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英雄  作者: ゲシンム
第一章 善と悪、成長と童心
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死神戦開幕

 一週間後の月曜日、運命の日が訪れる。


 その日は風も強く、七月にしては肌寒い気温だった。天気は空の心模様を映し出すかのように曇りを示す。雲に雲が重なり、その暗さは夜の情景を描き出していた。


 空は死神に指定された改装予定の学校の校門前に立っていた。校舎やグラウンドの周りを金網のフェンスが囲むように張りめぐらされ、校門は門で締め切られている。フェンスや門は大人の身長よりも高く張られ、一般人の侵入を拒んだ。校門の門は両開きとなっており、二つの扉は鎖のチェーンで巻かれ、先端には鍵穴が付いていた。


 風が絶え間なく吹き、空の髪をなびかせる。近くに植えてある木々は落ち着きをみせず、枝葉が擦れ合ってざわめいていた。


 「嵐の前の静けさ」という言葉が似合わぬ生憎の天気だった。


「いよいよだね」


 「嵐の前の静けさ」を体現していたリギラが本日二度目となる開口を行った。一度目も空に朝の挨拶を交わしたきりで


「おはよう」


というシンプルな一言だけだった。一週間前に勝ちを確信し、堂々としていたリギラの姿はどこにもなかった。


 リギラは緊張していた。空は特訓で力を付け、リギラの中で死神に敵う理想プランは立てられていた。


 リギラはことが上手く運ぶことを空に願うしかなかった。空は強風にも揺るがず、リギラの緊張も影響することはなかった。


「お久しぶりです」


「うわぁ‼」


 突然、空の目の前に髑髏が現れた。空の前に居る死神は自身の髑髏を空の顔に近づけてその言葉を言った。その挨拶の仕方は一週間前に空に挨拶したときと同じだった。


 死神は空中を滑るように後ろへ移動した。その行動も一週間前と同じだった。突然空の目の前に現れた死神を見て、空ではなく空の中にいる天使が大きな声を上げた。リギラもあの時と同じ反応を示した。驚いたリギラの声量は今日一番の声量だった。


「その現れ方やめてくれない⁉ 心臓に悪いんだけど⁉」


 リギラは少し切れ気味で言った。緊張と焦りのせいか少し驚いただけでリギラは息を切らしていた。


「あ、いや、これはほらあれだよ、目の前に急に飛び出してきたものには反応するじゃん? だからこれはそういうあれで、別に驚いたわけじゃないから」


 リギラはふと我に返ったのか、自身が驚いた言い訳を早々と口にした。死神の出現に驚きの言葉以外を発するリギラは、前回、空が余命宣告を受けたときよりも冷静さを保てているようにも見られた。それでもリギラが緊張していることに変わりなかった。


「そうですか」


 言い訳をするリギラに対して死神は一言だけ呟く。死神の薄すぎる反応にリギラは頬を膨らませて怒っている様子だった。空は二人のやり取りを黙って聞いていた。


 すると、死神は唐突に持っていた鎌に自身のエネルギーを流し込んだ。死神のエネルギーは毒々しい紫の色を帯びていたが、空の目にはいつも通りの灰色にしか映らなかった。死神はエネルギーを流し込んだ鎌を下から掬い上げるように校門の方向に振り上げた。


 次の瞬間、門に巻かれていたチェーンと鍵穴は真っ二つに切れ、そのまま地面に音を立てて落ちた。地面に落ちているチェーンと鍵穴は錆びがほとんど見られず比較的まだ新しいもので、簡単に壊れるほど劣化していなかった。また、衝撃を加えたからと言って簡単に壊れるものでもなかった。


