第70話 王命
背景説明地図と登場人物紹介は後書きにあります。
時間はまた少し遡り、国務会議の前日の事である。
パレオスにやって来たカジャナには、サムートの大臣復職のための根回しに加えて、もう一つ大事な仕事があった。アラン二世の体調回復である。
カヒルとの会話から、彼に頼むのは無理だと判断したカジャナは、今も医務局にいる以前の部下である看護助手にそれとなく話を持って行った。ラン二世に使う薬の準備は彼女がしているということだった。
カヒルの指示に従って準備はしているが、どう考えても正しい処方とは考えられない薬を準備し続けることに罪悪感を抱きつつも、何も出来ずにいることを悩み続けていると吐露した。
アラン二世は数日に一度、意識が戻ることがあり、その時に薬を飲ませているとのことだった。
カジャナは処方されている薬の内容を確認すると、
「七日間でいい、薬をこれとすり替えてくれないか?」
そう言って、看護助手に自前の薬を手渡した。
「これはなんですか?」
「これをお飲みになれば、もう少し意識がはっきりすると思う。」
「……分かりました。七日間は、この薬をお出しするようにします。」
「ありがとう。」
カジャナは看護助手に礼を言って部屋を出た。
翌朝、カジャナは再び国王の部屋に向かった。部屋の前には兵士が立っている。身を潜めてカリーナ王女が来るのを待った。カリーナ王妃がやってくるのを確かめて、今、ここを偶然通りかかったかのような顔で、彼女に声を掛けた。
「おはようございます、カリーナ王女。今日も国王のお見舞いですか?」
「カジャナ先生、おはようございます。毎朝の日課です。もしよかったら先生も父にお会いになってください。賑やかな方が喜びます。」
カジャナもカリーナ王女と一緒に国王の部屋に入り、国王の枕元の椅子に腰を掛けた。カリーナ王女はアラン二世に声を掛けながら、彼の手を握って話しかけた。
「お父様、今日もカジャナ先生がお見舞いに来てくれましたよ。」
アラン二世からは何の反応もなかった。
その後は、二人でお喋りをした。
「もうこんな時間、国務会議に参加しないと。先生とお話しすると本当に時間が過ぎるのがあっという間です。」
カリーナ王女がそう言って席をたった。
カジャナも一緒に席を立ち、カリーナに笑顔で尋ねた。
「また明日、伺っても宜しいでしょうか?」
「勿論ですわ、先生。」
にこやかにカリーナ王女も答えた。
その後、カジャナは毎朝アラン二世の部屋を訪問した。
五日目の朝、カリーナ王女がいつものように、アラン二世に声を掛けた。すると、
「……おお、カリーナ。」
そう言って、カリーナに握られていない方の手で、彼女の顔を触ろうとした。
「お父様。声が聞こえるのですか?私が誰かわかるのですか?」
目を見開いてカリーナが尋ねると、アラン二世も返事をした。
「……もちろんだ、よく顔を見せておくれ。」
「お父様。」
カリーナは目に涙を浮かべて、父の手を強く握った。
そんな二人を眺めてカジャナも目に涙を溜めた。彼が看護助手に渡した薬が処方されたようだ。カジャナが渡した薬は解毒剤で、カヒルが処方しているごく少量の毒を解毒するものだった。その毒によってアラン二世は意識不明でほぼ眠ったままの状態にされていた。このまま、この解毒剤を飲み続ければ、アラン二世は元の状態に近いところまで回復するだろう。しかし、アラン二世の状況を見れば、カヒルに直ぐに気づかれてしまい、あの看護助手が疑われてしまう。一先ず、今だけでもアラン二世の意識をしっかりさせたかった、とある目的のために。
「今日は、随分と体調が宜しいようですね。気分転換になります、外の空気を入れましょう。」
そう言って、カジャナは窓を開けた。外からは少しひんやりした朝の空気が流れ込んできた。下を見下ろすと、緑の軍服を着た男が二人こちらを見上げていた。彼らに合図を送り、
「思いの外、外は寒いですね。はやり閉めましょう。」
そう言って窓を閉めたが、鍵は掛けなかった。
そして、心から嬉しそうに語り合う、カリーナ王女とアラン二世を窓辺から眺めていた。
「ああ、もっとお父様と話をしていたい、でも国務会議が始まってしまいます。もう行かなくては。」
そう言って、カリーナ王妃が名残惜しそうに立ち上がった。
「お前だけが頼りだ、カリーナ。道を間違えないように、頼んだぞ。さあ、行きなさい。」
「私だけが頼りだなんて、そんなこと有りませんよ、ジャーダンがとても頑張ってくれています。この国のために、お父様のためにと。会議が終わったら彼も連れて直に戻ってきます。」
そう言って、カリーナ王女が部屋を出て行こうとした。
「あ、カヒル先生に父のことを伝えなきゃ。」
つかさず、カジャナが声を掛けた。
