第94話 王女の錯乱
背景説明地図と登場人物紹介は後書きにあります。
王女はエイナーを睨みつけたまま、興奮気味に言った。
「貴方の責任です。サムートにこんな馬鹿げたことを直ぐに止めるよう説得しなさい。直ぐに。」
エイナーは込み上げて来る憤りを抑えて、
「お言葉ですが王女、これはサムートの意思です。彼の意思を変えることは私には出来ません。」
王女は、より語気を強めた。
「貴方たちでは話になりません。サムートはどこなの?」
その問いにアシルが質問で答えた。
「王女がここに来る途中で、彼らと遭遇しませんでしたか?」
「…来る途中?」
カリーナ王女が訝し気な表情で呟いた。
「はい、来る途中です。」
アシルが冷静に答えた。
「会っていません。サムートはパレオスに向かっているのですか?何のために……」
そう言いながら、王女の顔から血の気が引きだした。
「パレオスに軍を率いて向かったのですか?…この進軍が父の命であることをジャーダンが知ってしまったら……大変なことになってしまいます。」
そう言って王女は立ち上がり、
「早くサムートを止めなければ、お父様を守らなくては。」
焦燥感を漂わせ、よろめきながら数歩進んだ。
よろめきながら歩くカリーナ王女にアシルが手を差し出すと、王女をその手を払いのけて先に進み、扉の前で振り返り、
「もし、お父様に何かあれば、私は貴方たちを決して許しはしません。」
王女は怒鳴ると、そのままその場によろけて跪いた。
「王女、大丈夫ですか?」
アシルが走り寄って王女を抱え上げようとしたが、王女はその手も払いのけ、大声で怒鳴った。
「触らないで、裏切り者。」
王女は侍女の手を借りて立ち上がり部屋を出た。
アシルとエイナーは王女を見送るため、少し距離を置いて王女の後に続いた。
護衛に囲まれた王女を馬車まで見送った。
王女は馬車に乗り込む前に振り返り、アシルを睨みつけた。
「アシル、貴方は裏切り者です。しかし、それは貴方のせいではありません。」
そう言って、王女は次にエイナーを睨みつけた。
「この男が貴方のことも唆したのです。部外者の分際で勝手なことを。許せない。」
そう言って、突然、王女は何かを手にして、凄い勢いでてエイナーに近づいた。
王女の手にしたものがキラリと光った。エイナーは危険を感じて咄嗟に避けたが、その光るものが彼の左わき腹に刺さった。
直ぐに状況を理解したアシルが、王女の肩を掴み、エイナーから引き離した。
エイナーの左わき腹には短刀が刺さっている。
「貴方さえここにやって来なければ、平和だったのに。全て貴方のせいよ。」
王女が喚いた。
「誰か、マチアス先生を呼んでくれ。エイナーが刺された。」
アシルは大声で周りにいる兵士たちに向かって言いながら、王女を彼女の護衛に引き渡した。
「王女、お帰り下さい。一度冷静になって、ご自分の頭できちんと考えて下ださい。何が平和だ! 貴方の目は節穴です。私は、ずっとあなたのことを信頼していたのに、いつか目を覚ましてくれると信じていたのに……今度という今度は本当に、見損ないました。」
その言葉を聞きながら王女はうなだれたまま、護衛と侍女に馬車に押し込まれた。王女と侍女が馬車に乗り込むと直ぐに馬車は走り出した。
騒ぎを聞きつけてマチアスが駆け付けた。
「エイナー、剣を抜くな。誰か、彼をそのまま運んでくれ。」
「マチアス…大げさだな、自分で歩けますよ。」
そう言いながら、エイナーは兵士二人に支えられながら、救護室になっている部屋に歩いて行った。
エイナーが咄嗟に避けたため急所は外れていたが、数針縫う怪我を負ってしまった。本来であれば一週間以上は安静が必要である。
夕方には麻酔が切れエイナーが目を覚ました。
「エイナー、お前は数日安静にしておいたほうが良い。」
エイナーが目を覚ましたという知らせを聞いて、マチアスがやって来た。
「そうはいきません。明後日、早くて明日には追撃してくる兵への応戦が始まります。この体でも指揮ならばとれます。」
そう言って立ち上がった。まだ、麻酔の効果が残っているのか、足元がふらついていた。
それを見たマチアスは、苦々しい表情をしつつも、
「ならば、せめて今夜くらいは静かにしていろ。」
そう言って、エイナーをベッドに戻らせた。
「ああ、何てドジなんだろう、こんな大事なところで怪我するなんて。何で避け切れなかったんだろう。」
