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普通の恋愛がいい

「それで、乙女ゲームというものについて聞きたいんだが……」

「はい。なんでも聞いてください」


フィルは紅茶を口にしたあと、仕切り直すように私に質問を投げかける。

乙女ゲームについては、ルネがヒロインの恋愛シミュレーションゲーム……つまり、恋愛の疑似体験を楽しむものだと昼休みに説明はしてあった。


「疑似体験ということは、ルネがブライアン殿下と……その、恋愛をするということになるのか?」

「そうなりますね」

「………」


フィルは思いきり眉間にシワを寄せている。

まあ、今の状況を知っているフィルにしてみたら、ブライアンと私が恋愛だなんてあり得ないのだろう。


「ちなみに、ブライアン殿下だけじゃなく、生徒会のメンバー全員と恋愛できます」

「生徒会メンバー全員……」

「しかも、一対一の恋愛もあれば、逆ハーレムという名の全員同時進行の恋愛もあります」

「逆ハーレム……」


ショックを受けたようにそのままフィルは黙ってしまう。

たしかに、逆ハーレムも全員同時進行もちょっとパワーワードが過ぎたかもしれない。


「じゃあ、ルネも逆ハーレムを疑似体験したのか?」


絞り出すような声だ。


「いえ、私はブライアン殿下だけですね」

「………」


フィルがなんだか苦しそうな顔をしている。

大丈夫だろうか。パンケーキを五枚も食べるからだと思うけど。


「まあ、途中でやめちゃったんですけどね」

「やめた?」

「こんなことを言うと失礼かもしれませんが……。ブライアン殿下のセリフが甘ったる過ぎて受け付けなかったんですよ」


そう、それがゲームを途中でやめた理由だった。

ゲームのブライアンは気障(きざ)ったらしい振る舞いで甘々のセリフをヒロインに浴びせ続けるのだ。


(まあ、王子様なんだから間違ってはいないんだけど……)


舞台が王城ならばそれでもよかったのだが、私は学園に通う王子様が普通の男の子のように振る舞う姿が見たかった。


「教室で(ひざまず)いて、君に誓うとか言われたり、中庭で跪いて一輪の花渡されたり、グラウンドで跪いて優勝を君に捧ぐって言われたり……。いや、ここ学園だよね?って思っちゃいまして……」


その結果『思っていたのと違う』となって、ゲームをやめてしまったのだった。


「それで結局は他のキャラクターと恋愛をする前にゲームそのものをやめてしまったんです」

「そうか……」

「私はもっと普通の男の子と恋愛をしたかったんですよ」

「そうか……」


そう、イケメンと普通の学園恋愛を楽しみたかっただけなのだ。

ちらりとフィルの様子を伺うと、腹痛の波が去ったかのような晴れやかな表情をしていた。

私は安心してそのまま会話を続けることにする。


「だから、ゲームの内容は途中までしかわからないんです。ええっと……街デートと体育祭のイベントは記憶にあります。さっきフィル先輩が人気店だと教えてくれたお店でデートするんです」

「さっきのあの店が……?」

「はい。だから、あのお店に入ったらブライアン殿下に遭遇しそうな気がして……」

「そういうことだったのか」

「すみません」


フィルも流行りのお店のメニューを食べてみたかったに違いないのに、申し訳ないことをしてしまった。


「いや、別に謝る必要はない。それに、この店の雰囲気のほうが俺は好きだ。パンケーキも美味(うま)かったし」


そう言って、フィルはフォローをしてくれる。相変わらず優しい先輩だ。


「じゃあ、ワウテレス嬢もその乙女ゲームをやっていたということなんだな?」


フィルが言うワウテレス嬢とはアデールのことだ。

アデール・ワウテレス公爵令嬢が転生悪役令嬢のフルネームだ。


「はい。恐らく、アデール様は私と違って全ルートをクリア……つまり、全ての疑似体験を経験済みなのかもしれません」

「まさか、逆ハーレムも?」

「そこまではわかりませんが、生徒会メンバーの心の傷を知っているはずです」



『癒しの君と恋を紡ぐ』


これはヒロインであるルネが持つ光魔法の癒しの力と、攻略対象者たちの心の傷を癒やすというゲーム内容の両方の意味を持つタイトルだ。

つまり、攻略対象者たち全員が何らかの心の傷を負っており、その傷を癒やすことが攻略の鍵となる。


「心の傷……」

「母親を流行り病で亡くしたブライアン殿下は、異母弟である第二王子殿下ばかりが両親に愛されることに酷く傷付いていました」


ゲームのブライアンは愛情に飢えており、ヒロインはそんな彼が満たされるような愛情表現をすることが必要だった。


「なあ、それはおかしくないか?」

「え?どこがです?」

「王妃殿下はご存命だ」

「あ……」


フィルに言われてから気がついた。

私はルネとして生きてきた記憶を辿るが、ブライアンの実母である王妃が亡くなったなどという話は聞いたことがない。

つまり、ゲームの設定そのものが変わってしまっているということだ。


(これは……もしかして……)


