第2話 挙式と義父からのお願い
始めまして、白黒西瓜です。
某鉄道会社のキャラクターが好きでこの名前にしました。
ロードオブザリングが好きで、その世界観をオマージュした小説を書いてみたいと思って小説に挑戦しましたが、全く違うものになりました。
若い夫婦の旅物語です。母の仇を打つべく自分を鍛え上げた娘ジェイドと、不本意ながらも彼女の復讐の完全成功に導くために頑張る結婚相手のエイナーとの旅物語です。
1週間に1回くらいのペースで上げていく予定です。
自分でこの小説を書いていても、人の名前や地名など混乱してしまうので、参考資料としてざっくりとした世界観説明用地図と家系図を載せておきます。理解の参考にしていただけると幸いです。
参考資料:
地図
家系図
常々、エイナーは復讐とは何と非合理的なものだろうと考えていた。
特に亡くなった人の仇討ちというのは労力の割に何も生み出さない。亡くなった人が戻ってくることもなく、仇を討った本人は状況によっては犯罪者になってしまう場合もあり、そうならなかったとしても果たして一切の罪悪感を持たずにその後を生きていくことが出来るかどうかも分からない。仇を討つったことで誰か幸せになるのだろうかと。
酒の席でそういう話の流れになり、何となく上官に自分の考えを述べてみたことがあった。
その上官からは冗談交じりに揶揄され、
「お前は本当に冷たい奴だな。人間なんてそんなもんだろう。頭で割り切れることばかりじゃないんだろうな、きっと。」
と言われたことがあった。
その上官はエイナーと少し似た境遇のためエイナーの良き理解者でもあった。
ガイアム国の中央領地の領主の三男坊で名前はアクセル・ゲイラヴォル。領主を継ぐことはほぼないため何となく流れで士官になり、家柄と実力で出世頭となった。二十七歳で二歳年上の美しい愛妻ヴォルヴァと四人の可愛い子どもがいる。彼がまだ士官学校の学生だった十六歳の時に妻と出会い一目惚れをして一年間かけてどうにか婚約まで漕ぎつけたという。妻は普通の商人の娘で自分では領主の御曹司とは釣り合わないと考え、彼からどんなに言い寄られても、彼は本気ではないと考えて頑なに申し出を断っていた。しかし、一年間ずっと言い寄られ最終的には根負けして婚約をしたということだった。八歳の男児を筆頭に、六歳男児、四歳男児、一歳女児を授かり、今から一歳の娘が嫁に行くときのことを考えて泣いてしまう程の溺愛ぶりを見せていた。そんな上官なのでエイナーがなかなか良い相手に巡り合えないことを俄かに心配していた。
休暇明けのエイナーから、今度はもう少し長めの休みを取りたいと言われ理由を聞くと、
「結婚式があるので、二週間程休みをいただきます。」
と、さらっと言われ、はて?誰の結婚式に出席するために二週間も休みを取るのだろうかと思い。
「誰の結婚式なんだ?」
「自分のです。急に決まった話で式は十日後です。」
「お前が結婚するのか?相手いたのか?」
「この休暇の間に決まった話で、父の友人のお嬢さんと結婚することになりました。スノースバンの領主のお嬢さんです。」
「ほう、それでその娘のことが好きなのか?」
と聞かれ、縁談なんて相手のことが好きかどうかは二の次で、両家の都合で決まるのが普通だ、だがこの人はそういう次元では物事を考えておらず、好きな女性と結婚する以外の選択肢を持ち合わせていないということを思い出し、なんと答えて良いのか悩みながらも正直に答えた。
「好きですね。多分。」
「多分ってどういうことだ?」
「数日前に会ったばかりの人のことを、大手を振って好きですとは言えないですよ。多分好きだと思いますとしか言いようがないです。」
「愛してるのか?」
数日前に初めて会ったばかりの人だと言ってるのに、愛してるかどうかなんて普通は考えが及ばないだろうと思いながら、
「それは、わかりません。」
と答えた。
「まあ、いいや。それにしても随分サクッと決めたな、いや本当に驚いたよ。どんな人なんだ?」
あのジェイドのことを何と説明していいのか考えあぐねて、こう答えた。
「うちの前衛に欲しい人材ですね、直ぐに戦力になるでしょう。」
「はぁ?お前はふざけてるのか?」
「ふざけているつもりはありません。実はお願いがありまして。」
