第106話 王女の決断
背景説明地図と登場人物紹介は後書きにあります。
時は遡り、アバガスでの戦いが始まる前、カリーナ王女がアバガスからパレオスに帰るときのことである。
項垂れて、呆然としている王女に侍女が声を掛けた。
「カリーナ様、お怪我はありませんでしたか?」
王女はその問いに答えず、自分の手を見つめた。そして、その手で自分の顔を覆い
「……刺すつもり何てなかったのに。彼らが自分たちの非を認めないから……」
そう言って、項垂れたまま動かなくなった。
侍女はそんな王女の背中を優しくさすった。
王女をのせた馬車はパレオスに向かう一本道を走って行った。
パレオスに戻った王女は、父アラン二世の主治医であるカヒルを探すため医務局に向かった。しかし、カヒルが留守だったため、その場にいた看護助手に話しかけた。
「ねえ、あなたが父に出す薬を準備しているの?」
そう尋ねられた看護助手は、後ろめたさと、心苦しさで、小さな声で答えた。
「はい、そうです。」
「父に出す薬を見せてもらえるかしら?」
「それは、カヒル先生の許しがないと、私では何とも……」
王女の口調が厳しくなった。
「私が見たいと言っているのだから、問題ありません。早く見せなさい。」
「…はい、わかりました。」
そう言うと、看護助手は王女を調剤所に案内した。
そして、震える手で準備した薬を指さした。
「こ、こちらでございます。」
王女は薬包紙を開けて中の薬を眺めた。王女には薬の知識はなく、これが何なのかが全く分からなかった。そして、王女は、ふと、自分が父の病気の説明をきちんと受けたことがなかったことに気が付いた。
「この薬は、何の病気に対する薬なの?お父様はどうしてずっとあのような状態のままなのですか?」
「わ、私は、先生の指示に従って、お薬を準備しているだけですので、病状は先生に聞かないと分かりません。」
看護助手が下を向いたままそう返事をした。蒼白な顔色で、額に汗をかいているように見える。
「詳しい病状も把握せずに、どうやって看護ができるんですか? あなた、私に何か隠し事でもしているの?」
王女は厳しい口調で問い質した。
看護助手は俯いたまま、動けなくなった。
「何を言っても貴方を責めることはしません。お願いだから話して頂戴。」
少し優しい口調になって、王女が言った。
看護助手は、俯いたまま、やっと聞き取れる程度の小さな声で答えた。
「……多分、国王は病気ではありません。」
王女の視線が厳しくなった。
「それは、どういう意味なの?」
看護助手はその場に跪き、両手を合せて王女を見上げた。
「お許しください、私の口からはこれ以上のことはお話できません。この場で毒を飲んで死ねと言うならば、そうします。」
「いいから、早く、知ってることを話しなさい。」
王女が悲鳴にも似た声で看護助手を怒鳴りつけた。
看護助手は、先ほど王女が開けた薬を掴みとり、自分の口の中に流し込んだ。
「何をしているの?」
訳が分からず、王女が看護助手に尋ねた。
看護助手は何も答えず、口から白い泡を吹いてその場に倒れた。それを見た王女が悲鳴を上げた。
「誰か、早くカヒルを呼んで来て。」
そう言って、王女はその場に立ち尽くした。
数分後、その場に駆け付けたのはカヒルではなく、ジャーダンだった。
「カリーナ、こんな所で、何をしているのですか?」
その場に立ち尽くしている王女に向かって尋ねた。王女の目の前には看護助手の女が倒れている。
「……ジャーダン、カヒルはどこ?この女が、父の薬を飲んで倒れたの。これはどういう事なの、誰かちゃんと説明をして頂戴。」
王女が大きな目を見開き、太く凛々しい眉を吊り上げて言った。
「……倒れた? 私には何が何だかわからないな。カヒルに説明をさせよう。それよりも、カリーナ、君は疲れているように見える、休んだ方が良い。後のことは私に任せてくれ。」
そう言って、立ち尽くしている王女の手を取ろうとした、王女が差し伸べた彼の手を撥ね退けた。
「触らないで頂戴……私、何を信じたらいいのか分からなくなってしまったわ。貴方にまで裏切られたとしたら、私……何を信じればいいの。」
そう言う王女を優しく見つめてジャーダンが言った。
「私が王女を裏切るなんて、そんなことする訳ないだろう。私を信じてくれ。」
王女はジャーダンの顔を見上げた。ジャーダンの表情は優しくいつもと変わらないように見えた。
「貴方を信じたいの、だから、きちんと説明をして頂戴。」
そう言って、王女はジャーダンに手を差し伸べた。ジャーダンもその手をそっと掴んだ。
そこに、カヒルが血相を変えて駆け付けた。彼に向かってジャーダンが大声を上げた。
