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英雄  作者: ゲシンム
第一章 善と悪、成長と童心
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与えられた役割

 電気が流れた後、空は水しぶきをあげてその場に倒れ込んだ。幸いにも、川底が浅く幅も狭かったため、空の顔が水に沈む事態は避けることができた。


「……ら、っかり、、てください……‼」


 ギハンの声が途切れ途切れで空へと響いた。空はギハンの声が遠くにあるように感じた。空の視界が徐々に狭まっていく。場所や情景は違えど、空の体はトラックにはねられたあの時と似た体感を感じていた。


「……んで、っと早、に気付、、かった……!」


 リエガのギハンを罵る声が聞こえた。しかし、リエガの声も遠く感じた。リエガの内容は理不尽なものだった。リエガは無力な自分に腹立たせ、どうしようもない怒りを言葉に乗せて誰かにぶつけることしかできなかった。


「……し訳……ません。……が、っと、くに…付いて…ば……!」


 ギハンの声がますます遠くなる。リエガの怒りを理解していたギハンはただ謝っていた。


 ギハンは妖精が雷の属性を持っていたことを予測することができなかった。分身が空に迫り攻撃したとき、分身の属性に電気を扱うものがおらず、ギハンが直接観察した属性に注意を持っていかれたためだった。


 無意識のうちにギハンは、妖精が扱う属性の中に雷がない、思い込んでいたのだ。


 リエガとギハンの空を呼ぶ声が遠くなっていく中、空の視界が完全に閉じようとしていた。


「仕事だよ空‼ 起きて‼」


 突然の大声が空の視界を狭めることを止めた。声の正体はリギラだった。リギラは鼻息荒く、しかし焦りのない様子で空が起き上がることを待っていた。


 空は意識が朦朧とした状態で、弱弱しくも体を動かして、やがて立ち上がった。体は悲鳴を上げ足元もおぼつかない中、空は息を切らしながらその場に立った。軽く押せば今に倒れそうな状態の空だったが、川の水に足を突っ込み、両足でそこに立っていた。


(⁉ 意識を失う寸前だったはずが、こいつ立ち上がりやがった⁉)


 空が立ちあがったことに対して、リエガは驚きを隠せなかった。


(リギラの声に応えたというのですか⁉ そんな馬鹿な⁉)


 ギハンも同様に驚いた様子だった。


(嘘、あれでも立つの⁉ いくら頑丈な体だからと言っても普通の人なら死んじゃうレベルの電気を流しちゃったんだけど⁉)


 リエガとギハンだけでなく、妖精すら空が立ちあがったことに驚いていた。


 空はこの場の誰もが気絶したと思うほどに重症だった。それでも空を立ち上がらせたものは、ただタスクを遂行する使命感のみだった。リギラに言われたから、誰かの指示があったから、その理由のみで空は立ち上がった。


 一方、妖精は致死レベルの電気を流したことに反省しかけていた。大切な遊び相手が傷つき死んでしまうことを恐れたからだ。


 しかし、人間が立ち上がる様子を見て反省という二文字は一瞬にして吹き飛んだ。妖精の中には反省に代わり、目の前の人間への興味と、どこまで遊びに付きあってくれるか、という好奇心だった。


 妖精の中に渦巻いた感情が彼女の暴走を助長させた。


(この人間さんならきっといつまでも遊んでくれる! 私の期待に応えてくれる! もっと知りたい、もっと遊びたい!)


 妖精は本来の目的を忘れて目の前の人間と遊ぶことに熱中した。それと同時に空に対する希望と期待が最高値に達した。これまで、空以上に遊んでくれる相手がおらず、相手に対して高い期待を抱けなかった妖精の中で、目の前の人間が、空が、期待以上の結果を出してくれることに、空への評価を高めていった。


 期待に胸膨らませる中、妖精は川の水を操り始めた。川の水は空中で集まり巨大な丸い塊になった。その後、水の塊は見るうちに形を変えてやがて見慣れた姿へと変貌した。


「ここにきてこいつかよ」


 水が変わりゆくさまを黙って見ていた一同だったが、水が形作った形状を見てリエガが言葉を発した。リエガの声には先ほど以上の危機が迫る絶望と空が立ちあがったことに対する希望が入り混じっていた。水は空たちがこの場に来る直前に見たものと同じものへ完成された。


 皮膚に無数の鱗、巨大な羽、鋭い爪と牙。唯一異なることは実態を持つことのみ。妖精が水で巨大な創作物、ドラゴンを完成させた。


「グアアアアアァァァァ‼」


 ドラゴンは大きな口を開けて勢いよく咆えた。ドラゴンの咆哮が空気を伝わり、地面や木々を震わせた。実態があるためか先ほどとは違ってドラゴンに威圧感があり、空気は張り詰めていた。


(まだまだこんなものじゃないよ!)


