種族、六体目
しばらく、濃い霧の中を彷徨い歩くと、先ほどより開けた場所に出た。先ほどの場所と異なるのは、周りの木々が他以上に育っており天が完全に覆いかぶさっていること、近くに川が流れていることだった。また、この辺りだけ草が生えておらず、今まで視界を狭めていた霧も晴れていた。
濃い霧の中とは異なる普通な空間は、先ほどとは別の意味で異様に感じ取れるものがあった。
「なんだ、ここ」
異様な光景を前にリエガは自然と言葉が口に出た。それほどまでに先ほどまでと打って変わった景色は、異様さを感じさせるには十分だった。
一同は辺りを見回すも、人影らしきものを見つけることはできなかった。
「気を付けてください、空」
ギハンは言葉短く空に注意を促した。空は止めていた足を再び動かし、開けた空間の中央付近で立ち止まった。空は視線や顔を動かし、警戒しつつ周りを観察した。
空がちょうど反対方向に視界を移動させたその時、目の前に掌ほどの大きさをした人間が視界に映った。
小さな人間は空の顔すれすれで、空中に浮きながら両肘を付き、顔に手を付いた姿勢で寝転がっていた。小さな顔には笑みの表情が浮かんでいた。
空は目の前の生命体に気が付くと、すぐに後ろに飛びのいた。それと同時に空は天使のエネルギーで双剣を作成した。
(いつの間に背後に!)
(音もたてずに現れやがっただと⁉)
空が動作を行っていた間、ギハンとリエガはそれぞれに思い思いの感想を抱きながらも、同時に相手の観察を始めていた。
(!あれは……)
(!あいつは……)
ギハンもリエガも空の前に浮かぶ小さな人間に見当が付いたようだった。
両手に双剣を携えた空はすぐに動ける態勢を整え目の前にある小さな影を捉えた。
一方の小さな人間は空中で寝ころんだ体勢のまま、目の前の大きな人間の一連の動きを眺めていた。
「ぷっ、」
小さな人間が一言発する。空は相手の小さな言葉を聞き取り、双剣を強く握りしめて臨戦態勢へと入った。
「きゃはははははは‼」
空が臨戦態勢を整えたその直後、小さな人間は突然大きな声で笑いだした。リエガとギハンはその様子を見て呆気に取られていたが、空は微動だにしなかった。
隙だらけだった相手に対して空が攻撃を仕掛けなかった理由は二つあった。相対する敵がタスク外の存在であったこと、リギラ共々の指示がなかったことである。
空は相手の笑い声を耳に入れながら、臨戦態勢を保った。目の前の存在の予想外の反応に、リエガとギハンは呆気に取られたままだった。
「ねぇ! なんで笑ってるの⁉」
リギラは小さな人間の笑い声に負けないくらいの大きな声で質問した。小さな人間が少し離れた場所にいるせいで距離感を誤認しているようだった。
「だって目の前の人間が急に変な動きするんだもん。そんなの可笑しくないわけないよ、クスクス」
小さな人間は天使の質問に笑いながら答えた。
「それは確かにそうかも」
リギラは小さな人間の返答に対して妙に納得していた。
その一方で、小さな人間が発した言葉の最後の笑い方で、リギラ以外の三体は確信を持った。
「先ほどの声の主はやはり彼女」
ギハンは確信したことを口に出した。三体は目の前に彼女が現れた時から、声の主の正体が彼女であることを予想していた。そして、先ほどの彼女の笑い方は、可能性を確信へと変えた。
「そして、おそらく彼女の正体は……」
「妖精だね!」
ギハンの言葉に被せるようにリギラは彼女の正体を声高らかに言い放った。ギハンは何か言いたげだったが、その口から言葉が出ることはなかった。
「ピンポンピンポンピンポーン。だーいせーいかーい!」
小さな人間、もとい妖精は会話が聞こえていたのかリギラの発言に対して声を発した。相も変わらずその表情には笑みが溢れていた。確かによく観察すると、背中に薄い羽根が生えて耳は尖っている、という小ささや空中に浮かぶこと以外に人には見受けられない特徴がいくつかその体に表れていた。
「では、先ほどのドラゴンもあなたが?」
ギハンは妖精に質問した。
「それもだーいせーいかーい!」
妖精はすぐにドラゴンの幻影を作り出した張本人であることを自白した。
「迷い込んだ人をドラゴンで驚かせるのが好きなの。色んな表情が見れて面白いよ!」
妖精は付け加えるようにドラゴンの幻影を作った理由を話した。
「それにしても、さっきの悪魔の顔を思い出すだけで……クスクス」
妖精は先ほどの場面を見ていたかのように思い出し笑いをした。
「さてさてここで~? 教えて?リギラ先生のコーナー!」
突然、リギラは声高らかに言葉を発した。ここぞと言わんばかりにテンションもうなぎ上り状態だった。
「いぇーい!」
リギラに合わせて妖精も訳もわからぬままにノリを合わせるように声を出した。
悪魔と死神は黙ってその様子を眺めていた。
空は、警戒は解かずに臨戦態勢のみ一度崩した。
