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英雄  作者: ゲシンム
第二章 抗えぬ欲
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新たな出会いは別の惑星で

 早朝四時。目覚めるには早い時間だが、夏真っただ中の今日では、すでに太陽が昇り始めていた。少し蒸し暑くはあるものの、日常を過ごすうえでは清々しいほどの良気候。絶好の散歩日和といえる、この時間。そんな時間帯に空は瞼を開け、体を起こす。空の起床と共に、中の天使たちも目を覚ました。


 いつもなら、起床するや否や元気を爆発させる一同だったが、この日ばかりはその兆しが見えない。気持ちの良い朝に反して、重く、暗い、緊張した空気感がリギラたちに纏わり付いていた。


 空はどちらの空気にも流されることなく、物音を立てずに外へと出る。ドアを開けて、真っ先に空の目に飛び込んできたのは、灰色に映る朝日でも、電柱に止まって泣き続ける蝉でもない。静かにその場で立ち尽くし、じっと空のことを見つめるゼウスの姿だった。


「おはよう。よく眠れたかい?」


 ゼウスは小さく微笑み、軽い質問を空たちに促す。空の体はゼウスの姿声に反応して、今にも飛び掛かりそうだった。空は湧き出る衝動をぐっと抑え込んだ。


 ゼウスは緊張で眠れなかったことに対する煽りの意味で言ったわけではない。これから戦いの場に赴く覚悟ができたか確認するためのものだった。


 ゼウスの言葉の意図を汲んでか、誰も返答をしなかった。言われなくともその覚悟は持っている。言葉にせずとも態度で表して見せた。そんな空たちを、ゼウスは黙って見据えた。


「それじゃあ、行こっか」


 しばらく、空たちを観察した後、ゼウスは口を開いた。親指を立てて後ろを指差すポーズを作って、空にこっちに来るように伝えた。その言葉を聞き、仕草を見て、空はゆっくりゼウスに近付いた。攻撃するためではない、新たなる戦場に赴くために地面を踏みしめ、ゼウスの傍に寄る。屋根の影から光差す表へ足を差し出し、太陽の照り付ける温度を肌に感じながら、足を動かす。


 空がゼウスと触れることのできる距離にまで近づいた瞬間、二つの人影が一瞬にして消えた。朝陽が差し込む街並みに、蝉の鳴き声だけが空しく響いた。




「着いたよ」


 考える間もない一瞬の出来事、ゼウスの言葉は目的地に着いたことを示していた。空はゼウスの声を聞いて、静かに閉じていた瞼を開いた。


 自然光ではない光が目に入射し、空はそこが屋内だと知覚する。辺りには、ソファ、机、壁、天井に至るまで全てが白く染まった家具が設置されていた。唯一、壁の一つに黒く巨大なモニターが三つ取り付けられていた。


(ここは一体……)


 明らかに戦いに不向きな小さい部屋を見て、ギハンは警戒を強くする。これから何が起こるのかは未知数。そんな矢先に連れてこられた場所が、謎の部屋であるならば警戒心が高くなるのも当然である。


「待ってましたよ、ゼウス」


 空共々、一同が部屋の中を確認していると、一室しかないその空間に、男性の声が響く。声のした方向に顔を向けると、空とゼウスを除いた九人が各々独自の姿勢で佇んでいた。ソファに腰を掛けたり、その場で立ち尽くしたりと様々だ。


 今日この場に居るということは、彼らが地球からの代表メンバーであることを容易に想像させた。九人は突然現れた空にも驚きを示さず、黙って空のことを見つめる。話しかけることもなく、ただただ空のことを観察するばかりだった。


 そんな奇妙な空気に気圧され、空の頭に唾を飲み込む音が響いた。リギラかメイのどちらかであろうが、十中八九リギラだろう。そんなこともどうでもよく、空も黙って彼らを視界に入れていた。


「んー。待たせたつもりはないんだけどね」


 異様な空気感の中、ゼウスは気にする素振りもなく一言だけ発して、最初に声を掛けた男の下へと歩いて行った。ゼウスと男性はそのまま二人で話し始めた。


 途中、空の耳に「転生」や「救出」など、それだけでは会話の内容など到底想像もつかない単語が入ってきたが、他人事のように聞き流していた。


(……彼らが空と同じチームメイト。なるほど、一癖も二癖もありそうな方ばかりだ)