ジェイドがルッカにやってきて慣れない土地で暇を持て余すのも可哀そうだと考えて、自分の部隊の新人への剣術訓練を彼女にさせることに許しを貰おうと考えていた。城内の稽古場から少し離れた川岸で新人たちが自主練習をする場所があり、朝の早い時間にそこを使って出来ないかと考えていた。
「何を考えているのか全く分からないけど、お前の部下なのだから教育方針はお前が自由に決めればいいだろう。」
彼の許しがあれば問題になることはないだろう。今回は家族だけで式を挙げるため、上官を招待できないが半年後には正式に式を挙げる予定なのでその際には参加して欲しいと伝え部屋を出た。
国境でなにか問題が起こっていないかをモニターするため、連隊長クラスが定期的に要塞に状況確認に行くことになっていて、連隊長の中でも一番若いエイナーはその役目を押し付けられることがあり、他の連隊長よりも行く回数が多かった。勿論、押し付けられた分の見返りはきっちりと払ってもらうようにしていた。いつものように数名の部下を連れて、ガイアム、イルダル、ヘルマスの三カ国の国境にある要塞に赴き問題がない事を確認して帰ってくる、何も問題がなければ三日間もあれば家に帰れる。道中は部下たちと仕事の話やくだらない話をしつつ、気楽に過ごせるので楽しみにしている所もあった。道すがらジェイドがもし少年で自分の部隊にいたら、こうやって一緒にくだらない話をしながら任務に赴くようなこともあったのかと想像し、一緒に旅ができたら楽しいだろうなと本気で彼女の「一人で野宿」には同行しようと考えていた。
三日間の任務が終わり家に帰ると既にジェイドを迎える準備が整っていて、机しか置いていなかった二階の空き部屋にはソファーや一人用のベッドが設置され、クローゼットも増設されていた。寝室のベッドもひと回り大きなものになっていた。
通常、縁談で決まった結婚であっても男性から形式的に求婚することが習わしであり、その際に男性から女性に指輪以外の装飾品を送ることが習慣になっていた。そんな習慣をすっかり忘れていたことに気づき、マーサに信用できる装飾品店と相場を教えてもらい、探しに行くことにした。
人に頼んでもよかったのだが自分で彼女に合いそうなものを探したい気分でもあった。酒や生地およびその材料については子どものころから(酒はさすがに十六歳を過ぎてからだったが)父親にいろいろと教え込まれていたため、結構目利きが出来ると自分では思っているのだが、宝石の類は本当に全く分からず変なものを掴まされないか心配だったが、マーサが勧めてくれた店ならば問題はないだろうと一人で探しに行くことにした。
安直かもしれないが彼女の名前から翡翠が入ったものがいいだろうと考えていたのだが、店の主人の話では、西方ではあまりニーズがないため質の良い翡翠が西側にはあまり入ってこないので、どういったものがいいか教えてもらえれば買い付けに行くことは出来るとのことだった。今回はそんなに悠長に待っていられない。この店で唯一翡翠が入ったものがブレスレットだったので、それにすることにした。思っていたものよりは少し幅があり、金のブレスレットに翡翠とアメジストが入っているものだった。少し厳つい感じもしたが、他に探すにしても決め手がないのでこれに決めてしまった。
祖父の骨董品の中に緑色の石できたブレスレットがあったことを思い出し、もし彼女がそっちの方を気に入ったならばそれはそれで持って行ってもらえばいい。祖父の骨董品は主に東方の品で書物、絵画、刀剣、宝石、壺や食器など本当に数多くあるのだが、家の者は漢語がわからないため書物に何が書いてあるのか全く分からず、他の品々の価値もわからないので、祖父が保管しておいた状態のまま今でも保管というか放置されていた。ジェイドは東方の公用語である漢語が話せるということなので、彼女が見てもし欲しいものがあれば何でも好きなものを持って行ってもらおう、あのまま放置しておくよりもその方がよっぽど祖父も喜ぶだろう。
式の前日を迎えた。
式はナーゲルス邸の敷地内にある教会で行われる、そのためドゥゴエル家の面々も前日入りしていた。
花嫁と花婿は式まで会わないようになっているのだが、ミレンナとジェイドが言い争っている声が良く聞こえた。
そういえば結局「彼ら」にはまだ会わせてもらえていない、一緒に来ているのかと窓の外を覗いたが、それらしきものは何も居なかった。アーチとドリスが乳母達に連れられ手をつないで散歩していた。ドリスがアーチの手を引いて先を歩いているように見えた。
