交渉の末
三体がそのような雑談をしている間にあっという間に四体は地面に着いた。死神は空をそっと地面に寝かせた。
「……ほんとに何もしねぇんだな」
リエガがまたも死神を煽る。リエガはまだ死神を疑っている様子だった。
「これで信用していただけましたか?」
死神は冷静にリエガに返答する。死神の様子を見てリエガが舌打ちした。死神の反応が気に食わないようだった。
「さて、彼が寝ている間にあなた方にご提案があるのですか」
死神は二体に話を持ち掛ける。二体の頭に疑問符が浮かんだ。
「改まってなんだよ」
リエガが死神の返答に反応する。リエガは少し警戒している様子だった。空に手を加えないことに関しては信用したものの、先ほどまで体の主と殺し合っていた相手の提案は警戒に値するものだった。リエガは自身のことを棚に上げてそのような気持ちを抱いていた。
「私も彼に憑いてよろしいでしょうか」
死神は突拍子もない提案を二人に提示する。その声に欺瞞や冗談の色は一切なく、いたって真剣な顔つきで提案を持ち掛けていた。
「……理由は?」
以外にもリエガは頭ごなしに拒否することも死神に罵声を浴びせることもしなかった。リエガは冗談混じりに言うことなく真剣に返した。リエガは冷静に死神にその意図を問いただす。
「あなた方はご存知でしょうか。タスクに失敗した死神がどのような末路を辿るのか」
死神は二体に確認を促す。自身が聞いていることは常識的なことだと言わんばかりの物言いだった。
「確か……タスクに失敗した死神は閻魔様に消失させられるんだっけ」
リギラが死神の常識問題に答える。
「なるほどな」
リエガが何かを悟ったように納得の言葉を発する。死神は小さく頷いた。
「え? どういうこと?」
死神の真意を汲み取っていないようにリギラはとぼけ顔で返答した。
「要は閻魔の野郎に消される前に死んだことにしとこうってことだ。タスク失敗の罰を受けねぇようにな」
リエガがリギラに説明する。しかし、リギラは未だ理解していないような表情をしていた。
「けどそんなのすぐバレちゃわない?」
リギラは再び疑問の言葉で返した。
「だからこいつに憑りつこうってことなんだろ? 流石の閻魔も生きてる人間一人一人を把握なんざしてねぇだろうし、ましてやそこに何が憑いてるかなんて興味すらねぇだろ」
リエガは死神の意図を詳細に説明した。
「あぁなるほど。そういうことか。」
リギラがやっと理解したのか納得の返事を行った。
「そういうことなら大歓迎だよ! 空の能力強化にも繋がるし、タスクをこなしやすくなるからね!」
リギラは嬉しそうに許可した。リギラは死神が空に憑くことによるメリットを思い喜んだ。
「けどいいのかよ。こいつに憑くってことは問答無用でこいつのタスク、あぁいや、正しくはクソ天使のタスク達成に協力しなきゃなんねぇんだぞ」
リエガは死神に空に憑くことのデメリットも掲示した。リエガは死神が憑くことに反対はしなかった。リエガはいたって冷静に死神と言葉を交わす。
「リエガ! そのクソ天使って呼ぶのやめてってば!」
リギラがリエガの呼び方に文句を言った。リエガはリギラの言葉を無視して死神の答えを待った。リエガの反応を見てリギラはまた少し怒った。
「……それはあなたも同じことでは」
死神は怒るリギラを片目にリエガとの会話を続けた。
「まあ……こっちにも事情があってな」
リエガはそう言うとリギラの方をちらりと見た。リギラはなぜリエガに見られているかわからず頭に疑問符を浮かべたような表情をした。リエガはリギラの様子を見て、反応を示さず黙って死神の方を向いた。
「なるほど。あなたも私と似た立場のようだ」
死神はリエガの返答と様子を見聞きして答えた。死神の答えは何かを悟ったかのようなものだった。リエガは死神の返答に沈黙で同意した。
「それで彼のタスクの手伝いの件ですが、構いませんよ。それ以外の選択肢は死ぬしかない運命ですので。彼のタスクを手伝うだけでこの身生きながらえるものなら安いものでしょう」
死神は空のタスクを手伝うことを受諾した。死神にとってそれはとても都合の良い条件だった。
「死をタスクにする死神が死ぬことにビビってんのか」
リエガは死神に皮肉混じりの冗談を言った。リエガは少しの笑みをその顔に浮かべた。
「えぇ。例え死神であっても消えてしまうのは怖いものですから」
死神はリエガの皮肉を軽く受け流した。リエガは死神の冷静さを見て、つまらなさそうな顔をした。
「それに……それだけが理由で彼に憑くわけではありませんからね」
死神は続けてリエガに言葉を返すと空の方を向いた。リエガは死神が言った理由に見当が付かず首を傾げた。