 二人が会話をしている一方で、ギハンはゼウスと会話する男性を含め、空の様子を伺う八人と合わせて計九人を注意深く観察した。


 その場の空気感に少し気圧されていた他の三体も、ギハンに続いて九人を観察し始めた。


「ん?」


 九人の中に居た一人の男が、リエガの目に留まる。その男は、ソファにもたれ掛かりテーブルに足を乗せるなど、目に見えて分かるほど粗相の悪さが目立っていた。ふんわりしたリーゼントに刺繍の入ったスカジャン、三角の黒いサングラスをした男は、煙草を吹かせてサングラスの隙間から空を覗き込んでいた。


(あいつ、まさか……)


 リエガは柄の悪い男の何かに気が付いたのか、その男から目を離そうとしなかった。


「あれ?」


 リエガに続いて、メイも何かに気が付き、疑問の声を上げる。メイの目に着いたのは柄の悪い男ではなく、別の二人の男性。


 一人は、今もなおゼウスと絶賛お話し中の、この空間に来て第一声を上げた男。金髪の髪に高身長の体格、スタイルの良さが目立つスーパーイケメン。彼が行う仕草一つ一つが輝いており、呼吸一つするにしても花が芽吹きそうな勢いだった。


 もう一人は部屋の隅で壁にもたれ掛かり、空のことを伺う者。全身を黒い布で包み、男か女か性別すら分からない。しかし、どこか見覚えのある装束を着ていた。長年森で生活していたメイは、その者の姿が忍者のものであることなど知る由もなかった。


(あの二人、もしかして……)


 メイも二人の何かに気が付いたように、しばらくその二人を観察していた。


「なんだか変わった人たちばっかりだね」


 リギラはこの空間に来て、というよりも今日初めて口を開いた。しばらく観察して出てきた安直な感想は、紛れもないリギラのものだった。


「……」


 ギハンはリギラにツッコミを入れなかった。それは汲み取る必要のないものだったからではなく、柄の悪い男に注視していたからでもない。リギラの発言が実際的を得たものだったからだ。


 事実、ここに集められた面々は個性的な者たちばかりだった。先ほどの三名に引き続き、メイド服を着た女性に、スーツ姿の女性まで。この場に限った話ではあるが、まさに「変わった人」という言葉が似合う者がほとんどだった。


 そんな一風変わった風貌をしたメンツを前に、観察後、ギハンが黙りこくった理由は単純な疑問。


ーー彼らは本当に空よりも強いのか?


 空との戦いを通じて、相手の種族や見た目で判断しないことを学習したギハン。彼らがここに居ることが強さの証明なのだろう。神に見初められて集ったのだろう。しかし、それでも、到底空よりも強いと思うことができなかった。


 ギハンがそのように考える理由は、彼らの見た目にも原因の一端はあるが、空への期待からくるものだった。リエガ同様、ギハンも空の力を確かに認めていた。空の戦闘センスや無心ながらも戦い抜くことのできるその在り方に、嫉妬すら覚えるほどだった。そんな、空を差し置いて、彼らが上位十人に組み込んでいる。


 もちろん、全員が空よりも弱いとは思っていない。実際に、空よりも実力が上であると推定できる人物も数人いる。しかし、幾人かは空よりも強いように思うことができなかった。



「……ん?」


 ゼウスとイケメンの二人の声だけが聞こえる小さな部屋の中、一人の荒っぽい声がその中に加わった。その者はリエガの視線の先に居て、また、ギハンから格下認定された人間。例の柄の悪い男だった。


 その男はテーブルから足を下ろし立ち上がると、そのまま空へと近付いた。


「んー??」


 男は空の正面に立ち、空を見下ろす。サングラスを下に下げて、空の目をじっと見つめる。空の目が虚ろであることに気が付いたが、そんなことは気にしない素振りでじっと見つめる。ただ、目線の先に空の目があることは間違いないが、焦点はどこか別の箇所に当たっていた。


「お前、悪魔持ちか!」


 しばらく見つめ合った後、男は確信を持ったかのように堂々と口にした。


「悪魔持ち?」


「なんだそれは?」


「……」


 沈黙を決め込んでいた九人は、その男の一言で各々異なった反応を示す。空に興味を示す者、そのまま傍観を続ける者、別で会話を続ける者。


 誰がどんな反応を示そうとも、分かりやすいのは空の目の前の男。その男が空に興味を持ったことは言うまでもない。


「こいつ、中に悪魔を住まわせてやがんだよ! もしこいつが悪魔の力を使えるなら、俺と一緒だ!」


 男は振り向いて、嬉しそうに他のメンバーに報告する。


(! こいつ、やっぱり!)


