第13話‐① エイナーの甘く切なく苦い想い出
始めまして、白黒西瓜です。
某鉄道会社のキャラクターが好きでこの名前にしました。
ロードオブザリングが好きで、その世界観をオマージュした小説を書いてみたいと思って小説に挑戦しましたが、全く違うものになりました。
若い夫婦の旅物語です。母の仇を打つべく自分を鍛え上げた娘ジェイドと、不本意ながらも彼女の復讐の完全成功に導くために頑張る結婚相手のエイナーとの旅物語です。
今の所、毎週水、土、日の14:30に新しいエピソードを更新しています。
自分でこの小説を書いていても、人の名前や地名など混乱してしまうので、参考資料としてざっくりとした世界観説明用地図と家系図を載せておきます。理解の参考にしていただけると幸いです。
参考資料:
地図
家系図
三人はベレンを離れ、エイナーの下の姉ハンナが嫁いだユーリハ国の首都ナルクに向かっていた。
宿を離れるとき、女将さん、隣のおばさん、向いの雑貨屋のおじさんが、ジェイドに沢山の餞別をくれて、とても寂しがってくれた。なぜならばジェイドは毎日この三人の手伝いをしていたからである。掃除、野菜の皮むき、皿洗い、荷物運び、壊れた備品の修理、などなど。
エイナーからは、
「君の旅の目的は、人助けか?」
と問われるくらいだった。
「徳を積んでいるのだよ。悪い事をした分取り返さないとね。」
ジェイドは得意げに且つ真面目に答えた。
逆を言えば、どこかで徳を積んでおけば、悪いことはし放題ってことか?
ベレンを出ると、ナルクに着くまで大きな都市はなく、大小の集落が点々をする田舎の一本道を進むことになる。ヤギの群れが草を食べていたり、収穫が終わった畑が広がっていたりと、のどかな景色が広がっている。
その道がバラル湾沿いに出ると、右手に青々とした海が見え潮風がとても心地が良かった。
夕方になり、薄暗くなってくると、ズーシュエンとジェイドは当然のように、野宿の準備を始めた。どこからともなく椅子になりそうな丸太を持ってきて、良い感じに配置し、薪を集めて焚火を始めた。ジェイドは米を研ぎだしていた。
「あれ、今日はここに泊まるんですか?」
そうエイナーが尋ねると。
「この近くには宿もなさそうですし、天気もいいので野宿でも問題ないと思いますよ。」
とズーシュエンが答えた。
「エイナー坊ちゃまは野宿は初めてかな?」
とジェイドがニヒルな笑いとともに尋ねた。
ちょっとイラっとしたが、何食わぬ顔で答えた。
「そうだね、野営はあるけど大規模だったし。父や友人と猟に出かけた時には野宿したと思うよ。後は、人の家の納屋で寝たことはあったかな、それは野宿じゃないけど。」
暗くなる前に、ジェイドが石で打ち落とした二羽の鳩を、ズーシュエンが手際よく毛をむしり取って、一羽は丸焼きに、もう一羽は汁物にしていた。汁物にジェイドが餞別でもらった野菜を切って入れていた。
「二人とも手際がいいね。」
そう言って、エイナー坊ちゃまはただ感心して二人を眺めていた。
米も炊き上がり、汁物からもいい香りがしている、丸焼きも良い焦げ目がついている。
ズーシュエンが三人分に分けてくれた。まるで、お母さんのようだ。どれもとても美味しかった。
ゆらゆら揺れる焚火の炎を眺めていると、ジェイドが尋ねてきた。
「人の家の納屋で寝るって、どういう状況だったんだ?」
エイナーは焚火の炎を眺めながら、その時のことを思い出していた。
それは、彼が、士官学校を卒業したばかりの十七歳のことだった。
元々ガイアム国とイルダル国は、グレアム国とヘルマス国とは仲が良くはなかった。
百数十年前に遡ることになるが、イルダルはグレアムやヘルマス側についていた国であったが、ガイアムと手を組む方が国益になると判断した当時の王が、ガイアムとの友好条約締結に踏み切った。
イルダルは鉄鉱石や金の鉱物資源が豊富な国だったこともあり、そこでイルダルを巡って、大きな戦争が起こっている。その後も紆余曲折ありながら、小競り合いを続けていたが、ここ数十年は大きな戦いは起きていなかった。
ガイアムと手を組んでからのイルダルの発展は著しく、グレアムもヘルマスもそのことをずっと快く思っていなかったこともあり、当時のイルダル国王が娘をグレアムに嫁がせることを拒否したことを発端に、大きな戦に発展してしまった。
