第16話 ジェイドの賭け
始めまして、白黒西瓜です。
某鉄道会社のキャラクターが好きでこの名前にしました。
ロードオブザリングが好きで、その世界観をオマージュした小説を書いてみたいと思って小説に挑戦しましたが、全く違うものになりました。
若い夫婦の旅物語です。母の仇を打つべく自分を鍛え上げた娘ジェイドと、不本意ながらも彼女の復讐の完全成功に導くために頑張る結婚相手のエイナーとの旅物語です。
今の所、毎週水、土、日の14:30に新しいエピソードを更新しています。
自分でこの小説を書いていても、人の名前や地名など混乱してしまうので、参考資料としてざっくりとした世界観説明用地図と家系図を載せておきます。理解の参考にしていただけると幸いです。
参考資料:
地図
家系図
ことを荒立てれば、相手は動かなくなるかもしれない。
今回はそれでいいが、いずれ姉も子どもたちも狙われることになるだろう。
ジェイドもタユナのことは警戒している。
今回は、ジェイドに懸けるしかないのかもしれない。
エイナーはそう思った。
「今回は、ジェイドに賭けてみましょうか。」
エイナーは、二人にそう言った。二人も反対はしなかった。
ただ、ズーシュエンはやや不満そうな顔で、フォンミンを見ていた。
国王の誕生祭は二日後に迫っている。
その夜、エイナーは眠りに落ちながら、また、左の薬指に冷たさを感じ、右の掌で左指を包み温めながら、眠りについた。
そしてまた不思議な夢を見た。
数か月前、ノーサンストから西山に向かった時に見たような風景だった。
自分は小さな子どもで、母親と一緒に市場で買い物をしているようだ。その母親は、ジェイドの実家で見た絵のムーランにそっくりだった。
ぱっちりとした大きな目、口角が上がった愛くるしい口元、とびっきりの笑顔でこちらに話しかけてくる。彼女の耳元には、いつもジェイドがつけている赤いしずく型のピアスが揺れていた。彼女に手を引かれ、自分も嬉しそうにそれに答えている。
彼女が急に歩みを止めた。彼女の視線が何かに釘付けになっている。その視線の先を追うと、マラトが立っていた。先日、ベレンで見たあの男である。
彼女は自分を左の腕で抱き上げた、自分は彼女の首に両手をまわして、首元に顔を埋めた、怖くて震えが止まらない。
彼女は震えながらも、右手に短刀を持ち、自分たちを捕まえようとするマラトの右掌を切り付けた。マラトが右手を引っ込めた、彼の血が彼の服に付いた。彼の形相がみるみる変わり、青白い鬼のように見えた。彼女は呼吸を整え、震えるのをやめた。彼女の表情は子どもを守る母獅子のようにも見えた。彼女は後ろに大きく飛びのき、近くにいた馬に飛び乗った。そして、繋がれている手綱を切って、そのまま走って逃げた。
自分は、彼女の左腕に抱えられたまま、震えが止まらない、呼吸が出来ない。
息が苦しくなって、エイナーは目が覚めた。
まだ、辺りは暗かった。
きっと、今、ジェイドがこの夢を見ているのだろうと思った。左指の指輪を見るとうっすらと青く光っている。
指輪を右手でさすり、指輪に口づけをした。そして、頬ずりをしながら、
「怖くないよ、もう大丈夫だよ。」
と何度も唱えるように言った。
翌朝、ジェイドが目を覚ますと、アリマが覗き込んでいた。
「ジェイド、おはよう。昨日、凄くうなされてたけど大丈夫だった?震えてたから、なんか怖くなっちゃったよ。」
そう言われて、ジェイドが答えた。
「そうだった?何か悪い夢でも見たのかもしれない。大丈夫だよ。」
身支度を整え、アリマと一緒に朝食を食べていると、タユナがやって来た。
国王の誕生祭が明日に迫ったため、誕生祭会場での妃たちの警護のメンバーに会場の下見をさせるため、メンバーを迎えにやって来たらしい。
「ジェイドも当日警護にあたるならば、一緒に下見をしておいた方がいいですよ。」
タユナにそう言われ、ジェイドは答えた。
「明日、早めに行ってエイナーやズーシュエンと一緒に回るから大丈夫だよ。」
ジェイドは妃に雇われているため、タユナから無理強いは出来ず、
「わかりました。では、明日の朝、九時までには下見を終わらせるようにお願いします。」
そう言って、部屋を出ようとした。
また、ジェイドがタユナに話しかけた。
「タユナ、今の仕事は好きか?」
「え?どういう意味ですか?」
「だから、副司令官の仕事を続けたいって思うか?」
「ええ、勿論です。この仕事に誇りを持っています。私を拾ってくれたこの国に、国王に恩を返せるように、全力を尽くしたいと思いますよ。」
「私も、タユナはこの仕事を続けるべきだと思うよ。どんなことがあっても。」