 妖精はドラゴンを作り終えると、今度は分身を増産した。分身は木の陰、濃霧の奥、土の下など、いたるところから姿を現した。


「……やってくれますね」


 ギハンは今もなお増え続ける分身を前に言葉を発した。リエガと同様に焦り、絶望、呆れ、それと少しの希望が入り混じった声だった。


 息を切らしボロボロの人間の目の前には巨大なドラゴン、周りは大量の分身が囲んでおり、まさに四面楚歌の状態だった。


(だが……)


(空なら……)


 リエガとギハンはこのような絶望的な状況の中でも希望を見出していた。敵対し、空の前に立ち塞がった自分たちだからこそ、空への僅かな希望と期待を抱いていた。


(この絶望的な状況から人間さんはどう切り抜けるかな?)


 空に期待を抱いていたのはリエガとギハンだけではなかった。空の人間の常軌を逸した奮闘に、妖精すら目を輝かせていた。


「それじゃあ緊急タスクだよ! ここから本物の妖精を見つけてこの遊びに決着を付けよう‼」


 リギラは大きな声で発言した。残り時間もあと僅か、妖精と空の遊びも最終局面を迎えた。リギラの発言の後、空は切らしていた息を整え死神のエネルギーで鎌を作った。


(? さっきと何も変わらない……)


 妖精が空の様子をそのように思いかけた矢先、空は鎌をドラゴンに向かって勢いよく投げた。空の手元から離れた鎌は、その刃を振り回しながらドラゴンへと迫った。


 ドラゴンは背中に生えた大きな翼を広げ、空中へ羽ばたくことで鎌を避けた。放たれた鎌は勢いが落ちることなくドラゴンの奥にいた何体かの分身を切り裂いた。分身は各属性で異なった崩壊をした。


 しかし、それでも鎌の勢いは落ちず、鎌は分身のさらに奥に生えていた大木までをも切り裂いた。空はすかさず手を前に翳し、腕を前から後ろに勢いよく振り切った。連動するかのように、放たれた鎌は空の腕の動きに合わせて、エリアを囲んでいた木々を次々と切り刻んでいった。


「エネルギーの遠隔操作⁉」


 リエガは、空が遠くにある鎌を操作する様を見て、本日何度目かの驚きの声を上げた。


「この土壇場でそのような高等技術を……!」


 ギハンもリエガに続いて驚いた様子を示した。二体とも空の奇想天外な行動に驚かされるばかりだった。


 リギラは空ならこれくらいできて当然というように、黙って空の行動を見ていた。


(あの人間さんやっぱりすごい! 私とおんなじことするなんて!)


 妖精も驚きと歓喜した様子を示した。


(けど、なんで分身の方を狙わなかったんだろ。あの人間さんなら狙いを外さずに分身に当てることができただろうに)


 妖精は空の攻撃に疑問を浮かべた。妖精の疑問は、空への期待から出てきたものだった。


 妖精は空ならば分身を全壊するまででなくとも、半分以上は壊すことができる、という確信があった。


 妖精が人間の理解不能な行動に謎を深めている中、鎌は次々と周りの木々を切り倒し、ついには最初に倒した大木の元まで辿り着いた。妖精やリエガなど各々が異なる思いを馳せているうちに、鎌は周囲を一周して周りの木々を倒していた。


 木々が倒れていくと同時に空を覆っていた枝木の天井もなくなった。


 天がむき出しになり、空の目に灰色に映る夕焼けが見られるようになった。空は黙って顔を上に向けていた。


「空? 一体何を見て……!」


 ギハンは空が何を見ているのか分からない様子で言葉を発した。また、同時にギハンは空と同じ方向に目を向けると、空中に佇んでいる小さな何かを見つけた。ギハンはすぐにその正体を知ると言葉が詰まった。


 二体の様子を見て、リギラとリエガも同じ方向に注意を向ける。そこには空たちの様子を俯瞰する妖精の姿があった。


「……あ、しまった」


 妖精が自分を見ている人間たちに気付き言葉を発した。妖精は一瞬、空たちがなぜこちらを見ているのか理解することができなかった。空に対する気持ちの高揚が、かくれんぼという目的を忘れさせていたのだ。妖精は夢から覚めたような気分に陥った。


