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英雄  作者: ゲシンム
第二章 抗えぬ欲
36/38

突拍子の無い神様のお話

 三体はその浮かび上がった表情を見て、背筋が凍る思いだった。ゼウスが言い終えると同時にゼウスの持っていたアイスが熱いアスファルトの上に滴り落ちる。


「うわっとと、」


 ゼウスは焦ったようにアイスを舐め始めた。


 自称神を名乗る存在を前に呆気に取られていた四体は、口を開くことさえしなかった。


 ただ一体は目の前の存在が神を名乗った瞬間、その存在に向かって勢いよく飛び出していた。


「!」


 ゼウスは飛び出してきた存在にすぐに気が付くも、焦った様子もなくただアイスを舐め続けていた。ゼウスがアイスを堪能している間にも二体の距離は縮まり、飛び出した一体は勢いに乗せてゼウスに拳を繰り出した。


 普通の人間ではとても出すことのできない速度と勢いのあるパンチはゼウスの顔を捉えていた。ゼウスは迫りくる拳を前にしても、優雅にアイスを頬張り、口から出そうとはしなかった。


 拳がゼウスの顔に当たると思った次の瞬間、ゼウスは持っていた麦わら帽子をグローブ代わりにして、拳をいとも簡単に受け止めた。


 一体はすかさずゼウスに蹴りを入れようとした。しかし、ゼウスは相手の次の行動にも即座に反応し、帽子越しに握りしめていた拳を捻ることで、またも簡単そうに相手の攻撃をいなした。


 ゼウスに攻撃を繰り出した存在は、視点を上下反対にしながら宙を舞った。やがて、その存在は地面に背中を付けて倒れ込んだ。太陽の日差しが眩しく、視界が白く映った。白色に広がる視界の中に、人の頭の影が映り込んで、太陽の眩しさを軽減させた。


「……」


 ゼウスは何事もなかったかのように転倒した相手の顔を覗き込みながらアイスを頬張る。相手に何をするでもなく、ただ黙って相手の顔を見つめた。


「な、何やっているのですか空⁉」


 突然の出来事に呆けていたギハンだったが、ようやく我に返り攻撃を仕掛けた行動を追及した。ギハンは呆ける二体の代わりに自分だけでも冷静にならないと、という思いでその言葉を口にした。頭では「冷静」という単語を思い描いているものの、ないはずの心臓の拍動は激しさを増すばかりで、とても気持ちの方は落ちつけられそうになかった。


 ギハンの言葉の通り、ゼウスを突然襲った者は空であった。


 リギラとリエガは未だ何も言えないでいる。突然神を名乗る青年に出会ったことに加えて、自称ではあるものの、神たる存在にいきなり空が攻撃を仕掛けたことでかなり気が動転していたのだ。


 一方、攻撃を仕掛けたはずの空本人は、自分が神に攻撃を仕掛けた理由が分からないでいた。


 空の中に存在する誰かに指示をされた訳でもなく、まして自分の意志で行動した訳でもない。ただ、体が勝手に動いた。空の中で結論はそれ以外に出すことができなかった。


 攻撃を仕掛ける動作はリエガ戦の時と類似していたが、あの時とは明らかに違う何かがあった。空は動きの根源の機微な差にこそ気付いていたが、殴った理由も、その差も、文字に起こすことが難しく、明確な理由はやはり分からなかった。


(空の突発的な行動にも驚かされはしましたが、それ以上にこの男。強くなった空の攻撃をいとも簡単にいなすなんて。まさか本当に……)


 ギハンは目の前でアイスを嗜む青年を注視した。


 ゼウスは麦わら帽子越しに空の拳を握ったまま、アイスを舐め続けていた。空の中に存在する死神が、自身に注意を向けていることに気が付く。ゼウスはギハンの様子を見ると、ギハンの気持ちを見透かしたように微笑みかけた。


 ギハンはゼウスの表情に、額に汗を流す思いだった。


(この男、本当に……)


 確信と疑念がせめぎ合う。


「? ……あれ」


 皆がゼウスに夢中になっている中、メイは辺りを見回した。緊迫した空気とは別でメイが何かに気付き、戸惑っている様子だった。


「ねえ、ちょっとみんな」


 メイは気付いたことを報告するために、四体に話しかけた。しかし、四体はゼウスに気を向けるばかりで、メイの方に見向きもしなかった。


「メイ、今お前に構ってる余裕はねぇんだ。大人しく静かにしてろ」


 リエガが話したメイの方を見ずにゼウスを見据えながら言葉を返した。リエガは、空気だけでなくその声にすら緊張を走らせていた。しかし、メイに対して怒っているわけではなく、メイにそのことを思わせないため、できる限り抑えめの声で話した。


「で、でもね。あのね……」


 メイは気が付いた何かをみんなに伝えたかったのか、リエガの忠告に反して口を開いた。メイの声には動揺の色が混ざっていたが、リギラたちはゼウスに集中するばかりでメイの様子に気が付くことができなかった。