(彼がこれから何を行いどのように成長するか。それを近くで見るのも面白いと思った……なんて、恥ずかしくてとても口には出せませんね)
死神は空へのこれからの期待を口に出さず、心の中で静かに思った。
「もう一つ聞きたいことがあるんだが」
空を見つめ一人思う死神にリエガは口を開いた。死神はリエガの方に向きなおした。
「お前が憑くことによるこいつへの弊害はないのか。死神が人間に憑くなんて今まで聞いたことねぇ。つまり、お前のエネルギーにこいつが順応できる保証がねぇってことだ」
リエガは空を指さし死神が憑くことで空に悪影響を及ぼすことを危惧した。リエガは死神が憑くことに対して最大の警戒を行い、冷静に分析・交渉を行っていた。
「ごもっともな意見ですね。あなたは優れた分析能力を持ってる」
死神はリエガに賞賛の言葉を贈る。
「ただ、警戒心が強いだけだ。こいつにくたばられると困るからな」
リエガは死神の言葉を受け取らず否定で返した。その顔に恥ずかしさや照れくささは無く真剣な表情が浮かび上がっていた。
「そんなこと言って~。ほんとは褒められて嬉しいくせに~」
リエガが二体のやりとりを聞いてリエガをからかう。リエガはリギラのことをまたも無視した。リギラがまたもリエガに突っかかるが相手にされずそっぽを向いた。
「それならご心配していただく必要はないかと。私が彼に憑いてエネルギーを流しても彼の体に異常が出ることはないでしょう。私のエネルギー特性が『死』であるとは言っても私のエネルギーを使えるようになるだけで彼自身が死ぬことはありません。それは『悪』のエネルギー特性を持つあなた自身が彼に憑くことで証明されているはずです」
死神はリエガの質問に丁寧に答え、リエガの疑問を払拭した。リエガは死神に言われて自身にも空に悪影響があったかもしれない可能性に気付きリギラを睨んだ。自身が憑く際にそのことに気付いていなかったリギラに苛立ちを覚えたため、どうしようもない感情を、リギラを睨みつけることで解消しようとした。リギラは突然リエガに睨まれた理由がわからずあわてふためいている様子だった。
「それで、私が彼に憑くことの決はいかほどでしょうか」
死神は二体に提案の答えを聞いた。先ほどまでの温和な表情や声色ではなく、その声からは真剣な気持ちが乗せてあった。
「もちろん大賛成だよ! 君が空に憑いてくれるなら百人力、いや百死神力だよ!」
リギラは死神の提案に激しく同意した。訳のわからぬ造語を作るくらいには喜んでいる様子だった。
「こいつが同意すんなら俺から言うことはもうなんもねぇよ。最終決定権はこいつにあるしな」
リエガが空の方を指さしながら死神の提案に同意した。リエガの場合、空に決定を丸投げしたという言葉の方が正しかった。
「それでは二人とも同意ということで。あとは彼が起きるまで待つだけですね」
死神は視線を再び空に向けた。空は仰向けになったまま目を閉じ動く気配がなかった。空の体では少しずつ天使のエネルギーが戻っては傷を回復するために消費されていく現象が起きていた。天使のエネルギー特性のおかげで傷は少しずつ回復しているとは言えども、傷を全て治癒するためには天使のエネルギーがまだまだ足りず時間が掛かりそうだった。
「しかし、この調子だと彼がいつ目覚めるかわかりませんね」
死神は空の様子を見て答えた。
しかし、死神の予想は外れ死神がその言葉を発すると空が気絶から目覚めその目を開いた。しかし、体の傷が治ったわけではなく空は体を起こすことができなかった。
「空! 起きたんだ!」
リギラは空の起床にいち早く気づき空に声を掛けた。
「おや、起きるまでにもう少し時間が掛かると思っていたのですが、私の観察眼も衰えましたかね」
死神は想定よりも早く目を覚ました空に聞こえるくらいの声量で自身の衰えを憂いた。空は死神の声を聞いて死神のいる方向に目線を向けた。空は死神をじっと見つめるだけで他に反応を示す様子がなかった。死神は空の様子を見て違和感を覚えた。
「? 私を見てもあまり驚かれないのですね。てっきり敵意をむき出しにするか、あるいは私だけ起き上がっているこの状況に絶望すると思っていたのですが」
死神は自身が感じた違和感を疑問の言葉に変換して空にぶつけた。空はいつも通り何も言わなかった。リギラが空の様子を見て言葉を掛けた。
「ひょっとしてずっと起きてて僕たちの会話を聞いてたんじゃないのー?僕らの会話が一段落したグッドタイミングで起きたし、そうだなー……空が起きたのって死神に足を掴まれたあたりぐらいじゃない?」
