第98 続きのお話
背景説明地図と登場人物紹介は後書きにあります。
「あれが本当の話だとしたら、本当に切ないな。」
男の後ろ姿を眺めながらジェイドが呟いた。
「そうだね。でも、もし自分だったら、たとえそれが苦しくても最後になるとしても、自分の気持ちを取り戻せたのであれば、その方が幸せだと思う。」
ズーシュエンも男の後ろ姿を眺めながら呟いた。
男は崖の登り口に立って上を見上げた。夜空には星が輝いていた。
思えば星を見上げることなんてあっただろうか?
食事を楽しいと思ったことがあっただろうか?
こんなにも誰かと話をしたいと思ったことはあっただろうか?
どうして自分は自我を取り戻してしまったんだろう?
ここ数週間おかしな感覚になることがあった。
いつも服用している石への耐性ができてしまったのだろうか?
そんな話は聞いたことがない。
石が違うものだったのだろうか?誰かがすり替えたのだろうか?
だけど、そんなことはもうどうでもいい。ふとそう思った。
男は坂を登り、洞窟の入口に立った。
洞窟の奥の方に灯りが動くのが見えた。男は、そのまま洞窟の中を進んでいった。
「どうして爆破しなかった?」
男と同じような服装の別の男が無感情な声で尋ねた。
「導火線が湿っていたようだ、引火できなかった。その間に逃げられてしまった。」
ディーフィンが答えた。別の男はまた無感情な声で聞いた。
「怖気づいたか?」
ディーフィンは何も答えず、剣を抜き、その男目掛けて振り下ろした。男は、自分の剣を抜こうとしたが間に合わず、振り下ろされた剣に切られた。
男は切られた傷口に手を当て、跪いた。男は、悲鳴も、うめき声も上げず、ただ跪いてディーフィンの顔を見上げた。
「お前に恨みがある訳じゃない。あの方に会う為に、ここでお前に倒される訳にはいかなかった。」
ディーフィンが男に向かってそう言った。
男は目を開いたまま倒れた。
ディーフィンは男の横に跪き、薄っすらと開いている男の両瞼を、掌で優しく閉じさせた。
「…本当に済まない。」
そう言って立ち上がり、男が落とした松明を拾い上げて洞窟の奥に進んだ。
大きな扉は開いたままだった。そこを通り暗い広間を見回した。設置した爆薬は取り除かれていた。導火線に火をつけた形跡がないことから、自分が爆破をしようとしなかったことはバレているだろう。
広間を抜けて階段を下り、途中で三つに分かれている道の左側を進んだ。
広い空間に出ると、奥の池に小舟が一艘浮かんでいた。ディーフィンはその船にのって進んだ。対岸に黒塗りの馬車が停まっている。
小舟が近づいて来ることに気づいた男と、御者席にいた男が、対岸に立ちこちらを見ている。ディーフィンは震える手で櫂を漕いだ。
二人の男が剣に手を掛けている。こちらを警戒しているようだ。
ディーフィンは小舟の上から落ち着いた声で二人に向かって言った。
「しくじりました。どんな罰でも受けます。」
そう言って、櫂を強く握りしめた。
「しくじっただと?」
男の一人が何の感情もない声でそう言った。勿論表情は分からない。その男が剣を抜いた。もう一人の男も剣を抜いた。抜き身の剣を持つ二人の男が対岸で待ち構えている。ディーフィンはより強く櫂を握り締めた。
ディーフィンが船から降りるやいなや、二人の男が切り掛かって来た。
ディーフィンは手にした櫂を振りかざし男をなぎ倒した。男が一人倒れた。もう一人の剣は避け切れず、ディーフィンの腹を掠めた。深手ではない。
自分を切った男も櫂でなぎ倒そうとしたが、避けられてしまった。ディーフィンは櫂を投げ捨て、剣を抜き、高く振りかざした。
その時、馬車の中から低く重厚な声が聞こえた。
「やめろ。」
三人の男は直ぐにその場で跪き、主の次の言葉を待った。
「ディーフィン、石はどうした? 効果が切れているようだな。」
そう問われたディーフィンは震える声で答えた。
長年にわたり染みついた、主への忠誠心と恐怖心はそう簡単には拭うことが出来ない。
「…はい、今使っている石がどうやら不良品だったようで、別の物を使うようにします。」
「不良品?見て分からなかったのか?それとも、わざとそれを使ったのか?」
額から汗が噴き出す。
「いえ、分かりませんでした。申し訳ありません。」
馬車から男が降りてきた。黒いスーツを着た、大柄で威圧感の塊のような男。
「爆破もしないで、どこで何をしていた?」
怒りは感じられない、ただ淡々と質問をしているかのようだ。
「二人を追って村に行きました……」
汗が顔をつたって滴り落ちるのが分かった。
「ほう、それで。」
そう言って、マラトはディーフィンの目の前にしゃがみ込んだ。