白い唇で、悔しそうにエイナーが言った。
「油断したんだろう。まさか王女が刺してくるなって思わないからな。」
そう言いながら、エイナーの包帯を新しいものに交換した。
「大きな血管に損傷はないし、傷もきれいに縫えているが、激しく動くと開くこともある。その時は、直ぐに教えてくれ。麻酔なしでその場で縫い直すから。」
「このくらいの傷、放っておいても治りますよ。大げさだな。」
エイナーが笑いながら答えた。
「平常時とは違うからな、動くと出血も増える。出血多量で動けなくなることもあるぞ、甘く見るな。」
マチアスが厳しい顔で言った。
「分かりましたよ、気を付けます。」
エイナーはにこやかに答えた。
「お腹がすきました。何か怪我を早く直せるようなものが食べたいです。」
そう言われたマチアスは少し考えて、
「わかった、俺が特別料理を作ってやろう。」
そう言いながら、部屋を後にした。
暫くすると、どちらかと言うと美味しそうな匂いを漂わせながら帰って来た。
トレーには匂いとはかけ離れた見た目の物がのっていた。全体的に茶色っぽい。美味しい匂いの中に、鉄のような匂いと薬草のような香りが入り混じっている。
「これはなんですか?」
「これは、豚の内臓と血で作ったスープだ。この辺は豚を食べる習慣があってよかったよ。」
お腹がペコペコだったエイナーは、恐る恐るそれを口に運んだ。口の中に広がる鉄臭さが気になったが、後味はさらっとしている。
全体的には悪くない。
「意外と美味しいかも。」
「意外とは何だ、ちゃんと食えよ。そして寝ろ。」
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
ほんのちょっとでも続きが気になるという方がいらっしゃったら、本当に本当にうれしいです。
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ざっくりとした世界観説明用地図と家系図を載せました。理解の参考にしていただけると幸いです。
地図 全体
地図 モラン国周辺拡大
家系図
登場人物が増えたので追記しました。
リュウ・ズーシュエン(劉紫轩):虚明堂の副堂長
ヤン・リーイン(楊日瑩):ムーランと同一人物
リュウ・ズーハン(劉紫涵):ジェイドと同一人物
マラト・ベルカント:ある組織の幹部、ジェイドの仇
ジャーダン・ナラハルト:モラン国王の娘婿、国王の摂政(マラトと組んでモラン国を拡大させていると言われている。)
アラン2世:モラン国王(体調不良で表には出てこないと言われている。)
カリーナ王女:アラン二世の娘、ジャーダンの妻
アクセル・ゲイラヴォル:軍でのエイナーの上官
ヴォルヴァ・ゲイラヴォル:アクセルの妻
テュール(8) 、マグニ(6)、ダグ(4)、エーシル(1):ゲイラヴォル家の子どもたち(年齢)
サムート・ハン:エイナーの文通相手だったアルーム国の王子
マルチナ・アリア:サムートの婚約者
ヤン・フォンミン(楊楓明):ユーリハ国王軍の司令官、ズーシュエンの母方の従兄
タユナ・ハイネン:ユーリハ国王軍の副司令官
アリマ:ユーリハ国王軍の女性兵士、ジェイドの友だち
ジョゼフ・テオ:ある組織の創設者
ヤン・シィェンフゥア(楊仙華):ズーシュエンの母親、虚明堂の前堂長
リュウ・シュエンュエ(劉轩月):ズーシュエンの父親、菓子屋
リュウ・ュエフゥア(劉月花):ズーシュエンの妹、虚明堂の現堂長
シャンマオ(バナジール):西山で洋食屋をやっている元(現役?)ハリスの部下
チャン・リーファ:(張李花)ズーシュエンの彼女
ワン・シア(王仔空):リーファの息子
ソフィアとその祖母:ナルクで出会った麦畑の少女とその祖母
師匠 マチアス・ジュノー:ジェイドの師匠、元軍医、東アルタ在住
ペペとムー:ジェイドの犬たち
餅:ジェイドが飼っていた猫
ヤン・ジンウェン(楊金温):ピブラナ国の首都ボヤーナで医師をしている女性
ヨナス・デスモン:ピブラナ王室に送り込まれた、マラトの部下
バナム・アルマン:南モラン地区(旧アルーム国)の物資調達責任者、モラン国大臣代理
アルタイル(通称:アル):バナムの部下
カジャナ・ポナー:サムートの主治医
ナズ:カジャナ医師の助手
アスリ:カジャナ医師の助手
メイ・モーイエ(梅莫耶):旧アルーム国の首都グレナディで医者をしている女性




