表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄  作者: ゲシンム
第一章 善と悪、成長と童心
7/16

初めての戦闘

「そいつ、S級だ」


 押しつぶされるようなギリギリの声をリギラが発する。普段、明るいリギラもこの時ばかりはそんな余裕がなかった。緊張感とは違う、恐怖のようなもの。不安のようなもの。かなり焦っているようにも見られた。それほどまでにS級の悪魔という存在は圧倒的な相手なのだろう。


 六月になり気温も上がり始めたというのにここの空気だけ異様に冷たい。ジメっとした湿気を感じさせない張り詰めるほどの痛いともいえる空気が空の肌を舐める。相対している空本人はこの空気に呑まれず特に恐怖という感情が現れることもないまま、ただ目の前の悪魔を見ていた。


 一方の悪魔も空の方をじっと見つめ、お互いに相手を観察する時間が流れた。空が悪魔を見ていると、目の前の悪魔は口を開いてそこに並んだ鋭利な牙を見せた。


「あー、おいそこの人間とそれに憑いてる天使」


 悪魔は低い声を目の前の人間と付随する天使に発した。悪魔は空に天使が憑いていることに気づいていた。それだけなら普通の人間と同じだが、憑き方が普通の人間とは異なることを把握していた。

 空は言わずもがな、いつもおしゃべりなリギラまでもこの状況において反応を示すことができなかった。


「俺は今あいにくと腹いっぱいなんだ。だから今すぐここから消えるなら特別に見逃してやってもいいぞ」


 悪魔は反応しない二体を他所に、頭を搔きながら諭すように話す。少しぎこちない話し方だった。ここから早く離れてほしそうな物言いだ。余裕そうに振舞っていてもどこか焦りがあるようにも見える。


 言い放つ悪魔の体に、ふとケガが観察された。空は悪魔の傷に気づき、その傷は深いように見えていた。


「チャンスだ。S級は今の空じゃ勝てない。向こうの気が変わらないうちに逃げよう」


 プレッシャーを押しのけてリギラは空に撤退を促す。やはり、焦っているのだろう、リギラの話し方はいつもより口早であった。


「そこの天使は少しばかり賢いようだな」


 空の頭に響いていた声に答えるかのように悪魔は言った。悪魔は空の中にいる天使の姿、声を認識していた。


 リギラの言っていることは正しい。空自身も逃げることが正しいことは理解していた。しかし、リギラの言ったこと、自身が考えていたこととは裏腹に空の体は悪魔のもとへと走り出した。


「ちょっ、空⁉」


 リギラが驚きの声を上げる。空自身もなぜ悪魔の方へと向かっているのかわかっていない。しかし、空の体はそんなこと気にも留めず悪魔の方へと引き寄せられていく。体に流れている熱が悪魔に呼応するようにその距離を縮めていく。

 体が勝手に攻撃の準備を始め、力を右手に集約し、走った勢いのまま悪魔に殴りかかった。


「なっ、」


 悪魔も驚いた様子を示す。すかさず、両腕を顔の前でクロスさせ防御の体制を取った。さらに、クロスした腕にエネルギーを流し込んだ。


 並みの人間では到底繰り出すことのできない空のパンチが、悪魔の腕に当たり衝撃波が発生する。


 悪魔は拳の衝撃で後ずさりした。地面には線路道ができ、小さな砂埃が舞う。


「……なんのつもりだ、テメェ」


 隙を突いた空の一撃は悪魔にはほとんど効いていないようだった。悪魔がクロスした腕の隙間から空を睨む。悪魔の一言で先ほど以上に空気が凍り付く。悪魔は殴られたという怒りと、少しばかりの焦りを抱いていた。


「なんで⁉ 今の空の力じゃS級を後ろに飛ばすどころか、ガードされることさえないはずなのに」


 怒り、焦る悪魔とは別に、リギラは凍り付いた空気を忘れるほどに驚いていた。

 空が勝手無茶な行動をしたことに対してではなく、S級の悪魔がガードし後ずさりしたことに対してである。

 本来のS級の力であれば今の空の攻撃では避けられる。それどころか避ける必要さえなく、防御せずに攻撃をくらってもダメージを与えることさえできなかったであろう。


 リギラは悪魔の方をじっと見つめた。リギラも今まで恐怖のせいで見えていなかった悪魔に付いた深い傷に気が付いた。加えて、先ほどの悪魔の発言を照らし合わせて悪魔が弱っていることにも同時に気が付く。

 今の悪魔の力はA級相当と推定、そしてリギラは空の潜在能力の可能性に賭けた。この勝負は勝てるかもしれないと。


「よし空! チャンスだ! 普通ならS級なんて勝てるはずもないけど、あの弱った悪魔なら空でも倒せるかもしれない。今のうちに弱らせるんだ!」


 いつものリギラの調子に戻り、声高らかに言い放った。

 悪魔は天使の戯言を聞きピクリと反応する。

 空はリギラのセリフとともに戦闘態勢をとった。その様子を見た悪魔は焦った感情を抱きながらも覚悟を決めたのだろうか、敵を見る顔つきへと変わった。


「俺を、倒す?」


 声質も先ほどまでとは明らかに異なり、低いだけでなく感情が籠っているようだった。相手を圧倒させる、威嚇するような声質だ。悪魔は目の前の人間を倒すべき敵として認識した。


