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英雄  作者: ゲシンム
第一章 善と悪、成長と童心
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ようこそ、迷いの森へ

「はぁはぁ。しつけぇ……!」


 傷ついたA級悪魔は追ってくる人間を後ろ目で捉え呟いた。


「ねぇ! 力を使って追いかけちゃダメなの⁉ このままじゃ逃げられちゃうよ!」


 リギラの声が空の頭に響く。リギラは焦っている様子だった。悪魔は屋根の上を走り続けた。空は屋根の上を飛んで逃げる悪魔を追いかける。


「駄目です! ここで力を使えばすぐに追いつけるでしょうが、今は人目がありすぎます。空が注目されることは私とて本意ではありません。注目が集まれば今後動きにくくなってタスクをこなせなくなりますよ!」


 ギハンがリギラの返答を却下した。冷静に状況判断ができているギハンだったが、ギハンの中にも焦りが生じていた。空は人間が出せるギリギリの速度で、エネルギーを活用して逃げる悪魔を追いかける。足の速さで道中、すれ違った子供に後ろ指を指されたが、空は気に留めずひたすら悪魔の背中を追った。


「別に焦る必要ねぇだろ。いざとなったら力を使ったところを見たやつは全員殺せばいい。そうすれば目撃者はゼロだ」


 リエガがエネルギーを使う提案を促す。その提案は悪魔の所業のような提案だった。リエガに焦りのようなものは見られず余裕な表情をしていた。


「いいわけないでしょ! バカなの⁉」


 リギラはリエガの悪魔の提案を切り伏せ、リエガを罵倒した。


「誰がバカだてめぇ、殺すぞ」


 リギラの罵倒に引っ掛かりリエガが文句を吠える。リエガの返答にリギラは怯えた表情を浮かべた。空は脳内で好き勝手に話す三体の会話を聞き流し悪魔を追いかける。


 平日の昼下がり、期末テスト二日目を終え空はまだ日が明るい時間帯から人通りのある道沿いで悪魔を追いかけていた。死神、ギハンの激闘から一週間が経過し空の傷は完全に癒え、空は順調にタスクをこなしていた、かのように思えた。


 今日のテストを終え、いつも通りタスクをこなそうと、A級の悪魔を弱体化させるために奮闘していたそのとき、ちょうどそこに人が訪れその隙に悪魔に逃げられてしまった。


 現在、空は逃げ回る悪魔をエネルギーを使用しないで追いかけまわしていた。エネルギーを使用すれば今の空にとってA級悪魔に追いつくことなど容易であった。


 しかし、人目がある今、人知を超えた力を使用すれば空が注目を浴びることは火を見るよりも明らかであった。


 空はそのようなこと気にしなかったが、なにより空の中に住まう三体の天使、悪魔、死神がそれを拒んだ。リギラはそれを忘れる発言をするほどに悪魔を逃がしたことに焦りを感じていた。


「ちくしょう、いつまで追ってきやがんだあの人間! だがこのまま逃げれば俺の方が先にエネルギー切れで捕まっちまう。せっかく人間の体から抜け出せたってのに……!」


 リギラの焦りもさることながら、追い回されている悪魔も内心焦りを抱いていた。


「……と、相手も思ってるはずです。人が来た瞬間に逃げる判断ができるということはそれなりに知性があるということですから、このくらいは考え付いていると思います」


 悪魔の心を見透かすようにギハンは悪魔の考えを読んだ。実際にギハンの読み通り悪魔の考えは当たっていた。


「なら、焦る必要はねぇんじゃねぇの。相手が先にくたばるなら見逃さないようにだけ注意して追いかけりゃこっちの勝ちだろ」


 一切焦りの様子が感じられないリエガがギハンに聞き返した。


「えぇ。それで終わるならそれに越したことはありません。しかし、人が多い所や入り組んだ所に逃げられると追っているこちらが不利になります。相手が自由に移動できるのに対して、こちらは相手の痕跡を辿って追跡しなければなりませんし、何より不意打ちや罠に気を配らなければならなくなる。ですので、そのような所に逃げ込まれる前に捕らえておきたいのです」


 ギハンは冷静にこの状況についてリエガに説明した。その内容からはギハンが冷静であるかのように思わせるものだった。しかし、言い方は少し早口でギハンにもやはり焦りが感じられた。


「なるほどな。じゃあ頑張んねぇとな、空」


 リエガは茶化すように空にエールを送った。リエガはまるで他人事のように話した。空はいつも通り無反応で返すもそれに対してリエガが怒る様子はなかった。リエガも空の性格を把握し始め、扱いに慣れてきた様子だった。


「リエガ! 空のことをからかわないで!」


 煽るリエガにリギラが怒る。こうしていつも通り、リエガが勝つ口喧嘩が始まる。いつもは静かに見守るギハンだったが、今回は完全に無視して空に方向指示を出していた。


 悪魔と空のイタチごっこが始まって数分後、二体の目には人が暮らす街と隣接するには不釣り合いなほどに緑豊かな森が映っていた。


((しめた!))


 悪魔とギハンは同時に同じことを思った。


(森に入り込めば逃げる選択肢が増える! それに不意打ちやトラップを設置することだってできる。どのみちこれ以上町の中で逃げ続けるのは無理だ。なら森の中に入ってやり過ごすしかねぇ!)


 悪魔はギハンが危惧していたことを思いついてしまった。悪魔は森に向かって一直線に走り出した。ギハンはその様子を見て笑みを浮かべた。


「おい死神。このままじゃお前の描く最悪な展開になりそうだがどうすんだ?」


 リエガは走っていく悪魔を見てギハンに呼びかける。


「いいえ、そうはなりそうにありませんよ」


 ギハンはリエガに返答するもその言葉からは焦りが消えていた。リエガとリギラはギハンの返答を理解できず疑問符を浮かべた。


「先ほど言った追跡者が不利というのはあくまで両者が互角か、追跡者が弱い場合に限ります。しかし、人がいないであろう森の中なら空は力を使うことができる。つまり、追跡者の方が強くなり、彼に追いつくことができるという算段です」


 ギハンは自信満々に二体に説明した。二体はギハンの説明を受けて小さな歓声を上げた。


「さあ空! 彼を追いかけて森の中へ入ってしまいなさい! そして思う存分力を使いなさい!」


 焦りがなくなったギハンは妙にテンションが上がって変な言い方で空に指示を出した。空はギハンの指示のもと森へ入っていった悪魔を追いかけ、自身も森の中へ駆け込んで行った。


 足取り悪く視界狭まるほど草木生い茂る、年間数名の行方不明者を出す迷いの森へと。


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