「二人を見張っていました……」
「殺したのか?」
耳元で男の声がする。周りの音が聞こえないくらい自分の鼓動が頭の中で響いている。
「……いえ、殺せませんでした。」
「なぜ?」
ディーフィンは暫く黙っていた、マラトもディーフィンの返事を黙って待った。
「……何故か分かりませんが、殺せませんでした。」
そう言い終わるやいなや、マラトの蹴りがディーフィンの顔に入った。ディーフィンは後ろに数メートル飛ばされ、仰向けになって倒れた。
「連れて行け。罰を与えて殺せ。いや待て、殺さずに牢に入れて置け。もう少し話を聞きた。」
他の二人の男は、倒れているディーフィンを彼が動けなくなるまで蹴り続けた。ディーフィンが動かなくなると、彼を船に乗せて地下牢まで運んだ。
薬を飲まされ、牢に放り込まれたディーフィンは、高熱、悪夢、そして体の痛みにうなされながら、朦朧とした意識の中ですぐ近くに人の気配を感じた。
懐かしい匂い、ずっと忘れていた匂い。まだ本当に幼い頃、母や弟たちと暮らしてた時に嗅いだことがある匂い。
いものスープが煮える匂い、
汗とホコリの匂いの中から微かに感じる母の甘い香り、
誰かの膝枕に頭を乗せている感覚、
誰かの手が自分の髪を優しく撫でる感覚。
目を開けると、そこには若い女性がこちらに向かって微笑みかけている。顔ははっきりしないが、この女性が自分の母親なのか?
ああ、これは夢だ、どうしてこんな夢を見るのだろう。
そんな気分に浸っていると、遠くから近づいて来る足音が聞こえた。
足音が近くで止まり、直ぐに男の声が聞こえた。
「ディーフィン、お前は私を憎んでいるのだろう?」
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
ほんのちょっとでも続きが気になるという方がいらっしゃったら、本当に本当にうれしいです。
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毎週水、土、日の14:30に新しいエピソードを更新しています。
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ざっくりとした世界観説明用地図と家系図を載せました。理解の参考にしていただけると幸いです。
地図 全体
地図 モラン国周辺拡大
家系図
登場人物が増えたので追記しました。
リュウ・ズーシュエン(劉紫轩):虚明堂の副堂長
ヤン・リーイン(楊日瑩):ムーランと同一人物
リュウ・ズーハン(劉紫涵):ジェイドと同一人物
マラト・ベルカント:ある組織の幹部、ジェイドの仇
ジャーダン・ナラハルト:モラン国王の娘婿、国王の摂政(マラトと組んでモラン国を拡大させていると言われている。)
アラン2世:モラン国王(体調不良で表には出てこないと言われている。)
カリーナ王女:アラン二世の娘、ジャーダンの妻
アクセル・ゲイラヴォル:軍でのエイナーの上官
ヴォルヴァ・ゲイラヴォル:アクセルの妻
テュール(8) 、マグニ(6)、ダグ(4)、エーシル(1):ゲイラヴォル家の子どもたち(年齢)
サムート・ハン:エイナーの文通相手だったアルーム国の王子
マルチナ・アリア:サムートの婚約者
ヤン・フォンミン(楊楓明):ユーリハ国王軍の司令官、ズーシュエンの母方の従兄
タユナ・ハイネン:ユーリハ国王軍の副司令官
アリマ:ユーリハ国王軍の女性兵士、ジェイドの友だち
ジョゼフ・テオ:ある組織の創設者
ヤン・シィェンフゥア(楊仙華):ズーシュエンの母親、虚明堂の前堂長
リュウ・シュエンュエ(劉轩月):ズーシュエンの父親、菓子屋
リュウ・ュエフゥア(劉月花):ズーシュエンの妹、虚明堂の現堂長
シャンマオ(バナジール):西山で洋食屋をやっている元(現役?)ハリスの部下
チャン・リーファ:(張李花)ズーシュエンの彼女
ワン・シア(王仔空):リーファの息子
ソフィアとその祖母:ナルクで出会った麦畑の少女とその祖母
師匠 マチアス・ジュノー:ジェイドの師匠、元軍医、東アルタ在住
ペペとムー:ジェイドの犬たち
餅:ジェイドが飼っていた猫
ヤン・ジンウェン(楊金温):ピブラナ国の首都ボヤーナで医師をしている女性
ヨナス・デスモン:ピブラナ王室に送り込まれた、マラトの部下
バナム・アルマン:南モラン地区(旧アルーム国)の物資調達責任者、モラン国大臣代理
アルタイル(通称:アル):バナムの部下
カジャナ・ポナー:サムートの主治医
ナズ:カジャナ医師の助手
アスリ:カジャナ医師の助手
メイ・モーイエ(梅莫耶):旧アルーム国の首都グレナディで医者をしている女性




