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英雄  作者: ゲシンム
第一章 善と悪、成長と童心
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過去

 空が小学生の頃、空の通っていた小学校にはガキ大将がいた。ガキ大将とは言うものの素行が悪い、暴力を振るうなど悪い意味が纏わりつくそれではなく、文武両道という言葉が似合い、リーダーシップのある少年だった。


 空は取り巻きの一人であった。運動も勉強もできてみんなから人気がある、そんな彼の姿に空は憧れを抱いていた。


――僕もあんな風になりたい。


 少年の空にとって憧れの存在は眩しく輝くヒーローで、いつの間にか目指すべき目標へとなった。

 そこから空は何をするにしても彼ならどのように行動するかを考え、小学校では彼のように振舞うことを心掛けた。困っている人がいれば手を差し伸べ、率先して学友と交流を図る。その結果、空とガキ大将は二トップの人気者となり、彼らは親友となった。


「すげー空!」


「ダイチが二人いるみたいだ!」


 ダイチというのはガキ大将の名前である。周囲からももてはやされ、自分が誇らしい気持ちになった。この時はまだ、真似っこをして人気を勝ち取ったただの少年だった。心に少しばかりの靄が掛かったただの。


 また、空には三つ上の兄がいた。海という名を持つ品行方正な兄は、両親からよく褒められていた。両親から褒められているその姿を見て、空は羨ましく思った。


――俺も褒められたい。


 空は、今度は兄の真似をしようと考えた。

 当時、中学生の兄はバトミントン部に所属していた。兄を観察するために小学生ながら時々部活動を見学させてもらい、兄の活躍を間近で見ていた。実際に見てみると、それほどうまくはなかったが、兄の周囲には常に人がいた。みんなに慕われ、頼られる存在。部の中心は誰が見ても兄だった。

 ガキ大将同様、だれからも好かれる兄の姿は空の目に輝いた存在として映った。ガキ大将の時と同じように、兄ならどのように行動するかを考え、兄の真似をして行動していた。結果、両親から褒められることが増えるようになった。


「偉いわね、空」


「流石、海の弟だな!」


 両親から褒められて、空は心が温かくなった。しかし、どこか納得がいかないものがあったのも事実だが、それ以上の賛辞が空にとっては嬉しくて、心の機微の変化にはまだ気づけないでいた。

 そう、ガキ大将や兄を模倣して行動すると、全てが上手くいき、自分も憧れた存在になれたようで嬉しい気持ちで溢れた。


 変化が訪れたのは中学の頃。幼かった小学生も中学生になり、兄の後を追うようにバトミントン部に入部した。いつものように兄みたく振舞い、行動していると周りから好かれ、頼られる存在となった。二、三年の先輩たちからは兄みたいだとよく言われた。

 小学生の時に散々言われて嬉しかった誉め言葉を耳にするたびに、空の違和感は募っていった。嬉しいはずなのに、胸のつかえが取れない。なんだろう、この気持ち。


 違和感が確信へと変わった時期は高校受験の頃、中学三年生に当たる時期だった。

 その当時、進学先は当然兄が通っている四秀高校と決めていた。高校でも兄のようになるんだと張り切っていた。空は自信に満ち溢れた声で母親に進学先の希望を伝えた。


「四秀高校? お兄ちゃんと同じ高校?」


 空は母親のその返答がなに意味が含まれた言い方である気がしたため、少しイヤな気分になった。


「……あなたは本当にこのままでいいの?」


 母は続けて空に疑問を投げかけた。空には母が言っていることが理解できなかった。空は母にその意図を聞いた。


「この間、バトミントンの県大会があったでしょう? そのときのあなたは惜しくも四位でメダルには届かなかったわよね」


 母は唐突に今とは無関係そうな話を持ち出した。空はその話を聞いた途端、無性に逃げ出したくなった。聞いてはいけないなにかがある。しかし、その足は動かず空は黙って母の言葉に耳を傾けるしかなかった。


「でもね。お母さん試合を見てて思ったの。あなたはわざと負けたんじゃないかって。試合を決めた相手の返球。決して返せないものではなかったものだと思ったのだけれど、あなたは体が動かなかったって、打てずに負けちゃったのよね」