「いいから!」


 リエガは自身の言葉を聞かずに話そうとするメイに苛立ちを覚え、少し強めにメイを抑制しようとした。普段通りなら、メイのおかしな言動を不思議に思うギハンも、メイの話をよく聞くリギラも、皆がゼウスに意識を取られ、メイの言葉に耳を傾けようとしなかった。


「でも……」


「なんだよ!」


 リエガはメイのしつこさに観念し、苛立ちながらようやくメイの方に顔を向けた。今、奇妙な青年から目を離すことで取り返しのつかない事態になることを避けたかったリエガだったが、メイのしつこさに対する苛立ちが監視しなければならないという使命感を上回り、つい我を忘れてゼウスから目を反らしてしまった。


 しかし、リエガの考えとは裏腹に、ゼウスはリエガが自身から目を反らしたことに気が付いても、特に攻撃を仕掛けるでもなく、ただ黙って五体の様子を伺っていた。


「ま、周りから人がいなくなっちゃった」


 メイはようやく伝えたかったことを口にすることができた。しかし、その口調は覇気がないようでいつもの元気が感じられなかった。リエガの怒りの声に怯えたのではない、周りの異常事態にどうしていいかわからず戸惑っている声色だった。


「‼」


 リギラ、リエガ、ギハンの三体はメイの言葉が耳に入り、ゼウスから目を反らしてすぐに周囲を見回した。三体は自身の目を疑った。


 先ほどまで人で溢れかえっていた町並みは見る影もなく、周囲には人の影一つ見つけられなかった。どこに居ても聞こえてきた人の声が消え、賑わっていた町が一瞬にして無人の町へと変貌した。閑古鳥が鳴くどころか、その閑古鳥すらいない。比較的新しい建築物が立ち並ぶ外観と相まって、その場に似つかわしくない静寂は不気味な雰囲気を演出した。


「いつの間に。他の人間はどこ行った⁉」


 リエガは信じられない光景を前に驚きの声を上げた。


 リエガは顔を多方に向け辺りを観察した。柱の陰、出店の裏側、窓越しに透ける店内の中までくまなく観察した。見つかったのはつい先ほどまで人がそこに居たという痕跡のみで、人影を終ぞ見つけることはできなかった。


 リギラやギハンも周囲を見回したが、やはり人の姿は空とゼウス以外に見つけることができなかった。何度も周囲を見回している途中、ギハンの視界にゼウスが映り込んだ。


 ギハンが捉えたゼウスは、空たちに何をするでもなく、不気味に微笑みアイスを頬張っていた。ギハンは視線を移動させることをやめて、再度ゼウスを注視した。


「これはあなたの仕業なのですか」


 ギハンは周囲を一通り見回した後、ゼウスに向かって質問した。ギハンは冷静に質問したつもりだったが、不意に起こった不可思議な現象を前にして、戸惑いを隠しきれずにいた。


 ギハンの声を聞いて、リギラとリエガは顔をゼウスに向け直した。


 ゼウスは掴んでいた空の手を離し、麦わら帽子を被った。三体は帽子の影からゼウスが微笑んでいることに気が付く。


「これで、少しは信用してくれたかな」


 ゼウスは舐め終えたアイスから出た木の棒を口に咥えながら言葉を発した。口には出さなかったものの、ゼウスの発言は自身がこの現象を引き起こしたという意を含んだものだった。


 三体はゼウスの言葉に隠された真の意味にすぐに気が付いた。また、これほど大仰なことを容易く行うことができる絶大な力を前に、三体は背筋が凍る思いだった。


 三体は何も口にすることができなかった。余計なことを話せば消されるのではないかという恐怖。無礼を働いても、この力に対抗する術を持たない不安。そのような感情が三体の口を重く閉ざした。


「けど、安心していいよ。別に人間を消したわけじゃない。ただ人払いをしてここから立ち退いてもらっただけさ」


「しかし、あれだけの人数を一斉に移動させるなど不可能では」


 いつも以上に言葉遣いに気を付けながら、ギハンはゆっくりと思い口を動かした。


 ギハンはゼウスが嘘を付いているようには見えなかったし、自身もそのようなことは微塵も思ってはいない。しかし、目の前の出来事をたった一つの存在が行ったなど、とても信じることができなかった。確信と疑心がせめぎ合った結果、ギハンの口から自然と懐疑の言葉が出てきたのだ。悪魔で確認のための言葉に過ぎず、それ以外に他意はない。


「僕は神だよ。できないわけないでしょう」


 ゼウスは真顔でギハンに言葉を返した。怒っているわけではない、ましてや威張っているわけでもない。ゼウスはできて当然という態度で言葉を発した。


 ギハンの中にある確信と疑心の天秤は傾きつつあった。服装は半そでに半ズボン、空と同じくらいの背丈で同じくらいの年齢の青年は、誰がどう見ても人間にしか見えなかった。とても神だと言われても信じられない見た目だった。


