凶器となり得るもの
リギラに誘導され人通りの少ない路地裏までやってきた。家と家の隙間でできたその道は何人も並んで通れるほどのスペースはなく、家同士に挟まれているため日の光が当たることは少なかった。
家を仕切るために積み立てられたコンクリートの壁には苔が生え、誰しもが想像し得る路地裏を空は歩いていた。このような所を人が通るはずもなく、視野で確認できる範囲に人影はなかった。
空は特に感想もなくたたただ足を動かす。リギラにぶつかったことをお詫びするために。
先ほどまで一人で永遠に話していたリギラは誘導するときだけ口を開きそれ以外は一切喋ることはなかった。その様子は緊張しているように見て取れた。
「止まって」
頭に響く声に従い、空は曲がり角の一歩手前で立ち止まった。空は曲がり角の奥の方で誰かが話している声を耳にした。
「少しだけ顔をのぞかせてみて」
空はリギラに言われるがままそのように行動する。顔をのぞかせるとそこには三人の男性がいた。
一人は焦った表情をしながら財布から金を出している。残りの二人のうち一人はコンクリートの壁にもたれかかって煙草を吸い、もう一人は刃物を財布を持つ男性に突きつけていた。
財布男は壁に追いやられ、二人の強面に逃げ道を塞がれていた。現状の様子から察するに恐喝であることは誰の目から見ても明らかであった。
「よし、じゃあタスクの説明をするよ。今から空にはあの二人を更生させてもらう」
頭に響くリギラの声は先ほどまでに比べて覇気がなかった。覇気がない、表現が違うかもしれない。正しくは緊張しているようであった。
空はリギラの様子を気にせず先ほどリギラが空に才能を見出したと言ったことを思い出していた。一体リギラは何の才能を見出したというのだろうか。
空はリギラの言いたいことは理解していた。あの二人の恐喝を止めて金を差し出す男を助けてほしいのだろう。しかし、あの二人の隙を搔い潜り、財布の男を助け出すほど空の運動神経は高くはなかった。
中学時代に培った部活動の経験で全く動けないわけではないが、高校に入って全く運動をしてこなかったため運動能力は著しく低下し、その能力値は男子高校生の平均よりやや下気味にまで落ちていた。さらに、相手はガタイの良い大人が二人に一人は刃物を所持している。相手を更生させる前にナイフでやられてしまうことは目に見えていた。
「安心しなよ。空があいつらを倒せる根拠と方法を教えるからさ」
そのように言うリギラの声はやはり少し元気がないようであった。空もそのことに気が付いていたが何も言わなかった。
立ち尽くす空を横目にリギラは説明口調で話し始めた。
「さっき、空の魂の波動にボクのエネルギーが送られてるって言ったよね。そろそろ全身に回って体に順応してる頃じゃないかな。体をリラックスさせて、心臓に意識を集中させてみて」
空は目を閉じリラックスした状態となり、心臓に意識を集中させた。心臓から全身にかけて何かが流れているのを感じた。血流とは違う今まで感じたことのない熱を帯びたものが体の中心から爪の先まで流れ出る感覚。驚くでも怖がるでもなく、空はリギラの指示を淡々とこなす。
「よかった。感じたみたいだね」
リギラは安心と驚きが混ざったかのような口調で言った。リギラは空が無事エネルギーを感知できたことに対する安心を抱いていた。また、空がいともたやすく感知できたことに対して驚きもしていた。しかし、先ほどの元気には程遠いようだった。
「じゃあ今度はその流れているものを右手に集まるように意識してみて」
体に流れているものを右手に集中させるように意識する。全身の熱を右手に。空は右手に熱を帯びた何かが集まるのを感じた。
「今、空の右手には、空とボクのエネルギーが混ぜ合わさったエネルギーが集まってる状態なんだ。あとは、その右手をあいつらにぶちかませばいいだけ!」
リギラの話す内容はあいつらを倒せる根拠でも方法でもなく、空の体内にあるエネルギーの使い方であった。しかし、空がツッコミを入れることはなく、黙ってリギラの話に耳を傾けていた。
「じゃあとりあえず、やってみようか!」
緊張しているせいなのかこれ以上、リギラが説明する気は感じられなかった。ただエネルギーの使い方を大雑把に教わっただけ。これだけの説明で本当に更生できると思っているのだろうか。空が当然そのような疑問を抱くはずもなく、指示に従って足を運んだ。
空は彼らの前に姿を現した。三人も空の存在に気が付いた。
「あっ?」
突然子供が現れたことに驚いたのかナイフを持った男はとっさにそれを隠そうとするも、手がもつれて地面に落としてしまった。
コンクリートの地面に落ちたナイフは、薄暗い路地に軽い金属音を響かせる。
男はすぐさまナイフを拾った。隠せないとわかったのかナイフを持った男は空にヘイトを向けた。煙草を吸っている男は呆れて、ため息をするかのように煙を吐いた。
「なんだてめぇ、どっから湧いてきやがった⁉」
ナイフを隠せなかったことに逆切れするかのようにナイフ男は野太い声を上げ空のことをすごむ。まだ少し動揺しているのかその声は震えていた。額には汗も流れている。
心が灰色だからか体に天使がいるからなのかはわからないが、このような状況下でも空が恐怖を感じることはなかった。それに、リギラが説明不足である理由も、彼らを更生させることのできる根拠と理由も、彼らの前に立ってなんとなく理解した気がした。
「どこから来たって聞いてん……」
男が言い終わる前に空は二人に向かって走り出した。
刃物を持った男は再び驚いてとっさに右手に持っていた刃物を空の顔にめがけて突き刺した。本来速いはずである、なぜかゆっくりに見えたナイフを突き刺すモーションを空は軽々と左に避け、開いた相手の腹に右手を滑りこませて走り出したままの勢いで突っ張った。
「ガハッ‼」
刃物を持った男は唾液を吐き出し気絶した。そのまま膝から崩れ落ちてその場に倒れ込んだ。刃物男は地面に倒れ伏したまま動く様子はなかった。
「な、てめぇ!」
訳も分からぬうちに仲間がやられたことに気が動転した煙草男は、すかさず、拳を振りかざし空に殴りかかった。
空は飛んできた右手を自身の右手でいなし体を回転させて相手の懐に潜り込んだ。それと同時に右手に集まっていたエネルギーを左の肘に集めなおし、回転した勢いのまま左肘で相手の腹を殴った。
「ッ‼」
煙草男は一瞬悶絶した後、気絶してその場に倒れ込んだ。
二人の柄の悪い男が地に倒れ、一人の少年がすぐそばで立っている奇妙な絵が出来上がった。