ジェイドはタユナの目を見つめた、タユナもジェイドを見つめ返したが、タユナは直ぐに視線をそらして、言った。
「ジェイド、世の中には、どうすることも出来ないことも有るんですよ。」
そう言って、部屋を出ていった。
それを聞いたジェイドは少し俯いたが、直ぐに顔をあげて、食べかけのパンにバターとジャムをたっぷり塗り付け、それを一気に口に押し込んで、無理やり一口で食べた。
窓からは、タユナが七、八人ほどの護衛メンバーを連れて、後宮を出ていくのが見えた。
それを見ながらジェイドはアリマに言った。
「ねえ、アリマ、お願いがあるんだけど聞いてもらえるか?」
「もちろんだよ、何でも言ってよ。」
と、アリマが答えた。
明日の国王の誕生祭会場の警護に人員を割かれ、後宮の警護はいつもの半分程度の人数になっていた。何となく後宮がいつもよりも静かな気がした。
妃とこどもたちは、乳母たちと同じ部屋で過ごしていた。ジェイドとアリマはその部屋を警護して過ごしていた。
午後、タユナがいつもより早めに後宮にやって来た。
妃たちの部屋にやって来たタユナに向かって、ジェイドが言った。
「今日は早めに来たんだね、助かったよ。急用があって外出したかったんだ。でも警護の数が減ってるから、タユナが来てからと思ってたんだ。直ぐに帰ってくるから、その間のこの部屋の警護をお願いするよ。」
そう言って、ジェイドは一階に降りていった。
暫くすると、窓から、ジェイドが馬に乗って後宮を出ていくのが見えた。束ねた髪の先には赤い珠の髪飾りが揺れていて、耳元には赤いしずく型のピアスが揺れていた。
妃の部屋の前には、橙色の上着と帽子を身に着けたアリマが座っている。
部屋の扉は開いたままだった。
タユナがアリマに声を掛けた。
「ジェイドが帰ってくるまでは、私たち二人でこの部屋の警護をしましょう。貴方はそこで入口を見張っていてね。」
アリマは黙ってうなずいた。
タユナは、話しかけながら、妃に近づいて行った。
「いよいよ明日ですね。会場の警護は万全ですから、明日は安心して誕生祭を楽しんでいただけると思います。」
「タユナのおかげよ、いつも、本当にありがとう。」
そう言いながらハンナが振り返ると、右手に剣を持ったタユナが、今にもハンナに切りかかろうとしていた。
次の瞬間、タユナの右腹から剣先が現れた。タユナもハンナも何が起こったか分からなかったが、タユナが握っていた剣を落とした。剣が床に落ちて、カーンと言う鋭い音を立てた。
アリマが背後から、タユナを刺していた。
後宮の外では、タユナが後宮に入っていくのを見たエイナーとズーシュエンが、いざとなれば後宮に押し入るしかないだろうと話をしながら、外で様子を伺っていた。
そこに、馬に乗ったジェイドが、逆に後宮からこちらに向かってやって来た。
「ジェイド、こんな時に外に出て来るなんて、何をやってるんだ。」
エイナーがジェイドに言った。ジェイドは顔を上げて答えた。
「ジェイドは、多分、賭けに出たんだよ。」
彼女の顔をよく見ると、アリマだった。
三人は、後宮の門番たちを振り切って中に押し入り、アリマの案内で妃の部屋に向かった。
乳母の一人が助けを求めてこちらに走って来た。
「大変です、エイナー様、ハンナ様が切られそうになって、直ぐに来てください。」
部屋に着くと、タユナが腹から血を流して倒れていた。
橙色の上着を着たジェイドは血の付いた自分の剣を床に置いて、タユナの横に座っていた。
「何となく、こうなるんじゃないかと思ってた……もしかしたら望んでたのかも。」
何故か、タユナの表情は穏やかだった。
「おかしな話だけど……潜入先が、私が思い描いていた理想の世界だったの……笑っちゃうでしょう。折角辿り着いた理想の世界を自分の手で壊さなきゃならないのよ。私の人生そんなことばっかりだった。でも、これでやっと終わるわ……」
「ねえ、ジェイド、次にあの組織の残党だってやつが現れても信じちゃ駄目よ……使える人間は全員マラトが連れて行って、使えない人間は全員殺されたのよ……ジョゼフも殺されたわ……」
「折角、誘ってくれたのにごめんなさいね……もっと強かったら、私に勇気があったら、一緒に行けたのに……私、駄目ね。」
「そうだ……『ウズラ』は、マラトへの忠誠の証として……左の手の甲に黒い菱形の刺青が……マラトに選ばれた者たちよ……気を付けて……」
そう言って、タユナは息を引き取った。
ジェイドは、タユナの顔を黙って見つめていた。
エイナーはジェイドの横に座って、彼女の背中をトントンと叩いた。
それと同時にジェイドはエイナーに抱きついて泣き崩れた。