 しかし、目の前の事象をゼウスが本当に行ったものだとするならば、ギハンの疑心を確信へと近付けることになった。


 話が一段落ついたと思ったその時、空は手が自由に使えるようになったことですぐに立ち上がり、ゼウスと距離を取った。そして、空の体は勝手に戦闘態勢へと入った。ゼウスは黙って空の様子を見ていた。


「……ねえ。なんで彼、僕に向かってくるの」


 少し間を置いてから、ゼウスは空の中の種族に問いかけた。


 リギラはゼウスの言葉に引っ掛かり、ある疑問が浮かんだ。


「つ、つかぬことをお聞きしますが、ぜ、ゼウス様は心を読めたりはしないのですか」


 リギラは重く圧し掛かるプレッシャーに耐えながら、恐る恐る口を開いた。リギラは、ゼウスの質問に敬語を使った質問で返し、その言葉は震えていた。


 緊張、焦り、不安、恐怖など様々な感情が入り混じった声を聞いて、ゼウスはリギラの方を向いた。ゼウスの動きにリギラは何度目かの過剰な反応を示した。


「できなくはないよ。ただ心の声がいつでも聞こえるってなるとうるさいから、必要なとき以外は聞こえないようにしてるんだ」


 ゼウスはリギラの質問に丁寧に答えた。ゼウスの言葉使いは物腰柔らかく、リギラの緊張を解そうとしているように感じられた。


「そ、そうだったのですね」


 リギラは少し緊張が解れたのか、ゼウスに拙い敬語で返事ができるようになっていた。


「なんだい。そんなことを聞くなんて、聞かれちゃまずいことでも考えていたのかな」


「そそそ、そんなことはありません! ただ全知全能の神であるゼウス様ならそのようなこともできるだろうと疑問に思っただけです!」


 リギラは言い訳がましく早口でゼウスに話した。敬語を使っていながらも、それ以外はいつものリギラの様子を感じさせる言動だった。


「そこまで過剰に反応されると、逆に怪しいな~?」


 ゼウスはさらにリギラをからかうように、言葉を並べた。リギラはゼウスに詰められて気まずそうな態度を取った。


「そ、それで空がゼウス様に攻撃する理由でしたね」


 リギラはばつが悪そうにして咄嗟に話題を戻した。ゼウスはからかうことを止めてリギラの言葉に耳を傾けた。


「正直に申し上げますと、わかりません」


「分からない?」


 ゼウスは予想外の解答を耳にして、リギラのことを注視した。ゼウスから見たリギラは、嘘を付いている様子がなく、至って真剣に受け答えしているように見て取れた。ゼウスはリギラの回答を聞いた後、空のことを見つめた。


 ゼウスの瞳に映った空は無表情ではあるものの、いつでも攻撃を仕掛けられる体勢を整えていた。


 ゼウスの表情は先ほどの明るい笑顔とは異なり、真剣に考え事をしているようだった。


 リギラはゼウスの空を見る態度が気になったが、その理由を聞くことはしなかった。


「……そっか。わかった」


 ゼウスはしばらく空を見つめてから腰に手を当て軽くため息を付くとそう言った。ゼウスの態度は何かが分かったものではなく、何も分からず諦めたように見て取れた。


「ひとまず彼の警戒を解いてくれないかい」


 ゼウスは空を指差しながらリギラにお願い事を話した。空の体は未だに臨戦態勢を保っている。


「!」


 リギラはゼウスの言葉を聞いて、空が無礼を働いたことを思い出した。リギラが空の様子を見ると、空の体は未だ戦闘態勢を維持して、ゼウスの隙を伺っていた。


「空! ストォォォォォップ‼」


 リギラはゼウスに言われて、慌てて空に指示を出した。空はリギラの声を聞いて何とか体を制御して臨戦態勢を解いた。その後、空は自分の掌を見た。空は体に何か異常を感じることはできなかった。


