お遊び開幕
「かくれんぼってこういうことかよ」
リエガは状況を察したかのように文句を垂れた。リエガの言葉には苛立ちが含まれていた。妖精の遊戯に付き合わされていることに。そして、何より一体目の妖精を見つけたときの自身の慢心と軽率さに腹が立った。
「少々厄介ですね」
ギハンは驚きつつも冷静さは保っていた。それぞれの妖精を注意深く観察するも、目視で確認できるほどの違いは見つけられなかった。
「感触による違いはあるかもしれません。空、数体触って確かめてくれませんか。もちろんエネルギーを纏うのを忘れずに」
ギハンは感触による差を確かめるために空に指示を出した。空は全身にエネルギーを纏うと、ギハンの指示通りに近くに浮かんでいた一体の妖精を掴んだ。
瞬間、空が掴んだ妖精が爆発した。
「空‼」
リギラの声が響く。その一言で心配していることが分かる。爆発の影響で煙が巻き上がった。空は煙と爆発の余波を意識して少しその場から離れた。周りを確認し、触れる範囲に妖精がいないことを確認すると空は爆発した掌を見た。エネルギーで纏ったおかげか、幸いなことに手の表面が軽く焼け焦げる程度で済んだ。
(あの程度で済むんだ! 天使とか悪魔とか死神とか普通に見えてるし、ただの人間じゃないと思って、今回は触れると爆発する分身も混ぜてみたけど。あの人間さん、おもしろーい!)
妖精は普通ではない人間の動きや頑丈さに興味を持ち、人間に対する感想を抱いた。今まで見たことも出会ったこともない人間を見て、妖精の気持ちは高揚していた。
「申し訳ありません、空。判断を見誤りました」
テンションが上がっていた妖精に対し、ギハンの気持ちには悔しさと焦りが出始めていた。
「蜃気楼のドラゴンといい、霧といい、彼女は水を扱う妖精だと思っていました。その思い込みがこのような結果を招いた!」
ギハンは静かに、しかし言葉を震わせ言葉を並べた。その言葉からはギハンの悔しさが滲み出ていた。
「ほんとだよ! 全く、ボクの空に何かあったらどうするのさ!」
リギラはギハンの反省に対して軽い答えで返した。リギラの軽い性格が幸いしてその場の雰囲気は和らいだ。
ギハンとリエガはリギラの反応で気持ちが落ち着いたのか、肩で軽くため息を付く、すぐに身を引き締め直した。
「さて、あの妖精もどきの爆発を受けて分かったことが二つあります」
ギハンは先ほどの暗い声色から一転、真剣な口調で話始めた。
「一つはあの妖精もどきが彼女のエネルギーによって作られた分身であるということ。二つ目は彼女が複数の属性持ちであることです」
ギハンは手短に分かりやすく気づいたことを述べた。
「一つ目は特に何も言うことはありません。ただそういったものとして捉えていただければ結構です。問題は二つ目の方。彼女が属性を複数使えるという点です」
ギハンは次に問題点を挙げた。ギハンの話し方からマイナスの感情が完全に払拭されていることを感じさせた。
「確かに、相手が二つかそれ以上の属性を持ってるとしたら厄介だな」
ギハンの問題点に対してリエガも同意した。リエガからも悔しさは見受けられなかった。
「なんで? 何がダメなの?」
リギラは相も変わらず能天気な返答をした。他の二体と比べて、マイナスの余地など考えさせないほどに明るかった。
「複数の技を持っているということはそれだけ戦術の幅が広がるということです。相手にそれ行使するだけの知性があるかどうかはわかりませんが。加えて、相手にどれだけの手札があるかわからない以上、その対策ができないという欠点もあります」
ギハンはリギラの考えなしの質問に丁寧に返した。慣れたどころか最早気にしていない様子だった。
「それで、どうする」
リエガは静かにギハンにこれからの策を聞いた。
「簡単です。触れて作動するものなら、こちらもエネルギーをぶつけて全部壊してしまえばいい」
ギハンは少し嬉しそうに答えた。
「乗った!」
リエガもギハンの提案には乗り気だった。
「待って待って! 本体はどうするの⁉」
リギラは本体の妖精が傷つくことを恐れた。その発言からリギラが天使であることを認識させた。
「本体ならば攻撃を避けて回避するでしょう。例え傷つけても空が天使のエネルギーで治せばいい」
ギハンはリギラに優しく説明した。空はこれまで、天使の力で悪魔を弱体化させることはあっても、その力で誰かを治癒したことは一度もなかった。それでも、空ならば指示されればいつでも行動に移すであろう、という確信を一同は持っていた。
リギラはギハンの言葉を聞いて納得し、安心した表情を浮かべた。
(まあ殺しても術は解けるでしょうから、どちらでも構いませんがね)
ギハンは悪魔のような考えを抱いたが口には出さなかった。悪魔もギハンの考えは気づいていたが、何も言わなかった。
話合いを終えると、空はリーチの短い天使の双剣ではなく死神の鎌を作成するため、死神のエネルギーを手の前に流した。空は大きな鎌を作り出すと、両手で握り野球のバッターのような構えを取った。
(?)