 空はリギラが言った死神のエネルギー特性が頭に浮かんだ。「寿命あるものには劣化をもたらす」、空は死神の特性を目の当たりにしていた。


 空が地面に落ちている鎖等を見ていると、死神は自身の片手を透過させずに門を押した。門は小さな音を立てて奥へと動く。


「こちらへ」


 死神は片手に門を、もう片手に鎌を携え空の方を見て誘導する意図を示す。死神はそのまま敷地内へと入っていった。


 その様子を見てリギラは固唾を呑んだ。空は死神が敷地内に入るのを見て足を動かし、死神の後に続いて敷地内に入っていった。


 死神はふわふわと浮きながら背中で空を誘導する。その間に口を開くことはなかった。死神の背中を視界に入れて、空は足音を立てて歩く。背中で語られる誘導に黙って従う。普段、空気を読まず自分の喋りたいときに口を開くリギラもこの時は何も言わなかった。


 この場に言葉を発せられる者が三体居るが、聞こえてくるのは風の音と風が揺らす木々の音、人間一人が歩くときに出る足音のみ。吹くことを止めない風は校庭に敷かれている砂を巻き上げ乱暴に運ぶ。風に運ばれていく砂は砂漠を連想させる。さらに、砂漠を歩く空の姿は、砂漠を彷徨う人の姿を想像させた。


 空の視界に映る背中からドアを開く音が聞こえる。死神が学校の正面玄関のドアを開くと、死神はそのまま校舎内へと入っていった。


 空も死神に続いて校舎内へと入る。校舎内は風の音を遮り無音な空間を作り出していた。また、外の暗さと相まって校舎内は不気味な空気が漂っていた。


 真っ先に空の目に飛び込んできたのはずらりと並んだ下駄箱だった。死神は下駄箱の間を通って廊下に浮かぶ。


「こちらです」


 死神は空の方を一度振り向き一言だけ呟く。その後、すぐに空に背中を見せて廊下を通ってさらに奥へと進む。その間も何も言わない。


 空は土足で廊下に上がり込み、再び死神の背中に付いていった。死神と空は階段を上がって右へ曲がる。教室を一つ通り過ぎ、隣接していた教室のドアの前で立ち止まる。


 死神は手を透過させずにドアに触れてスライドさせた。今度は、死神は空の方を向かず、何も言わず、教室内へと入っていった。


 空も死神に続いて教室に入ろうとした時、


「待って空」


 空を呼び止める声が空の頭の中に響いた。続いて深呼吸する音が響く。リギラは空の中にいるはずだから呼吸を行い、酸素を取り入れる必要はなかった。そもそも、天使であるリギラは酸素を必要とするかどうかさえわからなかった。


 しかし、リギラは気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。


「よし行こう」


その声は若干震えながらも覚悟を決めた声質だった。空はリギラの合図とともに足を動かし教室へと入った。


 教室の中は机と椅子が等間隔で並び、黒板の前に向き合うように教卓が置かれていた。


 空は教卓側の壁の方を向いた。教卓近くの壁には黒板とその上に時計が掛けられている。時計は時刻十七時五十五分を示している。空は机が並んでいる方を向いた。


 死神は机と机の間の通路に浮いていた。空は死神が浮いている同じ通路まで歩き、死神と向き合うように立った。両者はお互いを見つめ合う。


「覚悟はできましたか」


 死神は自身の方を見つめている人間に問いかけた。死神が言った「覚悟」とは死を免れるために抗う覚悟ではなく、死を受け入れる覚悟のことだった。


 が、死神はこのとき、人間と天使が死を回避するために行動しようと「覚悟」していることを知らなかった。


「生憎とそう簡単に死ぬ覚悟は持てないからね。精一杯抗わせてもらうよ」


 抵抗する意思を見せたのは閻魔ノートに記された人間ではなく、人間に憑いている天使だった。その声はいまだに震えていたが、抗う気持ちは確固たるものだった。


 死神は天使が人間に助言したことを悟った。死ぬ予定のある者が運や行動次第では死を免れることがある、という助言をしたことを。


「そうですか。それでは仕方がないですね」


 死神はそう言うと両手で持っていた鎌を片手に持ち替え目の前で軽く一振りした。近くにあった机や椅子が綺麗に裂かれ、バランスを保てなくなった破片は床へ落ちた。死神が鎌を力強く振った様子はなかったが、机や椅子は繋ぎ目を見せず、見事に二つに裂かれていた。