リギラは探るように空に言葉を掛ける。空は何の反応も示さなかったがリギラは空の様子を見て確信を得た。
「どうやら当たりみたいだね!」
リギラは自身の予想が当たったことを嬉しそうに喜んだ。死神はリギラと空のやり取りを見て驚いていた。リギラが死神の方を振り向くと死神が驚いている様子に気が付いた。
「どうしたの? そんな異形のものを見るような眼をして?」
リギラが死神に驚いている理由について聞きただす。死神は少し間を置いて呼吸を整えた。
「……いえ。まさか彼がそれほど早くに目覚めていることに驚いてしまいまして。あまりの回復の速さに衝撃を受けてしまいました」
死神は驚いた理由をリギラに説明した。死神は呼吸を整え、考えを整理してもなお驚きを抑えることも隠すこともできていなかった。
「それは仕方ないよ。なんてったってこのボクが憑いてるんだからね!」
リギラが自身満々に答えた。実際に空の回復の速さは天使のエネルギー特性に依存しているが、空の目覚めが早い理由は別にあった。
空は自身の足を死神に掴まれた時、体が危機を警告し空の脳を目覚めさせた。空は巨大な刃を切り裂き壊しても死神を敵として認知していたため警戒を解いていなかった。しかし、体の疲労に耐えることができず脳が眠りについてしまった。空が目覚めたのは危機の敏感な察知能力に基づく条件反射だった。
「空が起きてたなら話の流れはわかるよね? これから死神の彼が仲間になりまーす!」
リギラは茫然とする死神を元気いっぱいに紹介した。死神はリギラに呼ばれてようやく驚きから抜け出すことができた。死神は空に向かって会釈した。
「あなたの承諾がいただけるのなら、この身をあなたに捧げることを誓いましょう」
死神は会釈と丁寧に挨拶することで自身が空に憑くことへのお願いをした。空は死神に無言の反応を返した。死神は断れると思い、覚悟を決めて諦めた表情を浮かべた。
「OKだって! 良かったね!」
リギラが空に代わって見解を答えた。リエガがその様子を見て呆れたようにため息をついた。
「しかし、彼はまだ何も言っておりませんが」
死神が当然のことを疑問に思い口に出した。死神は空の性格を戦いでしか見ておらず、その本質に気が付けていなかった。
「いいのいいの。空はいっつもこんな感じだから」
疑問に思っている死神にリギラが答える。
「……まぁ、あなた方がそれで良いのであれば……」
死神は空の方を見た。その時、初めて死神は空の何も映っていない瞳に気が付いた。空の瞳に気が付いて死神は少し後悔した。それと同時に少しの悔しさも芽生えた。何も宿っていない彼に負けたこと、これから彼に憑くこと。
死神のその考えはすぐに彼への期待で塗りつぶされた。後悔や悔しさが気にならないほどに彼の能力と活躍に魅了されたからだ。死神は寝たきりの空に近づくとそっと手を伸ばした。空が回復しつつあるボロボロの手で死神の手を掴もうとした。その時、野太い声が空の耳に入ってきた。
「死神の力が手に入るんなら簡単に人を殺すことができるな」
リエガが嬉しそうに話した。リエガのその言葉を聞いて空の手がピタリと止まった。それは悪魔戦の時にリエガが「殺せ」というセリフを言った時と同じものだった。空の手はリエガのセリフを聞いてから動こうとしなかった。
「もう! リエガ!」
リギラがその様子を見かねてリエガに文句を言った。リエガはなぜリギラに文句を言われたのか理解できていない表情をしていた。リギラはリエガの様子を見てため息をついた。リエガは逆にリギラがため息をつく様子を見てイラついた。
「大丈夫だよ空」
リギラは優しく空に話かけた。
「たとえ人を殺す力を手に入れてもほんとに人を殺すわけじゃない。それにキミのタスクは悪魔の弱体化だ。憑いてもらってなんだけど悪魔や死神の力を使う方が少ない。それでも不安があるなら死神の力の他の使い方を考えようよ」
リギラが空を優しく説得した。その様子はまるで
天使のようだった」
リエガがナレーション混じりにリギラのことをからかった。
「ほんとの天使だよ! リエガはちょっと黙ってて!」
リギラがリエガにツッコミを入れる。リエガは楽しそうに笑いながらその様子を眺めていた。空はリギラの説得に納得・安心したのか空の手は動くようになっていた。
空は差し伸ばされた死神の手にゆっくり腕を伸ばす。そして、空は死神の肉も皮も無い手を握る。死神は全身が紫色の光に包まれるとその姿を消した。空は自身の手のひらを眺めた。特に体に異変は感じられず、死神が取り憑いた実感もなかった。
しかし、体内のエネルギー量が増大していることだけは感じることができた。