「カヒル、お前は国王に毒を飲ませようとしたのか? 誰の差し金だ? さっさと白状しろ。お前のことも、そいつも私は決して許さないぞ。」
目の前の状況と、ジャーダンからの叱責に驚き、全く状況がつかめないカヒルが咄嗟にジャーダンに言い返した。
「ジャーダン様、何をおっしゃっているのか私にはわかりません。毒を盛れと仰ったのは貴方ではないですか。」
ジャーダンの横にカリーナ王女がいることに気が付き、カヒルが自分の口を慌てて両手で塞いだが、時すでに遅しのようで、王女が近くにいた護衛の兵士に命じた。
「カヒルと……ジャーダン……を捕らえよ。詳しい事情は私が聴取します。誰か、この看護助手の手当てをして、意識が戻り次第、この女も私が取り調べます。」
「王女、これは何かの間違えです。私は何もしていません。それに、今はサムートたち反乱軍がこのパレオスを攻撃してきています。私がモラン軍の指揮を取らねばなりません。ですから、私を捕らえるなどと、言わないでください。貴方にも国王にも危険が迫っています。私がお助けしなければなりません。」
護衛に両手を後ろ手に捕まれたジャーダンが懇願するように言った。
「反乱軍?どちらが反乱軍なのですか?父が意識を戻した時に話は聞きました。サムートは父から王命を受けて貴方を討伐すると…また、ムンド国第二王子だったアシル・クムとエイナー・ナーゲルスという男にも会ってきました。彼らの話では、モラン国に支配された後のドムンドスやグレナディは散々な状態だと…それに、カジャナ先生のことも聞きました。知らなかったでは済まされない話ですが、私は、私がこれから出来ることをこれからしようと思います。」
そう言って、王女はジャーダンに背を向けて去って行った。
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
ほんのちょっとでも続きが気になるという方がいらっしゃったら、本当に本当にうれしいです。
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ざっくりとした世界観説明用地図と家系図を載せました。理解の参考にしていただけると幸いです。
地図 全体
地図 モラン国周辺拡大
家系図
登場人物が増えたので追記しました。
リュウ・ズーシュエン(劉紫轩):虚明堂の副堂長
ヤン・リーイン(楊日瑩):ムーランと同一人物
リュウ・ズーハン(劉紫涵):ジェイドと同一人物
マラト・ベルカント:ある組織の幹部、ジェイドの仇
ジャーダン・ナラハルト:モラン国王の娘婿、国王の摂政(マラトと組んでモラン国を拡大させていると言われている。)
アラン2世:モラン国王(体調不良で表には出てこないと言われている。)
カリーナ王女:アラン二世の娘、ジャーダンの妻
アクセル・ゲイラヴォル:軍でのエイナーの上官
ヴォルヴァ・ゲイラヴォル:アクセルの妻
テュール(8) 、マグニ(6)、ダグ(4)、エーシル(1):ゲイラヴォル家の子どもたち(年齢)
サムート・ハン:エイナーの文通相手だったアルーム国の王子
マルチナ・アリア:サムートの婚約者
ヤン・フォンミン(楊楓明):ユーリハ国王軍の司令官、ズーシュエンの母方の従兄
タユナ・ハイネン:ユーリハ国王軍の副司令官
アリマ:ユーリハ国王軍の女性兵士、ジェイドの友だち
ジョゼフ・テオ:ある組織の創設者
ヤン・シィェンフゥア(楊仙華):ズーシュエンの母親、虚明堂の前堂長
リュウ・シュエンュエ(劉轩月):ズーシュエンの父親、菓子屋
リュウ・ュエフゥア(劉月花):ズーシュエンの妹、虚明堂の現堂長
シャンマオ(バナジール):西山で洋食屋をやっている元(現役?)ハリスの部下
チャン・リーファ:(張李花)ズーシュエンの彼女
ワン・シア(王仔空):リーファの息子
ソフィアとその祖母:ナルクで出会った麦畑の少女とその祖母
師匠 マチアス・ジュノー:ジェイドの師匠、元軍医、東アルタ在住
ペペとムー:ジェイドの犬たち
餅:ジェイドが飼っていた猫
ヤン・ジンウェン(楊金温):ピブラナ国の首都ボヤーナで医師をしている女性
ヨナス・デスモン:ピブラナ王室に送り込まれた、マラトの部下
バナム・アルマン:南モラン地区(旧アルーム国)の物資調達責任者、モラン国大臣代理
アルタイル(通称:アル):バナムの部下
カジャナ・ポナー:サムートの主治医
ナズ:カジャナ医師の助手
アスリ:カジャナ医師の助手
メイ・モーイエ(梅莫耶):旧アルーム国の首都グレナディで医者をしている女性
エレン・クム:元ムンド国皇太子
アシル・クム:元ムンド国第二王二
ルスラン八世:元ノンイン国王
アサヤ将軍:元アルーム国軍の将軍
ナフナ将軍:元ムンド国軍の将軍