聖壇の前に立ち花嫁の入場を待っていると、扉が開き三人が入場してきた。
真ん中には少し呆れ顔で細身の白いウエディングドレスを身にまとったジェイド、その右側にはすでに涙で顔をぐしゃぐしゃにしているハリス、そして左には涙をこらえているミレンナがおり、花嫁をエスコートというよりは花嫁が二人をエスコートしているようにも見えた。
緊張した面持ちで待っていたエイナーだったが三人の姿を見て気持ちが緩んでしまった。子どもたちも大人しく待っていたが、三人がそんな感じなのを見て自分たちも喋っても良いと思ったらしく、ハリスを指さして大人なのに泣いていると言って笑った。
左側に立ったジェイドは左手を腰に当て右手でブーケをもって休めの姿勢で牧師の言葉を待っていた、さすがは安定の立ち居振る舞いである。牧師が咳払いをしたため、ジェイドも気づいたようで両手でブーケを持ち姿勢を正した。
式の間中ハリスが鼻をすする音がしていたのと、子どもたちがそれを聞いて笑いが堪えられなかったことを除いては、滞りなく式は進み婚姻証明書に署名し、指輪を交換するところでやっと正面から彼女の顔をゆっくりと見ることが出来た。彼女に見つめられると自分の動きがぎこちなくなるような感じがしたが、彼女の薬指に指輪をはめ、自分の薬指に指輪をはめてもらい、牧師の締めの言葉で式は終了となった。
ジェイドは持っていたブーケをドリスに渡しながら、
「オヤジを頼むぞ。」
と言うと、五歳のドリスも
「まかせて。」
と胸を張って答えた。
式の後は両家だけの簡単なガーデンパーティーとなった、今回は子どもたちもいるので以前の顔合わせの食事よりも賑やかだった。
酔いが回るまでは半年後に控えた式の準備の話もしていたが、徐々に酔いが回ってくるとハリスはまた泣き出し、ミレンナももらい泣きだと言って一緒に泣きだし、二人でエイナーを捕まえて愚痴をぶつけた。それを見かねたアドルフとイレノアが二人の相手をしてくれた。
子どもたちが厨房に用意されていた大きなケーキを見つけそれを食べたいとジェイドにねだったので、ジェイドが勝手に厨房からそのケーキを持ち出し、三人で先に食べ始めてた。大人たちが酒を飲んで昼間からグダグダになっているのだから、子どもたちがホールのケーキを手づかみで食べても誰も文句は言わないだろう。
アーチは手づかみでケーキを食べたことがなく初めのうちは躊躇していたが、ドリスとジェイドに唆されて、口の周りを汚しながらおいしそうに手づかみでケーキを食べ始めた。暫くして二人を見るとドリスとアーチはお互いにケーキを食べさせあっていた。その姿を見てエイナーは、それはジェイドお姉ちゃんとエイナーお兄ちゃんがそのケーキでするはずだったんだよと心の中で呟いた。
このまま宴会の夜が更けていく訳ではなく、新郎新婦は途中退場となり、飲んだくれた両親たちと、遊び疲れて眠っている弟と妹を残し、優秀な使用人たちにこの後の準備に連れられて行くのであった。
今、同じ寝室のソファーに二人並んで座っている。あの後、二人は沐浴をして寝巻に着替えてこの部屋に連れられてこられた。
エイナーはジェイドと気まずくなった後の自分の発言や行動がいつもイマイチだったことを反省していた。自分から話し出そうとする姿勢は良いと思うが、申し訳ないのだが、何か気の利いた事を言える才能が自分にはないのだと諦めて、思いついたことを言おうと腹をくくった。
しかしこんな時に限って碌なことが思い浮かばない、あの婚姻証明書は誰がどこに提出するのだろうとか、うちの教会のステンドグラスが記憶していたよりもけばけばしかったとか、天使の顔が悪魔みたいだったとか、ベールに使っていたレースは変わっていたけど南の方のものかなとか、休みに入る前に確認して欲しいと言われていた報告書を放置したままだったこととか、本当に口にしてもどうにもならないことしか思い浮かばない。
黙っているのも気まずかったので、取り敢えずエイナーは口火を切った、
「怖い話って好き?」
言葉を発した途端、自分でも今日は終わったなと感じた。なぜ自分は今この話を振ってしまったのだろう。
「怖い話?お化けとか、幽霊とか?」
あのジェイドが少し怪訝そうな顔をしている、本当にこれは終わったと思ったが一先ず心を強く持って話を続けることにした。
「まあそんな所、そういうのって信じる?」