 しかし、空が止まることを意識していないと、空の体はすぐに攻撃をするため反動を起こそうとした。


 そんな空の様子を一通り眺めていたゼウスは、ひとまずのことを善しとした。


「ありがとう。これでようやく本題に入れそうだよ」


 ゼウスは空を止めてくれたリギラに対してお礼を言うと、リギラは自身より遥か高位の存在に感謝されてどうして良いか分からず戸惑う様子を示した。


「それで、その本題というのは先ほど話していたご相談の件でしょうか」


 身悶えるリギラに代わってギハンは慎重に言葉を並べる。ギハンが敬語を使うことはいつものことだが、いつもと異なりギハンの言葉には緊張が走っていた。


「そうそう。今から少し長い話をするけど、ちゃんと聞いててね」


 ゼウスは忠告するように空に話した。空は体の衝動を意識しながらゼウスの話に耳を傾けた。


「まず結論から話すと、空には地球からの代表選手として宇宙人と戦ってほしいんだ」


「……?」


 空と同様に耳を傾けていたリギラ、リエガ、ギハンだったが、ゼウスの話を聞いて開いた口が塞がらないような気持ちに陥った。


 メイは難しそうなゼウスの話に耳を貸さず、近くを舞っていた蝶に夢中になっていた。


「あの、それは一体どういう……」


 ギハンは少ししてから、ゼウスの言葉の真意が分からず、単純な疑問をぶつけた。ゼウスは疑問を投げかけようとした死神に掌を向けて、静止の姿勢を取った。


「まあ待ちたまえよ死神クン。これから順番に話していこうじゃないか」


 ゼウスは話を急くギハンをポーズと言葉でも静止した。


 ギハンはゼウスのテンションにどのように対応して良いか分からず、ただ黙ってゼウスの様子を伺った。また、ゼウスの妙なテンションでギハンの神だという確信が再び疑心へと移ろうとした。


「話は大きく遡り遥か昔。地球上に人類という種族が誕生して以降、人類は知識を蓄え、技術を磨き、文明を発展させて、目を見張る速さで進化し進歩してきた。火を扱うところから始まり、道具を作り、街を繫栄させ、今では娯楽にまでその技術は使われるようになった」


 ゼウスは喜んだ様子で人間の研鑽を説明した。これだけでは話の意図が見えてこない一同も、取り敢えず黙って聞くことにした。


「しかし、残念なことに今後人類がこれ以上文明を発展、発達させることはない」


 急な笑顔が一転、ゼウスは少し悲しそうな表情をしながらも真剣な眼差しで話した。


「なっ⁉」


 三体はゼウスの話を聞くと驚きの声を上げた。


「さらに言い加えるならば、人類の進歩が停滞することによって、今人類が抱える多くの問題を解決できず、人類は徐々に衰退していくだろう」


「ちょ、ちょっと待ってください! 文明が止まる? 人間が衰退? 人類は今もなお物凄いスピードで成長しているんですよ⁉ いきなりそんな突拍子の無いことを言われても、とても信じることができません!」


 リギラはゼウスの突拍子のない話に思わず言葉を遮った。ゼウスの話は現状からは考えられないほど突飛的で、言い換えるなら現実味がない。荒唐無稽な話だ。リギラは思わず神の言葉に疑問の意を唱えてしまった。


「リギラの言う通りです。そのような現実味のない話、結論付ける証拠やそのようにお話する根拠がなければ、いえ、例えあったとしてもとても信用できるものではありません」


「君たちがどう思うかは関係ないよ。人類は間違いなく衰退する」


 ゼウスは断言した。真っ直ぐな瞳で空たちを見つめ、声を震わすことなく言葉を言い放った。ゼウスの筋の通ったような声を聞いて、三体は固唾を呑む思いだった。まさか、本当に衰退するのか……⁉ ゼウスの嘘を感じさせない言動に、疑いを掛けながらも信憑性を感じさせた。


「しかし、根拠に証拠か。別に話しても構わないけどその詳細を語るとかなり時間を浪費してしまうから、次の話に繋げるためにも簡潔に話をさせてもらうよ」


 ゼウスは三体の疑問に答える意思を伝えた。ゼウスは表情こそ微笑んでいたが、口調や仕草から真剣さが感じられた。


 三体はゼウスが冗談を話しているようには見えず、ゼウスの話が現実味を帯びたものだと感じ始めていた。


「人類は確かに目覚ましい成長を遂げてきた。それは間違いない。だが、それなのになぜ人類は衰退してしまうのか。その主な理由の一つとして資源の枯渇、それから知識の飽和が挙げられる」


 ゼウスは指を二本立てると空たちにその手を突き出した。リギラたちはゼウスの話に口を挟まず、黙って傾聴を続けた。


「資源の枯渇は分かるよね。その言葉通り地球から人類が使う資源が無くなってしまうんだ。資源は生活の源。資源が無くなれば生活の維持が難しくなり、人類はやがて適応できないものから数を減らしていく。さらに、資源が無くなれば残った資源を巡って争いが起こる。戦争はそれに参加した者だけでなく意図せず巻き込まれた者を含め大量の人類を殺す」


 ゼウスは掲示した理由の一つを簡単に説明した。


 三体はゼウスの話を素直に聞き入れた。なぜならば、ゼウスの話した理由は誰しもが考えるもので妥当な内容だったからだ。気が付けば三体は警戒心など忘れて、真剣にゼウスの話に聞き入っていた。

ゼウスは真剣に自身の話を聞く種族たちを見て、話を続けた。


「人類が衰退する二つ目の理由、知識の飽和。これは、簡単に言えば次の技術の発展に必要なひらめきを起こせなくなるんだ。エジソンのような発明も、ライト兄弟のような発想もできなくなり、今後彼らのような天才が生まれてくることもない。人類は過去の業績に縛られることで発想力が低下し、皆同じようなものしか創造できなくなる。その結果、技術の停滞に繋がる」