「そうか。てめぇらこの俺に歯向かおうってのか。温情で見逃してやろうってのに」


 悪魔は少しだけ笑みを浮かべるとその言葉と同時に怒りの顔つきに変わった。そして、完全に空に狙いを定めた。その目つきはまるで捕食者。悪魔から高圧的なオーラが発せられているようだ。


 しかし、空は悪魔の目やオーラにひるむことはなかった。空の頭にゴクリと音が響く。リギラが固唾をのんでいる様子がうかがえる。


 空の何の反応も示さない態度を見たせいか悪魔はさらに頭に血が上ったようであった。何の態度も示さない人間に完全に舐められていると勘違いした。


「テメェら、たかだか人間と雑魚天使の分際で調子に乗ってんじゃ」


 悪魔も姿勢を腰より低く保ち片手を地に付けて戦闘態勢をとる。悪魔の様子を見て空は悪魔の動きを警戒した。


「ねえぞ‼」


 吠えた刹那、悪魔は猛スピードで空目掛けて突っ込んできた。普通の人間ではとても目で捉えることなどできなかっただろうスピードだ。天使の力を得たことで身体能力と同時に動体視力を向上した空でさえ、ぎりぎり捉えることのできる速度。

 この速度はとても避けられないと判断した空は先ほどの悪魔同様、咄嗟に顔の前で手をクロスさせ力を集中させることで防御の体制をとった。


「おらぁ!」


 悪魔は空に拳を突き出し突っ込んだ勢いのまま思いっきり殴った。空の腕と悪魔の拳の間でミシミシという音が鳴っている。いつも背中に受けている肉の衝撃より、トラックにはねられたときよりもはるかに重い衝撃、今までに感じたことのない衝撃が空の腕に圧し掛かる。天使の力がなければ骨が折れていただろう。それだけでは済まずに悪魔の拳が腕と胸を貫通し、心臓を貫いて即死していただろう。


 空は悪魔の拳の衝撃に耐えることができず勢いよく後方へと吹き飛ばされた。その距離は空が攻撃したときに比べて遥か遠く。

 空はすかさず背中に力を集めた。そして勢いそのまま轟音と共に倉庫の壁に激突した。背中から壁に叩きつけられるという初めての衝撃に自然と咳き込んだ。何とか気絶することは免れ、しゃがみこむように地面に着地した。


 壁には人間サイズのクレーターが出来上がり、パラパラと崩れ去る小さな音を立てた。崩壊の音を後ろに捉えながら、地面に向けられていた顔をすぐさま悪魔のいた方向に向けなおした。しかし、先ほどまで立っていた場所に悪魔の姿はなかった。目だけを動かし悪魔を探すも視界に映すことができなかった。


 空は何かを感じ取ったかのようにとっさに上を向いた。空を攻撃した後に跳んだのだろうか、悪魔が次の攻撃を仕掛けようと空の頭上にいた。一般的な家屋よりも高い天井の下で、悪魔が空中で二回ほど回転しているのが見えた。


「おらぁ!」


 悪魔は再び咆哮し、回転の勢いで踵を空に繰り出した。


 空は悪魔の踵が空に届く直前に、前の開いたスペースへと転がり込んだ。空の後ろで地面が砕ける音がした。滑り込みながらすかさず後ろを向き悪魔が来るのを待ち構える。

 振り向くと空がいた場所には悪魔が飛び込んできた衝撃で砂の煙幕ができあがっていた。煙幕は悪魔の姿と周りにあった置物を包み隠す。


 煙幕を凝視していると中から倉庫内に積みあがっていた大きな箱が空めがけて飛んできた。空はすかさず左腕に力を集めて飛んできた箱を殴り、見事に砕け散らした。

 砕け散った箱の影から隙を突くように悪魔が空のすぐそばに現れる。悪魔の人の目では捉えられない速度に加えて、箱の残骸と砂煙で視野が狭まったこともあり、空の反応が遅れる。


 悪魔は右手で空の頬を殴った。


 悪魔の拳を防ぐことができなかった空は吹き飛ばされこそしなかったものの、その拳ははるかに重く体勢を整えられずよろめいた。口の中が切れて唾液に血が混じる。


 悪魔は殴った後に間髪入れず左足を空の腹に入れ、天井に蹴り上げた。


 一応全身に力を巡らせていたものの、一点に集中する時ほどの防御力はなく、その攻撃はかなり致命的な一撃となった。空は同じ轟音を共に響かせながら天井に激突した。今度は天井にクレーターができあがった。血が混じった痰を吐き出す。


 悪魔は空を蹴り上げて、すぐに地面を蹴り上げて跳躍し、空にめがけて突っ込んできた。天井に張り付いた空に追い打ちをしかけ悪魔の拳が空の腹に直撃する。


 空はその重すぎる衝撃に血反吐を吐いた。天井を突き破って外に放り出され、天高くへと舞う。


 天は倉庫に来る前よりも荒れて、雷雨となっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