「妖精は前に空に話したことのある七種族のうちの一種なんだ。そんな七種族のうちの一つ、妖精族。そのエネルギー特性はエレメント!」
リギラのテンションが明らかに高いことがわかる話し方だった。空のブレインをギハンに奪われたと思っているリギラは、鬱憤を晴らすようにその知識を披露し始めた。
ギハンは、奇妙なテンションで話始めるリギラに圧倒され、ただ黙ることしかできなかった。
「この世に存在する火や水とかは全部妖精が作り出してるんだ。技術が発達した今、あんまり人が住む町では見かけることはなくなったけど、今でも森や七つの界域の一つ、精霊界でひっそりと暮らしているんだ」
リギラはどや顔で妖精族に関する説明を行った。所々で目の前の妖精は相槌を打っていた。リギラが黙々と話している間、リエガとギハンは黙っていた。
「あと妖精族は遊ぶことが大好き」
リギラは補足情報を付け加えた。
「それだ!」
妖精はリギラの単語を聞いて突然、大きな声を上げた。
その後、空の近くに寄るために羽を動かし空との距離を縮めた。空は妖精の様子を見てすぐに臨戦態勢を取ろうとした。
「ストップ! 今は大丈夫だよ」
空の動きはリギラの言葉で取りやめられた。気が付けば妖精はまたも空の顔の傍まで近づいていた。
「人間さん、私と遊ぼ!」
妖精は目の前の人間に短い言葉で話しかけた。よく聞く遊びの誘いの言葉、妖精の話し方も明るいものだった。
しかし、その言葉は異様な気配を纏っていた。空は妖精と黙って向き合っていた。
「くだらねぇ。帰るぞ」
妖精の誘いに返答したのは人間でも天使でもない、悪魔だった。悪魔は妖精の提案を馬鹿らしく感じた。蜃気楼の正体が妖精であると分かった今、今まで張り詰めていた警戒心も解いていた。
「そうですね。私たちの悪魔弱体化という要件は済みましたし、ここに長居する理由はありませんね」
悪魔の提案に死神も賛同した。二体は空に帰るよう促した。
「何言ってるの? 帰れないよ?」
妖精は帰ることを推奨する悪魔と死神を言葉で止めた。
「はぁ? 何言ってやがる。元来た道戻りゃいい話だろうが」
リエガは妖精につっかかった。しかし、妖精は笑顔のままだった。リエガは妖精の顔を見て、妙な気配を感じた。
「……」
リエガは少し妖精の顔をのぞかせたあと、すぐにそっぽを向いた。
「付き合ってらんねぇ。いくぞ、空」
リエガは空に帰ることを強く促した。
空はリエガに言われた通りに元来た道を戻るため、この場所に入ってきた所まで歩き立ち止まった。相変わらずこの奥は霧が濃かった。
空は濃霧の迷路に入る前に振り返って妖精の様子を確認した。しかし、妖精は遊び相手が帰ろうとしているにも関わらず、引き留める気配もなくニコニコして手を振っていた。
空は再び濃霧の方向に視線を移し、その体を霧に包んだ。
しばらくの間、空たちは濃霧の中を彷徨い歩いた。しかし、似たような木々で溢れかえり、濃霧で視界が遮られて、なかなか思うように出口へと辿り着くことができなかった。それでも、記憶を辿り、歩いてきた痕跡を辿っていると、次第に出口まで近づいていることを実感した。
ようやく、木々を抜けて霧の掛かっていない場所に出た。
空の瞳に映ったものは見たことのある川、地面、木々、そして妖精だった。
「……どうなってやがる⁉」
リエガは目の前の景色を見渡すと驚きの声を上げた。目の前にある光景が信じられないという様子だった。
「確かに元来た道を辿りました。悪魔と話した場所も通りましたし、道順を間違えてはいないはず。だとすれば考えられる要因は……」
ギハンは現状の事態に陥った自身の見解を話した。
「霧か」
ギハンが言い切る前にリエガが答えた。
「そのように考えるのが妥当かと」
ギハンはリエガの答えに同意した。
「結局、あいつに付き合うことになるのかよ」
リエガは不満を漏らしながら、妖精の様子を伺った。妖精は先ほどと変わらず同じ場所でニコニコしていた。空の脳内でリエガの舌打ちが鳴り響いた。空は妖精の方向に向かって足を進めた。
(しかし、森全体に掛けられるほどの霧。かなりのエネルギーの量を消耗するはず。エネルギー量に関してはもしかして私よりも……)
空が移動している間にギハンは一人、物思いにふけっていた。空が妖精の元に近づくと空は足を止め、顔を見合わせた。
「お帰り!」
妖精は元気よく挨拶した。表情は言わずもがな、満面の笑みであった。妖精の表情には、空たちがここに戻ってくる確信があるように読み取ることができた。
「てめぇに付き合えばこっから出れるんだろうなぁ?」
リエガは妖精に威圧的な態度を取った。リエガは無駄に霧の中を彷徨わせたことに対してイライラしていた。
「うん!」
妖精はリエガの言う付き合うを、正しく変換できたのか大きく頷いた。悪びれることなく返事をする妖精の様子を見て、リエガはさらに苛立ちを覚えた。
「でも、私に勝ったらね」