人間の様子を伺っていた妖精は人間の不思議な動きに目が離せなかった。また、妖精は人間の次の行動に期待で胸を膨らませていた。
次の瞬間、空は人が出せる速度を超えて鎌を振り切った。同時に、鎌から死神のエネルギーが放たれた。放たれたエネルギーは振り切った直線状にいた妖精の分身複数体に衝突した。
空の放った死神のエネルギーが分身に触れた直後、複数のクラップ音と共に爆発した。分身は爆発するだけでなく、液体になって飛び散るもの、石や土になって崩れるもの、風に乗って霧散するもの、と様々な特徴を示した。
(私の技をああも簡単に……!)
ギハンは空の戦闘センスに驚きの反応を示した。ギハンは、空の戦闘の才能は実際に敵対して理解しているつもりだった。
しかし、視点を変えて味方側から空の戦う姿を見ると、改めて関心とほんの少しの悔しさを抱かずにはいられなかった。そう思うのも束の間、ギハンは空が紡ぐ未来への希望と期待の感情へとシフトした。
(うそ⁉ なにあれ⁉ そんなこともできるの⁉)
驚きの感情を抱いた者はギハンの他にもう一体存在した。妖精は初めて見るタイプの人間が、人間らしからぬ動きをすることに、ますます気分が高揚した。妖精が人間の観察を続けていると、人間が振り向きざまに同じ姿勢を取っていることに気が付いた。
(! そっちがそう来るなら……!)
妖精は人間が同じ攻撃を繰り出そうとしていることに気が付いた。妖精は人間の行動を見てすぐに自身も反撃の準備を行った。
観察されている人間、空は既に攻撃の準備を終え、先ほど放った方向と反対側に、振り向きざま同じ動作を行った。再び放たれた死神のエネルギーは直線状の分身を捉えた。
誰しもが当たると思ったその時、分身は向かってくるエネルギーをひらりと躱した。空が放ったエネルギーは勢いを落とすことなく、そのまま分身の奥に生えていた大木複数本に当たり、切り裂いた。妖精の分身とは異なり、エネルギーの少ない木々は上下真っ二つに切り裂かれた。
空の攻撃を避けた分身はゆらゆらと空中を漂っていた。
「この分身動くのか!」
リエガは突然不可解な動きをした分身に対して、驚きと動揺の入り混じった感想を述べた。リエガはそのような声を上げるも、冷静さを失うほどではなかった。
「相手もバカではないということですね」
ギハンは冷静に言葉を発した。また、ギハンは現状の分析と次の作戦を練っていた。
(今度はこっちからいくよー!)