 ゼウスの話に三体は少し驚いたが、同時に納得もした。納得せざるを得なかった。ゼウスが嘘を付いているようには見えず、ゼウスの言葉の中から真剣さを汲み取ることができたからだ。


 ゼウスはピースサインを一本指に変えて、空のことを指差した。


「そう、君たち人類は天変地異による自然淘汰でその数を減らすわけではない。ましてや、人類から裏切者が出て撲滅されるわけでもない。君たちは行き過ぎた人類の進化故に、衰退の末路を辿ってしまうんだ。何とも皮肉な話だけどね」


 ゼウスの話が一区切りついたところで、ギハンは手を挙げた。


 ゼウスはギハンが手を挙げる仕草に気が付き、ギハンが話始めることを待った。


「今のお話を聞く限り、とても我々が解決できるようなものだとはとても思えません。それに先ほどゼウス様が仰っていた『地球からの代表選手』というお話にも繋がりが見えてこないのですが、ゼウス様はどのような意図でこのようなお話をされたのでしょうか」


 確かにゼウスの話を聞く限りでは、いくら空が普通の人間ではないと言ってもとても一介の存在が左右できる内容ではなかった。


 ゼウスはギハンの話の意図を汲み取ると、掌をギハンに向けて静止の意志を示した。ギハンはゼウスの掌を見て口を噤んだ。


「君の言う通り、僕は空がこの問題を直接解決するだなんて思っていない」


(直接?)


「それに解決策はすでに見つけてある上に、その準備も進めているんだ。空にはただその手助けをしてほしくて声を掛けたんだ」


 ゼウスはギハンから空の顔に視線を移しながら話した。


 空はゼウスの突拍子のない話にも表情を一切変えることなく、ただ黙って四体のやり取りを眺めていた。


「では、『地球からの代表選手』というのは」


「死神クン。地球上の物資が枯渇する、地球に住む人類の知識が飽和する。この二つの問題点を解決するにはどうすれば良いと思う?」


 ゼウスは口に咥えていたアイスの棒を取り出しながらギハンに問題を提示した。


 ギハンは少しだけ考えるとすぐに解答が思いついた。ゼウスが何度も使っている「地球」という単語。ギハンは地球という単語に重点を置いて答えを導き出した。しかし、ギハンはその解答に自信が無かった。それこそあまりにも現実味の無い話だからだ。


 しかし、それ以外の答えが思いつかない。黙っていても仕方がないので、静かにその答えを口にした。


「まさか、他の惑星に生息する生物に知恵と物資を拝借すると?」


 ギハンはゼウスの求めているであろう解答を口にした。ギハンには自身が話した解答に確証を持てない理由があった。物資を他の惑星から採取することに関しては理解を示し、尚且つ賛同もできるものだった。


 しかし、人類の現代技術を駆使しても未だ見つけられていない地球外生命体を広大な宇宙から探し出し、尚且つ意思の疎通を図ろうとするなど、正気の発想とは思えなかったのだ。ギハンはゼウスの顔色を窺った。


 ゼウスは口角を上げていた。その表情を見て自身の解答が正解したことを悟った。それと同時に神の発想力に驚きを隠せなかった。


「その通り! 地球にないのなら他の星から貰えばいいんだ! 物資も。そして、発想も」


 ゼウスはギハンの解答を決定付けるように正解を発表した。その時の表情と言ったらそれはもう、突拍子の無いことを思いつく悪ガキのようなものだった。そんな顔をしながら、ゼウスはアイスの棒を持ったまま両手を天に、宇宙に掲げた。空たちは黙ってゼウスの行動を眺めていた。


「……ぶっとんでやがる」


 少し間を置いてリエガがゼウスとの会話の中で初めて口を開いた。その思いが口から漏れ出てしまったのだ。ギハンもリエガと同じ感想を抱いたが、その発想の異常さを前に言葉が出てこなかった。


 ゼウスはリエガの言葉を聞いて顔をリエガに向けた。ゼウスとリエガの目線が合うと、ゼウスはリエガに向かってはにかんだ。こいつ、本気だ、とリエガはぞっとした。


「ちなみにどの星にお願いするかは決めてあるし、すでに話合いも済んでるよ」


「⁉」


 三体はゼウスの発言でさらに驚かされた。既に事が進んでいることに対してもそうだが、何より、宇宙人の存在がいとも簡単に明らかになったことに驚いた。


 三体が驚いている中、ゼウスはさらに話を続けた。


「けど、相手も事情があるようでなかなか援助の了承をしてくれなくてね。それどころか、相手もこちらに色々と要求してきたんだ」


 驚いている三体を他所にゼウスは一人で話を続けた。


「話は拮抗したよ。あちらが立てばこちらが立たず。話はずっと平行状態。そこで僕が提案したんだ。各惑星から代表選手を選抜して、戦わせる。勝った星が全てを総取りするのはどうかって」