「実際にこの目で見たことないから何とも言えないな、エイナーは信じてるの?」
「自分も見たことないから何とも言えないけど、これは祖父から聞いた話で、祖父が東方に出向いて骨董品を集めていた時に出会った刀の話なんだけど、そういうのって興味ある?」
「刀にまつわる怖い話か、うん興味あるかも。」
これは子どもの頃に祖父から聞いた話で、その時はもの物凄く怖かったし実際にその刀だといわれているものが祖父のコレクションに残っているので、それを見ると今でも背中がぞわっとする。
東方の東の果ての皓や東夏よりももっと東に島国があって、そこで作られたと言われている刀の話である。無名だが腕利きの刀鍛冶が、これまでに自分が作った刀の中で最高でこれを超えるものは作れないだろうと思うような刀を作り上げた。だが不運にも強盗に押し入られその刀を盗まれてしまった。盗賊の頭がその刀の切れ味に惚れ込んで、自分のものとして使っていた。実際はこの刀鍛冶はこの盗賊たちに刀を盗ませ、使わせるために人生最高峰の刀を作ったとわざと周りに言いふらしていたのだった。この刀鍛冶には妻と幼い娘がいたのだが、数年前にこの盗賊たちに殺されてしまい、ひそかに復讐を目論んでいた。何年もかけてこの刀を作りそこに自分の怨念を込めて人を魅了する妖刀を作り上げた。盗賊の頭はその刀に陶酔しきっていて誰にも渡したくないと思っていた、だが子分たちもその刀に魅了され始め次第にお互いに殺しあうようになった。最後は、頭と唯一残った子分が相打ちとなり盗賊は全滅した。それを見届けた刀鍛冶はその刀を持ってどこかに消えてしまい、その後の消息は分からなかった。
その刀が伝説とともに回りまわって、熙だか西山だかの骨董品屋で売られていて、それを祖父が購入したという顛末である。
「その伝説がどこまで本当かは分からないし、なんとも東方風の話だなって、怨念が物に宿るとかこっちじゃあまり聞かないコンセプトだったから何となく記憶に残ってたんだよね。」
と言って、はっとした。なんて話を自分はしてるんだろうと。無神経にも程がある、こんな時にする話じゃなかった。とても変わった刀で、明日にでもその刀を見せてあげようと思っていたのでこの話を選んでしまった。
恐る恐るジェイドの方を見るとやはり沈んだ表情をしていた。
「ごめん、こんな話聞きたくなかったよね。」
「いや、興味深い話だったよ。その刀鍛冶は復讐を果たしてどこに行ったんだろう、どういう気持ちだったんだろう。」
これ以上雰囲気を悪くしたくなかったので、軽く流すように答えた。
「どうなったんだろうね、わからないな。」
「そうだよね、わかんないよね。でも兎に角、復讐が成功したんだから良かったんだと思う。」
ジェイドの最後の言葉を聞いて、そんな風に思うのだと少し不思議に思った。
その後は負けず嫌いのジェイドが仕返しにと、とっておきの怖い話を披露してくれた。本当に怖くて眠れないと思った。
星座の話、継母達の母校スヴァルト・スコウルにまつわる噂話、火薬の配合の話、お酒の話、ずっとずっと南にあるヌビス国に漂着した人から聞いた話、バラル湾を安く渡る方法の話なんかをしているうちに何時間が経ったのだろうか、このままだと夜が明けてしまうが今日の所はそれでもいいと思った。
エイナーは段々眠くなってしまい一先ず話を続けるにしてもベッドに入って話す方がいいだろうと考え、あくびをしながら彼女を寝床に誘った。
「もう遅いし、一先ずベッドに入って話そう。」
ジェイドは羽織っていたガウンを脱ぎ、中の薄いノースリーブの寝巻になってベッドに入った。
エイナーがこのまま眠りに落ちるまでくだらない話をして本日は終了するのだと思い込んでいた矢先、ジェイドが自分の腕の中に自ら包まってきた。
彼女の肌の滑らかでひんやりとした感触が自分の皮膚に浸み込んでくるのを感じ衝動的に彼女を強く抱きしめた。
その後、彼女の頬に手を当てて顔をまじまじと眺め、彼女のやわらかい唇を我を忘れて貪った。再び彼女の顔を眺めて呟いた。
「愛してる。」
何故かこの言葉がエイナーの口をついて出た。
ジェイドも聞こえないような小声で、
「私も。」
と答えた。
翌朝、エイナーがベッドの中で目を覚まし、隣にいるジェイドに手を伸ばしてみたが、どこまで手を伸ばしてもシーツ以外は何も手に触れるものがなく、おかしいと思い周りを見回すと、彼女はすでに昨晩着ていたノースリーブの寝巻を着てソファーのひじ掛けに両足を乗せてソファーの上でひっくり返って本を読んでいた。エイナーは目をこすりながらジェイドに声をかけた。