 男の発言を聞いて、リエガは確信を抱いた。その男の見る目が変わった。


 男の方はというと、仲間の方からすぐに空へと向き直し、難しそうな顔をしながら、再び空を観察し始めた。


「けどよ、何でそいつ生きてんだ?」


 男は真顔だった。その言葉にはリエガが生きていることに対する不機嫌さなど微塵もなく、単純な疑問の意図しか含まれていなかった。男の想定を遥かに超える発言に、リエガたちは当然の反応を示す。


「⁉ どういう意味ですか⁉」


「お⁉ なんだよ! 中に居るお前ら喋れんのかよ!」


 ギハンの焦りの声に、上機嫌に返す男。ギハンたちの驚く反応など気付きもしない。ギハンの疑問に適切な回答をせず、自分の言いたいことを言う様は、彼が自己中心的な考えの持ち主であるということを示唆していた。


「あんた、誰と喋ってんの」


 男の声に続いて声を発したのは、眼帯を付けたポニーテールの女の子だった。女の子、というにはその子は雰囲気から冷静さを感じさせ、見た目以外が大人びて見えた。


 彼女は男に質問したが、その実、内容にさほど興味はなく、気にしている点は他にあった。


「さっき言ったろ。悪魔だよ悪魔! あ、いや、今は死神っぽいやつか。とにかく、こいつの中に悪魔やらなんやらがいるんだよ!」


 男は思慮が浅そうに、女の子に言葉を返した。その後、男と女の子は空を置いて、軽い談笑を始めた。


「リエガ、先ほどのあの男の発言はどういう意味だと思いますか」


 男がそっぽを向いている間に、ギハンは小声でリエガに言葉の意味を問う。


「恐らくだが、あいつも悪魔の力を使える」


「恐らく?」


「ああ。あいつに悪魔が憑いてねぇから確証が持てねぇ。それから、さっきの奴の発言。あいつに力を貸し与えた悪魔は死んだと見ていいだろうな」


「ちょっと待ってください。あなたの話だとたとえ悪魔が居なくても、力を取り込みさえすれば、後は力を自由に扱えるということになりますよね?」


「そこが俺も解せねぇんだ。悪魔が居なくても力が使えるなんて聞いたこともねぇ。俺の単なる勘違いか、それとも憑く以外で他に力を得る方法があんのか。いずれにせよ、今の情報だけじゃなんとも言えねぇな」


 リエガとギハンは、その男の考察に捗っていた。


 一方、メイはその男ではなく、ゼウスと話す男と忍装束の人間から目を離さずに、じっと観察していた。その間、メイは何も話さなかった。


「何か分かった?」


 観察するメイに、リギラが声を掛ける。リギラはこの時、いつものような緊張感を抱いていなかった。

戦いの前はいつも緊張し、震えていたリギラ。しかし、今回に限って言えばそれがない。これまでの経験で慣れたせいか、それとも空よりも強いと言われる味方がこんなにもいるせいなのかは定かではない。


「あの人と、それからあの人。多分、妖精使いよ」


 メイは観察していた二人を指差して、話した。メイの声はいつもより低く、元気の無さが顕著に見られた。


「……そっか」


 リギラは静かにメイを見守った。二人に力を貸す妖精たちの姿は、メイの目にどんな風に映ったのか。それを知る者はメイ本人しかいない。


「仲間のところに行きたい?」


「……大丈夫。だって今はリギラたちが居るもん!」


 メイはリギラの質問に首を横に振って答えた。明かるげに答えるメイの姿は、何かが吹っ切れたように見えた。メイの笑顔にリギラも優しい天使の笑顔で返した。


「……ていうか、そいつが悪魔持ちかどうかなんてどうでもいいんだけど」


 軽い会話をしていた男と女の子の方から声が聞こえてくる。空たちは顔を男女の居る方に向けた。強面の男が小さな女の子に話しかける姿は、何とも危険な場面に遭遇している気さえ起こる。当然、空はそんなものを持ち併せてはいない。