 三体は驚きに取り残される中、ゼウスの話はとんとん拍子に進んだ。


 三体はようやく宇宙人の事実を呑み込み、ゼウスの話に集中した。


「な、なるほど。それで空が地球代表の選手候補であるということですか」


 ギハンはゼウスの話をすぐに把握し、自身の中での結論を言葉にした。


「そういうこと。話が早くて助かるよ」


「しかし、それならばわざわざ空に頼まなくてもご自身の力でなんとかできるのではないですか」


 ギハンは純粋な疑問をゼウスにぶつけた。ギハンはゼウスの力があれば空に頼らずともたった一人でも他の惑星から物資を奪うことが可能なのではないかと考えた。それだけでなく、全知全能だというのならば知識を人類に教授することも、資源を新たに生み出すことも可能であることも憶測した。


 ゼウスのやり方が回りくどいように感じたのだ。その結果、ギハンは疑問を口に出した。


 しかし、ゼウスはギハンの言葉を聞いて首を横に振った。


「ダメなんだ。本来、神は人類の行く末に干渉することは禁止されていることを知っているかい。今回もその例に漏れず干渉することは禁止行為に当たる。この件に関しては他の神にも内緒で、僕一人で計画を進めているんだよ。これ以上の干渉は他の神にバレる危険があるから迂闊なことはできないんだ」


 話の内容のせいか、ギハンはゼウスの声量が小さく感じられた。ギハンはゼウスの話を聞いて納得した様子を示した。


「それに、人類の問題はやっぱり人類が解決しないとね」


 今度は表情を笑顔に変えて言葉を発しつつ、空に目配せをした。


 空はゼウスの様子を顔色一つ変えずに黙って見ていた。震える手をしっかりと抑制しながら。


 ゼウスは空の無反応を見て表情を笑顔から真剣なものへと変貌させた。


「話をまとめよう。今、人類は先述べた理由で衰退の危機に瀕している。その危機から脱却するためには他の惑星の力を借りる必要があり、人類は課された試練を乗り越えなければならない」


 ゼウスは真剣に話をしながら空に向かって歩き始めた。


「そして、僕はその試練を乗り越えるために必要な、地球上で戦うことのできる強い人間を十人探している。今は九人集まって、残りはあと一人だ」


 ゼウスは空との距離を縮めていく。やがてゼウスは空と触れることのできる距離にまでその存在を近づけた。


「君はそのうちの一人に選ばれたんだよ」


 明らかに空気が変わった。朗らかな空気はゼウスが真剣に話すにつれて、肌を震わすものへと変わっていった。空がその空気で態度が変わることはなかったが、他の三体がそれを感じ取った。ゼウスが放ったその一言には、今日これまでゼウスが語ったどの言葉よりも圧があった。


 空は言葉の重みを無表情で肌に感じ取った。


「無理強いはしない。ただ、君さえ良ければ僕のため、ひいては地球の未来のために戦ってくれないかな」


 ゼウスは言い終えると同時に空へと手を伸ばした。ゼウスの手は空とゼウスの間で留まった。空から手を握り返してくれることを待っている様子。


 空はゼウスの手を見つめたまま、動こうとはせず、リギラたちの指示を待った。このような時でさえ、空は自分の意思を持ち合わせていないのだ。


 リギラは空が指示を待っていることにすぐに気が付いた。


「握って! 空、握って!」


 リギラは急いで空に指示を送る。リギラはゼウスに聞こえないように小声で話した。


 しかし、二人の距離は近い上にゼウスはリギラの存在が見えていたため、いくら小声と言えど聞こえないはずもなく、ゼウスはリギラの声を聞き逃さなかった。しかし、ゼウスがそのことについて言及することはなかった。それどころか聞こえていない様子で空の顔をただじっと見つめ、握り返されることを待ち続けた。


 空はリギラの指示のもと、反対の手を伸ばすことでゼウスの手を握った。


「ありがとう」


 ゼウスは差し出した手に温もりを感じると、固く空の手を握った。しばらく空の手を握った後、ゼウスは空から手を離した。


「さて、後付けになってしまって申し訳ないけど、なにか質問はあるかな。答えられる質問なら何でも答えるよ」


「なら一つ聞かせてほしいんだが」


 ゼウスの言葉を聞いて最初に口を開いたのはリエガだった。リエガは神の存在にも物怖じせず、敬語を使わなかった。ゼウスはリエガの声を聞いて焦点を悪魔に合わせた。


「空を最後の選抜代表として声を掛けたのには何か理由があんのか。認めんのも癪だがこいつは並みの人間より断然強ぇ。強い人間を探してんなら真っ先にこいつに声を掛けるべきだろ」                    


 リエガは口には出さなかったものの、本当に聞きたいことを隠してゼウスに尋ねた。


 リギラはゼウスに無礼な言葉遣いで接するリエガに腹を立て、騒ぎ立てた。リギラはゼウスの存在に慣れたためか、口調、態度はいつも通りだった。


 しかし、いつもならリギラに突っかかるリエガも、この時はリギラを無視して質問に意識を集中させていた。


 リエガは空の強さを確かに信用していた。地球上で今、空より強い人間が居ないと思わせるほどにリエガは空の強さを認めていた。しかし、ゼウスの「最後の代表選手」という言葉である疑問を抱いた。


