死神戦・幕間 ー悪魔のガントレットー
「本当にしつこいですねぇ、あなた方は‼」
死神は今までで一番の声を上げた。怒りと共に、人間が歯向かうことに納得しつつもまだ抗うことに納得できないごちゃ混ぜの感情が渦巻いていた。また、根拠の無い確信が当たってしまったことに対しても憤りを覚えた。
「チッ」
悪魔リエガは図々しく名前を呼んだ天使の呼びかけに舌打ちで返した。続けてリエガは口を開く。
「気安く名前で呼ぶんじゃねぇよ。大体なんでやられそうになってんだ! 俺に勝って死神ごときに負けるなんざありえねぇぞ!」
リエガは畳みかけるようにリギラに詰め寄る。今まで休んでいたため言えずにいた、貯め込んでいた分の不平不満を一気にリギラにぶつける。とても寝起きとは思えない荒々しさだった。
「そんなこと言っても相手が……」
リギラが必死に反論しようとするも
「うるせぇ‼ 言い訳してんじゃねぇ‼」
リエガの激しさにリギラは圧倒されていた。空の頭の中で天使と悪魔が喧嘩している。空はそれを黙って聞いていた。
「てめぇもだ人間‼」
リエガの怒りの矛先が突如として空に向いた。空は驚くでも戸惑うでもなく、ただその場に立ち尽くした。
「てめぇがしっかりしねぇからこうなってんだろが‼ こんなんに負けたら俺の立つ瀬がねぇだろうがよ‼」
リエガは今まで休んでいた分も話すように怒涛の言葉攻めを空に浴びせる。その勢いは止まることを知らなかった。空は何の反応も示さず、ただ黙ってリエガの話を聞いていた。
「『こんなの』とは失礼ですね」
悪魔の勢いを止めたのは他の誰でもない死神であった。言い方こそ静かなものだったがその言葉には明らかな怒りと殺意が込められていた。
これまでの天使の言動と人間の態度に加えて悪魔の煽り文句で死神の怒りはピークに達していた。死神の言葉一つで空気がひりついていることを三体は感じ取っていた。
死神は今にも襲ってきそうな雰囲気だった。それを抑えたのは人間への評価と、突如として出現した未知たる悪魔の存在。死神は感情を怒りに呑まれてさえも、無謀に相手に飛び込むほどの愚かさを兼ね備えてはいなかった。
「おっとすまねぇな。煽るつもりも待たせるつもりもなかったんだ。こいつらのあまりの軟弱さにイライラしちまった」
リエガは以外にも死神に謝罪した。悪いのは死神ではなく、攻めきれていない人間と天使のせいであると。これまでの言動が勘違いであったかのような親切な物言いだった。
「てめぇみたいな雑魚にいつまでチンタラやってんだってなぁ‼」
突如リエガは死神を煽る。リギラのような礼儀のなさでも空のような無頓着から来る煽りでもない明確な悪意ある煽り。悪魔の所業である。文字通りの悪魔がそこには居た。悪魔は満足そうで、嬉しそうな表情であった。
「殺す‼」
死神はたった一言を放ちいきなり空に飛び掛かった。悪魔の煽りは死神を無謀にさせるには十分すぎる火種だった。これまでの怒りが蓄積された死神にはその一言で十分だった。偶々ではあるがリエガの一言は、死神の怒りを溢れさせたのだ。
「やってみろよ骨ぇ‼」
リエガも死神の一言に答えるように大きく吠えた。空はすぐさま両拳を顔の前で構え、戦闘態勢を整える。空の拳には前腕にかけて黒い鉄のガントレットが装着されていた。
死神の目にも当然それは映っていた。普段の死神ならば見慣れぬ武具に警戒し、迂闊に飛び込むことはなかっただろう。しかし、今の死神の思考には目の前の相手を殺すことしか頭にないほど怒り沸騰していた。
死神は横から鎌を斬りつける。
空はこれを右の前腕に取り付けてあるガントレットで受け、すぐさま左手で死神の顔に拳を打った。
死神はこれを避け空の懐に入ると腹に膝蹴りを入れる。
空は直撃する前に鎌から右手を移し、そのまま右手で死神の膝蹴りを受け止める。
狭い教室でお互い二、三手ほど攻防を繰り返すと空は死神の腹に蹴りを入れた。空の蹴りは見事に死神の腹に入り、死神は勢いを殺すことができず中庭を通過し、反対の校舎にまで吹き飛ばされた。
死神は透過する間もなく、廊下の壁を突き破り教室の中にまで飛ばされ煙に包まれた。死神は空と似たような体勢で座っていた。机や椅子、瓦礫の山にもたれかかり座っている状態。その主なダメージは腹部ではなく背中に蓄積していた。人間の蹴りを腹に入れられる直前、間一髪で手で防御することに成功していたため腹部へのダメージは皆無であった。
しかし、背中には壁に激突した際のダメージが残ってしまった。死神はこのとき初めて自身が冷静さを欠いていることに気が付いた。きっかけは壁に衝突する際の出来事。