妖精は相手に考える時間を与える間もなく、次なる行動を開始した。空の放ったエネルギーを躱した分身が、空に向かって飛び込んできた。
空は攻撃を仕掛けてきた分身に反撃するために、すぐさま鎌を振り切ってエネルギーを放出した。
しかし、空に向かって飛び出した分身たちは難なく空の攻撃を躱した。分身が空の持つ鎌の間合いに入ると、空は、攻撃パターンを放出から直接攻撃に切り替えた。空が鎌を下から振り上げると、鎌の刃が分身の一体を切り裂いた。切り裂かれた分身はいくつもの水滴に分かれて地面に落下した。
「気を付けてください、空! どの分身がどの属性を持っているか分かりませんよ!」
ギハンは急いで空に注意喚起した。次の策がまだ思いついてないギハンは、空に注意を促すことしかできなかった。
空はギハンの助言を聞くと、また行動パターンを変化させた。迫りくる分身を一体ずつ切り裂いては退くことを繰り返し、分身を少しずつ減らしていった。しかし、行動する分身一体一体も決して弱くはなく、油断するとすぐに致命傷となる可能性があった。
空は向かってくる分身一つ一つを丁寧に対処した。分身もただ空に突撃するだけでなく、属性に応じた攻撃を繰り出してきた。
火の属性を持つ分身ならば、口から炎を吐き出したり、自爆することで攻撃を仕掛けた。水の属性なら熱湯を被せる、土の属性なら硬さを活かして弾丸のように自身を飛ばすなど、分身の攻撃方法は多種に亘った。
それでも、空は油断することなく一つ一つの攻撃を捌き、分身を一体ずつ減らしていった。しかし、分身は数が減っている気配もなく、その上、空が分身を処理するたびに分身の動きは機敏になり、分身が繰り出す攻撃の鋭さは増していった。
空の体力やエネルギー的にまだ余力はあるものの、このまま時間だけが過ぎればジリ貧だった。
「あそこです! 空!」
分身と空の攻防が続く中、突然ギハンの声が鳴り響いた。ギハンが示した場所には、他の場所に比べて少しばかり分身が密集している場所があった。指摘されないと気付かないほどだが、確かに分身の数は他の場所に比べると多かった。さらに、密集した分身の奥に一体だけ分身が浮かんでいた。
空はすかさず、その場所に目掛けて突っ込んだ。途中で攻撃を仕掛けてくる分身を、空は鎌を振り回し、切り刻みながら分身との距離を近づけていった。
「私は分身を観察し続けてあることに気が付きました。それは空に向かって攻撃してくる分身がいる一方、飛翔してくる気配のない分身が複数体存在するということにです。私はこの中のどれかが本体ではないかという仮説を立てました。本体が斬られる訳にはいきませんし、まして敵の懐に飛び込む訳にもいきませんからね」
ギハンは自身の考えを少し早口で説明した。その間にも、空はギハンに言われた分身との距離をみるみると縮めていった。
「そして、本体の候補の中で、守られるように分身を配置しその分身をも動かさなかったあそこの妖精こそが本体の可能性が高いということです」
ギハンはさらに説明を続けた。ギハンは説明を終えると一段落したような落ち着いた態度を示した。
しかし、ギハンには指示した分身が本体である確信があったわけではなかった。今現在、他に証拠になるもの、根拠になるものが他にはなく、ただ自身の推理でのみ本体を見つけ出す術がなかった。
ギハンの説明が終えると同時に、空は本体と思われる妖精の周囲に居た分身を鎌を一振りすることで薙ぎ払った。分身は爆発したり、砂や水に形を変え妖精の形を崩壊させた。分身が消えたことで本体候補は一体となった。
本体候補と空の間を遮るものは何もなく、本体候補の後ろも濃い霧が広がるのみだった。逃げ場を無くした本体候補はまさに袋のネズミ状態だった。
「チェックメイトです」
ギハンは空の勝利を確信し、宣言した。空は鎌から片手を離し、武器を持たない素手の状態となった。空は素手で妖精を捕まえようと、片腕を本体候補に伸ばした。
(引っかかった)
空の腕が本体候補へと伸び、空の手中へと収まろうとしたその時、複数の妖精が濃い霧の中から飛び出してきた。霧の中から出てきた妖精は、本体候補を追い越すとそのまま空に向かって飛翔した。
突如として現れた複数の分身に、ギハンは戸惑い焦った様子を示した。
ギハンの思いなぞ、つゆ知らず空は咄嗟に伸ばした腕を引っ込めると、体の前で腕をクロスさせようとした。
それと同時か少し早く、霧から飛び出した妖精と本体候補は、空の近くで大爆発を起こした。
複数体が同時に起こした爆発は先ほど空が掌に受けた衝撃よりはるかに大きく、空を爆炎で包み込んだ。