 空は人類最強ではないのか、空よりも強い人間が他に存在するのではないか、空の強さは序列で表すと十番目の強さではないのか、という疑問。リエガは空以上に強い人間が存在することを懸念した。


 自身が弱っていたとはいえ、まだ力を付けていなかった頃の空に敗北した。それだけでも、空の強さは立証できるが、加えてギハンやメイとの出会いを通じて空が強くなったことをリエガは実感していた。その空が十位に甘んじている事実が許せなかった。これだけ強くなってまだ、世の中には上が居るのか、と。強くなる前に敗れた自分は何だったのか、と。


 認めなくはなかったが、リエガはそれ以外に、空が最後に召集された理由を思いつくことができなかった。


「単純な話だよ。それは空が……」


  リエガは続く言葉に期待する。自分の考えを覆す他の理由が述べられることを。


「今、地球上で十一番目に強いから声を掛けるのが遅くなっちゃったんだ」


「……十一位?」


 リエガの期待を裏切って、ゼウスは現実を突きつける。


 リエガは絶望に沈むでも悲壮感に陥るでもなく、少し腹を立てた。S級という驕りから強さに慢心していたことに。今の自分は地球上で見ても遥か下の存在であることに。行き場の無い感情を、腹を立てることでしか発散することができなかったのだ。


「ちょっと待ってください。十一位? 十位ではなくてですか」


 腹を立てるリエガを他所に、ギハンは疑問をゼウスにぶつける。


「空くんの強さは十一位で間違いないよ。一番強い人には相談できなかったからね」


「? それは一体どういう……」


「実は、一番強い人が誰なのかわからないんだよね」


「???」


 奇怪なことを話すゼウスにギハンは困惑する。


「仰っている意味がよく分かりませんが、一番強い人間が誰なのか分からないから、この話を持ち出すことができなかったということでしょうか。だとすれば、そもそもそのような人間などいないのでは? ゼウス様が把握されていない人間がこの世に居るとはとても思えませんが」


「いや、一番強い人間は確かに存在する。ただ、その人間の素性も今どこに居るかも何も分からないんだ。その人間の情報だけを黒塗りされたみたいで一つも思い出すことができない。分かっていることはその人間が一番強いということだけ」


 ゼウスはその人間について淡々と語る。その表情はどこか暗いようにも、何かを懸念しているようにも見て取れた。


(……全知全能でも知らない人間? そのような人間が本当に存在するのか? いや、そうなるとこの男が神であるということも怪しいか)


 ゼウスの話から分かったことは、その人間が一番強いということのみ。それ以外、その人間については何も情報を得られなかった。


「……分かりました。詳しい事情は存じ上げませんが、ひとまずその人間は代表戦には不参加ということですね」


「その認識で問題ないよ。これで、空くんが十一位である理由も理解してらえたかな」


 ゼウスは質問したリエガ本人に確認の言葉を投げる。


「……ああ」


 リエガは不機嫌な時の子供のような返事をした。空以上の人間がまだ地球上にいたことは、リエガにとって余程の事実だったのだろう。


 ゼウスは不愛想な返事をするリエガに何を言うでもなく、ただ質問を答え終えて「よしっ」と満足げに言い放つだけだった。


「他に何か質問はあるかな」


 新たな質問を待ち受けるゼウスに、ギハンは空の中で手を上げる。ゼウスは、ギハンに焦点を合わせ、その目で質問を促した。


「それでは代表戦について、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか。ルールや形式、開催場所、開催日時に至るまで、答えられる範囲で良いのでお答えしていただきたい」


 流石、ギハンというべきか。代表戦についての詳細を求めるギハンの姿は智将と呼ぶに相応しい姿だった。


「当然の質問だね。けど、残念ながらその質問には答えられないよ」


「……それはなぜでしょう」


 ギハンは不服そうにゼウスに聞き返す。


「単純な話、公平性を保つためなんだ。ルールが分かれば作戦を考えることができるし、形式が分かればそれに向けた練習もできる。ま、先に話すことで生じる不平等を極力減らすためにそうしてるってことかな」


「なるほど。しかし、場所や日時くらいは聞くことはできますよね。それだけは相手にお伝えしておかなければ集まることができませんから。お伝えしてあるはず、ですよね?」


「まぁ、それなら答えられるかな。けど、場所に関して言えば、答えを聞いても何も得られないと思うよ。ただの廃れた惑星だし」


 ゼウスが場所の話を持ち出したときの、言われても気付かないレベルの微かな違和感のようなもの。その微妙な何かに空とリギラだけが気が付いた。しかし、空は言わずもがな、リギラも神の前に居るせいか、そのことを口にすることはなかった。