「タユナは馬鹿だ、大馬鹿だ。」
そう言って、暫く泣き続けた。
ハンナもソファーに崩れ落ちるように座って、暫く呆然としていたが、隣の部屋で昼寝をしていたこどもたちが、目を覚ましたようだったので、そちらに行ってこどもたちをあやした。
タユナの亡骸は、反逆罪で他の罪人たちと一緒に処分されることになった。
弔われることもなく、ただ処分されるのである。
エイナーとズーシュエンが、後宮に押し入った件は、厳重注意のみで大きなお咎めはなかった。
国王の誕生祭は、つつがなく執り行われた。
事件の二日後、遺体置き場にジェイドとアリマはいた。
タユナの遺体が入った棺桶を盗みに来たのだ。
二人の動きが怪しかったのに気づいたエイナーも後からやって来た。
三人で荷車に棺桶を乗せていると、遺体置き場の入口にフォンミンとズーシュエンが立っていた。
「見つかったら、結構な重罪になるから、ばれないように同じ棺桶に土嚢を入れてダミーを作っておいてくれ。それと、その封印はダミーの方に移してくれ。」
そう言って指示するフォンミンに、ジェイドが言い返した。
「うるさい、自分でやれ。」
ズーシュエンが立てかけてある空の棺桶の片方をもって、もう片方をフォンミンに持つよう指示した。フォンミンも渋々手伝った。
「火葬にするのかい?」
フォンミンがジェイドとアリマに尋ねた。
「うるさいよ、埋めるんだよ。」
ジェイドとアリマが冷たく答えた。
「そうかい、火葬にしたいならば、海岸沿いの火葬場を使ってくれていいんだけどな。」
「うるさいな、埋めるって言ってるだろう。」
また二人が冷たく言い放った。
「そうか、火葬だったら、遺骨を骨壺に入れて私にくれないかと思ったんだよ。次の休みに、以前、彼女が自分の故郷だと言っていたイルダル国の南の方に遺骨を撒きに行こうかと思ったんだ。本当にそこが彼女の故郷かなんて、もう分からないけどね。」
それを聞いた、二人が顔を見合わせて、
「じゃあ、火葬にしてやるよ。」
と言い返した。
バラル湾沿いにある、火葬場まで四人で棺桶を運び、途中に咲いていた花を摘んで棺桶に乗せた。
薪が組まれている台の上に棺桶を乗せて、火をつけた。
このまま、燃やして明日の朝、遺骨を回収に来ればいいのだが、何とも離れがたく、燃える炎を少し離れたところから見ていた。
「タユナは、妃や王子たちを殺害して、アリマも殺害して、アリマのせいにしようとしていたのかもしれないな。アリマが反対勢力の一味だったとかってことにして。」
ジェイドが突然そんな話をし出した。
「あの状況からするとそうだね。」
アリマはその話に納得しつつも、話を続けた。
「だとしても、何か同情しちゃう。結局私は助かったし。にしても、どうしてフォンミンは来ないのかな。」
「あの二人は出来てたのか?」
ジェイドがアリマに聞いた。
「多分、そういうのじゃないと思う。でも、仕事上では凄く信頼し合ってたように見えた。」
暫く、黙って炎を見ていた。
「私、ちゃんと自分のやりたいことやらなきゃって思った、お金のためとか、そういうんじゃなくて、自分のやりたいこと。」
次は、アリマが突然そんなことを言い出した。
「何かあるのか?やりたいこと。」
「お菓子屋さんになりたい。」
「ズーシュエンの父親が菓子屋をやってるよな。」
とジェイドがズーシュエンに言った。
「ええ、西山の方で、月餅とか饅頭とかを作ってますよ。」
「月餅ってなに?」
アリマが興味深そうにズーシュエンに尋ねた。
「丁度、持ってたと思います。」
そう言って、荷物から月餅を一つ出して、それを四つに分けてみんなに分けてくれた。
「西山からずっと持ち歩いてたんですか?これを」
エイナーが少し怪訝そうに聞いた。
「ええ、一月くらい持つんですよ、糖分が多くて、水分が少ないからでしょうね。非常食で持ち歩いてるんです。」
「初めて食べる。美味しい。」
アリマが言った。
エイナーは少し甘すぎると思ったが、総合的には美味しかったので、
「美味しい。」
と言った。
何故かジェイドは月餅を食べて泣き出してしまった。
「懐かしい気がする、きっと食べたことがある……ズーシュエン、エイナー、もし私の過去を知っているならば、教えてくれ。思い出したいんだ。」
そう言って、左腕で涙をぬぐいながら、残りの月餅を口に放り込んだ。
今回はいかがでしたでしょうか?
ほんのちょっとでも続きが気になるという方がいらっしゃったら、本当に本当にうれしいです。
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