死神は怒りで目の前のことしか見えなくなることで、自身の能力さえ見落としていたのだ。先ほど活かした機転を今回は活かすことができなかった。
死神は恥じた。自身が先ほど意気揚々と解説した立ち回りをも忘れて怒りに呑まれてしまったことを。
悔い改めた。怒りに身を任せて立ち振る舞うことを。
そして認めた。自身が相対している人間、空が強いことを。
死神は冷静さを取り戻した。そして今度は考えた。何故、空の身体能力が先ほどと比較して向上しているのか。また、どのように太刀打ちすれば良いかを。死神は体勢を整えず座ったまま考えた。
死神が教室で考えている同じ頃、反対側の校舎で空の頭の中で別の闘いが繰り広げられていた。言い換えると喧嘩が起きていた。
「なんであんな煽るようなこというのさ! あんなこと言えば怒るに決まってんじゃん! 空が何とかしたからいいものの、あのままやられてたらどうするつもりだったんだよ!」
リギラがリエガの放った言葉に対して文句を言う。
「うるせぇ! 終わったことをグチグチ言うな! そんときゃやられたこいつがそこまでのやつだったってだけだ! 大体あんなに動けんなら最初からやれよ! ケツひっぱたかれなきゃ動けねぇのか!」
リエガの反撃。リエガは自身の放った言葉に何ら責任を感じていない様子であった。あまつさえ空に責任転嫁さえし始めた。リエガの言い分にリギラが逆撫でしてリギラが反論する。
「最初からあんな動きができるわけないだろ。あれはきっと死神の闘いを通して空がレベルアップしたんだよ! 空に責任押しつけちゃったりしてさ。なーにが『俺も混ぜろヨー』だよ!戦ってるのは空じゃんか! 別にリエガが起きてても何にも変わらなかっただろうし」
リギラが煽るようにリエガに文句を垂れるもその発言は逆にリエガに有利に働いた。
「だから気安く名前で呼ぶなっつったろ! つーか馬鹿かお前? 俺があの時起きなきゃこいつは立つことすらできずにやられてたぞ。こいつが今使ってるガントレットも俺のエネルギーを貸し与えて具現化させたものだろうが。あの逆転は俺がいるからこそ起こったものなんだよ。お前以外みんな気付いてると思うぜ」
リエガは煽りを含ませつつ、冷静にリギラに説明した。リエガの言葉の棘がリギラに刺さる。
「えっ⁉ そうなの空⁉」
リギラが慌てた様子で空に問いかける。空は特に反応せずに中庭に向かって歩いていく。
「相変わらずだなてめぇは」
なんの反応も示さない空を見てリエガが小言を言う。リエガの煽り言葉さえ気に留めず、空は中庭に向かい歩いて行く。
「というか、それが空の能力アップに繋がってるなら最初から動けなんて言うなよ!」
空の反応が当然であるかのようにリギラは口喧嘩を続けた。もはや悪魔の一方的なサイドゲームになるかと思われたがリギラもなかなかに鋭い言葉のジャブを悪魔に打つ。
「あぁわりぃな。天使の力だけじゃあんな動きはできねぇか。あのレベルの死神すら勝てねぇとは思わなかった。わりぃわりぃ、お前の力を過信しすぎてた。」
リエガはリギラに言葉を返す。一見、その言葉は物腰柔らかく謝罪している言葉に聞こえるが、その実はリギラの無能ぶりを示すための煽り文句だった。リギラの軽いジャブをリエガはアッパーで返した。ここまでの流れでリギラがリエガに言葉で勝てないことが証明されてしまった。
リギラも負けじと必死な反論を
「うわぁぁん‼ そんなに言わなくてもいいじゃん‼ バカ! オニ! アクマ‼」
必死すぎる反論? を行った。リエガにボロボロにやられたリギラの言動は胎児化して目も当てられぬ状態になっていた。
「悪魔だよバーカ」
リエガがリギラの言動に的確過ぎるツッコミを入れると同時に、空が中庭と廊下の境目に立った。向かいの校舎にはちょうど同じ位置で死神が浮かんで空の方をじっと見ていた。先ほどまで騒がしく口論していた天使と悪魔は、死神がこちらの様子を伺っている姿を見て、口を開くことを止めた。
一方は肩に傷を負い、片方の手で押さえ立っていた。もう一方は背中と心に傷を背負い、黒いローブをはためかせ鎌を地面に付いて浮かぶ。
両者は中庭を挟んで相見える。そして静かに両者自身の武器を構える。ほんの少しの間をおいて、両者一斉に中庭に飛び込んだ。
現在時刻は十八時四十分、ここまで二つの闘いの火蓋が切られその幕を下ろした。第一幕は校舎内での駆け引き戦、第二幕は両者刃のある武器を使用した斬撃戦。
そして今、第三の火蓋が切って落とされた。