「おはよう、早いね。」
ジェイドは本を読みながら答えた。
「おはよう。習慣でね、目が覚めちゃうんだ。」
エイナーは自分の寝巻のズボンを探しそれを履いて立ち上がり、彼女が寝っ転がっているソファーの空いている所に腰を掛けた。昨日と言うか今朝眠りに就いた時間が遅かったので本当はまだ寝ていたかったが、ジェイドは起きているし、こんな日にあまり遅くまで寝ているのも家族の手前バツが悪いような気がして起きることにした。ジェイドはこの部屋にあったこの地域の歴史が書かれた本を読んでいた。
「それ、面白い?」
と聞くと
「まあまあかな。」
まあ、そうだろうねと思った。
ジェイドが腹が減ったと言うので、身支度をして朝食を食べることにした。両親たちはまだ寝ているようで、どうやら自分たちが大人では朝食一番乗りのようだった。お子様たちは既に、乳母たちと一緒に外で遊んでいた。
彼女は自分で服を選んだのか、いつもの良質の絹で出来たドレスではなく綿のワンピースを着ていた、素朴で清々しい感じがよく似合うと思った。
彼女に見せようと思っていた祖父の骨董品部屋に案内した。骨董品部屋は二部屋に分かれていて、一部屋は刀剣や槍などの武器類と壺などが壁一面に飾られていてちょっとした武器庫のようになっていた。隣の部屋に大量の書物、絵画、宝石類が保管されていた。
一つだけ他の刀剣とは全く形が違う細長い刀が飾られていて、これが昨日話をした無名の刀鍛冶が作った妖刀だと言われ、祖父が売りつけられた遠い異国の刀であった。彼女がそれを右手に持ち、鞘を払うと美しく鈍い銀色に輝く刃が現れ、そこに彼女の顔が映っていた。
「どう?なんか魅了された?」
と聞くと、
「そんな気がする。」
と真面目な顔で答えるので、おかしくなって笑ってしまった。
「もし気に入ったものがあれば、好きなもの持って行ってよ。うちでは誰も意味も価値も分からなくって、わかる人に貰ってもらった方が祖父も物たちも喜ぶから。」
「物の価値自体は分からないけど、鞘に埋め込まれている宝石だけでも結構な値打ちだと思うけどな。この短刀のエメラルドだけでも相当高く売れるよ。」
以前、彼女が「最低、塩と短刀があればどこでも野宿が出来る。」と言っていたのを思い出し、
「じゃあ、野宿するときにその短刀を持ち歩いたら?お金が必要な時に宝石だけ取り出して売ればいいんじゃないの?」
「こんなの持ち歩いてたら、賊に狙われて危ないよ。」
そう返答され、確かにと納得した。
隣の部屋の書物を見せたところ、読みたい書物が結構あったようで五十冊ほど持って行くことになった。
ジェイドに似ていると思っていた女武神図を彼女に見せると、彼女は謙遜して答えた。
「似てないよ、私はこんなに美人じゃないし。」
「そんなことないよ、きれいだよ。」
そう言いながら少し照れ臭くなって、鼻の頭を掻いた
「ありがとう、そんなこと言ってくれる男の人はエイナーだけだよ。」
と答え、少し間を開けて、
「あと、オヤジくらいかな。」
オヤジ云々の話は要らなかったなと思いつつも、ちょっと嬉しくなった。ただ、「男の人は」の部分が引っかかって「女の人は」言ってくれるのだろうか?と疑問に思った。
二日酔いの面々が昼頃になってやっと起きだして来て、ぐったりとしていた。あの後いつまで飲んでいたのか分からないが、エイナーは自分の父親が二日酔いになっている姿を初めて見たような気がした。
本当は二人だけでのんびり過ごしたかったのだが、両親たちがぐったりしていて五歳児たちの相手を出来る状態ではなく、自分たちが子どもたちの格好のターゲットになってしまい、どこに行くにも付いて来るので午後はずっと四人で過ごした。魚釣りをして、木の実を採って、芝滑りをして、遊び疲れた二人を背負い屋敷に戻ると、復活したハリスに重要な話があるから後で二人で話がしたいと言われた。
ハリスの後について部屋に入ると彼は部屋の鍵を閉め、神妙な面持ちで言った。
「エイナー君、君にお願いがあってね。」
「何でしょう?私にできる事だったら何でも。」
と答えながら、何を言われるのかと想像してみた。結婚を取りやめて欲しいとか?スノースバンに住んで欲しいとか?ジェイドが実家に留まるように説得して欲しいとか?