「あの野郎。卑怯な手を使いやがって」


 空中で空たちの様子を見ていた妖精に対してリエガは怒りの声を上げた。


「いいえ。卑怯ではありませんよ。彼女はきちんと指定した範囲の中には居ましたから。私たちが分身の中に本体が居ると勝手に勘違いしていただけです」


 怒るリエガに対してギハンは冷静に言葉を並べて、リエガをなだめた。リエガはギハンのもっともな言い分に返す言葉が見つからなからず、大きな舌打ちをした。


「それに気が付けば普通の人間にも見つけられるようになっています。分身に惑わされず木に登ればすぐに見つかるのですから。今にして思えばヒントもありましたしね」


 ギハンは得意げに話した。妖精を見つけ出したことで気分が少し高揚しているようだった。


「なんだよ、ヒントって」


 リエガは少し不貞腐れたようにギハンに聞いた。リエガは勘違いしていた自分と引っ掛けた妖精に対して怒りを抱いていた。しかし、ギハンに論破されてしまい、行き場の無い怒りを言葉に乗せることしかできなかった。


「一つは彼女がこの遊びを始める前に話した発言です。彼女は『探し当てる』ではなく『見つける』と言った。もし、分身の中に彼女が存在したら、彼女の性格からして前者の言葉を使っていたでしょう」


 ギハンは自身の推察を披露した。


「それだけじゃあいつが上に居る根拠には弱ぇだろ」


 リエガは因縁をつけるかのようにギハンに突っかかった。リエガはまだ怒りが払拭できていない様子だった。


「ええ、それで二つ目のヒントです。空は範囲内とは言えあちこち動き回っていたのに分身は正確に空を攻撃してきた。動かずに一点から観察していればどこかで必ず死角ができるというのに。だとすれば考えられることは一つ、空がどこに居ても観察できる場所に居ればいい」


 ギハンは推察を続けた。


「だから、あいつは上空に居たって結論になんのか」


 リエガはギハンの推察に関心したように納得した言葉を発した。ギハンはリエガの言葉に頷くことで肯定の意を示した。


「確かに、木の茂みに隠れながら観察してればこっちからは気付かず向こうからは丸見えってことになるな」


 リエガはようやく怒りが収まったのか、冷静に状況を分析した。


「その通りです。さらに決定的だったヒントが分身の出所です。いくら分身のストックがあったとしても、あの量を前もって用意していたとは考えにくい。だとすれば、上で分身を作成して、霧や木の影の中を移動させれば好きな場所、好きなタイミングで分身を補充できるという訳です」


 ギハンは付け加えるようにリエガに説明した。ギハンは言い切った満足感を抱いていた。しかし、ほんの少しの気がかりも抱いていた。


(しかし、空はこのことに誰よりも早く気が付いて行動したというのでしょうか)


 ギハンは空の様子を伺った。空はリギラの自画自賛を黙って聞いていた。ギハンは軽くため息を付いてそのことについて考えることを止めた。


 ギハンの想像通り、空は、ギハンが気が付いたことを、誰よりも早くに気が付いていた。さらに、ギハンも気が付いていない、もう一つのヒントも空は見逃さなかった。


 最初に空が死神のエネルギーを放出した後、二度目の放出の時である。空の攻撃が分身に避けられ、奥の木々へと当たった時、木々が倒れると同時に、攻撃を避けた分身もゆらゆらと空中を漂っていた。


 この時、倒された木々の枝葉に身を潜めていた妖精は、急いで場所を移動する必要があった。妖精が移動することで分身の操作に影響を及ぼし、分身は奇妙な動きをしていた。後にも先にも、分身がそのような動きを行ったのはその一回のみで、それ以外は動くことはあっても奇怪な動きは見せなかった。


 結果、空は妖精が木々の上に存在する可能性を見出した。


 しかし、そのことに気が付いても空が行動に移さなかった理由は、空の中の三体に本体を探し出す指示を受けず、他の指示を受けていたためである。


 空はこのような状況下でも、自身の判断で行動することを避けた。結局、空は誰かの指示の下にしか行動することができなかった。


「ま、とにかく」


 リエガは静かに呟いた。


「本体を見つけたんだから遊びは終わりだよなぁ!」


 リエガが空中に居る妖精に聞こえるように大きな声で叫んだ。


 リエガの声で妖精は我に返った。妖精は忘れていたかくれんぼのことを完全に思い出し、現実へと引き戻された。


(あれ? これで終わり? これからって時に? こんなに用意したのに?)


 それまで空の次の行動を期待し、待ち望んでいた妖精にとって、その事実はショックが大きかった。妖精は目の前が真っ暗になったような錯覚に陥った。妖精は絶望感に苛まれながら虚ろな目で空のことを見下ろした。妖精は、空が同じ虚ろな目でこちらを見ていることに気が付いた。


(……もう空と遊べないの?)


 そして目の前の人間と、空と二度と遊べなくなることに気が付いた。妖精は更なる絶望感に襲われた。


「……やだ」


 妖精は静かに呟いた。その声は悲壮感に溢れていた。


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