死神戦・第一幕 後編
「ここからが本番ということですか!」
先ほどと異なり、攻撃を仕掛けようとする空を見て、死神は嬉しそうに言葉を発した。今まで見たことがない灰色の魂を持ち、リギラがその強さと成長を信頼している人間に、期待が膨らんでいた。
死神は人間が突っ込んでくる様子を見て鎌を振り下ろした。しかし、人間の速度は想定より速く鎌を振り切る前に先に空が死神の懐に入り込んだ。
空はそのまま両手で鎌を掴んだ。空と死神の速度は、ちょうど二人の間に存在した距離の中間で零になった。
(私から鎌を奪う気ですか。合理的な判断ですね。リーチの差がある以上有意なのは私の方ですから)
死神は人間との取っ組み合いの中、目の前の人間に対する感想を思った。何とか相手の手を振り切ろうとするものの、空は一向に手を放す気配がなかった。
死神は人間が鎌を押していることを逆手に取り、鎌を引き寄せ人間の体ごと近づけた。ローブの隙間から筋肉の付いていない足を晒し出し、空の腹目掛けて蹴りを入れた。
空はまたも死神の動きに反応して、鎌から手を離さず空中に飛んで蹴りを避ける。
死神は蹴りをした後、そのまま鎌に捕まった人間ごと回転した。
空は巻き込まれないように手を離し、空中に放り出された。
死神は一回転して、滞空している空に向けて鎌を下から掬い上げるように突き刺した。
空は空中で無理やり体を捻じ曲げ、ぎりぎりで避けるも腹部に切り傷が付いた。空は傷を気にせず廊下に着地した瞬間死神に攻撃を仕掛けようとした。
しかし、それよりも先に死神はすでに攻撃モーションに入っており、鎌は空を捉えていた。空はこの攻撃もぎりぎりで避けた。またも空に切り傷が付く。
そのまま死神は二の手、三の手を人間に加えていった。
後手に回った空は攻撃を仕掛けることができず、避けることしかできなかった。加えて空が避けるごとに切り傷が付いていき、廊下に空の血が滴り落ちる。体に切り傷が増えていくにつれて、徐々に空の動きが鈍くなっていった。
しかし、空は死神の攻撃をはどれも紙一重で回避し、死神の攻撃は決定打にはならなかった。
(妙ですね。傷が回復している。鎌にもエネルギーを付与しているので、それで切られた彼の傷は治らないはず。天使のエネルギー特性のせいでしょうか)
死神は相手のエネルギー特性について不満を抱いていた。が、不満を抱きながらも攻撃を続けた。
それでも攻撃はかすりはするものの、人間を切り裂くまでには至らなかった。
(それにこの人間、避けるのが上手い。動きは鈍くなっているのになかなか決め手に欠ける)
死神は人間の身体能力に感心を抱いていた。相手の動きは侮れないものと判断され、警戒されるまでに至る代物だった。死神は懐に潜り込まれないよう警戒を強めた。
(おかしい。傷の治りが遅すぎる。死神のエネルギー特性のせい? 全く、空が出血多量で死んだらどうするんだ)
リギラも死神のエネルギー特性に不満を抱いていた。空を傷つけたことに対して不満を抱かなかったことは空が勝つことを確信しているからだった。
なんとかこの状況を打開しようと死神に近づこうとするも、死神は鎌を取られることを警戒して付かず離れずを徹底して、近づけさせなかった。空はやがて階段にまで押しやられた。
一度態勢を整えようと階段から飛び降りて二階の廊下へと出た。空は階段に背を向けて廊下を走り出した。横目で後ろの様子を伺うと死神が追ってくる様子はなかった。
「空!」
突然、リギラの声がした。空はリギラの声に気づくとすぐに膝を付けて体を反らし前へと滑り込んだ。空の顔すれすれを鎌が通り過ぎた。
「‼」
死神は人間が死角からの攻撃を二度も避けたことに一瞬だけ驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、人間のもとへ詰め寄った。
一方、空は避けた後すぐに立ち上がり、近くの窓に掛かっていたカーテンを取り外し後ろを振り向いた。そこには死神が迫ってくる姿が見て取れた。空は死神に向けて持っていたカーテンを放り投げた。
死神は視界をカーテンに奪われ人間の肉体的な姿を捉えることができなくなった。死神は目の部分に力を入れ、人間を魂的な姿で捉えた。灰色に映った空の姿はこの距離からは考えられないほど小さくなっていた。
(この一瞬であれだけ距離を取れるのですか。とっさの判断力と言い速度と言い、本当に申し分ないですね)
死神はそのように考え、カーテンを切り裂き人間に迫ろうとした。死神がカーテンを切り裂いた直後、カーテンの隙間から空中で縮こまっている人間の姿を肉体的に捉えた。
(遠近法で遠くにいるように見せかけた……!)