するとハリスが言った。
「彼女を止めて欲しいんだ。」
結局は彼女が実家に留まるように説得しろと言うことなのかと思い、ちょっと気が抜けてしまったが、今更そんなこと言われても自分も彼女と一緒に暮らしたいので困ってしまうなどと考えていると。
「端的に言うと、彼女は自分の母を殺した男に復讐をしようとしている。その復讐を止めさせて欲しいんだ。彼女はその男への復讐のためにこれまでの人生を捧げてきたと言っても過言ではない。私もミレンナもどうにか思い止まるようにと説得し続けて来たが、彼女の意志は固くてね。これまでは自分でも年齢的にもまだその時期じゃないと分かっていたと思うが、そろそろ時期が来たと思っているんじゃないかと思う。」
正に青天の霹靂である、頭を殴られたような気分だ。エイナーはハリスの言葉を繰り返すことしかできなかった。
「復讐を止めさせて欲しい?」
「そうだ、復讐を諦めて君との幸せな暮らしを選ぶように説得して欲しい。」
何を言えばいいのだろうかと考えを巡らせていると、ハリスが言った。
「勘違いをしないで欲しいのだが、(復讐)と(君との結婚)は全く別の話で、ジェイドは復讐のために君との結婚を利用しようとかそういうことは全く思っていない。単に君とは一緒になりたかったんだと思う、理由は分からないが。だから、君ならば彼女を説得できるのではないかと思って。お願いだ、どうにか彼女に復讐を思いとどまらせてくれ。」
と言ってハリスは頭を下げた。
ジェイドが強くなって家を出てやりたかったことは「復讐」であった。
頭を上げたハリスが、混乱するエイナーを見て申し訳なさそうに言った。
「急にこんな話をされたら君も混乱してしまうよな、申し訳なかった。順序立てて話をしよう。」
実際エイナーは混乱していた、自分は、控えめに言ってもかなりジェイドの事を気に入っている、ジェイドも自分へ少なからず好感を持ってくれていると思っていた。
やはり彼女は厳しい両親の監視を振り切るため、家を出るためだけに自分と結婚をしたのか?
家さえ出られれば結婚相手は誰でもよかったのか?
引っ越しが終われば直ぐに家を出てしまうのか?
だからこんなに早く自分と一緒に暮らすことを希望したのか?
自分に向けられたあの笑顔も眼差しも、くだらない話で笑いあったあの時間も、相手が自分じゃなくても同じように振舞ったのか?
そんな憶測が頭を巡り、結婚相手は自分じゃなくても誰でもよかったのかと思うと、胸が苦しく居た堪れない気分になった。そして、耳鳴りと伴に目の前が真っ暗になっていくような気がした。
気が付くとソファーに座っていた、ハリスに水の入ったコップを渡され、それを飲み干した。
辛うじて気は失わずに、自分でソファーに座ったらしい。反対側のソファーに座ったハリスがこちらの状態が落ち着くのを待っていた。
エイナーは少し気を取り直して、理由は何であれ事情はきちんと聞いておこうと話を聞く態勢に戻った。
「では、順序立ててお願します。」
今回はいかがでしたでしょうか?
ほんのちょっとでも続きが気になるという方がいらっしゃったら、本当に本当にうれしいです。
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