「王女、私からカヒル先生にお伝えします。安心して会議に向かってください。」
「先生、有難うございます。」
そう言って、王妃は会議会場に向かった。
部屋にはカジャナと国王のみ、その事を確認して、カジャナは部屋の扉の鍵を閉め、窓辺から下の二人に合図を送った。
「国王、ご無沙汰しております。」
「カジャナか、元気そうでよかった。心配していたのだぞ。」
まだ起き上がることができない、国王が横になったまま言った。
「勿体お言葉……」
国王の思いがけない言葉に、感激の涙を流しそうになったが、そこをぐっとこらえた。
「実は、会っていただきたい方がおりまして。」
「ん?誰だ?」
その時、窓から一人の男が忍び込んで来た。男は国王の枕元に跪き、
「国王、このような不躾な訪問をご容赦ください。どうしても秘密裏に国王にお願いしたいことがありやってきました。」
男がそう言うと。
「サムートか?お前の国も配下になってしまったのか?」
「はい。私が不甲斐ないばかりに、このようなことに。父も……」
アラン二世は黙って、涙を流した。
「……願い事とは何だ?」
「ジャーダン討伐の王命を私に授けていただけませんでしょうか?」
アラン二世は暫し考えて、
「カジャナ、その引き出しにある箱をこちらに。」
「こちらでしょうか?」
カジャナが箱を枕元に置いた。
「そこにある、ペンを持たせてくれ、そして、紙を持っていてくれ。」
そう言って、握ったペンで目の前に広げられた紙に震える手で次のように書いた。文字は少し滲んでいたが、何とか読めるものだった。
『内乱を起こした罪でジャーダン ナラハルトを討伐対象とし、その命をサムート・ハンに授ける。』
そして、王命の証として国王の印を押した。
今ならば輸液とかなんか方法がありそうですが、昔って意識がないまま眠り続けたら、栄養が取れずにやないんじゃないかなって、心の片隅で思いながら書いてます。
何処かでごはん食べないとね。。。
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今回のお話はいかがでしたでしょうか?
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自分でこの小説を書いていても、人の名前や地名など混乱してしまうので、参考資料としてざっくりとした世界観説明用地図と家系図を載せておきます。理解の参考にしていただけると幸いです。
参考資料:
地図
家系図
登場人物が増えたので追記しました。
リュウ・ズーシュエン(劉紫轩):虚明堂の副堂長
ヤン・リーイン(楊日瑩):ムーランと同一人物
リュウ・ズーハン(劉紫涵):ジェイドと同一人物
マラト・ベルカント:ある組織の幹部、ジェイドの仇
ジャーダン・ナラハルト:モラン国王の娘婿、国王の摂政(マラトと組んでモラン国を拡大させていると言われている。)
アラン2世:モラン国王(体調不良で表には出てこないと言われている。)
カリーナ王女:アラン二世の娘、ジャーダンの妻
アクセル・ゲイラヴォル:軍でのエイナーの上官
ヴォルヴァ・ゲイラヴォル:アクセルの妻
テュール(8) 、マグニ(6)、ダグ(4)、エーシル(1):ゲイラヴォル家の子どもたち(年齢)
サムート・ハン:エイナーの文通相手だったアルーム国の王子
マルチナ・アリア:サムートの婚約者
ヤン・フォンミン(楊楓明):ユーリハ国王軍の司令官、ズーシュエンの母方の従兄
タユナ・ハイネン:ユーリハ国王軍の副司令官
アリマ:ユーリハ国王軍の女性兵士、ジェイドの友だち
ジョゼフ・テオ:ある組織の創設者
ヤン・シィェンフゥア(楊仙華):ズーシュエンの母親、虚明堂の前堂長
リュウ・シュエンュエ(劉轩月):ズーシュエンの父親、菓子屋
リュウ・ュエフゥア(劉月花):ズーシュエンの妹、虚明堂の現堂長
シャンマオ(バナジール):西山で洋食屋をやっている元(現役?)ハリスの部下
チャン・リーファ:(張李花)ズーシュエンの彼女
ワン・シア(王仔空):リーファの息子
ソフィアとその祖母:ナルクで出会った麦畑の少女とその祖母
師匠 マチアス・ジュノー:ジェイドの師匠、元軍医、東アルタ在住
ペペとムー:ジェイドの犬たち
餅:ジェイドが飼っていた猫
ヤン・ジンウェン(楊金温):ピブラナ国の首都ボヤーナで医師をしている女性
ヨナス・デスモン:ピブラナ王室に送り込まれた、マラトの部下
バナム・アルマン:南モラン地区(旧アルーム国)の物資調達責任者、モラン国大臣代理
アルタイル(通称:アル):バナムの部下
カジャナ・ポナー:サムートの主治医
ナズ:カジャナ医師の助手
アスリ:カジャナ医師の助手
メイ・モーイエ(梅莫耶):旧アルーム国の首都グレナディで医者をしている女性