「じゃあ何がどうでもよくないんだよ?」


「そいつが使えるかどうかよ」


 女の子は空の方を指差して、自身の知りたいことを明確に提示した。この馬鹿には言い回しが無意味だと言わんばかりの態度だった。


 そんな女の子の発言を聞いて、男はまた、空へと近付き顔を覗き込むようにして観察し始めた。


「……」


 空と男はまたも見つめ合う。しかし、今度も男の焦点は空の中に居る種族たちに当たっていた。


「お前、悪魔以外にも色々飼ってるみてぇだが、そいつらの力も上乗せされて使えんのか?」


(? 上乗せ?)


 男は焦点を種族たちから空にずらして質問を投げる。その質問にギハンは引っ掛かりを覚えた。

そして、質問された当の本人空は当然答えず、黙ってその場で立ち尽くしていた。


「? おい?」


 自身の質問に答えずボーっとしている空に、男は呼びかける。しかし、それでも空は反応を示さなかった。男はますます空の態度を疑問がった。


「失礼。空の代わりに私がお答えしましょう。『上乗せ』の意味は理解できませんが、『我々の力が使えるのか』という質問にはお答えすることができます。答えは『はい』です。悪魔であるリエガの力とは別に、死神である私ギハンの力と、天使であるリギラの力、それから妖精であるメイの力を使えます」


「おっと! そういや、自己紹介がまだだったな。こいつはすまねぇ」


 柄の悪い男はギハンたちの名前を聞いて、自分がまだ挨拶もしていないことに気が付いた。男は軽く咳払いすると、軽く自己紹介を始めた。


「俺様の名前はセッキ。まあ見てもらえると分かるが、社会のはみ出し者だ。前は似た境遇の奴らを集めてグループを作ってたんだ。そん時はトップをやらせてもらってたが、まぁもう昔の話だ。それから、お前らも薄々感づいていると思うが、悪魔の力を使える」


「……」


 柄の悪い男、セッキの話を聞いて、リエガは黙ってセッキを見つめた。少しして、何かを決心したのか、リエガはセッキに質問を投げかける。


「……お前はなんで悪魔がいねぇのに悪魔の力を使えるんだ?」


「? そりゃどういう意味だ?」


「どうって、悪魔がいねぇならその力は使えねぇはずだろ」


「そうなのか? けど、俺は使えるぜ?」


「だから、その理由を聞いてんだよ!」


「理由って言われてもな。使えるもんは使えるとしか言えねぇよ」


 セッキとリエガの話は平行線だった。聞きたいことを上手く言語化できないリエガと、質問の意図を理解していないセッキ。セッキの態度にリエガは苛立ちが募る。セッキは、リエガの苛立ちに気付かず、能天気な顔をしている。


 二人の話は、このままでは進みそうになかった。


「……では質問を変えましょう」


 見かねたギハンがため息交じりに二人の話に割り込む。セッキは焦点をリエガからギハンに移し変えた。


「あなたはどのようにして、その力を手にしたのですか」


「ん? ああ、その質問なら答えられるぜ。腹減ってたから悪魔を食った。そしたら、この力が手に入ったんだ」


「……???」


 ギハンはセッキの話を理解できなかった。正しくは、言葉自体は理解ができたものの、出された言葉を消化することができなかった。ギハンの頭はハテナマークでいっぱいになった。


 言いたいこと、聞きたいことは多くあったが、内容のインパクトが強すぎて脳が上手く働かない。今の感情や思いを言語化しようにも、セッキの訳も分からぬ発言がそれを抑止した。


 なんとか口から出てきたものは、聞き返すだけの知性の欠片もない言葉だった。


「ちょ、ちょっと待ってください? 食べたんですか? 悪魔を??」


「だから、そう言ってんだろ」


 言葉を噛み砕けずに困惑するギハン。これ以上説明する気配のないセッキ。ギハンは、セッキとやらが悪魔を食したこと、回答の仕方が稚拙なこと、相手が馬鹿なことも含めて、色々な思考が巡って頭がパンクしそうになった。


「おい、大丈夫か?」


 様子のおかしいギハンにセッキは声を掛ける。その声は心配しているものではなく、剽軽さしか伝わってこないものだった。予想だにしなかった返答の数々にリエガとギハンは黙り込むしかなかった。それと同時に、同じ感想を抱いた。