国力に大きな差があったこと、他国がこの戦いに関与してこなかったことで、その争いは四ヶ月と言う短い期間でガイアム、イルダル国が勝利を収め終結した。
戦いの切っ掛けはさて置き、そんな戦いが正に始まるというタイミングで、エイナーは士官になった。
通常、エイナーの様な上級士官学校出身者は、いきなり前線に送られることはなかったのだが、当時の上官がエイナーのことを、はっきり言って物凄く嫌っていたため、最前線に送り込まれてしまった。
そもそも、背が高く、顔がきれいで、家柄が良く、金もある、成績も優秀、始めから上級士官と言うだけでも鼻持ちならず嫌っていたが、自分が狙っていた酒場の給仕の女が、エイナーを見て『可愛い、いろいろ教えてあげたくなっちゃう。』と言ったことで、完全に彼の標的にされてしまった。
エイナーは、彼女に何かを教えてもらうという恩恵を受けることなく、只々上官に嫌われただけだった。
根が真面目だったエイナーは父の権力に頼ることなく、結局、馬鹿正直にいけ好かない上官の指示に従い、最前線に赴いた。
戦っては、軍野営で休みの繰り返し。亡くなっていく仲間も数多くいた。
まだ敵に野営が襲撃されないだけましだったが、こんな生活が後どれくらい続くのかも分からず、心身共に疲労困憊していた。仲間たちと励まし合い、何とか日々を過ごしていた。
そんなある日、戦闘中に肩に矢を受け、そちらに気がそれたすきに、前から切りつけられ、別の肩にも傷を負った。一旦逃げて体勢を立て直そうと、森に逃げ込み全力で走った。敵が追って来ないことを確認し、どこか休めるところがないか探して歩いていると、大きな集落が見えた。
こんな所じゃあ、全員避難してもう誰も住んでないだろうと思ったが、意外にもまだ人が生活しているようだった。
一先ず、鍵のかかっていない納屋に入り込み、そこで応急処置を行い、気を失うように眠った。
誰かが扉を開けて、こちらに声を掛けている。
一瞬、敵に見つかったかと思ったが、女性の声のようだった。
「あんた、ここで何してるの?」
女性の声は震えていた。
エイナーは目を開いて、彼女の方を見た、外の光が眩しくて良く見えないが、女性が鍬を振り上げて、立っていた。
「危害を加えるつもりはない、怪我をしたのでここで休ませてもらった。この集落に医者はいないか?」
そう尋ねた。
すると女性は、鍬を振り上げたまま。
「もともと医者はいないし、牧師も世話人もみんな避難してしまった。」
「そうか、分かった。少し水を貰えないだろうか?のどがカラカラで、それを飲んだら、出ていくよ。」
「水ならば、そこの井戸の水を自分で汲んで飲んでくれ。」
そう言われて、エイナーは立ち上がり、納屋を出てふらふらと井戸に向かっって歩いた。
女性は、鍬を振り上げたまま、エイナーと距離を保つため、後ずさりした。
右肩を矢で、左肩を剣で負傷した彼は、水を汲むのにも難儀し、やっとの思いで水の入った桶を引き上げ、その水をごくごくと飲んだ。
水を飲み終わると、彼女の方を向いて、
「驚かせて申し訳なかった。納屋も血で汚してしまった、済まなかった。」
そう言って、立ち去ろうとした。
すると女性が尋ねた。
「あんた、そんな体で戦場に戻るのかい?」
「とりあえず、戦場を避けて陣営にもどれないか試してみるよ。」
エイナーは出血と空腹で青白くなった顔でそう答えた。
その顔をみた女性は、少しためらってから鍬を下し、言った。
「手当して上げるから、家に入りな。」
女性に手当をしてもらい、温めた牛の乳にハチミツを入れたものを飲ませてもらい、ベッドでぐっすり眠った。
気が付くと夕方だった。随分と気分も良くなっていた。
女性が夕食の準備をしていた、自分の分も用意してくれていた。
「こんなものしか出せなくて済まないわね。」
そう言って、野菜のスープとライ麦パンを出してくれた。
それを食べながら、エイナーは自分が何者かを説明した。
それを聞いた女性は彼がガイアム国の新米軍人であると知り、少し安心したようだった。
そして、女性が自分の話をし始めた。
彼女の名前は『マリー』、夫はこの戦いで地方軍の兵士として戦地に行っていて、子どもたちは、遠くの親せきの家に預けてある。
しかし、夫の母がこの地を離れないと言い張って、どんなに説得しても無駄だったため、仕方なく自分はここに戻って来て、義理の母の面倒を見ている。義理の母は、少し離れたところに自分の家があってそこで暮らしている。