「ようこそこちら側へ‼」
リギラの大きな声が空の頭に響く。リギラの言葉のそれは死神が無事空に憑くことができたことを意味していた。
「ええ、よろしくお願いします」
リギラの大声に対して死神は静かに挨拶を返した。死神のその様子はまるで社交辞令のようだった。
「あなた方もよろしくお願いしますね」
死神はリエガと空にも挨拶を交わした。
「せいぜい敬えよ、死神」
リエガは煽り言葉で死神に挨拶を返した。死神はこれに対して微笑みで返した。リエガは死神に聞こえるほどの大きさで舌打ちをした。空に憑くことは認めたが、実際に憑くとどのように接すればいいかわからない様子だった。
空は死神の挨拶に無反応で返した。死神は空の性格を理解したのか無反応に関して追及することはなかった。
「そういえば君の名前はなんて言うの? これから一緒に行動する仲なのにいつまでも死神呼びするのも気が引けちゃうし教えてよ!」
リギラは社交辞令の挨拶に気付かず死神に名前を聞いた。リギラの言動は相手のプライベートエリアにずけずけと踏み込んでいくようだった。
「これは失礼しました。空に憑く前に名乗るべきでしたね。私の名前はギハンと申します。以後お見知りおきを」
空に取り憑いた死神、ギハンは丁寧な自己紹介をした。ギハンには言葉から伝わる上品さが備わっていた。
「そんな堅苦しくなくっていいって! リエガなんて『……リエガ』って言って終わりだったんだから」
リギラはリエガの真似をしながら場を和まそうとした。リギラ本人にその意思があったか否かは定かではなかったが。
「うるせぇ! 真似してんじゃねぇぞクソ天使‼」
リエガはリギラに怒鳴りつけた。そこに本気で怒っている様子はなく、険悪なムードになるような様子は微塵も感じられなかった。リギラがリエガが名前で呼んでくれないことに何度目かの不満を言った。こうしてまた、天使と悪魔の言い合いが始まった。
空はそれを黙って聞き流し、死神はここではこのような雰囲気であることを悟り、静かに傍観していた。
「そうそう、あなたに言っておきたいことがあるのですが」
死神は言い争いをしているリギラとリエガの間をすり抜けるように空に話しかける。空は回復しつつある体で上半身だけ起こし、地面に座った状態となった。
「先ほどリギラが言ったように私のエネルギーを使うことはないかもしれませんが忠告しておきますね。私のエネルギーはあなたとの戦いで少々使いすぎてしまったのであまり残っておりません。ですので当分使うことはできませんので、ご理解のほどを。まぁ、残っていたとしてもあなたの体に馴染むまで時間が掛かることも事実ですので、どちらにせよ当分使えないことは変わりませんが」
ギハンは自身のエネルギーについて詳細を話した。その内容はリエガが憑いたときと同じものだった。違うことはギハンに休む様子がないということと少なくなったと言ってもそのエネルギー量はそこそこあったことだった。
「ギハンは休まなくていいの? リエガが憑いたときはしばらく寝てたんだけど」
口喧嘩の途中でリギラはギハンに質問をした。
「バーカ。俺の時は動けないほど全身ボロボロだったから休んでたんだろうが。エネルギーを回復するだけなら別に寝る必要はねぇんだよ。寝た方が早くエネルギーが回復すんのも事実だがな」
リエガはリギラに反発するように言った。
「まぁそういうことですよ。私の場合、睡眠をとる必要がないほどにはエネルギーが残っていますので」
ギハンはリエガに同調するような同意をした。
「ふーん。あ、空。そろそろ立てるぐらいには回復した? だったらそろそろ帰ろうよ。こんなとこで起きて回復するよりふかふかのベッドで寝た方が回復はきっと早いだろうから」
リギラはすぐに興味をなくす子供のように話題を反らした。事実、空の体はじっとして回復したとはいえ未だ傷は残り走り回るにはダメージが蓄積されていた。空はリギラに言われるがままふらふらと立ち上がった。一歩足を出してはよろめき、足を出してはよろめきを繰り返し校門へと向かう。校門にたどり着くと空は近くのフェンスに持たれかかった。
「おいおい、大丈夫かよ」
リエガが少し心配そうに空の様子を伺う。空はリエガの心配をよそに少し休憩して再び足を動かし始めた。
学校の戦闘で唯一形を保って残ったフェンスを杖代わりにして空は学校を跡にする。そこを学校と呼ぶには建物が足らず、かつて建物だった瓦礫の山は何かのアスレチックのように積み上がりそこは公園と呼ぶ方が正しいほどだった。
こうして人間と死神の闘いは校舎崩壊という爪痕を残して幕を閉じた。