 ああ、こいつは馬鹿だ、と。


そんな彼の言葉に続いたのは悪魔や死神ではなく、先ほどの女の子だった。


「ねぇ。趣旨からずれてない?」


「趣旨? ……あ」


 セッキはつい先ほどまで忘れていたような反応を示した。女の子は呆れてため息を一つ。


「いや、けど挨拶は大事だろ! 人としてのマナーだマナー!」


 言い訳がましく発言するセッキ。


「マナーは分かったから。さっさと本題に入ったら?」


 そんなセッキを女の子は軽くあしらう。セッキは渋々女の子の指示に従った。


「ええっと。こいつが使えるかどうかだったよな」


 セッキは三度、空の顔を覘きこんだ。表情は同じように、険しさを浮かばせながら。


「まあ、使えなくはないんじゃねぇか? 悪魔の力だけなら俺の下位互換だったが、他の力も使えるってなると…… ま、及第点だな」


 セッキは嘗め回すように空を見た後、鑑定するように空を評価した。


「なに? 及第点?」


 リエガはセッキの発言に反応する。加えて、苛立ちも覚えていた。


「そう。足を引っ張らないのなら別になんでもいいわ」


 セッキの発言を聞いて、女の子は興味を無くしたようにそっぽを向いた。


「……」


 女の子の発言に、今度はギハンが反応する。また、リエガと同じように苛立ちを覚えた。


「ちょっと待て。誰の力が及第点だって?」


 リエガは聞いた言葉に引っ掛かり、セッキに反応を示す。


 ギハンも同じように怒りに任せて反応したかったが、それを止めたものは過去の経験則だった。空との戦いで一度、メイとの遊びで二度、己の感情に負けて行動してしまった。その行動がもたらした成果はマイナス。その反省から、ギハンは大人しく、自分の怒りをリエガに委ねた。


「?」


 リエガの言葉に反応して、ソファに戻ろうとしていた足を止めるセッキ。そして、振り向きざまにリエガと目を合わせた。リエガの目に怒りの火が灯っているのを確認して、セッキは空の方へと向き直した。


「こいつ…… えっと、そういやこいつの名前はなんて言うんだ?」


「……この人間の名前は空と言います」


 答えない空に代わって、ギハンが紹介した。怒りを押し殺し、咆えて掛かりそうな自分を諫めた。


「そうか。なんでお前が答えたのかはこの際良いとして、とにかく、この空ってやつの実力が及第点だって言ったんだが」


 セッキは冷静にリエガに返答した。この時、軽く喧嘩を吹っ掛けられていることに気が付いていなかった。ただ、リエガが怒っていることは把握していた。なぜ怒っているのかは知らないが、真剣な悪魔の目を見て、冗談なく真剣に対応した。


「お前の目は節穴かよ。こいつのどこを見てそう思ったんだよ」


 リエガがセッキに噛みつく。リエガが怒りを露わにしている理由。それは空を格下に見られていること、さらにそれに連なってもう一つあった。


 空の実力が「及第点」と言われたときに、リエガは現実を突きつけられたような気がした。空とセッキ、両者を比較して明らかに空が見定められる方だと、無理矢理気づかされたのだ。

リエガはゼウスに言われた十一位という事実を呑み込めないでいた。本当は空よりも強い者など存在しない、ゼウスの語るでっち上げなのだと、そう思い込むようにした。空を奮起させるための嘘なのだと。


 しかし、実際に地球軍代表メンバーと出会って、空を格下扱いされて、ゼウスの話に信憑性が増したのだ。空以上に強い存在が居ることに、空以下のちっぽけな自分に、何もすることができない自分に腹が立った。リエガが腹を立てる最大の理由は、自身のプライドだった。


 それはギハンも同じだった。怒りこそ表に出さないでいるが、その心境はリエガと同じ、沸々と湧き上がるほどの怒り一色だった。ギハンを抑えるものは、やはり過去の経験。しかし、ギハンも怒りを言葉に乗せて放ちたいほどには、自身の弱さを痛感していた。ちっぽけな自分が歯がゆかった。


