まさかの大苦戦
「空‼」
大きな爆発音に続いて、リギラが大きな声を上げた。その直後、空は爆発で空中へ吹き飛ばされ後方へとその身を移動させた。空は地面で一度ぶつかるようにバウンドすると、勢いそのまま砂煙を巻き起こして地面を転がった。
気絶を免れた空はすぐに動ける体勢を整えるため、転がりながらも体幹を捻って片膝を地面に着ける形を取った。しかし、吹き飛ばされた勢いは落ちずに空は片膝と両手を付いたままさらに後方へと移動した後、ようやく吹き飛ばされたその身を止めた。
空は下に向けた顔を前へと向けると、少し奥で黒い煙が巻き起こっていることを確認した。
「空、大丈夫⁉」
リギラの心配する声が空の頭に響いた。先ほど話していた明るい声色とは裏腹に、今のリギラの声は心配という青い色に染まりきっていた。リギラが心配するのも当然だと言えるほど、空は体中に火傷を負っていた。
空はリギラの心配をいつもの無反応で返した。リギラは空の様子を見て少しほっとした表情を浮かべた。
「……申し訳ありません、空。私の浅はかな考えで行動させた上、このような怪我まで……」
リギラに引き続きギハンも暗い声で空に話しかけた。リギラと異なることは、リギラの感情が空への心配のみであることに対して、ギハンは空を心配すると同時に妖精の罠に掛かった悔しさと、自身への怒りの感情が渦巻いていたことであった。
「お前の読みも外れたな、死神」
リエガは煽るように言葉を発した。しかし、その言葉にはいつもよりも覇気がなかった。リエガは先ほど自身も今のギハンと似たような感情に陥ったため、ギハンに強く出ることができなかった。
「返す言葉もございません」
ギハンは甘んじてリエガの言葉を受け入れた。リエガはギハンの反応を見て罰が悪そうに舌打ちをした。
その後、空は体をよろめかせながら立ち上がった。ギハンは空の立ち上がる様子を見ると、呼吸を落ち着かせ再度気を引き締め直した。
ギハンは決して油断していた訳ではなかった。しかし、並みの人間ではない空への期待と、思慮が浅そうな妖精の態度を見て、ギハンの心に慢心というほんの少しの隙を生んでしまったのだ。ギハンは二度と相手を舐めて掛からないことを静かに誓った。
(すごいすごい、立った立った! あの爆発を受けてまだ立ち上がるなんて! やっぱり、あの人間さんおもしろい!)
妖精は人間を観察して、ますます感情を高ぶらせた。そして、人間の次なる行動を期待した。
「それで、振り出しに戻ったがどうする」
リエガは暗い空気感の中、口を開いた。リエガは、空が無駄にエネルギーと体力を消耗した上かなり深い傷を負わされたことを理解していたため、振り出しに戻ったなどとは微塵も思っていなかった。むしろマイナスからの再スタートであると思っていた。
しかし、リエガが振り出しという言葉を使った理由は、事実を言葉にすることで気持ちや雰囲気まで沈むことを避けたかったからである。
ギハンも今が当然マイナスの状態であることは気が付いていた。しかし、リエガの真意に気付いてか理由は定かではないが、リエガの言葉に指摘しなかった。
「やっぱり地道に一体ずつ減らしていくしかないんじゃない」
驚くべきことに次の作戦の提案をしたのはリギラだった。リギラの声は先ほどの暗いものではなかったがいつもより明るさはなかった。
「いえ、それは賛同しかねます。簡単にですが、妖精の数を数えてみましたが、最初の数と比べてほとんど差がありませんでした。先ほどの通り分身が霧の中から出てきた所を見ると、おそらく減った傍から補充されています。分身を減らしてもその分、霧の中からまた出現すると思います」
ギハンはリギラの提案を否定する理由を述べた。しかし、ギハンもリギラ以上の作戦を思いついていなかった。
話合いが行われている最中、突然分身が複数体空に向かって飛び込んできた。
(これ以上お話はさせないよ!)
妖精は相手の作戦会議を止めるために攻撃を仕掛けた。妖精の思惑通り、ギハンたちは話合いを中断せざるを得なかった。
「ひとまず今は、先ほどと同じように一体ずつ倒してヒット&アウェイを繰り返してください。その間に作戦を考えます!」
ギハンは急いで必要最低限の要件のみを空に伝えた。空はギハンの言葉を聞くとすぐに死神のエネルギーで鎌を生成した。空は言われた通りに向かってくる分身を一体倒して退くことを繰り返した。
(爆発で目眩ましして~。爆発に意識が向いたら後ろから岩でズドーン! あ、避けられた。じゃあ、水で足元に泥濘を……)
妖精の攻撃は休むことなく続きその鋭さもますます磨きがかかっていった。妖精は遊びに関して言えばこの場に居る誰よりも秀でた才を持っていた。こと戦闘に関しては空に分があったものの、今この場で行われている催しは遊びであり、その認識が妖精の奇抜な発想の着火剤になった。
妖精は様々な遊び方で空に怒涛の攻撃を仕掛けた。
(分身の特徴を一体ずつ探っていく方法は? ……時間が掛かりすぎる。では、分身を巻き込み辺り一帯を吹き飛ばす方法は? ……エネルギー消費が激しい上に、その後にできる隙も相手に与える猶予も大きい。では……)
一方のギハンは現状を打開する方法も本体を見つけ出す方法も思いつけずにいた。思考のすべてを作戦立案に使い、周囲の警戒をリエガに任せるも現状を打破する起死回生の一手が思いつかなかった。
ギハンからの指示がない空は無闇に攻撃を仕掛けることができず、分身が仕掛けた攻撃を処理する、という後手に回ることしかできなかった。
空と分身の攻防は膠着状態となり、時間ばかりが刻々と過ぎていった。時間の流れと共に空の全身に負った火傷は天使のエネルギー特性で半分ほど回復しつつあった。
しかし、空の負傷は回復しつつあるものの、妖精の勢いの増した攻撃は空に新たな傷跡を残していった。幸いにも一つ一つの傷は致命傷には至らないものの、蓄積されたダメージは空の動きを鈍らせた。
激闘の最中、リギラは妖精に指定された大木の影を見た。影は川から半分以上出ていた。時間に換算すると、およそ四十分ほどが経過していた。
当然、時間がないことはリエガとギハンも気が付いていた。しかし、膠着状態を抜け出す作戦がないこともまた事実だった。焦りは思考を鈍らせることを二体は頭で理解しているものの、無慈悲に迫るタイムリミットが判断力・思考力を低下させた。
(! 良いこと思いついた!)
