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英雄  作者: ゲシンム
第一章 善と悪、成長と童心
3/19

観察者

 暗い部屋の中に置かれているベッドが一つ。敷布団と掛布団は白いシーツに包まれ枕までもが真っ白に染まっていたが、暗闇の中ではその白さも見る目を失っていた。


 ベッドの上で眠る少年。明かりはついておらず窓から漏れ出る月の光が、暗い部屋に一筋の光として差し込む。その光は夜闇を導く温かな希望か、はたまたたった一つしか照らし出されぬ絶望か、それともたったそれだけしか照らさぬ怒りの原因か。


 しんと静まり返った部屋に心電図の音だけが鳴り響く。心電図の音と共に、少年の心臓から全身に血液が流れ出ていく。音が普通よりも早く鳴っているようだ。その速さは少年の危機的状況を表していた。


 窓は開いて、入ってきた風がカーテンをなびかせる。カーテンは月明りで影を作り、ベッドで寝ている少年の顔に重なる。風が吹き止みカーテンが元の位置に戻ると、先ほどはなかった窓に座る人影が作られていた。人影は寝ている少年の顔をじっと見ている。


 クスッ


 人影はしばらく空を見た後小さくすすり笑いをした。そして人影は光の泡となり少年の体へと消えていった。


 灰色の世界が再びゆっくりと広がる。最初に空の目に映ったのは見知らぬ天井であった。天井の灰色がやや白っぽかったので今が昼だと認識する。空は首を傾けて視点を天井から光の源の方へとずらした。首を傾けたときにいつもより動かしにくく違和感があったが空が気にすることはなかった。布団の下にまで伸びた点滴、テレビ、そして窓があった。窓は閉まっている。隙間風が入り込む間もない。


 窓に人影が現れその人影が光の泡となり体に溶け込んでいく、という夢を見た。空は久しぶりに夢を見た。はたしてあれは夢だったのだろうか。空にとってはどちらにせよどうだっていいことだった。久しぶりに見た夢であっても興味が湧かなかった。その興味であっても自分のものではない気がしたからである。空はしばらく窓の方を見つめていた。


「目が覚めたかい?」


 窓を見つめていると聞いたことのない声が空の後頭部からした。空に話しかけているのか、別の人に声を掛けているのかは定かではないが、誰かが話していることだけがわかる。空は声のした方向に首を傾ける。相変わらず首には違和感があった。


 声がした場所には、白衣を着て聴診器を首からぶら下げた、メガネのお爺さんが立っていた。その恰好からして医者であることがうかがえる。そして、空が寝ている場所はどうやら病院のようだ。


「こんにちは」


 空と医者と名乗るお爺さんは目が合い、その医者は空に軽く挨拶をした。その顔はにこやかなもので空がここ最近見なかった表情であった。


「私はこの病院で医者をやっている者です。君は事故にあったんだが覚えているかな?」


 お爺さんは続けて空に優しく声をかけた。事故という単語を聞いて空は重い衝撃に合い意識を失ったことがフラッシュバックした。同級生に突き飛ばされトラックにはねられる事故にあったことを自覚する。しかし、そのことを思い出して事故にあったという動揺も、同級生にぶつけられたという憎しみも出てくることはなかった。空は気にする様子もなく平然としていた。


 空の気が動転していないことに安心したのか医者のお爺さんは続けて空に話しかけた。


「しかし、君の生命力には驚かされたよ。救急車がここに着いたときには重体でね。助かる見込みはほとんどなかったんだが。全身の骨がいくつも折れていて出血もかなりのものでね。緊急手術でなんとか命は繋いだものの、いつ死んでもおかしくない状態だったんだよ」


 空は他人事のように話を聞いていた。話を聞いている限りでは空は致命的な傷を受けて助かる見込みはなかったはずである。それなのに、今の空の状態からはとても想像つくことができなかった。傷の痛みも感じられず人の話を聞き取る分には脳も正常である。しかし、灰色に映る眼と虚無感はそのまま残っていた。


「まったく良くなる兆しが見られなかったのだが、ある時急激に回復しだしてね。そこから君が目を覚ますまで時間はかからなかったよ。しかも後遺症も残らないだろから本当に驚かされる。長年医者をやってきたがこんな症例は初めてだ」


 お爺さんは驚いたかのように話すが声のトーンも表情も終始穏やかなものであった。


「あと二、三週間ほど検査入院とリハビリをして、何も問題がなければ学校にも行っていいだろう」


 話を聞き終えて空は何も言わず首を動かし辺りをゆっくりと見回した。点滴、テレビ、窓、先ほどと同じものが同じ位置にある。空はもう一度お爺さんが立っている方向を向いた。先ほどはお爺さんと重なり見ることができなかった部屋の入口があった。スライド式ドアは全開し、そのさらに奥の廊下から看護服を着た女性や患者であろう病衣を着たお爺さんが通っていくのが見えた。その人たちが入室する気配もなく、空と医者のお爺さん以外に部屋には人が見受けられなかった。


 辺りを見回す空の様子を見て何か勘違いしたのかお爺さんが再び空に声をかけた。


「君の両親は君の状態が回復して無事と知るなり仕事に戻っていったよ。それまでは毎日看病しに来てくれていたんだが、それ以降は来なくなったな。なに、君が目を覚ましたと聞けばすぐに会いに来てくれるよ」


 それまでは。それ以降は。お爺さんが話して途中ででてきた二つの単語がピックアップされ空の頭の中を駆け巡る。しかし、空は途中で思考を止めて、何も言わず再び見知らぬ天井の方を向いた。


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