 死神のこの一連の流れによって、鎌の切れ味が証明された。鎌を振る動作に合わせて死神が着ていたローブが揺れる。この間、死神は何も話さず、その動作で自身の調子を確認した。


 次の瞬間、死神は目の前の人間の魂を刈ろうとする顔つきへと変わった。自身の髑髏を歪ませ、その意思を示す。先ほどの暗い物静かな空気は、肌をひりつかせるほど鋭さのある痛い空気へと変わった。悪魔戦のときと同じ空気感。


 その時同様、空がこの空気を感じることはなかった。感じ取ったのはリギラだった。リギラはもう間もなく熾烈な戦いが始まることを予感した。そんなリギラのことを気にも留めず死神は口を開いた。


「閻魔ノートではあなたは十八時に死ぬ予定となっています。ここに分単位で刻まれることはありません。ですので、十八時零分から十八時五十九分五十九秒までの一時間、死を回避し続ける、あるいは私を行動不能にすればあなたは完全に死を回避したことになります。まぁ、普通の人間であれば後者の選択はできませんが」


 死神はそう言うと、皮と肉が付いていない骨だけの両手で、鎌の手触りを確認した。死神が答えた事象は、死神が空に死を回避してほしいと思わせるような言動だった。しかし、死神の顔つきや仕草はそのように思わせる意図を見せず、魂を刈り取ろうとするそれであった。


 時刻は十七時五十八分。


「死を回避する方法を教えてくれるなんて、随分と親切なんだね」


 リギラは死神の言動に答えるように言った。リギラの言葉に疑問はなく緊張だけが宿っていた。


「そのような性格ですので」


 死神も天使の返答に答えた。言い方は淡々としているが顔つきは一向に変わらず標的を捉えていた。死神は鎌の手触りを確認し終えると、鎌を両手で握りしめ、臨戦態勢へと入った。死神の動きを見て、空も死神に続いていつでも迎え撃てる体勢を整えた。


「戦う前に一つだけ質問させて。そもそもの空の死因ってなんなの?」


 戦いの間近、リギラは疑問を死神に投げかけた。その質問はリギラらしさを感じさせた。死因が死ぬ前に判明してしまえばだれでも死を回避することが可能となる。あまりに考えのないリギラの質問はリギラの能天気さ、悪く言えば馬鹿さ加減を示した。


「それを答えてしまえばみなさん対応できてしまうのではないですか」


 リギラの馬鹿さ加減は呆れるほどのものだったが、死神は態度を変えることなく言った。それどころか、死神は質問したリギラに焦点を合わせず、空から目を反らさず空だけを見据えていた。

時刻は十七時五十九分。


「ああそっか」


 リギラの一言はこの空気に似つかわしくないもので空気を壊すには最適な言動だった。しかし、空も死神も笑うどころか態度を崩すことはなく、お互いに目を反らすことはなかった。


「ですが、答えましょう。対応するには時間もありませんし、それに、あなたの死因は事前に知ったところで対応できるものではないですから」


 死神は答える意思を空とリギラに伝えた。死神の言っていることは理に適っていた。死神は一呼吸おいてから口を開く。


「あなたの死因は、私に直接殺されることです」


「……え、」


 死神が死因を答えてからほんの少しだけ間が空いた後のことだった。リギラは死神の死因を聞いて驚いた反応を示した。リギラの反応は、大きく喚くでも、気持ち引いて蔑むような声を発するでもなく、呆気に取られ信じられないようなものを聞かされた、そんな反応だった。


 また、リギラが驚いた反応を示した時、時計の針はちょうど十八時を指した。


「時間になりました。あなたの魂、刈り取らせていただきます」


 死神は十八時になるや否や宣告した。その後すぐに、空めがけて突っ込んできた。


 死神の言葉で唐突に始まる戦い。本来、学校のこの時間はチャイムが鳴る時間だろう。


 しかし、改装予定であるこの学校のチャイムは止まっており、死神の言葉が戦闘開始のゴングとなった。


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