死神は人間の奇抜な策で判断が遅れ、人間の懐への侵入を許してしまった。空は空中から死神が両手で持っていた鎌に蹴りを入れると、死神の片手から鎌が離れ、腹部がノーガードの状態となった。空はそのまま拳を死神の腹部に入れて死神を吹き飛ばした。
「ぐッ!」
鈍い言葉を発して、死神は廊下の端まで飛ばされた。奇妙な音と共に壁が崩れる音がした。壁は粉々の状態で廊下に積み上がっていた。
「やった! 流石空! 今のは結構効いたんじゃない?」
リギラは空の活躍を嬉しそうに話した。空はリギラの言葉を気に留めず、死神の状態を確認しようと瓦礫の方に歩いて近づいて行った。空の体はボロボロとまではいかなくとも死神に付けられた切り傷が多く見られた。
しかし、悪魔戦の時と比較してそのダメージは微々たるものだった。空が廊下の端に近づき瓦礫を確認する。空は瓦礫を注視した。
「あれ、死神、いなくない?」
リギラが瓦礫の方を見て死神の安否を確認する。瓦礫の中に死神の姿はなく、下に埋もれている様子もなかった。そもそも空が瓦礫を注視した理由は死神の確認のためではなかった。
空は廊下に瓦礫がある理由を探るため瓦礫を注視していたのだ。本来、死神が飛ばされた方向から瓦礫の積もる位置を考えると、廊下ではなく外に積もるはずであった。
しかし、実際は瓦礫の山は廊下に積もれてあり、外には瓦礫が一つも落ちていなかった。また、空は死神を殴った際、体の動きで顔は横を向いていたため死神が壁に激突した瞬間を見ていなかった。そのことに気付いていた空は本当に死神が壁にぶつかったのかを確認するために瓦礫を見ていた。
空がさらに瓦礫を詳しく見ると瓦礫の破片は粉々ではなく、綺麗に裂かれた跡があった。そのことに空が気づいたその時、空のすぐ後ろの床から何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
リギラが空の後ろで発生した破壊音に驚きの声を上げた。
空は後ろを振り向きすぐに臨戦態勢へと移った。空が目で捉えたものは瓦礫と共に舞い上がる大きな鎌であった。
また、空が飛びあがった物体を鎌と気づいたとき、死神の手が床を透過して空の足を掴んでいた。空は足を掴まれたまま床下へと引っ張られ、床を壊して一階へと引きずり出された。
「ふんっ!」
死神は掛け声と共に一階へと落ちた人間を床に叩きつけた。空中で身動きが取れない空はなす術なく死神の成すがままに床へ激突した。叩きつけられた勢いに耐えられず唾と痰を吐く。
死神は人間の足を掴んだまま離さず両手で空の足を掴み、横回転を繰り返し何度も人間を窓にぶつけた。空は腕で顔をガードしてぶつけられる衝撃に耐えることしかできなかった。
死神は人間を大量の窓ガラスにぶつけた後、開いた窓から中庭に人間を放り出し、穴から落ちてきた鎌を片手で掴んで空に向かって突撃した。空は空中で何とか体制を整えようとした。
しかし、そのようにする間もなく死神の鎌は空の胴体を捉えていた。空はこの体勢から死神の鎌を避けることは不可能だと悟った。
鎌が空を二つに裂こうとした瞬間、鈍い音と共に空は反対の校舎へと吹き飛ばされた。空は瓦礫と砂埃の影に身を包まれた。死神はまたも人間を切り裂いていない感覚に気づき、人間に飛び込もうとした。
しかし、それを止めたのはぎりぎりの冷静さと攻撃を防いだ未知への警戒心。死神は煙掛かる人間の魂を確認したが特に変化は見られなかった。煙が晴れて人間が姿を現すのを待つ。
少しして、煙が晴れて空の姿が露わになった。空は瓦礫の並んだ廊下で片膝を付き、顔をうつ伏せていた。空の体の所々にガラスが刺さっている様子が見られ、頭からは血を流していた。
空が動かずその場で留まっている理由は天使のエネルギーの力で傷を回復するためだった。死神に床に打ち付けられて付いた傷やガラスが刺さって付いた傷は、死神に直接付けられたわけではなく死神のエネルギーが無いものだったため、死神に直接傷つけられた跡よりも早く治り始めていた。
しかし、空の姿から印象付けるものは空の体勢でも傷の修復力でもなく、空の両手に握りしめられている二つの短剣だった。