妖精は一言加えた。その声色や発言から勝つ自信は十分にあるようだった。
「はぁ⁉」
リエガは大きな声を上げた。出された条件が不服である様子だった。後付けされた条件にリエガはさらに苛立った。
「だって、ただ遊ぶだけじゃ面白くないでしょ? それにこのくらいの条件がないとみんな真剣に遊んでくれないし」
妖精は条件を付け加えた理由を説明した。妖精がこの発言をしたとき、少し不満そうな表情を浮かべた。ふくれっ面の妖精を見て、リエガの怒りのボルテージがさらに上昇した。
(……みんな?)
リエガと妖精のやり取りを黙って聞いていたギハンは、妖精の言葉に引っ掛かった。リエガと妖精の口論を横目にギハンは少しの間、脳を働かせて、やがて口を開いた。
「私からも一つ、質問してもよろしいでしょうか」
ギハンは質問する意思を妖精に伝えた。
「いいよ! なんでも聞いて!」
妖精はリエガとの口論を一旦止めて、質問に答える意思でギハンに返答した。リエガは苛立ってそっぽを向いた。
「もし、私たちが負ければ、どうなるのでしょうか」
ギハンは負けたときの質問をした。しかし、ギハンは何か感づいた様子での質問だった。
「ここで一生遊んで暮らすの!」
妖精は言葉短く答えた。
「はぁぁぁぁぁ⁉」
そっぽを向いていたリエガは先ほどより大きな声を上げた。リエガの声から出された条件に不満を抱いていることが感じられた。リエガは我慢ができずまたも妖精に文句を言い始めた。妖精もそれに答え言い争っている。
「なるほど。そういうことでしたか」
ギハンは一人納得したような態度を示した。
「なになに、どういうこと?」
興奮状態のリエガに代わってリギラが質問した。リエガはまだ妖精に文句・不満の言葉を並べていた。あまりの悪口の多さに妖精は半べそをかいていた。
「この山は死者の数がかなり多いのです。最初は単に遭難者の数が多いものだと思っていました。閻魔ノートにもそう書かれていることでしょう。しかし、実態は彼女による影響が大きいのです」
ギハンは妖精の方に顔を向けた。釣られてリギラも妖精の方を見た。妖精は泣きながら悪魔と口喧嘩していた。
「?」
リギラはギハンの言いたいことが分からず疑問符を浮かべた。
「彼女が霧で遭難させた人間を遊びに誘い、人間を負けさせる。それから、人間の命が尽き果てるまで遊び続けるのです。これがこの山で起こる遭難事件の真相だと思われます」
ギハンはリギラでも分かるように簡潔に結論を述べた。リギラも理解すると少し表情が強張った。
「それ、かなりとんでもないよね?」
リギラはことの重大さからか、稚拙な物言いとなった。
「はい、かなりとんでもないです」
ギハンも幼稚な言葉で返した。ことの重大さにリギラと同じ気持ちになったのか、はたまたリギラの知能指数に合わせたのか。
「ただ、彼女にその意図があったかどうかは分かりかねますが」
ギハンはそのように言うと再び妖精の方に意識を向けた。リエガと妖精は未だに口喧嘩をしていた。
「そんなに悪口言われても別にいいもん! 私が勝って一生遊んでもらうんだから!」
妖精は泣きながら悪魔に指差し、宣戦布告した。
「お前みたいなちんちくりんに負けるわけねぇだろ。お前とのじゃれ合いなんざ一瞬で片付くわ」
リエガは妖精の罵倒にさらに強めの罵倒で返した。
「私、この遊びで負けたことないもん! しかも、いっつも手加減してるんだから! 私が本気で遊んだら絶対勝つもん! 誰にも負けないもん!」
妖精は悪魔にひどいことを言われながらも精一杯言い返した。妖精の言葉には、遊びで勝つ自信に満ち溢れていた。妖精本人も自身の勝利を確信していた。
「それで、その遊びとは一体どういったものなのでしょうか」
妖精とリエガの口喧嘩に割り込む形でギハンは妖精に質問した。妖精は死神の言葉を聞くと、ふと我に返り目に溢れていた涙を腕で拭った。妖精の顔に笑顔が戻った。先ほどと異なり、目と鼻と頬が少し赤くなっていた。
「私と一緒にやってもらう遊びはかくれんぼだよ!」
妖精は大きな声で発表した。
「かくれんぼ⁉」
妖精の言葉を聞いて、リギラは驚きの声を上げた。リギラはこの広い山全体を使ったかくれんぼを想像した。リギラが声を上げた理由はそこにあった。確かに、誰しもが想像しうる最悪の想定であった。
しかし、リエガとギハンはそれだけのはずがない、と黙って妖精の話に耳を傾けていた。
「うんうん。こんな広い山の中で小さな私を見つけるなんて無理! って思っちゃうよね。けど、安心して! 範囲はこの霧の掛かっていないエリアだけだから」
妖精は腕を大きく広げて、口に範囲を示すようにその場でくるくると回転した。妖精の内容はリエガとギハンの期待に応えたものとなった。リエガとギハンは辺りを見回した。先ほどの濃霧の中とは異なり、かなり広い空間のその場所では隠れる場所はかなり限られていた。
(こんな何もない所でかくれんぼ?)
