異世界美少女エリス<ダストシフトの魔法>
木村誠二は、夜の帰り道、電車を降りて自宅までの薄暗い道を歩いていた。四十手前の彼は、仕事に追われる日々の中で、明確な目標もなくただ毎日をやり過ごしているだけだった。
「今日も疲れたな…」
ふと、道端で青白い光が揺らめいているのを見つけた。光の中には少女が立っていた。銀髪に緑の瞳、不思議な衣装を纏ったその姿は、明らかにこの世界の人間ではない。
「やあ、誠二。あなたにちょっと面白いものをあげるわ」
「…誰だ?」
「私はエリス。この世のものではない存在とでも思っておいて」
彼女は誠二の問いに答えるようで答えないまま、小さなガラス瓶を差し出した。
「これが『ダストシフト』。これを使えば、物体についた『埃』を自在に操ることができるの」
「埃…? 冗談だろ?」
誠二は呆れながら瓶を受け取ったが、特に何かが起こる様子はなかった。
次の日、誠二はそのことをすっかり忘れていたが、出勤前に使っていない瓶を試しに開けてみた。驚いたことに、空中に漂う微細な埃が一斉に動き、掃除機のように一箇所に集まった。
「これ…本当に動かせるのか?」
試しに指を動かすと、埃が意のままに舞い上がり、渦を巻いたり散らばったりする。
「なんだこれ、便利じゃないか」
部屋の掃除が一瞬で終わり、誠二は少し得をした気分になった。
その後、誠二は『ダストシフト』を生活の中で使うようになった。たとえば、オフィスのパソコンのキーボードを綺麗にしたり、服の細かな汚れを埃ごと取り除いたり。埃を操る能力は実用性が高く、彼の日常を少しずつ快適なものに変えていった。
しかし、ある日、ふとした出来心から誠二はこの能力を別の目的に使ってみようと考えた。
「あいつに少しお返ししてやるか…」
誠二が思い浮かべたのは、元婚約者の麻美とその新しい夫、そして過去に彼を裏切った同僚の田中だった。
麻美が引っ越していった先の住所をなんとなく覚えていた誠二は、夜中にその家の周辺に忍び寄った。ダストシフトを使って、家中の埃を空気中に巻き上げ、家の中を埃まみれにしてしまった。次の日、麻美は酷い咳をするようになり、その後も何度もクリーニング業者を呼ばざるを得なくなったという。
さらに、誠二は田中のオフィスにも目を付けた。彼の机の引き出しに埃を満たし、書類を全て汚すことで彼の仕事を台無しにした。
「これならバレないし、スッキリするな…」
誠二は悪びれることなく、次々と復讐を遂げていった。
だが、奇妙なことが起こり始めた。埃を操るたびに、自分の体に違和感を覚えるようになったのだ。最初は肌が少しざらつく程度だったが、やがて髪が抜け始め、目がかゆくなり始めた。
「何だ、これ…?」
病院に行っても原因が分からず、誠二は次第に不安を感じるようになった。そしてある日、彼の目の前に再びエリスが現れた。
「楽しんでいるようね、誠二」
「お前…これのせいか!」
「当然よ。埃を無理に操れば操るほど、その代償があなたの体に降りかかるの」
「そんな話、聞いてない!」
「使い方を誤れば、そうなるって言ったでしょう?」
エリスの言葉に誠二は青ざめた。彼の肌は既にボロボロになり、息をするたびに喉が焼けつくように痛む。
「お願いだ、元に戻してくれ…!」
「いいえ、それはできない。あなたが選んだ道だから」
エリスは冷たく告げると、誠二の目の前から消え去った。
誠二はその後、自分が行った復讐の結果が次々と返ってくるのを実感した。麻美は重度の喘息を患い、田中は仕事を辞めざるを得なくなった。だが、誠二自身もまた、体中に埃アレルギーを抱え、まともな生活を送ることができなくなったのだ。
「埃なんかに囚われるなんて、俺は何をやっていたんだ…」
誠二は全てを失い、埃だらけの狭い部屋で自分の過ちを悔やむ日々を送った。やがて『ダストシフト』の瓶をゴミ箱に投げ込み、埃と共に過去を葬り去ろうとした。
しかし、その瞬間、空中で埃が揺らめき、かすかにエリスの笑みが浮かんだように見えた。
「今度は、ちゃんとした生き方をしなさいね」
誠二は静かにうなずき、埃に満ちた空気を吸い込みながら、もう一度だけ深呼吸をした。