確証はない。確証はないが……アデールが関わっているのかもしれない。

ブライアンの心の傷を癒やすのではなく、初めから心の傷を負わないようにアデールが行動していたとしたら……。


(流行り病で亡くなることはわかってるんだから、治療薬を先に手に入れておくとか?それとも、そもそも病が流行らないように動いた?)


方法はわからないが、王妃が生きていればブライアンが愛情に飢えることはないだろう。


やはり、幼少の頃に前世の記憶を取り戻すのと、入学式の朝に取り戻すのとではアドバンテージが違い過ぎる。

きっと残りの攻略対象者たちも、アデールによって心の傷はばっちり解決済みなのだろう。


「大丈夫か?」


急に黙り込んでしまった私に、フィルが心配そうな表情(かお)で声をかけてくる。

すると、私の口から弱音がぽろりと零れ落ちた。


「私は何のために転生したんでしょうね……」


どう考えても私がヒロインに転生する必要はなかったように思う。


「そもそも、私がヒロインというのに無理があるんですよ。私とルネは性格が全然違いますし」

「そうなのか?」

「ゲームのルネは明るく天真爛漫で、ちょっと恋愛面には鈍感な頑張り屋さんなんです」


そう、ゲームのルネはまさに王道ヒロインらしい性格をしている。

信じられないことに、あんなにブライアンに(ひざまず)かれているのに、彼からの好意にも気付いていなかった。


「お前だって頑張っているじゃないか」

「でも、私はすぐにサボろうとしちゃいますし、別に鈍感でもないですし……」

「いや、お前は頑張ってるよ」


そう言って、フィルは私の目を真っ直ぐに見つめてくる。


「そうでしょうか……?」

「ああ。だから、お前はそのままでいい」

「………っ!」


フィルは不思議な人だ。

私のような当て馬ヒロインに、こんなにも親身になってくれるんだから……。


━━なんだか、胸の奥がじんわりと温かくなる。


そんな胸の奥の温かさに少しだけ浸っていると、難しい顔をしたフィルが再び口を開いた。


「だけど対策は必要かもしれないな」

「対策?」

「ゲームに登場した場所やイベントは避けたほうが無難だと思う」

「たしかに……」


ブライアンたちからは二度と近づくなと言われた。もちろん、私だって近づきたくはない。

しかし、私たちは同じ学園に在籍しており、ゲームのイベントはヒロインと攻略対象者を近づけさせるものだ。


「わかっているのは街デートと体育祭だと言ってたよな?」

「はい」

「街デートは例のカフェを避ければいいとして、あとは体育祭か……。なあ、体育祭でブライアン殿下とどうなるんだ?」

「たしか、クラスの代表でリレー選手に選ばれて、ブライアン殿下と同じチームになるんです」


その競技は一年から三年の縦割りでチームを組む競技だった。

そして、放課後にリレーの自主練習をするヒロインにブライアンが声をかけて、なんやかんやでグラウンドで跪かれて優勝を捧げると言われるのだ。


「ああ、クラス代表リレーか……。そういえば、そんな競技があったな……」


フィルはなにかを思い出すように、軽く瞳を閉じたり開いたりを繰り返している。


「たぶんクラス代表リレー以外は、学年ごとのクラス対抗競技しかなかったと思う」

「じゃあ、私はクラス代表リレーに出場さえしなければいいんですね!」


自分がどのように行動すればいいのかがわかるだけで、ずいぶんと気分が上向いてくる。


「恐らく推薦で代表者が決まる。もし、クラスメイトの誰かがお前を推薦してきたらちゃんと断るんだぞ」

「大丈夫です!私のクラスでの人気は地の底に落ちてますから!そもそも推薦されることはありませんよ」

「……そうか」


自信満々でそう答える私に、フィルは憐れみを込めた視線を送った。




読んでいただき、ありがとうございます。


ついにストックが切れました……。あんなに用意してたのに……。自分がいかにギリギリにならないと動かないタイプなのかを知りました。

次話から少し更新頻度が落ちるかもしれません。


よろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >いや、ここ学園だよね?って 同意すぎて首ぶんぶんです。 クラス人気が地の底…ヒロインとは…!(涙)
[一言] 地の底に落ちていると言う表現が良かったです。地の底ヒロインに今後も期待させて頂きます!
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