第99話 憎しみ合う世界
背景説明地図と登場人物紹介は後書きにあります。
その声は主であるマラトの声だった。
「…憎む?なぜそう思うのですか?」
朦朧とする意識の中、これも夢なのだろうか? そう思いながら、ディーフィンは答えた。
「私は、お前から家族を奪った。憎んで当然だろう?」
奪った?
母親、兄弟、妻、子ども、皆、村を出るときに自らの手で亡き者にした、彼に奪われたわけではない。
それを指示したのが主だったから、そう言っているのか? ディーフィンはぼんやりと頭の中で考えた。
「…あなたに奪われたわけではありません。何かのせいにするとすれば、あの村に生まれてきたことでしょうか……」
「それが本心ではないはずだ。私が村に戻らなければ、あのまま野垂れ死にしていれば、お前は家族を失わずに済んだはずだ。」
主の声は淡々としていた。
「…そんなこと、考えたこともありませんでした。」
マラトと話をしているうちに、彼への恐怖心が無くなって行くのを感じた。
もう自分はここで死ぬのだ、恐れるものはないはず。
地獄に行く? いや、死んで跡かたもなくなるのだろう。苦しみも悲しみも、後悔も全て無くなってしまう、ただそれだけだ。その前に一つ気になったことがあった。勇気を振り絞って尋ねてみた。
「……貴方の望みは何なのでしょうか?大国の王になることなのですか?」
暫く沈黙が続いた、ポツリとマラトが呟いた。
「人と人が憎しみあう世界だ。」
「……憎しみ合う世界ですか。既にそうだと言えばそうだし、難しいと言えば難しい世界ですね。」
マラトの鋭い視線を感じた。
「難しい?」
「……ええ、全員が憎しみに満たされるような世界は難しいでしょうね。」
「なぜそう思う?」
「……憎しみで満たされる前に、歯止めが効いてしまう人もいますから。」
「歯止めとはなんだ?」
「……何と言えばいいんでしょうか?愛した、愛された記憶とでもいうのでしょうか?……」
ディーフィンは自分で言いながらも少し歯がゆい気分になり、一瞬だけ高熱と全身の痛みを忘れて、可笑しくなってしまった。
「お前が愛を語るなんて、滑稽だ、なんとも無様だ。」
冷ややかな声でマラトが言った。
「そうですね。」
ディーフィンが素直に受け入れた。
「私にはそんな記憶はない。お前とは、もっと有意義な話が出来るかと期待していたのに、残念だった。」
そう言って、マラトが去って行こうとした。
その背中に向かってディーフィンが声を掛けた。
「貴方が求めたのは完璧な愛だったからではないでしょうか?だから得られなかったと思い込んでいるだけなのかもしれません。」
マラトが足を止めた。
「愛が不変で永遠だなんて幻想なのかもしれません。…移ろいやすくて一時的なこともあるでしょう…、そうだと分かりにくいことも、それでも、その愛が心を照らしてくれる時が…あるんじゃないかと思うんです…。それだけで…、人を憎まずにいられることがあるんじゃないかと…。」
何故自分はこんなことを言ってるんだろう?
ディーフィンは、不思議に思いながらも、自分の言葉に偽りがないことも感じていた。
マラトの握った拳が震えている。後ろに控えている男に指示を出した。
「あいつに目隠しをして、袋に詰めろ。そして、二度と帰って来られない場所に置き去りにしろ。」
そう言うと、マラトは振り返らずに地下牢を去って行った。
ディーフィンは手足を縛られ、目隠しをされ、袋に閉じ込められて、そのままどこかに運ばれた。そして、荷台から投げ捨てられた。
もうどこが痛いのか分からないくらいに、体中が痛い。寒さも感じないほど、神経もおかしくなっているようだ。体はどこにも力が入らず、動かすことができない。声も出ない。
ただひたすらに時間が経つのを待つのみだった。
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ディーフィンは自分が目を覚ましたことに気づいた。
天国にしては質素だ、地獄にしては居心地が悪くない。
体が動かない、そして全身が痛い。死んでも痛みは残るのか…困ったな。
薄っすらと女性の顔が見えた気がした。母が迎えに来てくれたのか。
母に剣を向けた時、母は小声で「ごめんね。」と言った。
なぜ謝ったのだろうか? その理由をずっと知りたいと思っていた気がする。
やっとその理由を聞くことが出来る。
なんだか、薬湯のようなにおいが漂っている気がする。
死後の世界はこんな所なのだろうか?
そんなことを考えながらまた深い眠りに落ちて行った。
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
ほんのちょっとでも続きが気になるという方がいらっしゃったら、本当に本当にうれしいです。
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ざっくりとした世界観説明用地図と家系図を載せました。理解の参考にしていただけると幸いです。
地図 全体
地図 モラン国周辺拡大
家系図
登場人物が増えたので追記しました。
リュウ・ズーシュエン(劉紫轩):虚明堂の副堂長
ヤン・リーイン(楊日瑩):ムーランと同一人物
リュウ・ズーハン(劉紫涵):ジェイドと同一人物
マラト・ベルカント:ある組織の幹部、ジェイドの仇
ジャーダン・ナラハルト:モラン国王の娘婿、国王の摂政(マラトと組んでモラン国を拡大させていると言われている。)
アラン2世:モラン国王(体調不良で表には出てこないと言われている。)
カリーナ王女:アラン二世の娘、ジャーダンの妻
アクセル・ゲイラヴォル:軍でのエイナーの上官
ヴォルヴァ・ゲイラヴォル:アクセルの妻
テュール(8) 、マグニ(6)、ダグ(4)、エーシル(1):ゲイラヴォル家の子どもたち(年齢)
サムート・ハン:エイナーの文通相手だったアルーム国の王子
マルチナ・アリア:サムートの婚約者
ヤン・フォンミン(楊楓明):ユーリハ国王軍の司令官、ズーシュエンの母方の従兄
タユナ・ハイネン:ユーリハ国王軍の副司令官
アリマ:ユーリハ国王軍の女性兵士、ジェイドの友だち
ジョゼフ・テオ:ある組織の創設者
ヤン・シィェンフゥア(楊仙華):ズーシュエンの母親、虚明堂の前堂長
リュウ・シュエンュエ(劉轩月):ズーシュエンの父親、菓子屋
リュウ・ュエフゥア(劉月花):ズーシュエンの妹、虚明堂の現堂長
シャンマオ(バナジール):西山で洋食屋をやっている元(現役?)ハリスの部下
チャン・リーファ:(張李花)ズーシュエンの彼女
ワン・シア(王仔空):リーファの息子
ソフィアとその祖母:ナルクで出会った麦畑の少女とその祖母
師匠 マチアス・ジュノー:ジェイドの師匠、元軍医、東アルタ在住
ペペとムー:ジェイドの犬たち
餅:ジェイドが飼っていた猫
ヤン・ジンウェン(楊金温):ピブラナ国の首都ボヤーナで医師をしている女性
ヨナス・デスモン:ピブラナ王室に送り込まれた、マラトの部下
バナム・アルマン:南モラン地区(旧アルーム国)の物資調達責任者、モラン国大臣代理
アルタイル(通称:アル):バナムの部下
カジャナ・ポナー:サムートの主治医
ナズ:カジャナ医師の助手
アスリ:カジャナ医師の助手
メイ・モーイエ(梅莫耶):旧アルーム国の首都グレナディで医者をしている女性




