


もし私が死んだら、この人は缶に何を入れるつもりだろうか。

何かを入れるなら、母の形見のブレスレットを入れてほしい。

夕方に吹く風が頬を撫でる。




ふうー。

大きく息を吸う。

はぁー。

そしてゆっくりと息を吐く。

胸の筋肉がきつくなり、頬を汗が伝う。

早朝、誰もいないトレーニング室で、

私は淡々とバタフライマシンをやっている。


ぼんやりと、かぐや姫を前にした時を思い出す。

クリオネが翼をゆっくりと動かす姿が、今の私と重なる。

あのときの恐怖。表情が強張る。

応じるように胸の筋肉が締まりながら、またゆっくりと息を大きく吐く。



「ハルカちゃん!」


聞き覚えのある声が響く。

ハッと驚いて振り向くと、見知った顔が見える。

私たちと同じ、黒い戦闘服に身を包んだ女の子。

同じ育成施設にいた、笑顔の可愛いやつ。


「ミナモ!?」


驚きと、嬉しさが混じる。

ミナモは私の方に真っ直ぐに向き、ビシっと敬礼をする。


「本日付けで“陸上防衛軍、西日本方面Z.A.Λ.(ザーエーアー)対策室、特別対応隊”に配属になりました。河嶋ミナモです!」


キラキラとした目。

可愛い笑顔が私を見ている。


※ありがとうございました。

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