残酷にも、先に次の策を思いついた者は妖精であった。妖精は分身の多くを使って空に攻撃を仕掛けた。
空は迫りくる大群に鎌を振りかざしエネルギーを放った。多くの分身の内、何体かには空の攻撃が当たったが、そのほとんどは空の攻撃を軽々躱し、空へと迫った。空は迫りくる大群に後退せざるを得なかった。
空はバックステップで後退しながら分身との距離を保った。同時に、空は鎌を振りかざしてエネルギーを放出することで第二・第三の攻撃を繰り出した。続く空の攻撃も分身の何体かに当たり、誘爆させることに成功した。
しかし、すぐさま煙の奥から分身は空へと迫った。迫りくる勢いを殺すことはできなかったものの、分身の数は半分にまで減少していた。空はさらに攻撃を繰り出そうと鎌を構えた。
その時、空は足元に感触を感じると同時に、空の視線が少しばかり下がった。空が顔を下に向けると、両足が川に浸かっていることに気が付いた。空は下の感触が川の水であることに気が付き、害がないものだと判断すると、すぐに分身の大群が居た方へと顔を向け直した。
しかし、大群は空の目前にまで迫っていた。空は避けきれないことを悟り、鎌を前に抱えて防御の姿勢を取った。
次の瞬間、分身たちは空の体のいたるところに衝突した。
「「空!」」
空に分身が衝突したことに気が付いた瞬間、リエガとギハンの叫び声が響いた。リギラはまだ何が起こっているか分からない様子で黙ったままだった。リエガとギハンは分身が爆発することを予想した。あるいは投擲されたような痛みが襲うことを予想した。
しかし、二体の期待とは裏腹に爆発音も何かにぶつかるような鈍い音も鳴らなかった。空は再び視線を下へと移し、自身の状態を確認した。空は全身が濡れていることに気が付いた。水は熱湯であったわけでもなく、空は今の攻撃で傷を負うことはなかった。
「な、なんだよ。ただの水か……?」
リエガは空に衝突した分身が、水属性のエネルギーでできたものだと悟り、安心したような、また疑問が残るような声を発した。リエガは先の件で慢心することも相手を舐めて掛かることも止めた。
しかし、その矢先に繰り出された攻撃が空に無害なものであることに気が付くと、リエガの気持ちに様々な感情が押し寄せた。
突然の無害な攻撃に妖精ぶりを思わせる納得の感情、無害な攻撃を仕掛けたことに対する爪の甘さに油断する感情、油断しないと決め気を引き締め直そうとする感情、こちらを舐めて弄ばれているような感覚に陥る苛立ちの感情。リエガの中で様々な感情が交錯する中、ひとまず攻撃を凌ぎきった一段落する、という感情が残った。
つまり、リエガの思考が一瞬止まった、ということである。
それはギハンも同様だった。唯一、リエガと異なったことはすぐに思考を巡らせたことであった。
(相手がこんなミスをするだろうか。いや、ミスではない? だとしたらなぜ相手はこのような攻撃を……)
ギハンはすぐに相手の意図を考えた。ミスであるのか、それとも別の意図があったのか。しかし、ギハンにも一段落という一瞬の隙があったことも事実。
ギハンが思考を始めた次の瞬間、数体の分身が勢いよく川に突っ込んだ。
「? なんだ?」
リエガは奇怪な行動をする分身に単純な疑問府が浮かんだ。リエガはまだ、一段落という一種の油断した状態から脳を覚醒できていなかった。
(……‼ まさか‼)
誰よりも早く思考を回転させていたギハンは、何かを察したかのような反応を示した。ギハンが思いついたそれは確信のあるものではなかった。しかし、確実にそうである可能性が高い、と危惧したことでもあった。
「空‼ 逃げ……」
ギハンが言い切るより早く、空の今の動体視力を持ってしても捉えきれない速度で、先ほど分身が川に突っ込んだ箇所から何かが流れだした。流れたものは川の水を伝わりついには空へと届いた。
瞬間、空の全身に衝撃が走った。これまでの他のどのものとも異なる衝撃が、空の頭の先からつま先にかけて流れていく。
リエガやギハン、他の悪魔たちと相対する中で、様々な衝撃を外側から与えられてきた空であった。しかし、今空が受けた衝撃は、内側から身が焼かれるような激痛だった。
今までに感じた事の無い衝撃、しかし空は流れ込んだものの正体を知っていた。
空は水流に乗って自身に流れ込んできたものが電気であることを静かに悟った。




