悪あガキ
「……あ?」
リエガは妖精の小さな声を聞き取ることができなかったのか、それとも聞こえはしたものの理解ができなかったのか、聞き返す意図を含んだ声を発した。
「やだやだやだ! まだ負けてないもん! 私、分身だもん! 直接捕まらなきゃ私の勝ちだもん!」
妖精は駄々をこねるように声を荒げた。妖精の表情はくしゃくしゃで、目元には涙が溢れかえっていた。妖精は言い訳がましく、自身が分身であると主張し始めた。
「てめぇ! 往生際が悪ぃぞ!」
リエガは妖精の態度に腹が立ち、妖精に負けないくらいに声を荒げて言葉を発した。
「やだったらやだもん! 時間までに捕まらなきゃ私の勝ちだもん!」
妖精は聞く耳を持たず、駄々をこね続けた。
「てめぇいい加減に……」
リエガが再度怒りの言葉をぶつけようとした。
「やだ!」
しかし、リエガの怒号は妖精の駄々によって遮られた。リエガは完全に頭に血が上っていた。
「……仕方ありません。空、彼女を捕まえてくれませんか」
ギハンは二体の押し問答に呆れてため息を吐くと、空にタスクを要請した。空はギハンの言葉を聞き終えると、高く飛翔する準備をした。
「‼ させないんだから‼」
妖精は空の様子を見て、残っていた大量の分身を動かし始めた。空は迫りくる大量の分身の対応で飛翔を中断せざるを得なかった。空はやむを得ず天使のエネルギーで双剣を作成し、素早さと得意な武器を活かして分身を相手取った。
隙を見て跳ぼうとするも、これまで以上最大の攻撃の鋭さに、その隙を与えられることはなかった。
「いい加減にしろよ‼ 勝負は決まっただろうが‼ 駄々こねてんじゃねぇ‼」
リエガは止むことのない攻撃と妖精の態度に完全に怒りに飲まれ、今日一の大声で怒りを露わにした。
「まだ決まってないもん。残り時間、逃げ切って空と一緒に永遠に遊ぶんだ!」
妖精はリエガの声に怯まず駄々を貫き通す宣言をした。妖精の言うとり、残り時間は五分も残っていなかった。加えて、大量の分身の止むことなき攻勢に、ドラゴンも妖精の前に残っていた。空は妖精の駄々によって再び窮地に立たされた。
ギハンは大木から伸びる影を見た。影のほとんどが水からでて時間はほとんど残っていなかった。
「時間がありません空、急いで!」
ギハンは急かす様に空に声を掛けた。ギハンは、妖精の駄々に付き合う必要がないことに気が付いていた。しかし、妖精が納得するためにも、時間内に決着を付けて後腐れを無くそうと考えていた。
空は双剣にエネルギーを流すことを止めると、その場で立ち止まり両手を広げた。
「⁉」
空の突然の隙の大きな行動にリエガ、ギハン、妖精の三体は理解ができず驚きの表情を浮かべた。リギラは空の様子をただ黙って眺めていた。大量の分身が四方から空に迫り、ついに空へと手が届こうとしていた。
「やった! これで…」
妖精は勝ちを確信した。
そのとき、空と分身の間に見覚えのある白い盾いくつもが現れた。白い盾は空の周囲を囲むように配置され、分身の侵入を阻んだ。
「こいつ、エネルギーの同時併用をいつのまに⁉」
リエガは白い盾の正体をすぐに思い出した。しかし、それ以上に、空が同時にいくつもの白い盾を作成したことに対して、驚いた様子を示した。空がいつも使用している双剣も確かに同時にエネルギーを展開しているものであったが、今回空が展開した盾の多さにリエガは驚きを隠しきれなかった。
分身が白い盾に勢いよく衝突すると、分身は各属性特有の崩壊の仕方を示した。爆発、投擲、雷撃まで様々だった。しかし、白い盾はどの余波も通さなかった。しかし、白い盾はその役目を終えると粉々になり、光の泡となって消えた。
「すごい。すごいんだけど……」
妖精は空の動きに感心した。しかし、今まで以上に素直に喜ぶことができなかった。空の想定以上の動きは遊びが終える可能性を示し、自身の首を絞める行いだからだ。妖精は新たに分身を作成しようとした。しかし、すでに空は飛翔の準備を終えていた。
瞬間、空は妖精に向かって勢いよく跳躍した。
「ッ!」
妖精は仕方なく分身を作り出すことを諦め、近くに待機していたドラゴンを、自身と空の間に挟んだ。時間は残り数秒。空の跳躍は目の前の巨大なドラゴンをそのまま倒して妖精を捕まえるほどの勢いはなかった。また、ドラゴンを倒して地面に戻り再び跳躍して妖精を捕まえるには時間が足りなかった。
この場に居る誰しもがそのことには気が付いていた。リエガとギハンは焦ることしかできなかった。リギラは先ほどと変わらず黙って様子を伺っていた。
「やった! これで私の勝ち……」
妖精は勝ちを確信し、喜びの声を上げた。その時、ドラゴンが真っ二つに引き裂かれて崩壊した。ドラゴンはいくつもの水滴に分かれて雨のように地面に降り注いだ。
「⁉」
妖精、リエガ、ギハンはまたも驚いた様子を示した。三体は急いでドラゴンを真っ二つにしたものの正体を確認した。それは先ほどまで空が操っていたもの、数多の分身を切り刻み、多くの木々を切り倒した武器。その正体は先ほど空が出した鎌だった。
「鎌を遠隔操作で消失させずに取っておいたのか!」
リエガが気づいたことを声に出した。空は遠隔操作で使用した鎌をそのまま潜ませ、再度遠隔操作で使用した。見事に空の機転で隙を突かれた妖精は、ドラゴンを操る間もなく最後の切り札を破壊されてしまった。ドラゴンが消えたことで妖精と空の間を遮るものはなにもなくなった。
「う、うそ。やだ」
妖精は信じられないものを見たかのように、絶望の表情を浮かべた。目元にはまた涙が溜まっていた。勢いよく迫りくる空にその表情はどんどん暗くなる。空と妖精の距離が縮まっていく。妖精は他の一手も、隠していた切り札もなく、どうすることもできなかった。
「やめて、来ないで」
妖精の弱弱しい声が響く。先ほどの駄々をこねる元気さえは見る影がなかった。空は手を伸ばした。
「来ないでぇぇぇ‼」
妖精はその場で複数体の分身を作り上げた。急いで作った分身は歪な形をしており、妖精と呼ぶには無理のある代物だった。妖精は出来上がった分身をすぐに空の方へと飛ばした。
空は妖精の行動を見て、伸ばした手の前に白い盾を生成した。分身たちは空の作った盾に衝突すると、やがて崩壊した。
「あ、ああッ……!」
妖精は壊れ行く分身たちを見て悟った。これで終わりなのだと。これで空と遊ぶことができなくなると。
妖精の思いなど知る由もなく、白い盾が割れて、空の姿が出現する。空は腕を妖精に伸ばした姿勢のままだった。
妖精は空が手を伸ばす仕草を見て、耳を塞ぎ空中でうずくまった姿勢を取った。
次の瞬間、妖精の願いは聞き届けられず、空は妖精を片手で掴んだ。妖精は空に掴まれたその時、目元に溜まった涙を流した。声は出さずただ静かに空の手の中で涙を流した。
空は妖精を持ったまま地面に着地した。地面は分身の影響で荒れ、水でできたドラゴンの崩壊によってぬかるんでいた。