「その情報だけでも充分です。他の惑星の方々のホームベースでないのでしたら、皆条件は同じはず。それが分かっただけでも収穫と言えるでしょう」


 ギハンは予想していた解答が返ってこずとも、不満げなく応えた。


「それで、日時はいつ頃を予定しているのでしょうか。来月か、それとも来年か。いずれにしても、今の空がどこまで通用するかわからない以上、準備期間は必要ですね」


「それはそうだね。地球でだって一番じゃないんだもん。相手はもっと強い可能性だってある。それに備えた特訓は必要だもんね!」


 リギラの「地球で一番ではない」という言葉に反応して、リエガが舌打ちをする。その態度から未だふてくされていることが窺えた。そんなリエガをおいて、リギラはゼウスとの会話を続けた。


「それで、その代表戦は一体いつ行われるのですか?」


 リギラとギハンはゼウスの様子を伺った。


「明日」


「……今、なんと?」


「明日」


「……⁉」


 少し間を置いて、ゼウスが口を開いた。言いよどむことも、濁すこともなく、かといってふざけた調子もなく淡々と言った。真顔である。笑っていない。真剣でもない。真顔。さっと言ってしまえば流れるだろうと、暗躍した様子である。


 一方、聞いていた側。何を言っているんだこいつは、と思いもよらぬ解答に一同は驚きを隠せなかった。その驚きを呑み込むことができぬまま、ギハンは開いた口からそのまま言葉を発した。


「明日⁉ 本気で言っているのですか⁉」


「仕方ないだろ! 話合いが終わってから、必死こいてこっちのメンバー探してたら結構時間掛かっちゃたんだよ!」


「それならそれを考慮して予定を組むなりずらすなり、何かしらやり方や対応の仕方があったでしょう!」


「相手の都合もあるのにそんな簡単に変えられるわけないでしょう!」


 あまりの衝撃に思わず突っかかった口調になるギハン。自分も想定外だと騒ぎ喚きながら反論するゼウス。両者の口論は長々と続いた。リギラとリエガは「明日」という言葉の衝撃と口論の激しさに呆気に取られ、空は顔色一つ変えずに黙って立ち尽くし、メイは「ちょうちょっ!」と言って遊んでいた。


「とにかく! 争奪戦は明日! この決定は変わらないし変えられない! 明日迎えに行くから準備しといてね! それじゃ!」


 ゼウスはギハンの詰め寄る言葉にいたたまれない気持ちになったのか、言いたいことだけ言い残してその場から姿を消した。


「あ、ちょっと!」


 ギハンの呼ぶ声空しく、ゼウスの耳に届かずに空中を彷徨った。

 

 空たちはしばらく誰も話さなかった。神との怒涛の会話に呆気に取られたか、それともありえない現実を目の当たりにして先ほどまでの記憶を噛み締めているのか。一人佇む静かな町に、続々と人がなだれ込む。そしてすぐに元の街並みに戻り、人々の賑わう声が空の耳に再び入る。


 空は待ち行く人ごみの中、その場から動かなかった。リギラたちも、人が溢れても何も言わない。これは夢なんじゃないか、と思う三体の目に地面に着いた汚れが目に入る。それは、アイスが暑さで溶け落ちた跡、紛れもない神が確かにそこに居た証。リギラたちは、今経験した全てが現実であるとじわじわと実感した。そして、やはり誰も口を開こうとしなかった。


 しばらくして、リギラが口を開いた。


「……取り敢えず、帰ろっか」


 その言葉に元気は無かった。しかし、恐怖や焦りがその言葉に乗っているわけではなかった。リギラは

目まぐるしい放課後にただただ疲れていた。


「……そうですね」


「……だな」


 続くギハンとリエガも同じで、言葉には「疲労」の二文字が色濃く出ていた。


「えー? もう帰っちゃうの?」


 唯一、元気に言葉を発するメイは、言葉に不満を載せていた。話合いが終えるのをずっと待っていたメイにとって、リギラたちの言葉はショックだったのだ。


「ごめんね、メイ。また今度連れてきてあげるから、今日はもう帰ろう?」


 リギラが謝った。しかし、今回の言葉はいつもの不安から出てくるそれではなく、断りを入れるための枕言葉。リギラは静かに帰宅を促した。


「んー分かった。今日はもう帰る。でも、約束だよ。また連れてきてくれるって」


 普段とは違う様子のリギラを見て、メイはしぶしぶ折れる。メイの言葉にリギラは静かに頷いた。その様子をリエガとギハンは茫然と眺める。


「連れてくるのは空だろ」


 いつもなら思いつく、そのようなツッコミも出ないままに、今日起きた出来事を頭の中で巡らせていた。


 満場一致で帰宅の雰囲気が出たところで、空は足を動かし始めた。賑やかな町に反して、一人静かに歩く少年。その中に潜む天使たちも、先ほどとは打って変わって静かである。この町に来た時には騒がしいほど鳴り響いていた甲高い声たちが、離れる時には何一つ聞こえてこなかった。



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