(これは、何かありますね)
リエガとギハンは周りを見回し終えると、妖精が何かを仕掛けることを確信した。しかし、妖精が何をするかまでは予想のしようがなかった。
「制限時間は一時間! そうだな~。あの大木の影が川に掛からなくなったら終了だよ」
妖精は川の近くに生えている大木を指さした。日差しが木々の屋根で覆われた薄暗い空間だったが、大木からは薄い影が川に向かって伸びていた。影は、今はまだ川に掛かっていた。
妖精が発言するタイムリミットは時間と共に移動する影が川と被らなくなるまで、というものだ。
「時間内に私を見つけられたらあなたたちの勝ち。ここから出してあげる」
妖精は空達が勝った時の話をした。万が一にもその可能性はない、といった物言いだった。リギラは妖精の言葉を聞いて喜んでいる様子だった。
「けど! もし私が勝ったら、ここで一生遊んでもらうんだから」
妖精の声色が先ほどの発言と比較しても変わったことが聞き取れた。
(もし、空が負けたらこいつの体から出て行こう)
リエガは妖精の話を聞いて、一つの考えを密かに抱いた。
「じゃあ早速始めるよ!」
妖精が合図を掛けると、瞬く間にこの空間に一寸先も見えないほどの霧が掛かった。はっきりしていた妖精の姿も霧に包まれ影となり、やがて完全に姿を消した。
「お前の自信の正体はこれか!」
リエガが辺り一面の濃霧に向かって咆えた。
「これはあくまで私が隠れるまでの前準備だよ。準備できたら晴らしてあげるからちょっと待ってて!」
妖精の声が霧の向こうから鳴り響いた。しかし、音が反響してどの方向から聞こえてきたかわからなかった。
「それじゃあ、始めるよ! 果たして私を見つけられるかな?」
準備があったのかわからないほどすぐに、またも妖精の声が鳴り響いた。妖精が話し終えると徐々に霧が晴れてきた。空の視界が広がっていくと、小さな影が映し出された。その影は妖精ほどの大きさだった。
「なんだよ。息巻いてたわりに簡単じゃねぇか」
リエガは目の前の小さな影が妖精であることを確信した。霧はどんどん晴れ、やがて隠れていた影は露わになる。その姿は、耳は尖り背中に薄い羽根の生えた妖精の姿だった。
リエガは期待を裏切られたような、身構えていた自分が馬鹿らしくなった、そんな気持ちを抱いていた。霧はゆっくりと流れていく。
その時、妖精の後ろに小さな影が現れた。
「あ?」
リエガは妖精の後ろの小さな影に気付いた。同時に、リエガはこの時何かが起こっていることにも気が付いた。霧は徐々に晴れて、その姿も正体を現す。
妖精の後ろの影の正体は前の妖精と同じ形をした妖精だった。
「これは……」
「どうなってやがる⁉」
同じ姿形をした妖精の出現に、ギハンとリエガは驚きを隠せなかった。
驚いている二体を置いて、霧が晴れていくと小さな影は一つ、また一つとその数を増やしていく。霧が晴れていくと同じ妖精が何体も見受けられた。霧がエリアから完全に消え去る頃には、周りには数えきれないほどの妖精が存在した。
地面に立っている妖精、空中で胡坐をかいている妖精、あくびをしている妖精。姿勢は違えど、皆全て同じ姿形をしていた。
空は無数の妖精に囲まれる形で中心に立っていた。