以前は、乳牛と養蜂で生計を立てていたが、戦争が始まってからは、ほとんどの牛を奪われてしまい、今は二頭の牛、養蜂とわずかな蓄えで細々と生活している。
「誰かと一緒に食事をしながら、話をするなんて本当に久しぶりだわ。」
そう言って、彼女が微笑んだ。
美人と言うわけではないが、愛嬌のある顔立ちで、ふくよかな感じが安心感を与えてくれる。
「私、食べることが大好きだから、今の食事は本当に辛くって辛くって、この戦いが終わったら、美味しい物を沢山食べてやるって思って、毎日頑張ってるの。」
そう言って笑った。
彼女の家の寝室には、夫婦、子供たち全員分のベッドが置かれていて、マリーは好きなベッドで寝てくれて良いと言ったが、さすがに同じ部屋で寝るのは申し訳ないと思い、エイナーは台所の床で寝ようとした。
しかし、怪我人がそんなところで寝てはダメだと言われ、気まずいと思いつつも、寝室の彼女から一番遠いベッドで寝ることにした。
話し相手が出来たことが嬉しかったマリーは、ベッドに入ってからもエイナーに話しかけてきて、そんなに遠くにいたら会話がしづらいから隣のベッドに来なさいと言った。
エイナーはその申し出をやんわり断り、一番遠くのベッドで彼女の話を聞いていた。
次の日、特に、矢で負傷した右肩の調子が随分と良くなっていたので、二晩泊めてくれたお礼にと、薪割りや掃除などを手伝った。そして、明日は陣営に帰ろうと考えていた。
その晩、昨日と同じ配置で寝ていたのだが、マリーがエイナーの寝ているベッドに入って来て、そういう関係になった。
今日中には陣営に帰ろうと思っていたエイナーだったが、昨晩のことで彼女の側にもう少し居たいと思うようになってしまった。
その後、四日間悩みながらも彼女の家に留まった。
このままだと自分は死亡か逃亡で処理されてしまうと思い、後ろ髪をひかれる思いで、彼女の元を離れた。状況が落ち着いたらまた来ると約束をして。
その後、一カ月程、前線での戦いが続いたが、完全優勢が確定したため、ガイアム軍の士官は撤退することになった。
撤退が決まったと同時に軍を離れて、彼女の元に向かいたかったが、さすがに新米の自分にそれをする度胸はなく、一旦ルッカに戻り、凱旋パーティーに参列した。
しかし、一刻も早く彼女の元に向かいたかった彼は、パーティーの途中でこっそり抜け出し、彼女の元に向かった。早馬を使って、馬を乗り継ぎ、普通は四日掛る道のりを二日で駆け付けた。
一カ月以上ぶりに会うマリーは、以前と変わらず愛嬌があり、ふくよかで、エイナーの目には聖母のように見えた。また、自分の訪問を心から喜んでくれた。その後、二週間彼女の家で過ごし、後ろ髪を引かれながらルッカに戻った。
彼は完全に彼女にのぼせ上っていた。
もし、もしも、彼女の夫に何かあって、戻ってこないなんてことがあったら、自分は彼女と結婚をして子供たちの面倒も見ようとまで考えていた。
次の休暇も同じように、彼女の元を訪れた、その時は子どもたちが戻っていた。それでも、彼女は自分のことを快く受け入れてくれた。
昼間は家事の手伝いをして、子どもたちと遊び、夜、子どもたちが寝付くと二人で水車小屋にいった。
エイナーはこんな日々が続くのではないかと期待をし始めた。戦闘が落ち着いたにもかかわらず、彼女の夫が帰ってこないということは、子どもたちには申し訳ないが、もしかすると何かあったのかもしれないと思うようにもなった。
次の休暇もまた同じように、彼女の元を早馬で訪れた。
家の外観が随分ときれいになっていて、牛も数も増えているようだった。
いつものように玄関の扉をノックすると、扉を少しだけ開いて、中からマリーが顔を出した。その表情は暗かった。
中から、男性の声がした。
「誰か来たのかい?」
マリーは返事をした。
「道を教えてくれって、行商の人みたい。」
「大丈夫か?俺が出ようか?」
「大丈夫、私でも答えられるから。」
そう答えて、エイナーの方を向いて言った。
「夫が帰って来たから、もう二度とここには来ないで。今までのことは一切忘れて。私も忘れるから。」
小声でそう言って、彼女は扉を強く締め、中から鍵をかけた。
家の中からは、笑い声が聞こえた。
今回はいかがでしたでしょうか?
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