その者、全知全能なりて
七月下旬、校舎の窓越しから聞こえる蝉の鳴き声が夏を告げる今日この頃。
空は最寄り駅より数駅離れた町に来ていた。飲食店、服飾雑貨、ゲームセンターなど様々な店が立ち並ぶこの町は娯楽で溢れており、学校帰りの学生や休日を満喫する社会人で賑わっていた。
普段ならこのような場所に足を運ぶことはない空だったが、先日仲間になった妖精、メイの要望で人の住む町を観光することになった。リギラもメイの提案に賛同し、放課後探索が決定した。
空はいつものように登校し、いつものメンバーに絡まれ、蒸し暑い体育館で終業式を済ませた。実質夏休み初日とも言えるこの日、ありもしない空の意思に関係なく、リギラとメイに連れ回されることで予定が埋まった。空はリギラに導かれるまま、メイに指示されるままに町を散策し回った。
リエガとギハンは何を言っても無駄だということを理解していたため、二体がはしゃいでいる間はただ黙っていた。他の学校も同じ日に終業式が終わったのだろうか、町は大勢の若者で賑わっていた。
リギラとメイは楽しそうにお喋りしながら観光を満喫していた。
「空! 次はあそこの大きな建物に行きたい!」
メイは近くのビルの下で経営されているアクセサリーショップを指差していた。その店以外にもビルの中に入れば様々な店が展開されている施設だった。
空はメイに言われるがままに、指示されたビルを目指した。
人ごみを掻き分け、ビルへと近付いていると一人の青年と立ち会った。青年はその場を動かず、空と向かい合ってじっと空のことを見つめていた。青年の表情には満面の笑みが浮かんでいた。
「やあ、空。はじめまして」
空が青年を横切ろうとしたその時、青年は片手を挙げて空に向かって挨拶した。麦わら帽子を被り、片手にはアイスクリームを持っていた青年の表情は、変わらずに笑顔のままだった。
「空、知り合い?」
メイが空に質問した。空はいつも通り無反応でメイに返した。最初こそ空の反応に腹を立てていたメイだったが、今は空の無反応にも慣れてそのことで怒りを覚えることはなくなっていた。
「違うっぽいね」
リギラは空の反応を見て代わりに答えた。
「ふーん」
そして、空の代わりにリギラが答えることにも慣れた模様。空に質問をしたメイだったが、その実、目の前の青年が知り合いかどうかに興味はなく、メイは早くショップに並んだ色鮮やかなアクセサリーを見物したかった。
(なんでそれで分かんだよ)
今日、一日中口を開いていないリエガがリギラの反応に心の中でツッコミを入れた。しかし、今日はタスクもなく一日平和に過ごしていたリエガは、リギラに絡む方が面倒くさいと考え、思ったツッコミを口には出さなかった。
(さっきはじめましてと言っていたでしょう)
町の探索中、会話に混ざらなかったギハンもリエガと同様に心の中でツッコミを入れる。ギハンもハイテンションの二体と絡む気分ではなかったため、その思いを心にしまい込んだ。
「おっと、まずは自己紹介からしないとね。僕の名前は……」
青年が自己紹介を始めようとした。その時、
「ねー空。お話聞かなきゃダメ? 早くあのお店に行こうよー」
メイは青年の話を遮り、空にビルへと向かうことを急かした。
「ダメだよ、メイ。もしかしたら困りごとかもしれないよ。助けが必要なら手を貸してあげないと」
メイはリギラの発言に不貞腐れた態度を取った。
一方、とても天使らしい発言をするリギラに対して、いつものようにからかおうとしたリエガだったが、面倒臭さが上回って、またも口に出すことをやめた。
そしてギハンは、リギラの発言で面倒くさいことが起こりそうだ、とため息を一つ。
「そうなんだ。実は困りごと、というか相談ごとがあってさ。空たちにぜひ、聞いてほしいことなんだよ」
青年はリギラの言葉を拾って、会話を繋げた。青年がアイスを頬張ると、メイは唾を呑んだ。
「……え、」
アイスに夢中なメイに対して、リギラは青年を見て、笑顔だった表情を青ざめたものへと変貌させた。
「?」
メイはリギラの様子がおかしいことに気が付いた。
ギハンもリギラの様子の変化に気が付いたが、おかしくなった原因が分からず、ただ黙って様子を見ることしかできなかった。ただ、面倒くさいこと、というよりも嫌なことが起こりそうな予感がした。
「リギラ、大丈夫? 顔色悪いよ?」
メイはリギラに心配の声を掛けた。
リギラはメイの方に顔を向けず、ただ青年の方を見て呼吸を荒くした。
「確かに顔色が良くないようだ。大丈夫かい?」
青年もメイに続いて、顔色が悪くなったリギラに声を掛けた。
この時、ギハンは初めて青年の異常さに気が付いた。
「空‼ 離れてください‼」
ギハンはいきなり大声で空に指示を出した。
空はギハンの指示のもと、すかさず青年との距離を取った。
「き、急にでけぇ声出すんじゃねぇよ!」
耳だけ傾けていたリエガが今日、初めて声を出した。突然大きな声を出したギハンに対して不満の声を漏らす。
リエガはまだ状況が呑み込めていないようで、大声を上げたギハンの様子を伺うと、リギラ同様に焦った表情を浮かべていた。リギラの様子もおかしなことに気付いたリエガは、二体のただならぬ反応を見て、ようやく今が異常事態だという認識を持った。
リエガは青年の方に目線を向けたが、特に変わった様子は見つけられず、至って普通の人間にしか見えなかった。
「おい! こいつが一体なんだってんだ⁉」
リエガは、青年に不可思議な点を見つけられず、焦りを見せるギハンにその意図を聞いた。
ギハンはリエガの質問に答えず、青年の方を見つめて視線を逸らそうとしなかった。その様は森の時同様、警戒心を強めているものだった。
「……あなた、なぜ私たちと会話ができているのですか」
ギハンは焦りと動揺が混ざった声で青年に質問した。
ギハンの言葉を聞いてリエガは衝撃を受けると同時に、リギラとギハンの動揺の理由も理解した。そして、伝染するかのようにリエガの表情にも焦りの色が見られた。
リエガは二体の焦りの意図を察すると、咄嗟に青年の方を注視すると共に、警戒心を強く抱いた。
メイは状況を把握することができず、緊迫した空気に戸惑っていた。
青年はギハンの言葉を聞くと腰に手を当て軽いため息を一回吐いた。リギラ、リエガ、ギハンの三体はただのため息に過敏に反応した。
「君たちちょっとせっかちすぎるよ。その疑問を払拭するためにさっき自己紹介しようとしたんだから」
青年は呆れたようにものを言うと、空の方に視線を向けた。青年の単なる視線移動にも三体は反応した。
空はこのような状況でもいつも通り無反応。青年は空の態度を見て口角を上げ直した。
「それじゃあ、改めて自己紹介!」
青年は突然元気な声で宣言した。同時に、青年は麦わら帽子を取り、ボウアンドスクレープ、片腕を前に、もう片腕を外に伸ばすお辞儀の姿勢を取った。
青年の突然の大声と大振りな仕草に、三体は三度、過敏な反応を示す。
「僕の名前はゼウス。君たちが言うところの……」
青年、ゼウスはそこまで言うと姿勢をそのままに、顔だけ少し上げて空の方へと視線を向けた。
「神に当たる存在だ」
ゼウスと名乗った青年は顔に笑みを浮かべて、静かに自己紹介を終えた。
ゼウスの表情は傍から見ると、不敵に微笑んでいるようにも捉えることができるほどに、不気味さが滲み出ていた。