 ギハンは苦渋を飲み込む思いで、この場を耐え忍んでいた。


「どこって…… 見た通りだろ? ギリギリこの戦いに挑める力量を持ってるってことだ。良かったじゃねぇか! 無駄足にならなくて済んで!」


 セッキは悪気無く言った。誰が聞いても煽り文句にしか聞こえない文言を、むしろ慰めの言葉として使ったのだ。お前はこの戦いに参加する資格がある、という賛辞を込めて。


 しかし、リエガには当然その言葉はマイナスの方で捉えられる。その悪気無い一言がリエガの怒りのボルテージを上昇させた。


「舐めてんじゃねぇぞてめぇ。てめぇの方こそ本当に実力に見合ってんのかよ」


「……あ?」


 セッキはこの時になって初めて、自分が煽られていることに気が付いた。空気が張り詰めた気がした。この威圧的な空気の根源はもちろんセッキだ。さっきまでのお調子者な彼は見る影もなく、その顔に見合った刺々しいオーラを発した。


 その場に居る全員がセッキの放つ威圧的なオーラに気が付いたが、誰もそれを止めようとはしない。それどころか表情すら崩さず、ただ喧嘩を眺め、傍観を極め込むだけだった。


 当然、リエガもこのオーラを感じ取った。それと同時にセッキの強さも実感した。確かに、この男の実力は空と同等か、それ以上であると。逆を言えばただそれだけである。ゼウスのような絶対的な力など微塵も感じられず、空との実力差もさほどないように思われた。


 普段のリエガなら軽率な発言を避けていただろう。しかし、先ほどのセッキの発言で自分を抑制するストッパーは壊れ、セッキの実力に対する恐怖心や警戒心よりも、自身の怒りが上回っていた。


 リエガはセッキの放つオーラをものともせず、口を開いた。


「お前の実力こそ本物かって聞いてんだよ。なんならこの場で見定めてやろうか? 無駄足なのはどっちかってなぁ⁉」


「上等じゃねぇか。俺様に喧嘩売るとは良い度胸してやがる。表に出な。試合が始まる前のウォーミングアップだ。軽く捻ってやんよ」


 セッキも怒った様子でリエガに対抗する。空気がより一層重く、鋭くなる。両者睨み合い、一触即発の状態。それでも周りは誰一人止めようとも、口を開こうともしない。


 その時、パンパン、と二回手拍子が部屋に鳴り響いた。その後すぐ、空の体は動かなくなった。


「んだよこれ。動けねぇ!」


 空は足掻きもがこうとする声を近くで聞いた。唯一動いた眼球で声のした方向に目線を向けると、セッキが固まった体を必死に動かそうとしていた。さらに、視界の端に、困惑する表情を浮かべる他のメンバーの顔が映った。それぞれの様子から察するに、この事象を引き起こした者は、空を含めて代表メンバーの中に存在しなかった。


「はいはい。そこまで」


 誰もが困惑し、戸惑う中、その者は仲裁の言葉を述べて空たちの近くに歩み寄る。その者は不穏な空気の中でも笑顔を絶やさず、この場に居る自分以外全員の動きを止めるほどの強大な力を持っていた。そんな存在は一人しか思い浮かばない。他の誰でもない、ゼウスだ。


「本番前に仲間同士で消耗しあってちゃ意味ないでしょ」


 ゼウスはセッキとリエガに軽く注意を促す。言葉通り赤子の手を捻るが如く、淡々と事を運ぶ姿は、まさに別格。ほんの数秒間で圧倒的な存在を印象付けて見せた。


「なんで私たちの動きまで止めたの」


 ゼウスの次に口を開いたのはセッキでも、つい先ほどまで一緒に喋っていたイケメンでもなく、例の女の子だった。言葉には理不尽に体を止められた怒りを感じさせず、場の空気に流されない冷静さが、彼女の性格を特徴付けた。


「んー、まぁ…… なんとなく?」

「……」


 女の子は、ゼウスの能天気な受け答えにも、事を荒立てることなく黙って耳に入れていた。ただ、頓珍漢な回答を行うゼウスを前に、ため息をこぼさずにはいられなかった。


「さて。同じチーム同士の挨拶はその辺にして、今度は相手のチームに挨拶をしに行こうか」


 ゼウスは悪びれる様子もなく話した後、軽く指を鳴らした。次の瞬間、空の体が光りに包まれ、やがて視界も真っ白になった。


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