 母は立ち尽くす空を見据えて話を続けた。


――いやだ、やめて。それ以上聞きたくない。


「でもね。お母さんの目にはあなたがわざと打たなかったように見えたの」


 母の声が遠くなるように感じた。これ以上はダメだ。聞いてはいけない。空は自身の鼓動が早くなるのを感じた。


――母さん、その後の言葉を言わないで。俺に気付かせないで。このままでいさせて。


「お兄ちゃんが中学最後の試合で取った、四位になりたくて」


 母のその言葉を聞いた途端、胸が締め付けられるような感覚がした。突きつけられた母の抱いた不信感。確証のない疑問であるはずの母の言葉は空の心に深く突き刺さる。


――違う。そんなはずない。あれは一生懸命やった俺の結果だ。兄のように振舞ってたまたま兄と同じ結果だったんだ。そう、兄と同じように。


「だからね。お母さんにはあなたが本当に四秀高校に行きたいと思えないの。それもお兄ちゃんの真似っこをしているように見えちゃうの」


 母は自身の思いの旨を空に伝える。空は母の言葉に何も言い返さなかった。言い返せなかった。ただ、茫然と立ち尽くし、遠くなっていく母の声を聞くことしかできなかった。


「お兄ちゃんの真似をするのもいいけど、本当に自分の行きたい高校があるならそこに行ってみたら? 自分の人生なんだし真似をするばかりじゃもったいないわよ」


と言われた。母親の回答の数々は空が期待していたものと異なり、濁ったように聞こえたため空は不快感を募らせていった。空はようやく重たくなった口を開いた。


――自分の行きたい高校……?いや、だからそれは兄の通う高校で、兄の高校へ行って……それは俺の決めたことで……


「だからそれはあなたの意志じゃないんでしょう? お兄ちゃんがやっていたことじゃなくて自分のやりたいことがあるはずよ。自分の人生なんだから自分の意志で決めないと」


 母親の言葉が痛いと感じた瞬間はこれが初めてだった。

 自分の意志?兄の真似をするということは自分の意志ではないのか?そう考えることは自分の意志じゃないのか?


 自分の意志という単語が頭から離れないまま、沈んだ気持ちで担任の先生との進路相談を迎えた。担任の先生はバトミントン部の顧問も受け持つ三年間、お世話になった人だった。


「兄貴と同じ学校か。お前は本当に真似っこだな! お前が中学の間はずっと兄貴みたいに振舞っていたから六年間お前の兄貴が通ってたみたいだったぞ」


 先生の言葉は、母と同じく棘となって空の心に突き刺さる。空はまた同じ不安に駆られた。また、あの言葉を言われる恐怖。期待していない言葉の数々。空は最後の抵抗をするかのように顔を下に向けた。


――先生まで。お願い。言わないで。


「……けどな空、別に通う高校まで真似しなくてもいいんじゃないか? お前ならもう少し上の学校を狙えると思うんだが」


 先生も空の行動・態度に疑問を抱いているようだった。空の鼓動がまた早くなる。先生の声が小さくなるのと対照的に、鼓動の音は増大していく。


「お前を見てて思ったんだ。フォームが兄貴そっくりだってな。兄弟なんだから似るのは普通なのかもしれないが、お前のはどうも無理矢理似せてる感じがしてな。なんというか……わざと実力に見合わない方を選んでたっていうか、兄貴の真似をしてただけっていうか」


 先生の言葉にもでてきた“真似”という言葉。空の鼓動は早くなるどころか、驚くほどに静かになった。加えて全身から力が抜け落ちていく感覚に陥った。空は静かにあることを悟った。その後の先生の声は他人事のように聞こえた。


「まぁ、とにかく。お前の実力はこんなもんじゃない! お前の人生なんだからだれかの真似するだけじゃなく、たまには自分自身で決めてみたらどうだ?」


と笑いながら言われた。

 なんで?兄の真似をすることはダメなことなの?


 先生の言葉を聞いたとき、空が今まで築き上げてきた何かが崩れ去る音がした。


 これか。これだったのか。今まで誰かの真似ばかりしてきた空にとって自分の意志などなかったのだ。すべて真似っこだったんだ。今までの行動の中に自分の意志など存在しなかった。自分の決断ではなく誰かの決断だったのだ。


 今までの行動・言動が、全てが否定されたように感じた。無駄だと思った。間違いだと思った。みんな白時空を通してガキ大将の彼や兄のことを見ていたんだ。友達や先輩、先生も。……父さんや母さんまでも。注がれてきた愛情や信頼、全部俺に与えられたものじゃなかったんだ。


 じゃあ俺の意志は? 俺の気持ちは? 俺の行動は? 俺の立場は?


 ……オレは一体ダレなんだ? いつからオレっていうようになったっけ。


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